「ん?なんだ、騒がしいな?」
何故かギスギスしている日向と影山をどうしたものかと眺めていると、ジャージ姿の人たちが体育館にやってきた。そして私たちを見て立ち止まる。恐らく先輩方だろう。
いかにもスポーツマンという見た目の爽やかな人と泣き黒子のある優しそうな人、坊主頭でガン飛ばしてくる厳つい人。三人とも憧れの黒いジャージを着ている!
密かにドキドキしたのも束の間、坊主先輩にじろじろと見られ、別のドキドキに変わった。これだけガンを飛ばされることなんて初めてだ。先輩の方が背が高いので、私と日向は見下ろされる形になり、より一層迫力が増して見えた。
ビビっている私と日向を他所に、先輩方の興味は影山に逸れる。ここでも影山の知名度を思い知った。流石、コート上の王様の異名は伊達じゃない。
「あっあのっ!ちわス!!」
「ちわす!」
「あっ、おっお前ェッ!チビの1番!と、北川第一のマネージャー!!」
「えっ!」
日向の渾身の挨拶でこちらを向いた坊主の先輩は、思い出したように私たちを指差した。日向と顔を見合せ、お互いに首を傾げ合い、もう一度坊主先輩を見る。見覚えはない。
「君がマネ志望のななし野だな。じゃあ、もう一人の日向ってお前か!影山も日向も、お前らどっちも烏野か…!」
「?あの…」
「俺達去年のお前らの試合見てたんだよ」
爽やか先輩が手に持った入部届けと、私たちの顔と名前を確認する。そして泣き黒子先輩の補足を聞き、納得した。
それに日向の驚異的な身体能力は、先輩たちの記憶にも残っていたらしい。確かに最後のワンプレーは凄かった!
それに比べて私は人様の噂になるような敏腕マネージャーだったわけでもないはずだし…日向は選手だから分かるけど…。私が覚えられているのはなぜだろう?と頭にハテナマークを浮かべる。
そんな私を見て坊主先輩はニシシと笑った。意外と可愛い笑顔だった。
「お前、敵だったこのチビの応援して監督に怒られてたろ!バッチリ見てたぜー」
「結構響いてたよ、君の声」
言われて蘇るあの時の記憶。敵味方の区分なんて忘れて敵チームの応援をしてしまった私は、試合後監督にこってり絞られたのだった。
まさか、あの場面を見られているなんて思いもしなかった。後悔はしていないけれどマネージャーとしてはどうなんだ…と今更落ち込む。泣き黒子先輩が、肩を落とす私を見てあははと笑った。
「やっぱり、高校もマネージャーやるんだ?」
「はい!私、ずっとここのバレー部のマネージャーがやりたくて!」
「へーそうなんだ。あ、もしかして"小さな巨人"に影響されて?」
「はっ、何で分かったんですか?!えっ、凄い!先輩、もしかして」
「エスパーじゃないよ」
「ですよねー」
軽いジョークのつもりだったのだけど、「エスパーなんかあるわけないだろ」と副音声が聞こえそうな声音で言葉を被せられる。ニコニコしていて見た感じとても優しそうなのに、何となく逆らえない空気を醸し出している気がした。あくまでも私の主観だけど。
私が先輩の笑顔を深読みしていると、またしてもあははと声を上げて笑い出す。笑いどころが不明でポカンと先輩を見つめる。
君、分かりやすいよね!と言った後、そのまま自己紹介へと続いた。
「俺、3年の菅原!よろしくな」
「は、はい!よろしくお願いします!私は、ななし野と言います」
「じゃあ、ななし野ちゃんって呼ぼ!俺のことはスガでいいよ、みんなそう呼ぶし」
「あ、ありがとうございます!!……スガ!」
私と先輩の間に妙な沈黙が生まれ、ん?とお互いに疑問符を投げ掛ける。目を丸くして私を見てくる先輩を、同じように見つめる私。
あっ、呼び捨て!次第に自分が仕出かしたミスに気付き、変な汗が背中を流れた。私の青春よサラバ…。
「ぷっ、あはは!ま、まさか呼び捨てとは、思わなかったべ!」
「本当にすみません!ついウッカリ!!申し訳ないです!スガ…さん!」
別に気にしてないってと笑いながら、私の肩を叩くスガさん。謝り倒す私を見て目に浮かぶ涙を拭っている。本当に怒ってはいないようでホッとした。
優しい先輩でよかった…さっき少しだけ腹黒いかもなんて思った私がどうかしてた。
「さっきの皆に話しても良い?」
「だ、ダメです!それだけは!」
「えー」
口を尖らせて残念そうなスガさんは、親切にもあと二人の先輩のことも紹介してくれた。爽やか先輩はバレー部主将で大地さん、坊主先輩は2年の田中先輩というらしい。ちなみに、田中さんではなく田中先輩と呼べば喜ぶだろうと教えてくれた。
