今回の合宿も、前回と同じルールで行われた。もちろん負けたら地獄のペナルティが待っている。勝てばいい話とは言ったものの、やはり東京の強豪校は強い。
今日までの数週間、各々新しい技や技術を練習してきたし、日向も試合に出してもらえるようなので、きっとペナルティの回数も減るはずだ!
「がんばれ」
コートに整列した選手を見て小さく呟く。それは梟谷の選手の声にかき消され、隣に居たやっちーにも聞こえていないような大きさだった。にもかかわらず、いきなりこちらを向いた影山と視線がかち合う。
「…」
一瞬の出来事だった。既にコートの中で集中力を高めている影山。目が合ったと私が勘違いしているんじゃないかと思うくらいだった。
今の呟きが聞こえていたんだろうか?それとも、偶然タイミングが合っただけ?
――ななし野の声は、どこにいても聞こえる
いつかそう言った影山を思い出して、ほんの少し期待する自分がいることに気付いてしまった。
「今回のペナルティは森然限定!さわやか!裏山深緑坂道ダッシュ!…だそうだ」
初戦の梟谷には負けてしまった。
日向と影山の速攻や先輩たちのシンクロ攻撃がかみ合わなかったり、まだ新しく始めたことがモノになってないことが敗因だろう。
大地さんの掛け声で、メンバーたちはペナルティをこなすべく体育館を飛び出して行く。
「言葉にすると涼しげなのに……」
「みんなの顔は涼しげじゃないよね」
やっちーと共に裏山の坂をダッシュするみんなの様子を体育館の中から見つめる。館内も熱気が篭って暑いけど、外も日差しが強くて暑そう…。いくら私たちが願っても、灼熱の太陽は容赦なく肌を焼きにかかってくる。日向と影山はそんな意地悪な太陽にも負けないくらい元気だけど。
結局梟谷を始め、他校にも全敗してしまったのでこの光景を何度も見ることになった。合宿が終わる頃には、体力無尽蔵になっているに違いない。
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一日目の練習はあっという間に終わり、部員たちは自主練に入り始めていた。私も割り当てられたマネージャーの仕事を終えたので、誰かの練習を手伝わせてもらうつもりでうろうろしている。今回は食事の用意が必要ないおかげで私たちも存分に練習に参加できることになっていた。
それに大きな体育館もいくつかあるし、ちゃんとみんなが練習するスペースは確保出来ている。さすが私立!さすが強豪!
影山が体育館へ戻ってくる姿を確認すると、少し緊張してしまった。向こうは私に気付いていないようだ。ホッとした。
「……」
ボール出しの手伝いをすれば、影山と話す機会も作れるんじゃないだろうか……。最早、日常会話もままならないこの状況。自然に話しかけるなら自主練が最適かもしれない。
そう思って声を掛けようとするも、緊張してしまって最初の一言が出てこなかった。また断られるかもしれないとネガティブな思考が行動の邪魔をする。
意識しすぎて逆に不自然だということは分かっていた。でも、息を潜めてポールの影からじっと影山を見つめることしか出来ない。
先程から話し掛けるタイミングを窺ってはいるものの、自分の意思に反して第一声が出てきてくれなかった。
「……てつ……てつだおう、」
「呼んだ?」
「!?」
ボソボソと小さな声で呟くと、突如ニュッと目の前にクロ先輩の顔が現れた。思わずビクッと肩が跳ねる。不意討ち過ぎて悲鳴も出なかった。
とりあえず焦っていることを悟られないように平静を装いながら「呼んでません」と言うと、ちょっと残念そうな表情になる。先程までの緊張感がしおしおとしぼんでいった。
「えー、今"鉄朗"って言ってなかった?」
「言ってないです」
似てるといえば似ている…かも?でも、きっと先輩は聞き間違えたというのは建前で、ただ話しかけるキッカケとしてそう言ったんだろう。そんな気がする。
「ごんべ子は何してんの?」
「えっと、誰かの自主練を手伝わせてもらおうかと思って……」
影山とのことは伏せて状況を説明する。するとクロ先輩は私が先程まで見つめていた影山の姿を捉えると「へぇ」と呟いた。
何があったかまでは知りようがなくても、"何かある"ということはバレているだろう。
最近分かってきたことだけど、クロ先輩は主将というだけあってよく周りを見ていた。試合の合間にもよく声掛けやアドバイスをしていたし、他人の変化に敏感なのかも。
密かに感心していると、先輩は何も聞かずにまた私に視線を戻した。
「まだ決まってないなら俺たちの練習に付き合ってくんない?」
「俺たち?」
「うん、俺たち」
クロ先輩は私の言葉を繰り返す。俺たちということは、他の音駒の人たちもいるってことかな?つまり他校生の自主練を私が手伝うということだ。
でも、それっていいのだろうか…?何気なくその疑問を口にすると、先輩は少し考える素振りを見せる。それは形式的なもので、答えは既に用意されているように思えた。
「自主練だし、別にいいだろ。音駒だけマネ居ないから、ごんべ子に手伝ってもらおうと思ったんだけど」
「それ、私でいいんですか?ボール出しとかボール拾いしか出来ないですけど…むしろ邪魔になりそうな…?」
影山と喧嘩し、未だ仲直り出来ていないことで少しマネージャーとしての自信をなくしていた私は二つ返事が出来なかった。
「じゅーぶん、じゅーぶん!ボール拾えりゃ合格だから」
