「ごんべ子、もっと腰落とせ!」
「もう無理だって〜」
「言い訳すんな!男だろうが!」
「女だよ!」
すっかりスイッチが入ってしまった岩ちゃんは、私の指導に燃えていた。制服だからあまり激しい動きは出来ないけど、岩ちゃんに言い訳は通用しない。ひーひー言いながら、矢巾さんが打ってくれるボールをひたすらレシーブしていた。
遊びって言ったのは岩ちゃんなのに!
あらぬ方向に飛ばしては自分で拾いに行くという地獄の特訓をこなしていた私は、すっかり昨日の出来事を忘れていた。特訓はもうやめてほしいけど、ボールを追う!ただそれだけを考えているのは楽だった。もしかして岩ちゃんはそこまで気を使ってくれてるとか!?……いや、絶対違うな。
「ごんべ子ちゃん、大丈夫?辛かったらゆるめに打とうか!?」
「矢巾、甘やかすんじゃねぇ!」
「す、スンマセン」
矢巾さんは優しくしてくれるのに、その後ろにいる岩ちゃんがとても怖いので私は苦笑いせざるを得ない。
私のために貴重な休息の時間まで使わせてしまっていることに罪悪感もあるけれど、もう少しだけこの時間が続けばいいのにと思った。
「ちゃんと腰落とさねぇから、ちゃんとボールが返らねぇんだよ」
「でも、さっきより上達したんじゃないスか!?」
「してたらあんな所に飛ばん」
「岩ちゃんのスパルター!」
盛大に弾き飛ばしたバレーボールはコロコロと公園の入口に転がっていく。せっかく矢巾さんが褒めてくれても鬼コーチ岩ちゃんは甘くなかった。もっと褒めてくれ!と文句を言いながらボールを拾いに走る。
「ごんべ子じゃん、何してんの!?」
「徹ちゃん!と、猛くん!」
「オス!!ごんべ子!!」
「オッス」
公園の入口でボールを拾う私に頭上から声が掛かる。驚く徹ちゃんと、それを無視して甥っ子の猛くんが元気に挨拶をしてくれた。そういえば、岩ちゃんがバレー教室の付き添いがどうとか言ってたな。きっとその帰りだろう。
「そうだ!ちょっとこれ見てよごんべ子」
私の今の状況にもっと突っ込んでくるかと思ったけど、それよりも重要なことがあるらしい。いそいそとスマホを取り出して楽しそうに操作している徹ちゃんの姿を見て何故か酷く安心した。
……もしかして徹ちゃんなら私が明日からどうすべきか教えてくれるかもしれない。いつも手を差しのべてくれる幼馴染みに、全てを打ち明けてしまいたい衝動にかられた。
「"飛雄、及川さんに頭が上がらないの図"!」
得意気にスマホを目の前に出されたので画面を覗く。徹ちゃんがピースをしている奥で影山が頭を下げている姿が写っていた。しかも徹ちゃんだけぶれまくっていて、影山の華麗なおじぎがより一層際立って見える。
「……」
「さっき、偶然飛雄と会ってさー」
……影山はどうして徹ちゃんに頭を下げているんだろう。やっぱり力になれないんだなと思うと、改めて影山に"必要ない"と言われたショックが甦ってきた。私は思っていたよりずっと影山に嫌われることが怖かったらしい。更に、徹ちゃんが目の前にいるという状況に涙がドバッと溢れた。
「うぅ〜…」
「エッ?ちょっとごんべ子!?どうしたの?俺なんかした!?」
「わー!徹がダッセー写真見せるからごんべ子が泣いた!シツボーしたんだ!」
「そうなの、ごんべ子!?」
昨日から我慢していた涙が堰を切ったように止まらない。徹ちゃんが慌てて私の前にしゃがみ、ティッシュで涙を拭いてくれていた。更に優しく背中を擦られると益々涙が溢れてくる。
「ごんべ子、大丈夫?」
誰も事情を知らない中、私が何か言わなければみんなを困らせてしまう。こんなに感情をコントロール出来なくなるのは初めてで、自分でも戸惑っていた。
「か、影山が……写ってるっ……!」
「ちょ、何々!?怖いんだけど、飛雄が写ってちゃマズイの?」
「徹、さっきの兄ちゃんユーレイだったのか?コエー顔してたもんな!」
「そんなわけないでしょ!」
影山は一体バレー教室に何をしに行ってたんだろう。苦手な存在である徹ちゃんに頭まで下げているじゃないか。
