「影山!」
私の声に立ち止まり、振り返る影山。一緒に帰ろうと隣に並ぶと、何も言わずに歩き出した。
これは了承したということだよね?ダメって言われたら後ろをついていくしかないけど…同じ方向だし。
黙って隣を歩き、特に反応がなかったので肯定と受け取った。
そういえば再会して初めて一緒に帰った時も無言だったなぁ、と坂道を下りながら思う。あの時も何を話せばいいのか分からなかった。あれから数か月経った今、影山と私の関係は友達と呼べる程に回復していると思っていいんだろうか。
「…まだ夜は寒いね」
「そうだな」
あたりさわりのない話で様子を見ようと、通り抜けていった夜風に腕をさする。一言で終了してしまった会話に居心地が悪くなって、意味もなく空を見上げた。…どうしよう。
私の心情など知る由もない影山は、難しい顔をしたまま歩き続けていた。私の姿は見えていないんじゃないだろうかと不安になる。一応、話しかければ返事はくれるので認識はされているようだ。
重い空気を何とかしようと、私は思いつく限りの話題を提供した。ただ、全部「おう」とか「そうだな」で終了したけど。
「そういえば、先生が明日席替えあるって言ってたね!影山はどこの席がいい?」
「…その質問に意味はあんのか」
「え、っと…あはは、まあちょっと聞いてみただけだよ!特に深い意味はないかな」
ピシリと空気にヒビが入ったような気がする。チラッとこちらを見た影山に、動揺を悟られないよう笑いかけた。影山は黙って立ち止まる。
やばい、煩かったかな…?怒らせてしまったかも!と焦って謝ると影山は眉間に皺を寄せた。これは…答えを間違えてしまった気がする。
「……そういえば、明日部活ないよね。影山は自主練するの?日向もしてそう」
じっと私を見る影山に、私はますます焦った。どうしてそんなに不機嫌なの、とか怒らせること言った?とか聞きたいことはある。でも、何を言ってもこの空気が元に戻るとは思えない。私には、影山の表情なんて見えていなかった。
「言いてぇことがあんならはっきり言えよ。お前、昼間の俺と日向の話聞いてたんだろ?」
「…うん、ごめん」
「だから、何で謝るんだ」
「…」
静かな声だった。影山がどんな顔をして私を見ているのか、知るのが怖い。こんな私に失望しているんじゃないか、見限られるのではないか。勝手に思い込むのはよくない、そう思うのに地面から目が離せなかった。
影山にはそんな気持ちを悟られたくなくて、無理やり言葉を紡ぐ。自分が喋っているのに、まるで他人が代わりに言っているようだった。
「日向は強くならなきゃって言ってた。ちょっとずつ練習すれば何とかならないの…?」
「春高予選まで時間がない。出来るかわかんねぇ新しい速攻練習するより、今ある武器を磨く方が確実だろうが」
「そうだけど…でも、やってみないと分からないし――」
「さっき練習したけど、ボールに気をとられてマックスのジャンプじゃなかった。あれじゃあ、確実にブロックに捕まる」
影山の言葉に私は何も言えなかった。頭ごなしに否定しているわけじゃない。中学の県予選決勝、IH予選の青城戦での苦い経験が少なからず今の影山に影響している気がした。私の記憶する限り、影山はバレーに関して出来ないと言ったことはなかったはずだ。
「そんな中途半端な攻撃じゃ、青城には……及川さんには勝てない」
付け焼き刃な攻撃では、青城だけでなく他の強豪校にだって通用しない。
だからこそ新しい武器が必要な気もするけれど、どうすることが正しいかなんて分からなかった。
「俺の意見は間違ってない。……あいつの意思は必要ない」
影山はまるで自分に言い聞かせるようにそう呟いた。
「…日向、いつも頑張ってるよ。影山が頑張ってないとか、そういうことではないんだけど…」
「…」
「きっとこのままじゃダメだって感じてる。常に、前を向いて自分に出来ることを探してる」
「……んなことは俺だって分かってる」
強くならなきゃ、と言っていた日向の顔が思い浮かぶ。東京に行って改めて思い知らされた自分たちの実力。変人速攻も慣れれば止められてしまう。自分より身長の高い相手にどうやって立ち向かうか、日向は日向なりに自分が何をすべきかを模索していた。
「私には技術的なことはわからないけど…影山なら出来るんじゃないの?」
「……簡単に言うんじゃねぇよ」
「ご、ごめん」
思わず口走った言葉に、影山の纏う空気が変わる。しまった、と後悔しても遅い。何とか場の空気を取り繕おうとしたけれど、自分でも言い訳がましいと思った。
「あ、でも影山の言うことも正しいとおも…」
「それはお前の本心か?俺の顔色窺うのがマネージャーの仕事かよ!?」
「ち、ちが…」
「だったら、言いたいことはっきり言えよ!お前がそんなんだから"召使い"とか言われんだろうが!」
言ってからハッとした表情になった影山は、罰が悪そうに顔を背けた。声を荒げる影山に、小さく手が震える。こんな風に私に感情をぶつけてくるのは初めてで、はっきり言って怖い。
「な、なんでそんなに怒るの…?確かに、最近は影山の顔色を気にしてたかもしれないけど、」
「お前が……」
「え?」
「お前が言ったんだろうが。前みたいな関係に戻るって!あれは嘘だったのかよ」
影山と目が合って、ぐるぐると色んな感情が渦巻く。嘘じゃない。そう言いたいのに、口をついて出てくる言葉は感情的で的を射ない。
「……影山みたいな天才には凡人の気持ちが分からないんだよ!たまには振り返ってよ!立ち止まってよ!置いてかないでよ!」
言ってから後悔した。こんなのただの八つ当たりじゃないか。私が勝手に追いかけて、立ち止まって、手を伸ばして、届かないから怒っている。もはや何が言いたいのか自分でも分からなくなっていた。
「何が言いてぇんだ。天才とか凡人とか勝手に決めつけてる奴に誰が立ち止まんだよ」
「…!」
「俺の顔色窺って機嫌取るような奴の力は必要ない」
突然、地面が崩れて立っていられないような感覚に陥る。ショックだった。影山の口から、はっきりと必要ないと言われたことが。
言い返そうと思っても、口を開けば泣いてしまいそうでぐっと言葉を飲み込む。
「悔しかったら言い返せよ」
「…」
「それが答えか」
何も言わず、ただ立ち尽くす私に影山は小さくため息を吐いた。私と影山の間に完全に溝が出来てしまった気がする。
私は、どこか自惚れていたのかもしれない。影山にとって私は特別な人間なんじゃないかと。何だかんだ私のことを好意的に見てくれていると思っていた。実際は不安定な関係の上にあぐらをかいていただけだ。
「悪いけど、先に帰る」
そう言って、去っていく影山の背中を追いかける勇気が出ない。影山が何に怒り、私に何を望むのか分からないうちは追いかけたって無意味だ。
待って、と手を伸ばしても影山は一度も振り返ることはなかった。
「うぅ…」
堪えていた涙が一粒、地面に落ちて染みを作った。足に力が入らなくてしゃがんでアスファルトに染み込むそれを眺める。
「何やってんだろ……私」
大事な大会を控えているのに、選手をサポートするどころか怒らせてしまうなんて。情けなさと悔しさに、胸がギリギリと痛む。
影山と再会したのは偶然だった。中学の時、裏切ったも同然の私を許してくれた影山。そんな彼ともう一度友達になりたいと思ったのに、また同じことを繰り返している。
我慢すればするほど後から後から涙が出て来て、止まらなかった。
王様と召使い
(私は一体何がしたいんだろう)
← top bkm →