二日目の朝は、寝不足気味に始まった。
昨夜の怪談話と謎の黒い影のせいで中々寝付けなかったことが原因だ。結局、睡魔に負けていつの間にか寝ていたけれど、圧倒的に睡眠時間が足りていなかった。
抑えきれずあくびを連発しながら一人食堂へ向かう。もたついて出遅れていたせいか、廊下にはほとんど人が見当たらなかった。
「……」
みんな既に練習始めてたりして……一抹の不安が脳裏を過った。ケータイで時刻を確認すると、スケジュール的には朝食の時間。日向や影山はもう練習を始めてそうだけど他のみんなはまだ食堂にいるだろう。
「よぉ、ごんべ子」
私に声をかけてきたのはクロ先輩と研磨さんだった。二人とも今から朝食に向かうようだ。私に合わせて二人も立ち止まった。
「おはようございます。クロ先輩、研磨さん」
「おはよう…」
「眠そうだなー、お前ら」
私同様、眠そうな研磨さんはくぁと小さくあくびをする。つられる私を見てクロ先輩は笑った。
それにしても……既に髪をセットしているなんてやる気満々だ!さすがシティーボーイ。朝から身だしなみにも気を使っているとは…。
それに比べて、眠いからといって寝癖を放置している自分が恥ずかしい。気付かれないようにそっと手で髪を押さえた。
「クロ先輩、髪型キマってますね!」
「……あー、」
「……ぷっ」
「研磨さん?」
私がそう言うと、研磨さんが小さく噴き出す。あれ、私変なこと言ったかな?褒めたつもりなのに、微妙な顔をしている先輩たちは何やらアイコンタクトを取り合っていた。
何かまずいことを言ってしまったかな?気になって尋ねると研磨さんが口を開く。
「これ、セットじゃな――」
「そういうごんべ子は寝癖ひでーな」
「うわ、ちょっ」
研磨さんの言葉を遮り、クロ先輩は私の気にしていた寝癖をつまむ。抵抗しても仕方がないのでされるがまま突っ立っていた。明日からは、早起きして髪の毛ちゃんとセットしようと思う。
先輩は何度かピンピンと髪の毛を引っ張って満足したようだった。
「なおんねーな」
「どうしましょう…」
「濡らせば何とかなるだろ。ワックス貸してやろーか?」
「ねぇクロ、おれ先に行くから」
頑固なハネはクロ先輩の力をもってしても依然主張を続けている。部活までには何とかしなければ……そう思って先輩に相談していると、急に研磨さんが固まった。そして、そそくさと立ち去っていく。
「おはよーございます!!黒尾さん、ごんべ子!今研磨さん居ませんでした?」
「はよ。朝から元気だな、リエーフ」
「おはよう!研磨さんなら先に行っちゃったよ」
どうしたんだろう、研磨さん?と不思議に思っていると、リエーフが元気よく現れた。そして挨拶もそこそこに、去っていく研磨さんを見つけて追いかけて行く。
さては研磨さん、走ってくるリエーフが見えたから逃げたな。
「捕まったな」
「背中から嫌そうなオーラが出てますね」
結局、少し先でリエーフに追い付かれて隣を歩いている研磨さんを見つめる。明らかにめんどくさいという雰囲気を醸し出しながらも、人懐っこい後輩と並んで食堂へ向かっていた。何だかんだ言っても、やっぱり先輩なんだ。
「腹減ったな。俺たちも行くか」
「そうですね」
いつまでもここにいるわけには行かないので、私たちも食堂へ向かう。早くしないと食べ損ねてしまうし、朝御飯を食べないと元気も出ない。隙あらば私の寝癖を引っ張るクロ先輩の手を払い除けながら歩きだすと今度は別の声に呼び止められた。
「よっ!黒尾にカラスマちゃん!朝から熱いねー、ヒューヒュー」
「そういうお前は朝からテンション高ぇな」
「いつものことですよ」
現れたのは昨日知り合ったばかりの木兎さんと赤葦さんだった。木兎さんは髪をセットしていない状態だったので、別人みたいだ。
それにしてもカラスマちゃんって誰だ?周囲を見渡しても該当する人は見当たらないし、木兎さんは明らかに私を見ている。
「あの、カラスマちゃんって私のことですか?」
「そーそー、烏野のマネちゃん。略してカラスマちゃん」
「ぶっ、あだ名つけんの下手くそかよ!」
