バレーボールはコートのラインギリギリ内側に落ち、そのまま隅へ転がって行った。ボールに飛び付いたリエーフは、腕を伸ばし床に這いつくばったまま動かない。まさか熱中症で倒れたんじゃ!?心配になってドリンク片手に駆け寄る。

「リエーフ、もうギブアップか?」
「違います!ちょっと休憩してただけです!」

クロ先輩が挑発するように声を掛けると、ガバッと顔だけを上げて反論した。思ったより元気そうだ。

「リエーフ、とりあえず水分補給!」
「サンキュー…ごんべ子」

ダラダラと汗を流して相変わらず寝転んだままのリエーフにドリンクを渡すと、体勢はそのままで器用に流し込んでいる。
リエーフの元々の性格もあって、この練習中にすっかり打ち解けることが出来た。名前で呼ばれるとまだソワソワするけれど、音駒の皆はクロ先輩がいつも"ごんべ子"と呼んでいるから抵抗がないらしい。

「あー、マネ居るっていいなー。猛虎さん早く探してきてくんないかな」
「自分では探さないの?」
「だってもう皆部活入ってるし、何て声かければいいか分かんないだろ?」

何て他力本願なんだ…。寝転んだまま憂いているリエーフを見て笑っていると、入り口から聞き覚えのある声が聞こえてきた。視線を向けると、先輩たちが誰かに声を掛けている姿が見える。

「あっ、僕もう上がるので失礼しまーす」
「何!?」

この声と口調は絶対に彼だ。クロ先輩と木兎さんの向こうに、丁寧に頭を下げて立ち去ろうとするツッキーの姿を見つけて、予想が当たったことに小さく喜ぶ。
偶然通りかかった際に、木兎さんたちからブロック跳んでくれと頼まれたんだろう。かなり渋っていた。隣ではリエーフがしきりに「俺が!」と手をあげているけれど、ずっと無視されている。聞こえていないと判断したリエーフは、まるでゾンビのようにずるりとクロ先輩の足元へ這って行った。

「だから俺がブロック跳びますってば!」

バテてはいるけどやる気はあるようだ。クロ先輩にうるせぇと一蹴され撃沈していたけど…。うぐぅ、と口ごもったリエーフにドンマイと声をかけるとバタリと力が抜けて動かなくなった。

「……」
「や、やあ!ツッキー」

ようやくリエーフの横にしゃがんでいた私に気付いたツッキーが、目だけで「何で居るの?」と訴えてきている。ヒラヒラと手を振り挨拶するもガン無視された。悲しい。

「ツッキーも一緒に自主練やろうよ!」
「だからもう上がるって言ってるデショ。君は自分の仲間を手伝った方がいいんじゃない?」
「ごめんネ、メガネ君。自主練の間は俺らが借りてんの。もし返してほしかっ――」
「そうですか」

クロ先輩が言い終わる前にツッキーが言葉を被せる。人質的なあのやり取りを期待して地味にスタンバイしていた木兎さんもあまりの即答にポカンとしていた。もちろん、ノる気満々だった私もだ。

「何かごめんな、ごんべ子。まさか交渉すらさせてもらえないとは」
「謝らないでもらえますか…」

私だけが無駄に傷付いて終わったじゃないか!罰が悪そうなクロ先輩は、こっそりと謝ってくるけど余計に悲しくなった。
そして私を引き合いに出しても無駄だと分かった先輩は、木兎さんネタにシフトチェンジしたようだ。
私も知らなかったけど、木兎さんは全国で5本の指に入るスパイカーらしい。そんなに凄い選手だったなんて!

「…3本の指にはギリギリ入れないですかね…」
「ドンマイ」
「落とすくらいならアゲないで下さい!!」

赤葦さんの質問に、クロ先輩が木兎さんの肩を叩きながら呟く。木兎さんの上がっていたテンションは急激に下げられ、しょんぼりしていた。反対に復活した私は、ツッキーの元へ駆け寄る。

「全国区プレイヤーと練習出来るとかスゴくない?」
「何で君が嬉しそうなの」

だって全国の高校生プレイヤーの上位5位以内って凄いことだ!ウシワカにも匹敵する強さの持ち主と練習出来れば、春高で倒さねばならない白鳥沢対策にもなりそうだし。
それでも黙ったままのツッキーを挑発するように、クロ先輩が再び口を開いた。

「君、MBならも少しブロック練習した方がいいんじゃない?」

その一言でツッキーの顔つきが変わる。遠回しにヘタクソと言われてムカついたのだろう。あれ程頑なに自主練を拒んでいたツッキーが闘志を燃やして体育館へ足を踏み入れてきた。
してやったりと笑うクロ先輩に木兎さんがナイスと親指を立てる。こうして木兎さんは無事に練習相手を確保したのだった。


「てことで、リエーフはレシーブ練再開な」
「エッ!俺もブロック跳ぶんじゃないんですか!?」
「ごんべ子、さっきみたいに軽くでいいからサーブ頼む」
「了解です!」
「無視ですか!」

少し休憩できたことで体力を取り戻したリエーフは、クロ先輩の言葉に再び床に膝をついた。てっきりブロック練に参加出来ると思っていただけに、ショックが大きかったようだ。
クロ先輩はリエーフの戯れ言に耳を貸さず、ボールを手にコートに入る。

