ツッキーを見つけたのは食堂だった。まだ皆自主練の最中のようで、あまり人が居ない。
一人黙々と箸を進めるツッキーの隣に無言で腰かけ、私も夕食タイムに入る。
「席、他にも空いてるけど」
「ツッキーのお悩み相談に伺いまして…」
「そういうの必要ないから」
予想通りの反応だった。
はあ、とため息を吐きながらも一緒に食べることは許してくれるようだ。だからと言って会話が弾むわけでもなく、私たちは無言で夕食を食べ続ける。だんだんと気まずくなってきた私と違って、ツッキーはどこ吹く風。
ついに食べ終わってしまったので焦る。このままでは一緒にご飯を食べただけになってしまうじゃないか!
「ツッキー待って!」
「何?」
「…げ、元気ですか!?」
席を立とうとするツッキーを引き留めるため、何とか絞り出した言葉は自分でも場違いだなと思った。ついノリで突きだしていた顎を元に戻しておく。
ツッキーが「はい、元気です!」なんて答えてくれるはずもなく冷ややかな視線だけが降り注いでいた。このままでは本気で距離を置かれそうだ…。それは辛いので、正直に「もう少し話そう」とお願いすると、渋々座りなおしてくれた。
「…で、何?僕もう風呂入って寝たいんだけど」
「すぐ……すぐ終わるから!」
「はぁ?何する気」
身の危険を感じたのか若干距離を取られた気がする……。
貴重な時間を頂いていることに申し訳なくなりつつも、何とかツッキーの本心を引き出せないかと考えた。余計なお世話だということはわかっている。でも、ツッキーにも何とか部活を楽しんでもらいたい。
部活への取り組み方なんて人それぞれだけど、どうせやるなら楽しんだ方がいいと思う!……というのは建前で、私はきっとマネージャーらしいことがしたいのかもしれない。
「ツッキーはどうしてバレー部に入ったの?バレーは好き?いつからやってるの?小さな巨人は知ってる!?」
ツッキーの表情が一気に険しくなる。あれ?私も地雷踏んだ?何が気に障ったんだろう?
「それ聞いてどうするの?」
「……会話を続けてよ〜!言葉のキャッチボールしようよ!」
「そういうのいいから」
つれない態度のツッキーは、ピシャリと言い放った。相変わらず全然心を開いてくれないことに心が挫けそう。
でも未だ私に付き合ってくれているということは、少なからず仲良くやっていこうという意思はあるはずだ。……多分。
ばっさり切られてしまった会話の続きが思いつかないので、とりあえずお茶を飲んで態勢を立て直すことにした。
「君さ、人のこと心配してる場合じゃないよね。王様のこと避けすぎじゃない?」
「うっ、ゲホッ」
突然振られた話題のせいで、お茶が器官に入ってむせてしまった。やっぱりバレてた…!避けているわけではないけど、そう見えているならそれと同義だ。
何と答えればいいのかわからず黙っていると、ツッキーがニヤニヤしながら私を見降ろしていた。弱みを握られた気分だった。
「選手とマネージャーがギクシャクしてていいんですかー」
「……別にギクシャクなんかしてないし」
「ただでさえ影山と日向が変な空気なのに、マネージャーまでこじらせたらダメでしょ」
「それはそうだけど、タイミングが難しくてですね……」
「それ言い訳」
いつの間にか形勢逆転していることに項垂れる。チクチクと私に突き刺さる言葉が痛い。言い訳。まさにその通りだ。
中学の時みたいに、まあいいやって逃げられたらどんなに楽だろう。でも、そうしたらずっと後悔することになるのは目に見えていた。乗り越えなければ、きっとこの先同じことで悩み続けるような気がする。
「…って、私のことはいいんだよ!それよりツッキーの話を聞きたいんだけど」
「僕、別に話すことないし」
気づけば私の相談になっていたので慌てて話の軌道を戻す。こちらの必死な形相にちょっと引いている気がするけれど、気にしたら負けだ。
一向に食い下がり続ける私に観念したのか、ツッキーは仕方ないというように口を開いた。
「じゃあ聞くけど、たかが部活なのにみんな何であんなに必死になれるんだよ」
「そ、それはさ。ほら、楽しいから…」
静かにそう言ったツッキーは、それ以上語ることはなかった。私が聞いたくせに答えられなくて、目が泳ぐ。楽しいから夢中になって、がむしゃらに頑張れるんじゃないか。好きなことだから必死に努力して少しでも極めたいと思うんじゃないか。
