そして30分後、どこかゲッソリした大地さんが体育館に戻ってくる。こってり搾られたのだろうか?土下座させられたとか?もしくは、廃部…?教頭にグチグチと嫌みを言われている大地さんが思い浮かんで、罪悪感でいっぱいになった。教頭のヅラをひっぺがしてやりたいと願いはしたが、まさかあんな形で叶うなんて…。思い出せば何度でも笑いが込み上げてくる。口角が上がり始めた私に気付いた田中先輩が肘で小突いてきたけど、先輩もニヤニヤしていた。

「ォホンッ」

田中先輩とニヤニヤ目配せしあっていると、目の前の大地さんが咳払いで咎める。目が据わっている!ヤバい、と二人して背筋を伸ばした。
田中先輩の話では、教頭はすぐに問題行動にしたがる先生らしいし…一体どんな罰があったんだろう?と、息を呑んで大地さんの言葉を待つ。

「幸いにもとくにお咎めナシ、謝罪も要らない…が、何も見なかった事にしろ」
「…」

どうやらなかったことにしてくれるらしい。教頭のヅラをぶっ飛ばしておいて、何もナシなんてラッキーにも程がある。ボールがぶち当たったことより何より、自分がカツラであるということを隠したかったみたいだ。
ヅラなんてことはとっくに全校生徒に知れ渡っているというのに…。「不毛だ」と小さく呟けば田中先輩がブフォと吹き出し大地さんに睨まれていた。
そして緊張感から開放されたのか日向と影山の口論が始まる。

「ほんとに、二人とも喧嘩ばっかだよね!実は仲良いんじゃない?」
「「良くない!!」」

ハモった!何だかんだ言って、相性は良いのかもしれない。言えば二人とも怒りそうなので、そこは黙っておく。
ちぐはぐな二人にぷっと吹き出した時、「なぁ」と大地さんの静かな声がその場を支配した。明らかに怒っている。
スガさんと田中先輩が大げさに反応していた。

「お前らがどういう動機で烏野に来たかは知らない。けど当然勝つ気で来てるんだろ」
「ハイ!」
「勿論です」
「ななし野もわざわざマネージャーを志望したからには、選手と同じ気持ちなんだよな」
「当然です!」

大地さんは続ける。烏野高校は数年前まで県内でトップクラスのチームだった。でも、今は落ちた強豪"飛べない烏"と呼ばれている。
その呼び名は私も聞いたことがあった。小さな巨人が引退した後、中々勝ち上がれない烏野を皮肉ったものだ。
最後に、あの小さな巨人が活躍した舞台"春高"を目指す、と大地さんは告げた。

ぶわっと、あの時ブラウン管越しに見ていたあの場面が思い浮かぶ。小さな巨人が羽ばたいたあのコート、あの舞台。

「もう一度あそこへ行く。もう飛べない烏なんて言わせない」

そして、本気で目指す、と。私も、憧れのバレー部に入部するからには全国に行けるように全力でサポートしたい。そのために、中学でもマネージャーの経験を積んだのだから。強豪校でのマネージャー経験は絶対に役に立つはずだ。頑張る部員を支えたい。
主将の方針を聞いて、より一層燃えてきた!目標は高い方がいいだろう。

「だから、どんなに優秀な選手だろうが、一生懸命でヤル気のある新入生だろうが貴重なマネージャー志望者だろうが、チームの和を乱すような奴はいらない」
「?」
「それはどういう…」

大地さんの言葉の意図が分からず、口を開くと同時にペンペンペンとおでこに何かを押し付けられた。視界が白く塗り代わり、大地さんの凄みのある声が耳に響く。
そして気がつけば、私も影山も日向も体育館を追い出されていた。あまりの勢いに全然頭が追い付かない。
え、どういうこと?ひらりと手に落ち収まった入部届けを見つめる。間違いなく自分で書いて出したものだった。返された?