「今までの全部…全部無駄だったみたいに言うな!!」
「え、もうけんか?はやくない?」
早速先輩と打ち解けられた!と喜んでいると、突然大声を上げた日向に驚きスガさんと共に輪に加わる。
影山に何を言われたのか分からないけれど、日向が悔しげに唇を噛み拳を握りしめていた。日向は影山に勝負しろよ!と、仲裁に入る大地さんを無視して喋り続けている。影山も影山で、勝負と聞いて血が騒ぐのだろう。
そして私も、二人に感化され野次馬の血が騒いでいた。
「二人で勝負するんだよね?私が審判しようか!?何の勝負かわかんないけど!」
「こら、ななし野煽るんじゃないよ」
いいなぁ、何か因縁のライバルって感じ!審判を申し出た私を大地さんが苦笑いで制止する。尚続く日向と影山の勝負に加わりたくて仕方がない。でも、先輩の言うことを無視する勇気なんて持ち合わせていなかった。
「騒がしいなバレー部、まさか喧嘩じゃないだろうね?」
「ゲッ教頭!…せんせいっ」
ぬっと体育館に現れたカツラ丸出しの教頭先生に田中先輩が顔をしかめる。あまり覚えていない入学式だけど、不自然に髪がズレていた教頭だけは覚えていた。しばらくはクラスメイトと盛り上がったものだ。あだ名は…。
「ヅ…」
「わー!ななし野ちゃん!?」
「むぐっ」
突如スガさんの手が後ろから私の口を塞ぎ、息が詰まる。密着した背中に緊張が走った。こ、これは一体!?固まりながらスガさんを見上げると、慌てながら大地さんと一緒に教頭に弁明していて私に気付いていない。日向も影山も田中先輩も、みんな私に見向きもしなかった。
鼻で息をすればいいのか口で息をすればいいのか分からない!日向たちが勝手に勝負を始めるのを見つめて私は息を止めた。
「コラコラ君達、勝手なことはやめなさいね」
大地さんの注意は聞き入れられることもなく、教頭の意識が日向たちに向く。大地さんは笑顔だったけど、イラッとしたのが私にも分かった。これは、大人しくしておかないとヤバイかも…。と思ったけど、私も限界に達しようとしていた。…もう苦しい。無理だ。死んでしまう。
「んー!」
「あっ、ごめんななし野ちゃん!」
必死の形相でスガさんの手を叩けば、はっとして解放してくれた。息を吐き出し、次いで吸い込み肺に空気を入れる。死ぬかと思った!申し訳なさそうな顔で謝るスガさんを許さないわけにはいかない。涙目でジトリと視線を送り、空気を読んで勝負を見守った。
影山の強烈なサーブ一本目。日向は取れなかった。去年よりサーブの精度が上がっている!その威力に、先輩たちも怯んでいた。
「もう一本」
「おい」
「日向がんばれ!まけるな!」
「だから煽るんじゃないよ」
「主将の指示を聞かないなんて問題だねぇ」
さっきの一本で諦めるわけがない。
日向の顔つきと纏う空気が変わり、集中力が高まっていくのを感じた。私はついに耐えきれず声援を送ってしまい、大地さんに注意される。
「問題だねぇ」
そんな私たちに教頭が嫌味な声で言う。邪魔すんなとは言えないので、じっと教頭の頭を見つめると、「な、なんだね?」と上ずった声で視線を泳がせていた。もしかして、自分がカツラだということがバレていないとでも?視線に耐えきれなかったのか、私を無視して大地さんにくどくどと嫌味を言い出す。いつか教頭のカツラをひっぺがしてやりたい!
直後、悲劇が起こった。
「ヤベッ!スンマセ…んっ!?」
「!!」
「あっ!ヅラが!?宙を?!舞った!?やった…!」
「ななし野ちゃん、黙って!」
急に焦った影山の声が聞こえたと思ったら、ボッと凄い勢いで教頭の頭にボールがぶち当たる。そしてその反動で教頭のカツラが宙を舞い、大地さんの頭に乗った。……乗った!一瞬の出来事である。
「ブフッ!す、凄い!乗った!コントみたい!凄い!カツラが…宙を舞って、不時着…!」
「アレ、ヅラだったのか…!」
「ブォッフ!お前らっ!プクック黙れブフー」
「田中も黙れ!!」
この笑撃は一生忘れない。某動画サイトに投稿すればとてつもない人気が出ると思う!
一瞬静まり返った体育館と遠くを見つめる教頭が妙にシュールで、耐えきれずに笑い転げるとつられて田中先輩も笑いを堪えていた。堪えきれていないけど。
「…澤村くん…ちょっといいかな…」
そして、大地さんは教頭に連れられ体育館を後にした。
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