言葉と共に、ニコニコしながら私の肩に手を置いた先輩。失礼ながら少し胡散臭く見えてしまった。私が不信感丸出しな顔をしていることに気付いたようで、ニヤリと笑みを深める。
「他校生の練習手伝うなんて、普段できないだろ?もしかしたら、何か得られるものがあるかもしれないし?俺が教えてやれることもあるかもしれないし?」
「……」
「例えば、音駒のレシーブ力の秘訣とか必殺技とか」
「秘訣…必殺技!」
私の視線に合わせるように屈んで、少し顔を近付けながら言葉を並べられる。じっと見つめられると、段々先輩の言うことが正しい気がして思わず頷いてしまった。
「前にごんべ子、偵察とかしてたよな?こんなに堂々と他校の選手を観察できる機会はないと思うんだけど。どうよ?」
「…確かに。あ、でも一応大地さんに聞いてからでもいいですか?」
「オーケー。じゃ、そういうことでヨロシク」
言いくるめられた感じが否めない。ニヤリと笑ったクロ先輩は「第3体育館な」と言い残し、体育館を出て行った。
せっかく誘って貰えたんだし、クロ先輩の言うように合宿でしか経験出来ないことかもしれない。そう考えるといてもたってもいられなくなって、大地さんの元へ走った。
「というわけなんですが、黒尾さんの自主練に付き合ってもいいですか?」
「おー、いいぞ」
早速大地さんに事情を説明すると、意外にもあっさり許可してくれた。自分のチーム手伝え!と言われるかと思っていた私は、もう一度確認するように「いいんですか?」と尋ねる。大地さんはきょとんとした顔で逆に何故だめなんだ?と首を傾げた。答えられなかった。
「黒尾がいいって言うなら、俺はいいと思うよ。自主練だし、うちはマネージャーが3人いるから何とかなるし。音駒には合宿に参加させてもらってる恩もあるからな」
「…そういうことなら遠慮なく参加してこようと思います」
「あ、くれぐれも他校に迷惑をかけるんじゃないぞ!それからうちでも使えそうな技とか練習とかあったらしっかり盗んでこいよ!」
「大地さん、顔が……!」
ふっふっふと悪い顔で大地さんは笑う。そしてもう一度、「他校に迷惑をかけるんじゃないぞ」と念押しされた。
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すぐに第3体育館へ向かい、中を覗く。クロ先輩とリエーフ、梟谷の人たちが既に練習を始めていた。とりあえず邪魔しないように、こそっと足を踏み入れる。すると気付いたクロ先輩が、練習の手を止めて私を手招きした。
「お、お邪魔します!」
「早かったな、ごんべ子」
一斉に向けられた視線に少しびっくりしながら頭を下げると、クロ先輩の大きな手が私の肩に乗った。知らない人ばかりのなか、仲の良い先輩がいるのは心強い。
「はい、集合ー!」
「先生かよ、黒尾!」
これは自己紹介の流れ…?何故かこの場にいる全員を呼ぶとは思っていなくて緊張する。とりあえず、自分の名前と学校を名乗ると3人がまじまじと私を見てきた。居心地の悪さから視線を彷徨わせると、お構いなしに怒濤の質問攻めが始まる。
「まさか黒尾のカノジョ!?え、どこがいいの!?」
「そうだったんだ?君は黒尾さんと違う学校だよね?」
「ごんべ子ってあの変顔の!あれ、でも付き合ってるなんて言ってたっけ?」
口を挟む間もなく盛り上がり始め、私はたじろぐ。誰から返事をすればいいのやら…。個人的にリエーフが言った"変顔の"という部分が一番気になる。あとクロ先輩との関係も誤解されている。「彼女じゃないです」と一応否定したものの、聞こえているのかいないのかよく分からない。クロ先輩は気にすることなく話を進めた。
「前に、ごんべ子に紹介したいやつがいるって言ったろ?それがこいつな。一応、梟谷主将の木兎光太郎。うるせーけど割と強い」
「割とって何だよ、黒尾!それよりキミ、俺のファンだったの!?そういうことは早く言えよー!全然気付かなかった!」
「す、すいません……?」
「木兎さん、そうとは言ってないと思いますけど。困ってますよ、彼女」
「うん、俺そんなこと言ってない」
「違うのかよ!」
明るい笑顔で手を差し出されたので握り返すと、バシバシと肩を叩かれる。もう一人の梟谷の人とクロ先輩の水を差すような言葉を受けた木兎さんは「ちょっとは夢見させろよー!」と言って項垂れた。
試合を見ても思ったけれど、木兎さんは動作が大きくて分かりやすい。
「次!梟谷2年にして副主将の赤葦。木兎のコントロールで右に出るものなし!梟谷を影で支配しているのは赤葦と言っても過言ではない」
「それは言い過ぎじゃないですか、黒尾さん」
「そーだそーだ!それじゃあ俺が赤葦に操られてるみたいになってるし!」
「あながち間違いじゃねぇな」
赤葦さんが、紹介の仕方にちょっと戸惑いながらも私に会釈する。2年生で副主将とは凄い。心外だと騒ぐ木兎さんを赤葦さんが宥めている姿を見て、クロ先輩の言葉に同意した。木兎さんとは反対に落ち着いた雰囲気だ。
「んで、こっちが音駒のヘナチョコ1年リエーフ。今んとこ身長と口だけはデカい」
「ヘナチョコって何スか!俺は音駒のエースですよ!」
「その自信はどっからくるんだ、自称エース」
リエーフは自信に満ちた表情で胸を張る。前にクロ先輩からリエーフのことは聞いていて、一方的に知っていた。目の前に立つとその身長はより一層高く、迫力がある。
クロ先輩から「まだ早い」と言われて、リエーフは少しショックを受けていた。
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