すっかり元気を取り戻した私は、以前にも増してやる気満々だった。もうすぐ夏休みだし、何より部活漬けの毎日がやってくる!
体育館は暑いしマネージャー業は大変だけど、頑張っているみんなと過ごす時間が好きなので全然へっちゃらだった。
日向と影山も会話はないけど、お互いに何か活路を見出だしたようで心配なさそうだ。
私も影山と拳で語り合えば通じあえるのだろうか?想像してみると、私が一方的に暴れて終わりそうだった。
「トス練手伝って貰っていいか?」
「う、ウス!あ、でも私でいいのかな!?」
「…?忙しいなら他あたる」
自主練になると、影山がやっちーに声を掛けていた。やっぱり私とは距離を置いていることが確信に変わって、内心ショックを受ける。間違いなく自業自得なので仕方ないんだけど…。
やっちーはそんな私に気を使ってチラチラと視線を送ってくる。私が手伝うよ!!と立候補する勇気もなく、意地になった私はぶんぶんと首を横に振った。
「あっ、ウウン大丈夫!手伝うよ!」
「頼む」
新しいトス練に必要らしい空のペットボトルを並べる二人を見て、私はため息を吐く。
イメトレでは「影山、悪かった!仲直りしよう!」と握手で仲直り出来るのに、実際本人を目の前にするとそうもいかず……。
相変わらず私一人がギクシャクしている。部活中はマネージャー業に夢中になっているので問題はなかったけど、いつまでもこのままではいけない。
「ふーん」
各々自主練を始める中、誰か私の手伝いを欲している人は居ないかと探していた。
すると、いつの間にか背後に立っていたツッキーが私と影山を交互に見てそう呟く。その行動の意味が分からず「何?」と聞き返せば、じっと私を見下ろしてきた。
「王様が原因だったんだ」
「……その節はご心配をお掛けしました」
「僕、心配した覚えないけど」
「まったまた〜」
「……」
「謙遜なさらずに!」と少しふざけて付け加えるとツッキーは無言で私のつむじをドスッと押した。押すというか、刺したという表現の方がしっくりくる。一瞬の出来事に私は全く反応出来ずに放心し、やがてじんじんと頭頂部に広がる痛みを和らげるために手で擦った。
「ちょっと、痛いんですけど!」
「戻ったら戻ったで面倒臭いよね」
「エッ、何が!?……私が?」
はぁ…と私を見てわざとらしくため息を吐くツッキー。聞き返してもそれに対しての答えはなく、帰る準備を始めている。
「ツッキーもう帰るの?」
「うん。部活の時間終わったデショ」
「今自主練するともれなく私がついてくるけど、自主練しないの?」
「じゃあ絶対しない」
ガーンとショックを受ける私を見て、プッと笑ったツッキーは「じゃあね」と珍しく丁寧な挨拶をして体育館を出ていった。
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待ちに待った夏休みに入って数日。いよいよ一週間の長期遠征がやってきた。影山とは挨拶をする程度には戻ったものの、仲直りとまではいかず…。春高予選までには今までのように普通に会話できる仲に戻りたいけれど、タイミングを逃しまくっていた。
こうなってくると切り出し方が難しい…。影山は何も変わっていないのだから、私が変わらなければずっとこのままだ。合宿中は四六時中一緒にいるわけだから、きっと何とかなるはず!