それなのに私は自分のことばかり考えて、みんなに心配させて何やってるんだろう。自分で自分が嫌になる。
「ごんべ子おせーぞ、ってどうしたんだ?」
「はじめ、オッス!」
「おう、猛」
ちょっと落ち着いてきたところに、岩ちゃんと矢巾さんが私の様子を見にきてくれた。ボールを取りに行ったきり戻ってこないから何かあったのかと心配になったんだろう。
泣いている私と、慰める徹ちゃんの姿に岩ちゃんは一瞬眉をひそめた。
「えっ、岩ちゃん何で?ちょっと、違う違う!違うからね?俺じゃない、はず……!」
「及川さん、ちわっす!」
「矢巾もいるじゃん!」
矢巾さんがそろりと岩ちゃんの後ろから顔を出すと、徹ちゃんはまた驚いていた。きっと私と岩ちゃんと矢巾さんの組み合わせが珍しかったからだろう。
これ以上誤解されると徹ちゃんに迷惑が掛かってしまうので、ちょっと友達と喧嘩しただけだと説明して誤魔化した。一応本当のことだ。
岩ちゃんは私がへこんでいることを知っていたし、矢巾さんもそれで納得している。でも徹ちゃんだけは訝しげな顔をしていた。
「なぁはじめ、サーブ教えてくれよ!」
「おう、いいぞ。矢巾、時間大丈夫か?」
「はい、大丈夫っす!」
「なら付き合え」
「矢巾も教えてくれんのか!」
「こら、猛!呼び捨てやめなさい」
猛くんのお願いを聞いて、岩ちゃんと矢巾さんは公園の広場へ走っていく。残された私と徹ちゃんの間には沈黙が流れた。
さっきは勢いで泣いてしまったけど、冷静になると色々と恥ずかしい。数分前の私に"泣くんじゃねぇ!"と渇を入れたい気分だった。
「で、ごんべ子は飛雄と喧嘩しちゃったと」
「なにも言ってないのに分かるの!?」
「分かるよ」
行こう、と私の手を引いて近くのベンチに座らせると徹ちゃんも隣に座る。いざ話そうと思っても、言葉が詰まって出てこなかった。
そもそも日向と影山の件も話すとなると、仮にも敵校の徹ちゃんに情報を洩らすことになるのかな…?
考えた結果、先程の写メを思い出したので逆にこちらから質問することにした。
「あのさ、影山は私のこと何か言ってた…?」
「どうだったかなー。チビちゃんが新しい速攻やりたいって言い出したからどうしよー的なことは言ってたけど」
「……」
「ごんべ子のことはどうだったかなぁ」
口笛を吹いて、白々しくはぐらかす徹ちゃんは私が話すまで教えてくれないスタンスらしい。
速攻の件は影山から聞いて知っているらしいので、私はしぶしぶ昨日影山と口論になったことを説明した。話し終えると徹ちゃんは私の頭をくしゃりと撫でる。
「それで、ごんべ子は拗ねてるんだ?」
「……拗ねてないもん」
「飛雄に言いたい放題言われて言い返せないし、更に向こうは全く気にしてなくて、私ばっかり悩んでフザケンナ!ってことでしょ。要するに、私のこともっと考えてよ!って」
「…う、そんなことは」
徹ちゃんの言葉に何も言い返せない。私はもしかして結構くだらないことで悩んでいたのか……!?そんな気分になってきた。言葉にされると、まるで彼女みたいな言い分だ。もちろん私は影山の彼女ではないし、友達かどうかすら怪しい。自分勝手な怒りが浮き彫りになって、恥ずかしさに顔を覆った。
「俺も飛雄の気持ちは分からないでもないけどね」
「…私が悪いんだよね」
「悪いっていうか、イライラさせたんでしょ」
グサグサと徹ちゃんの言葉が私に突き刺さる。
よくよく考えれば私も友達から顔色を窺われるのは嫌だ。最近、影山は私が謝るといつも不機嫌になっていたことを思い出した。もしかして私が無意識にそんな態度をとっていたからかもしれない。なのに、私は気付いても怒らせたり嫌われるのが怖くて気付かないフリでやり過ごしていた。
「ごんべ子はさ、俺とか岩ちゃんと意見が食い違ったらどうする?それで口論になったら?」
「……言い返す。それか、納得いくまで話し合う」