「互いにチームメイトだと自覚するまで部活には一切参加させない」

その言葉と共に、ドン!と締め切られた扉。入部届けを握り締め、三人で顔を見合せる。部活に参加させない?チームメイトの自覚?何だそれは。

「うっ、チームメイトの自覚って何!?どうやんの?!」
「知るかっ」
「やだっ、私も!?ど、どうしよう!ごめんなさい!」

働かない頭でも、ようやく事態を飲み込めた。緊急事態発生!締め切られたドアに飛び付いた日向と私は中にいる先輩に謝罪の言葉を投げ掛ける。でも厚い扉の向こうから返事がくることはなかった。
チームメイトと自覚するまで、と言われたけれど一体全体どうすれば証明になるのか分からない。ここでマネージャーが出来なかったら私の青春は終わったも同然だ!
何とか我先に謝ろうと影山も加わり三人で押し合っていると、ふいに日向が影山に吹っ飛ばされた。飛んだなー…なんて呑気に考えている場合ではない。このままでは私も影山に吹っ飛ばされる!と思い、身を引く。

すると大地さんが、ぬっと扉から顔を出して「本音は?」と影山に尋ねた。じっと見つめ合う二人。とうとう影山は小さな声で本音を語る。

「試合で、今の日向と協力するくらいならレシーブもトスもスパイクも全部俺一人でやれればいいのにって思います」
「何言ってんのオマエェ!?」
「はっはっは、何で本当に言っちゃうんだよ本音を!でもさ、ボールを落としてはダメ、持ってもダメ一人が続けて二度触るのもダメ…ていうバレーボールでどうやって一人で戦うの?」
「…」

言われて押し黙る影山。大地さんは可笑しそうにしているが目は全く笑っていなかった。

「あ、あの!大地さ…先輩っ!私、私はどうしてですか!?」
「連 帯 責 任」

大地さんはニコッと笑うと、ピシャリと扉を閉めた。まさか、そんなに一刀両断にされるとは…私たちはただ立ち尽くした。先輩は…残酷だ。
こんなに部活がしたいと訴えてる新入生にこの仕打ち!どうやっても、私たちがチームメイトの自覚とやらを見せなければ参加させてもらえそうにない。
中から聞こえ始めた練習の掛け声とシューズの音をBGMに、体育館の外から様子を眺めることしか出来なかった。

「どうしてこうなった…」

相変わらず、影山と日向は言い争っている。今はそんなことしてる場合じゃないのに!と言ってもどうすればいいのか分からないけど。

「くそっ、さっさと入れてもらうぞ!」
「それが出来ないからココに居るんだろ!」
「そうだよ、影山!チームメイトの自覚を証明できなきゃ無理だって大地さんが言ってたじゃん」
「俺は戦力になる」

自信満々に言い放った影山に目が点になる。日向は思わず"王様"と口走り、睨まれていた。具体的には、日向と影山が2対2のゲームを挑み、勝ったら入部ということにしてもらうらしい。
仲間っぽく見えるという点ではいいかもしれないけど、あの主将には上っ面だけの仲間なんて通用する気がしないのは私だけだろうか。でも…。

「ちょっと面白そうだな…」
「ななし野さんまで…でも、負けたらどうすんだ!」
「負けねぇよ、俺が居る。お前はできる限り全力で俺の足を引っ張らない努力をしろ」

こんな状況ではあるけど、何事も楽しまなければやってられない。それに、入部を賭けて勝負とかドラマみたい!高校生って凄い!
ちょっと楽しくなってきている私とは反対に日向は影山の横柄な態度と上から目線の言葉に反論していた。

「中学で…」

突然、窓の格子に飛び付いた日向は静かに言葉を紡ぐ。去年のあの試合が、日向の中学生活最初で最後だったらしい。部員も足りず、練習場所もなかった日向はいつも廊下や体育館の隅っこで練習していたという。強豪校に通っていた私たちには想像もつかない。
よっぽどバレーに飢えているのか、日向は影山の嫌な部分もバレーのためなら我慢すると明かした。日向の覚悟に影山もヤル気が増したらしい。