「やべー!やべー!夜中に出発するってドキドキする!!」
「私も!なんか今から極秘任務に就くみたいな気持ちになるよね!」
「極秘……任務??」
伝わらなかった!首を傾げる日向に衝撃を受ける。その横で龍先輩が「前回お前らいなかったもんな…」と一歩先を行ったような顔で呟いた。先輩の言うとおり、前回は補習組と一緒だったので真昼間の出発だった。
だから今回真夜中に出発ということで日向も私もテンションが上がりまくっているのだ。さっきまで感じていた眠気なんてどこかに吹き飛んでいた。
「ふぁ〜、にしても眠ぃ……」
「今、夜中ですもんね。私は興奮して眠気は吹き飛んだのにあくびがうつりそうです」
「おれも今は全然眠くないです!あ、でもバスに乗ると眠くなるんだよな〜」
「単細胞はいいよね……どこでも寝られてさ……」
会話を聞いていたツッキーがため息とともにそう言うと、「なんだと!」と私たちの声が重なった。全然眠くないのに龍先輩のあくびを見ていると私もあくびを我慢できなくなる。更に私のあくびがうつった日向も大きなあくびをしていた。
"単細胞"という単語が脳裏を過った……。
「今回も早朝に向こうへ到着予定です――」
滝ノ上さんが運転手を申し出てくれました!と続けた武ちゃん先生の隣で、滝ノ上さんが眠そうに挨拶をする。言葉の通り今回の合宿の送り迎えを滝ノ上さんがしてくれるらしい。ありがたや…!大地さんの一言に続いて「しあース!」と皆でお願いすると思いの外響き渡った。
「バスで寝られるかな」
「絶対すぐ寝るよね、君は」
「そんなことないよ!今眠くないもん」
「絶対県内で寝る」
バスに乗り込み、ワクワクしたテンションのまま呟いた言葉はツッキーに拾われた。そして謎の宣言と共に座席に座ると小バカにしたように笑う。今こんなに目が冴えているのに眠れるもんか!と言い返すと、全く信じていない様子だった。ツッキーの寝顔を拝んでやる!と密かに誓いを立て、私も席に座る。
そして、グッチーが「俺、もう寝そう」と目をこすったところでバスが出発した。
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「ごんべ子ちゃん着いたよ」
「うーん…?」
凛とした声に起こされ目を開けると、潔子さんが微笑んでいた。「……天国?」と問いかけると「埼玉だよ」と返され目が覚める。窓から差し込む朝日がまぶしく、座って眠っていたせいで首や肩が少し痛い。
周囲を見渡すと他の皆も寝ぼけ眼で荷物を手に取って、バスから順番に降りていく姿を確認した。私も外に出ると、辺りは森と山に囲まれており時々鳥のさえずりが聞こえてきた。夏とはいえ、自然に囲まれたこの場所は吹く風が少しひんやりしている。
「寝られないかもとか言ってたのはどの口かな?」
「う…バスの揺れは反則だよね」
そう言ってツッキーが私を見下ろす。
確かにバスに乗ってからの記憶はほとんどない…ツッキーの寝顔どころか誰の寝顔も見ていなかった。ツッキーが言うには出発して10分くらいで寝てしまったらしい。マヌケな寝顔だったよ、なんて言いながら口元を隠してプププと笑われ悔しくなる。
「なんだ、烏野はまだ夢の中か?」
皆がまだうとうとしていると、現れたのはクロ先輩と研磨さん、そして海さんだった。クロ先輩は半分以上のメンバーがボーっとしている姿を見て笑う。日向だけはずっと元気で研磨さんに積極的に話しかけていた。
「なんなの宮城には鉄塔ないの?」
前の方で鉄塔が東京タワーに見えるという話で盛り上がっている中、ふとバスの方に目をやるとカラスとネコが喧嘩している姿を目撃する。カラスとネコって烏野と音駒みたいだなー、なんて考えていると黒い塊が視界に入った。
「…?」
リン、と鈴の音がした方向を見る。すると黒猫がじっと私のことを見つめていた。猫にしては貫禄のある雰囲気に、頭の毛が長めでとさかのように逆立っている。誰かに似ているような…?でも思い出せない。
「ツッキー見て、黒猫が……」
「いないけど」
「あれ?」
気になってツッキーに報告すると、もうその猫は姿を消していた。どこにも黒猫の姿が見えないので、寝ぼけてたんじゃない?と言われるとそんな気もしてくる。
なんだか不思議な感じのするネコだった。
「日向ー!」
今回の合宿先は埼玉県の森然高校である。既に他の学校は到着しているらしい。学校から続く長い階段を駆け降りながら大声で日向を呼んだのはリエーフだった。話したことはないけど人懐っこそうだという印象を受ける。
日向と騒ぎながら、降りてきたばかりの階段を再び登り始めたので、私たちもそれに続いた。
「…階段長っ」
「烏野の坂も似たようなもんじゃない?」
「へー、烏野は坂あんの?」
階段を登りながら思ったことを口にすると、前に居たツッキーが振り返る。
この階段と烏野の坂、どっちが辛いだろう。比べたところでどちらも疲れることに変わりないんだけど…。階段を登りながら地元の坂を思い浮かべていると、唐突にクロ先輩が話に入ってきた。
「君たちは青春中かな?俺ジャマだった?」
「僕たち、そういうんじゃないんで」
「あ、そうなの?」
ニヤニヤしながら尋ねるクロ先輩にツッキーがピシャリと言い返す。しかもうっすら笑みを浮かべていた。これ以上勝手なことを言うな、という牽制にも見える。そんなに嫌がらなくても……!