「じゃあ、ごんべ子のサーブとるとこからな」

岩ちゃんたちの特訓で拙いながらもサーブ(お遊び程度)が打てるようになっていたおかげで、何とこの私もがっつり練習に参加させて貰っている。

「えー!ごんべ子下手くそじゃないスか!ネットインばっかだし!」
「その下手くそサーブ全部拾ってから文句言えよ」
「そーだそーだ!」

クロ先輩の強打したボールだけでなく私が打ったヘロヘロのボールも取れるようにという意図らしい。つまりあらゆるボールを拾えるようにということだ。
アンダーサーブでしかネットを越えないけれど、コントロール皆無の為どこに落ちるか分からない。果たしてこれが本当に練習になっているのかは謎だけれど、楽しいから良しとしよう。

「リエーフ死ぬなぁ!」
「……うぅ」

本日2回目。リエーフが床に這いつくばって動かなくなってしまった。急いで駆け寄ると、消え入りそうな声で「み、水……」と呟く声が聞こえる。床に汗の水溜まりが出来ていた。
私がリエーフにドリンクを渡している隣のコートではツッキーがブロック練に励んでいる。
丁度、木兎さんがスパイクを決めたらしく、ガッツポーズして喜んでいた。ツッキーの腕には当たっていたけど、力負けしてしまったためブロックは失敗に終わる。

「ちょっと行ってくる。ごんべ子、リエーフ頼むわ」
「あ、はい!」

同じように見ていた先輩もそこに加わると、再び練習が始まった。いつもと違うメンバーの中にいるツッキーを見るのは新鮮だった。

「行くぜ!」
「メガネ君はストレートをキッチリしめとけよ!」

先輩がツッキーに指示を送る。ツッキーがストレートをしめたことにより木兎さんは空いたクロスに打たざるを得ない。すると、すかさずクロ先輩がコースを塞いだ。
そしてボールはネットを越えることなく落ちる。

「ウェーイ」
「くっそ!!」
「うおー、さすがクロ先輩!ウェーイ」
「だろだろ?ウェーイ」

興奮してクロ先輩に駆け寄り、ハイタッチを交わす。ニヤニヤしながらツッキーにもハイタッチを求めると、華麗なまでに無視された。そうなることは分かっていたのでダメージはない。

「うーん、やっぱメガネ君さ」

二人のブロックを比べた木兎さんはツッキーのブロックが弱々しいと告げる。意外と負けず嫌いのツッキーは、木兎さんに向かって減らず口を叩いた。

「悠長なこと言ってるとあのチビちゃんに良いとこ全部持ってかれるんじゃねーの。同じポジションだろー」

その言葉にツッキーは黙る。しんとしてしまったツッキーに私たちは首を傾げた。いつもなら「チビに負けるわけないでしょ」なんて言い返してきそうなのに、ただただ沈黙を貫いている。

「ツッキー?……うわっ!?」
「…」

どうしたんだろう?と駆け寄って顔を覗き込むと、ビタンと目を覆い隠された。
い、痛い……!何も見えず、ツッキーの掌の熱が瞼にうつる。剥がそうと試みたものの、思ったより力が強くてどうにもならなかった。

「それは仕方ないんじゃないですかね〜。日向と僕じゃ元の才能が違いますからね〜」

言葉とは裏腹に少し強ばった手は、ツッキーの本心を訴えているような気がした。本当は負けたくないって思っているんじゃないだろうか。
日向は身長こそないものの、人並外れた身体能力とどんな逆境にも挫けない精神力を持っている。ひたすら前を見て、がむしゃらに走っていくタイプ。対してツッキーは、最初から諦めたような、自分にも周りにも期待せず、出来る範囲で着実にこなすタイプ。正反対に思えた。

「ツッキーの顔が見えない」
「見なくていいから」

相変わらず目元を覆われているため、今ツッキーがどんな顔をしているのか分からなかった。いつもツッキーには何だかんだ元気付けて貰っているし、こんな私でも何か役立てるのならと思う。けれど、ツッキーはそれを望んでいない。

「あっ!またスパイク練習ですか!?」

ぞろぞろと足音が聞こえ、人の気配が倍増する。パッと掌が離れると、急に光が目に入って眩しさに目が眩んだ。
チカチカする目を何とかしようと瞬きしているうちに、ツッキーは立ち去って行く。

「なんか……地雷踏んだんじゃないスか。黒尾さん…」
「怒らした」
「クロ先輩、ツッキー怒らすと怖いですよ」
「え、マジで?」

ギクッと少し肩を揺らすクロ先輩。上手く煽ってやる気をアップさせようとしたらしい。でも、日向を引き合いにだしたことは失敗だったみたいだ。

「いや、だって思わないだろ」
「何を?」
「――チビちゃんを対等どころか、敵わない存在として見てるなんてさ」
「対等……」

その言葉は、なぜか私の心に引っかかる。ツッキーが日向を格上に見る気持ちは、立場は違えど私が影山に抱く気持ちと少し似ている気がした。
追いかけても追いかけても追いつけない。そしてだんだんと差が開いて、疲れて立ち止まってしまう。 だったら初めから追いかけなければいいと、冷めたふりをして諦めてしまっているのかもしれない。

「…クロ先輩、今日は失礼します」
「メガネ君追いかけんの?」

何が出来るわけでもないけれど、居ても立ってもいられなくて先輩に頭を下げた。クロ先輩は「明日からも自主練ヨロシク」と言って笑って背中を押してくれる。
木兎さんたちにも軽く頭を下げて、体育館を出るとツッキーを探して走った。



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