「おい、さっさと作戦立てるぞ!ななし野も協力しろよ!」
「何キレてんだよっ…」
「もちろん!」

そして三人での作戦会議が始まった。会議と言っても、試合の内容には触れずいかに仲間っぽく見せるかに重点を置いた話だった。
こんなんでいいのかは分からないけど、まず表面上だけでも協力しなければ取り合ってもらえないかもしれない。交渉はどうする、掛け声はこうしようと1つ1つ決めていき一時間経った頃にようやくバレーっぽい話になった。

「エッ!私も入るの!?ウソでしょ?無理だよ、無理無理!」
「もしもだ!三人で、って言われたらだよ。もしも!」
「ななし野さん、バレーできるの!?ポジションは?レシーブ得意?」
「いやいや、そんな本格的にはできないよ!体育の授業レベルくらい。ポジションとかないし、レシーブは大体顔面だし!」

興味津々な日向には申し訳ないけれど、私にバレー経験はほぼない。幼なじみがバレーをしていたし、私も小さな巨人に憧れて少しだけ町内会の球技大会に出たりしてたけど、はっきり言ってそんなに上手くなかった。私が世界とっちゃる!みたいに思っていた時期もあるが、恥ずかしいし消し去りたい黒歴史だ。
センスも才能もなくて、自分でプレーすることは諦めた。元々ミーハーで始めたものだったし、こうして違う形で夢を見つけられたから良しとしている。日向はそっかー、と残念そうにしていた。

こうして作戦会議は日が暮れるまで続いた。息の合わない二人。不安だ、とても。

「あ、部活終わったよ二人とも!」
「よし、行くぞ」
「おう!」

部活終了の合図が聞こえ、窓から中を確認して二人に声を掛ける。気付かれないように少しだけ扉をあけると緊張した面持ちで「キャプテン!」と大声で呼んだ。すると田中先輩が顔を出す。私たちがまだ扉の前に居たことにびっくりしていた。

「勝負させてください!」
「おれ達対先輩たちとで!!」
「ブホッマジでかっ」

ニヤニヤする田中先輩に、頭を抱えるスガさん。二人は気にせずに、せーのと声を合わせて「ちゃんと協力して戦えるって証明します!!」と宣言した。うん、練習通りだ。せーのって聞こえちゃったけど。
そして、「人数足りなかったら私も戦う所存です!」と影山に言われた通り続けると、田中先輩がブフォーと吹き出した。

「負けたら?」
「うっ」
「どんな罰でも受けます」
「坊主にします!」

大地さんの言葉に日向が怯む。私は目の前に居た田中先輩の頭を見て咄嗟に思い付いた言葉を発する。周囲からエッ!?と驚愕の声が上がった。そのくらいの気持ちです!と念を込めて大地さんを見上げる。

「ななし野は気持ちだけ受け取っとくから」

…ホッとした。受理されたらどうしようかとちょっと心配だった。さすがに髪は大事だし。教頭のこと笑えなくなっちゃうし。
無言で髪の毛を触った私と目が合った田中先輩は、ついに笑いながら床を転げ回る。真剣な話をしているなか、それはとても奇妙な光景だった。

大地さんは少し考えた後、あと二人入ってくる新入部員と3対3で勝負するように言った。ん、もしかして私も数に?という心配は無用だったようで、日向影山チームには田中先輩が入るらしい。
しかも負けたら3年が居る間、影山にセッターをやらせないということが条件だった。

「…どうした?別に入部を認めないって言ってる訳じゃない。お前なら他のポジションだって余裕だろ?」
「俺は!セッターです!」
「…勝てばいいだろ?試合は土曜の午前。いいな」
「はい!!」

そしてまた扉は閉められた。田中先輩の「ななし野が返事すんのかよ!」という台詞が最後まで耳に残っていた。
月曜日、午後7時30分のことである。



チームメイトの自覚
(田中先輩とは良好な関係を築けそうな気がする)

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