先輩が肩をすくめながら私に視線を寄越したので「そうみたいです」と苦笑いで返事をした。今度はツッキーが「邪魔みたいなんで」と言って先に上へ登っていく。
「ありゃ、なんか機嫌損ねちゃったか?」
「うーん、いつもあんな感じだと思うんですけど……」
私の洞察力はあまり鋭くないので自信はないけど、特に不機嫌というわけではなさそうだ。というよりただの部活仲間である私とあらぬ噂を立てられるのが嫌だったんだろう。
クロ先輩は「相変わらずクールだねぇ」とツッキーの後ろ姿を見て呟いていた。
「GWの合宿でも思ったけど、あのメガネ君はイマドキって感じだよな」
「……イマドキ?」
「なんか色々と達観してて悟ってる感じ?無駄なことはしなさそう」
あー、と納得の声が出てしまった。ツッキーはいつも冷静に周りを見ていて、試合になると特にそう思う。あと、何事もスマートにこなすし頭もいいし背も高く運動もできるし、女の子にモテる……性格は難アリだけど、他は文句なし。段々羨ましくなってきたのでツッキーのことを考えるのはやめた。
何か他の話題がないかと記憶を辿ると、さっきの猫のことを思い出した。そして、クロ先輩の顔を見て気付く。
「そういえば、さっきクロ先輩に似た黒猫を見ましたよ!」
「クロだけに?」
「……」
「黙んなよ」
真顔になった私に先輩も真顔になる。先に沈黙を破ったのは先輩の方だった。
「……そういや、ここら辺では昔から化け猫がでるとかでないとか聞いたことがあるようなないような。どんなクロ猫だった?」
急にクロ先輩がニヤニヤしながらそう言ったので、少し身構えてしまう。何か企んでいる顔だ。
どんな猫だったかな、と思い浮かべれば浮かべるほどクロ先輩に似ていた。道理で見たことあると思ったわけだ!妙にスッキリした。
「そうですね…。ちょっとふてぶてしくて、半笑いな感じで、ドーンとした体つきに、流し目が胡散臭い感じ」
「え、それ俺に似てる?」
ちょっと残念そうなクロ先輩。雰囲気が、と付け足しておいた。あまり納得はしていないようだけど、先輩は話を続ける。「まさしく噂通りの猫だ」と。
黒猫は不吉だなんて迷信は聞いたことがあるけれど、"化け猫"だなんて今時そんな都市伝説流行らない。
「その化け猫な、人間に化けて紛れ込んでるとか込んでないとか。で、目を付けた人間に悪さするらしいよ。多分だけど」
「…まさかー。それって作り話ですよね?」
「お前は信じる?」
逆に聞き返されて、私は疑心暗鬼になる。流石にそんな話を信じる程子供ではない。でも、神妙な面持ちで語る先輩を見て不安になってきた。どっちなんだ…?とまじまじと顔を見つめると、だんだんと口元が歪んでいく。
「いやいや、そんなに悩まんでも」
「……」
「そんな話を聞いたことがあるようなないようなって言っただろ?気にすんなよ」
「何か怪しい…」
さっきから曖昧なことばかりでそんな話が本当にあるのかないのかよく分からない。ただただイタズラっぽく笑う先輩に結局上手くはぐらかされ、無駄に恐怖心が生まれてしまった。
さっきの黒猫が化け猫?まさかそんなオカルトな話があるわけないじゃないか。
合宿遠征一日目"森然高校"
(かすかに鈴の音が聞こえた気がした)
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