「お前何かあったか?」
「え!?」
岩ちゃんの第一声に、お土産を差し出したまま私は固まった。玄関先での出来事だ。
今日だけで一体何人にそう言われたか…。いくらなんでもバレすぎじゃない!?もしかして私の顔に"悩んでます"って書いてあるんじゃないかと心配になるレベルだ。
「えっと…」
既に誤魔化すことに失敗した私は、どう説明したものかと頭を働かせた。昨日の出来事をまだ受け止めきれていないせいで何と説明すればいいのか分からない。それに、日向と影山の事情まで話すことは躊躇われた。
「うん、ちょっと色々あってさ。あの、これお土産」
「おう、サンキュー」
「あと借りてたタオル!返すの遅くなってごめんね」
「予備もあるから気にすんな」
予備あるんだ…。あの謎の文字タオルが引き出しに並んでいることを想像し、困惑してしまった。幼馴染みと言えど、まだまだ知らないことだらけだ。
私が驚いていることに気付かず、岩ちゃんはお土産を受けとった。
「このあと何か予定あるか?」
「徹ちゃんにお土産渡そうと思ってるけど、それ以外にはないよ」
「及川のはいつでもいいだろ。丁度スポーツショップ行きたかったんだ。付き合えよ」
まあ、徹ちゃんは会おうと思えばいつでも会えるか。岩ちゃんから誘われることはあまりないし今日はそうしようかな。
そう思って誘いを了承すると、このままここで待つように指示された。岩ちゃんは家の中に引っ込むと、すぐにエナメルバッグを背負って戻ってくる。
「じゃあ、行くか」と歩き出したので私も後を追った。
「何買うの?」
「サポーターとテーピング見ようと思ってな。んで、その後バレーな」
「え、私と?」
「他に誰がいるんだよ。たまには遊びでやるのも息抜きになるからな」
スポーツショップまでの道のりを並んで歩く。もしかして私が元気ないから連れ出してくれているんだろうか。さりげない優しさに、ちょっと泣きそうになった。
「岩ちゃんは徹ちゃんと喧嘩した時、どうやって仲直りしてるの?」
「……あいつと仲直りとか気持ち悪いな」
「え、でも喧嘩はよくしてるよね?」
「喧嘩っつー程のもんでもねぇけど」
徹ちゃんが岩ちゃんを怒らせている光景が思い浮かぶ。ほとんど徹ちゃんが原因だ。確かに喧嘩と言う程でもないけれど、年に何度かは割と本気の言い合いを見ることもある。私が知らないだけで、きっと衝突したりしているはずだ。だけど、次の日には元に戻っている。その秘訣が知りたいのに、岩ちゃんは「何もしてねぇ」の一点張りで教えてくれなかった。
「じゃあさ、仲直りする一番の方法って何だと思う?」
「頭突き」
「以外で」
私が影山に頭突きなんかしたら今度こそ関係が修復不可能になりそうだ。すかさず却下すると、岩ちゃんは少し考えた後「話し合う」と答えた。
やっぱりそうだよね。私の場合は、まずその話し合う内容を理解することから始めないとな…。
「喧嘩したのか?」
「うん、まぁそんなところ」
「へぇ、ごんべ子が及川以外と喧嘩すんのは珍しいな」
「そうかな」
今まで徹ちゃん以外とこれといった喧嘩をした記憶はないかもしれない。友達と言い合いになっても、大概が"どっちのお菓子が美味しい"だとか"アイドルと小さな巨人どっちがかっこいい"だとかそんな些細なことだった。だから、こんな風に悩むのは始めてでどうすればいいのか分からない。
「今はしんどいかもしれないけど、お前もそういう友達が出来たってことだな」
「岩ちゃん…」
「どうでもいいヤツとは喧嘩なんかしねぇよ」
ニカッと笑ってそう言った岩ちゃんに、私は思わず抱きつきそうになって思いとどまった。小さい頃は何も考えずに飛び付いていたけど、こんなに人通りのある場所で恋人でもないのにそんなことをしていいのだろうか。いや、でもハグだし…!
両手を広げて目の前に立ちはだかる形で静止した私。岩ちゃんは真顔だった。
「お前と相撲はとらねぇぞ」
これが四股を踏んでいるように見えるのか。
---
「あとハミチキひとつください」
「かしこまりましたー」
スポーツショップで偶然会った矢巾さんと話し込んでいる岩ちゃんに断って、近くのハミマに来ていた。ちょっと小腹が空いてしまったので、自分用のお菓子と岩ちゃんにはお肉をあげようと思ったのだ。
店員さんにお金を渡し、お釣りを受け取った時に隣のレジから盛大な舌打ちが聞こえた。びっくりして視線をそちらに向ける。
「申し訳ございません!お時間頂けましたら、揚げたてをご用意できるのですが…」
「……いらねぇ」
怖そう。きっと第一印象は、みんなそう思うだろう。金髪に剃り込み、眉毛も薄いし、鋭い目つきと目の下の隈、雰囲気はいわゆる不良だ。
もしかしてハミチキが欲しかったんじゃ…?私が買ったのが最後の一つだったし。
私の予想を肯定するかのように、剃り込みさんはもの凄く怖い顔をしながらこちらに歩いてくる。
ヤバイ!やっぱりハミチキじゃん!恐怖に固まっているとそのまま私を通りすぎて行く。なんだ、思い過ごしか…!