「君に答えられるとは思ってないから安心しなよ」
「それはそれで悲しい」
ツッキーはふっと鼻で笑うと、そう言った。やっぱり一線を引かれている。影山との一件でこじらせている私はツッキーとの交流にも自信をなくしそうになった。
ツッキーは今度こそ食器を手に立ち上がると、私に背を向ける。
「いい加減、"召使い"卒業したら?僕には積極的なくせに」
「え…?」
小さくて聞き取りづらいけれど、それは私へのアドバイス?既に食堂を出ていったツッキーの代わりに自主練を終えた他の部員たちが入ってくると食堂は一気に騒がしくなった。
---
夜の自由時間、顔を突き合わせていざガールズトーク!かと思いきや。話題は恋バナなんて可愛いものではなかった。
「実は……」
お風呂から帰ってくるときに、またあの黒猫が窓の外から私をじっと見ていたのだ。そして目を離すと消えている。一緒に居た潔子さんもやっちーも、見ていないと言うし…クロ先輩が教えてくれた都市伝説のような話が真実味を帯びてきた。
「この辺りって化け猫が出るって聞いたんですけど本当なんですか?」
「えー?何それ初めて聞いた」
「私も〜」
森然高校のマネージャーである大滝さんにこそっと尋ねると、彼女は首を傾げる。話が聞こえていたらしい白福さんは持参したポテチを頬張りながら同じように頷いていた。
肯定されなかったことに少し安堵して、クロ先輩に聞いた話をそのまま伝える。
でも、二人は全く怖がる素振りがなかった。もしかしてビビっているのは私だけ?
「そもそも何で化け猫?」
「あんまり怖くなさそう〜」
「ですよねー!なんだ、やっぱりあの黒い猫はノラなんですね!」
よかった!たまたま私しか見てないタイミングだっただけで、ただのノラ猫だったんだ。
クロ先輩の噂話も嘘っぽかったし、気にすることなんてない!ただの偶然かもしれないし、黒猫だって私を見ていたわけではないかもしれない。
きっと私が自意識過剰になっているんだ。
「猫の話は分からないけど、他の話なら知ってるよ」
「何々〜?怖い話?」
「おもしろそうだね」
大滝さんが何気なく言った一言に、雀田さんや潔子さんたちも輪に加わった。やっちーは疲れから既に眠りについていたので、起こさないように小声で話す。
蝉の声と鈴の音が静かな教室に響いていた。カーテンを揺らした生ぬるい風が、肌を撫でていく。息を潜めて耳を澄ませば、どこからともなく足音が聞こえるような気がして心拍数が上がった。
「うちの学校にはね――」
怪談話をする大滝さんを、一斉に見つめる。こういう怖い話をしていると、幽霊が集まってくるらしい。どうしても窓の外や自分の背後が気になって仕方がなかった。特に暗い廊下を見ないようにしようと決めると途端に意識がそちらに集中してしまう。霊感なんてただの一ミクロンもないから、全て思い込みだ!チラ、と空いた教室のドアを見て私は後悔した。
「――それでね、振り返るとこう言うの。"ホンモノだと思った?"」
「ぎゃあああ!」
「ごんべ子ちゃんどうしたの!?」
「何々!?びっくりした〜!」
廊下を横切った"黒い塊"を見てしまった私は、丁度重なった大滝さんの台詞に絶叫してしまった。この階には他に人は居ないはず。だとしたら今の影は一体!?
布団にくるまって心を落ち着けようと「ナムアミダブツ……」と呟くと、それにびっくりした他の皆も焦っていた。
「大丈夫?」
「す、すみません…!急に大声だしてしまって……」
「私こそごめんね!ななし野さん、怖い話ダメだったんだね」
申し訳なさそうに謝る大滝さんに、ますます申し訳なくなった。怖い話がダメだったのではなく、廊下を黒い影みたいなものが通った所を見てしまっただけなのだ。
もしかすると気のせいかもしれない可能性もある。ただ、もう一度確かめる勇気はなかった。
「じゃあ、そろそろ寝る?明日も早いし」
「そうだね」
雀田さんの言葉に宮ノ下さんが答えると、電気が消される。今日一日で大分疲れたにも関わらず、全然眠くならなかった。目を瞑っても、怖い想像ばかりが浮かんでくる。目を開けても見えてはいけない何かが見えそうで怖い。
みんなの寝息が聞こえてきた頃、私は半泣きで布団に潜り込みひたすら朝がくるのを待った。たまに物音が聞こえるのは、多分男子だろう。いや、そうであって欲しい。
合宿遠征一日目"第3体育館"
(怖くて死にそう……)
← top bkm →