徹ちゃんや岩ちゃんなら、きっと私の意見も聞いてくれるだろう。間違っていれば正してくれる、何でも受け止めてくれる。その確信があるから、素直に何でも話せるのかもしれない。
「じゃあ、飛雄にはなんでそうしなかったの?」
「……怖かった。余計なこと言うなって言われるかもしれないと思ったら、何も言えなかった」
でも実際は違った。影山は、ちゃんと私の言葉を聞こうとしてくれていた。中学の時も私が勝手に壁をつくって、傷付くことを恐れて距離をとった。影山は何度も振り返ってくれていたのに、私が後ろばかり見ていて気付けなかっただけだ。また、泣きそうになってグッと唇を噛む。
「ごんべ子は飛雄のこと信頼してなかったんだよ」
「信頼…?」
「俺と岩ちゃんには超絶信頼関係があるから、何言っても言われても相手が本気かどうか分かるんだよね!」
遠くで「そんなもんねぇよ!」と聞こえてきそうだけど、確かに二人はとても信頼しあっていることは傍から見ても分かる。言いたいことを言い合って、時には全力でぶつかり合う。お互いを高めあえる相棒であり親友でありライバルのような存在。
私と影山の間にはそこまでの関係が築けていない。そう言われて、私は納得してしまった。
「ごんべ子は飛雄とどうなりたいの?……あ、付き合いたいとかナシね!?泣くからね!?」
「…ちゃんと友達になりたい」
「ウンウン、友達ね!友達なら許す!」
徹ちゃんが大袈裟にホッとしたので、私は少し笑ってしまう。真面目なのかふざけているのかよく分からないけど、徹ちゃんの言葉は私のモヤモヤした気持ちを晴らすには充分だった。
「俺はごんべ子と飛雄がこのままでも全然構わないけどね!」と意地悪なことを言いいつつ、何だかんだ私の味方でいてくれる幼馴染の存在はとてつもなく大きい。
「ありがとう、徹ちゃん」
「惚れた?」
「徹ちゃんのおかげで明日からまた頑張れそう!」
「ごんべ子スルースキルあがったね!…傷付くことが怖いのも分かるけど、それじゃあいつまでたっても強くなれないからさ。今が踏ん張り時じゃない?」
目を細めて笑う徹ちゃんは陽気に「及川さんからのアドバイス!」と私に向かってピースする。よく分からずに首を傾げてもそれ以上は何も言ってくれなかった。
「あとは自分で考えな。以上!及川さんの人生相談コーナーでした!」
「え?」
「相談料はほっぺにチューで、っ痛い!」
ちょっとニヤニヤしながら頬を指差した徹ちゃんの後頭部にバレーボールが直撃する。奇跡的なタイミングだ!
すぐに岩ちゃんたちが駆け寄ってきて「悪ぃ!大丈夫か?」と声を掛けてくる。今回は本当に偶然だったようで、岩ちゃんですら驚いたようだった。
「なぁ、ごんべ子もう大丈夫なのか?徹、カノジョにもごんべ子にもフラれてショーシン中なんだ!許してやってくれよ!」
「ちょっと、猛!何言ってんの!?余計なこと言わなくていいから!」
ずっと私を心配してくれていたらしい猛くんが、徹ちゃんの失恋を暴露しつつ庇っている。徹ちゃんは慌てて猛くんの口を塞いだものの、時すでに遅し。岩ちゃんが弱みを握ったかのようにニヤリと笑い、矢巾さんは目を泳がせている。ばっちり聞こえていたようだ。
「あはは、ありがとう猛くん。もう大丈夫。徹ちゃんのおかげで元気でたから」
「ホントか?じゃあ、みんなでバレーしようぜ!さっきはじめにレシーブ特訓してもらった!」
「猛、ごんべ子にもフラれたけどまだ終わってないよ!これから頑張るんだから!」
「徹、しつこい男は嫌われるって父ちゃんが言ってたぞ!」
「はぅ、ぐっ…」
「だってよ、及川」
「俺は及川さんを応援します!」
最早誰も猛くんを止めることはできない。小学生は恐れることを知らないな、と他人事のように思った。岩ちゃんと矢巾さんの言葉に徹ちゃんは頭を抱えている。
早く!と猛くんに背中を押される徹ちゃんと目が合って、お互いに苦笑いした。
初めての感情
(飛雄がごんべ子とどう接したらいいか聞いてきたことは教えてあげない)
← top bkm →