「ありがとうございましたー」
「あっ」
ホッとしてコンビニを出ると、入り口に剃り込みさんが立っていた。油断していたせいで声が漏れ、目があう。も、もしかしてハミチキ寄越せ!とか言われるんだろうか。カツアゲっていうか、カツ揚ゲ?私の頭はショートしたようだ。
そんなことより、よく見ると徹ちゃんたちと同じ制服に身を包んでいることに気付いた。エナメルバッグを持っているということは運動部だろうか?
「おい」
「はっ、はいっ!」
まじまじと観察してしまっていた私に思いきり声を掛けてくる剃り込みさん。やっぱり私だよね?咄嗟に周囲を見渡したけど、他に人も見当たらない。やばい、見すぎた…!
恐る恐る目をやると、鋭い視線が私に注がれた。
「近くに他のハミマあんのか?」
「えっと……」
いっそこの手にあるハミチキを手渡そうかと思った。ハミマの場所を尋ねてはいるけど、どうみても私のハミチキを凝視している。心なしかしゅんとしているように見えたので、私は決心した。
「この近辺に他のハミマはないので、よかったらどうぞ」
「あ?」
「えっ……と、ハミチキ……買おうとしてたんですよ、ね?あれ、違いましたか!?」
ギロリと睨まれてしまったので、もしかして私の勘違いだったかもと焦る。だとしたら相当恥ずかしいじゃないか!
知らない女からハミチキ差し出されて剃り込みさんも不審に思っているに違いない。余計なことをしてしまったかも!と、冷や汗をかいた。
「……いいのか」
周囲にハミチキの香ばしい香りが漂っている。いい匂いだなぁ…。目の前の剃り込みさんはその誘惑に負けたのか、ついにハミチキを受け取ってくれた。
私の目が正常ならば、今喜んでいるように見える。雰囲気が柔らかくなった気もするし、全然笑っていないけどハミチキを見る目が優しい。
「金」
「いいですよ、そんな…」
「チッ」
そんなにハミチキを欲している人からお金は取れない!と首を振ると、剃り込みさんは舌打ちをして私の手をガッと掴んだ。そして手の上にお金を置くと、グッと握り込まされる。
「ひぃ、すみません!ありがとうございます!」
その強引さに軽く悲鳴が出てしまったけれど、剃り込みさんは気にしていないようだった。意外と律儀な人なんだな…。「釣りはいらねぇ」と言われた私はすっかり恐怖心が薄らいでいた。我ながら単純だと思った。
「京谷じゃねぇか」
「……」
「岩ちゃん」
じゃあこれで、と立ち去ろうとした時、声を掛けてきたのは岩ちゃんと矢巾さんだった。手にはスポーツショップの袋を持っている。
京谷、と呼ばれて小さく舌打ちした剃り込みさんは怖い顔で岩ちゃんたちを睨む。
「お前、女の子ナンパしてんのかよ!しかも岩泉さんたちの幼馴染み!」
「うっせぇな」
「え、あの、ナンパとかじゃ……」
ないんですけど、と言い切る前に京谷さんが立ち去ろうと背を向ける。もしかして、バレー部の人?でも練習試合で見なかったし、これまでの青城戦でも見掛けた記憶はなかった。
「待てよ京谷。及川から話聞いたんだろ?」
「……」
「一回、部活に顔出せよ」
岩ちゃんの言葉に返事はなく、京谷さんはそのまま立ち去って行った。徹ちゃんの名前も出てきたので驚いたけど、私には何のことだかさっぱり分からない。
他の部員と確執があるとか?もしかして部活停止中とか、問題を起こしてしまったとか?はたまた怪我が原因で部を去ったエース!?想像は膨らむ一方だ。
「あの、大丈夫だった?あいつになんかされたとか……」
「いえ、本当にナンパとかじゃなかったので!」
「ごんべ子だしな」
「岩ちゃん、それ暴言!」
京谷さんは見た目怖いけど、きっと悪い人ではないと思う。私の周りに強面でも優しい人が多いからそう思うのかもしれないけど、ハミチキひとつであんなにキラキラしていたし!やたらと心配してくれる矢巾さんは、どうやら京谷さんのことをよく思っていないみたいだ。
近くの公園に向かいながら、京谷さんが二年生の幽霊部員であることと徹ちゃんが戻ってこないかと声を掛けていることを教えて貰った。
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