一体いつから私はカラスマちゃんになったんだろう。得意気な木兎さんと、笑うクロ先輩を見つめて考えていると赤葦さんが相変わらずのポーカーフェイスで話しかけてきた。
「ごめんねななし野さん。木兎さん、君の名前忘れちゃったみたいで」
「えっ」
「いや違うぞ、赤葦!忘れたんじゃなくて"ど"忘れしたんだ!」
「ぶっひゃっひゃ!更にひでーじゃねーか!」
思わずぽかんとしてしまった。昨日は木兎さんたちとあまり話せていないし、他校のマネージャーの名前を覚えていないのは仕方ない。多少のショックはあるものの、絶対に覚えて貰うぞ!という気持ちが沸いてきた。
「木兎さん、それ白福さんにも言って怒られたばかりじゃないですか。懲りてないんですか?」
「……反省してなくもない!」
つまり反省している、ということかな?半目になって遠くを見つめる木兎さんに赤葦さんがもう一度ごめんねと謝ってくれた。
私はそれほど気にしていない。でも、さすがにカラスマちゃんは呼ばれても気付けない自信がある。
「木兎さん、ななし野ごんべ子です。覚えてくれると嬉しいです!」
「ウン、ごんべ子チャンね!よし、覚えた!ごんべ子チャン、改めてよろしくな!」
「こちらこそよろしくお願いします!」
グッと親指を立てた木兎さんは、もう一度握手を求めて手を差し出してくる。その手を握り返すと、何だか友情が芽生えたような気がした。
気さくな人だし、クロ先輩と仲が良いのもなんとなくわかる。これから先、木兎さんたちとは長い付き合いになる予感がした。
「あー腹減った。早く飯行こーぜ!」
「お前が呼び止めたんじゃねーか」
「そうだっけ?」
あっけらかんとした態度の木兎さんの空気感に、いちいち突っ込むのも疲れたのか、それとも慣れているのか。それ以上は誰も突っ込まず、話題は何を食べるかに変わっていた。
---
「森然高校の父兄の方からスイカの差し入れでーす!」
今朝頂いて、冷やしておいたスイカを切り分けると、差し入れとして体育館へ持っていく。見るだけで涼しくなれそうなそれを見た皆が、キラキラとした顔を向けてきた。
「スイカだー!」
「一人何切れスか!?」
一目散に駆け寄ってきた日向とリエーフに、監督たちも苦笑いした。とはいえ、他にもスイカに目を輝かせもう喉の渇きを癒すことしか頭にない人もチラホラ見えている。
一旦休憩しよう、ということで体育館の外で食べることになった。大皿にたっぷりと乗せたスイカを落とさないように大体自分の学校が固まっている所へ運ぶ。そうなると音駒はマネージャーがいないので、私が配ると申し出た。
「スイカの差し入れでーす、どうぞ!」
「じょ、まっ、あざっ!?」
「だ、大丈夫ですか?」
一番近くに居た山本さんに声をかけると、初対面の時のような反応。手をスイカに伸ばしたまま固まってしまったので、顔を覗きこむと後ろに飛び退かれた。
……これは、緊張でだよね?嫌われてるとかじゃないよね?前にも同じようなことがあった気がするし、大丈夫だと思うけど……。
「よかったなー、山本。念願の女子マネからの差し入れじゃねーか」
「は、はいっ!俺、もうこのスイカ食べません!」
「おい山本、主将命令だ。今すぐ食べろ、いいな?」
「ひぃ!」
クロ先輩の威圧感たっぷりの笑顔に、山本さんはシャクシャクとスイカにかぶりつく。流石にスイカは保存出来ないし、先輩が正しいと思う。
それにしても、山本さんの態度は自分がモテモテになれたようで嬉しくなる…!烏野では味わえないこの気分に密かに浮かれていた。
「ところでごんべ子。今更だけど、昨日メガネ君どうだった?」
「めちゃくちゃ怒ってました」
「マジで?」
クロ先輩が遠くにいるツッキーを見ながら尋ねてくる。私の答えに若干申し訳なさそうな顔になったので「嘘ですけど」と付け加えれば、目をパチクリとさせて固まった。そんな先輩を見るのは始めてで、ニヤニヤを抑えきれない。
「……」
先輩は騙されたことが悔しかったのか、無言で私の両頬をつまむと横に引っ張った。しまった!まさか物理攻撃を受けるとは!スイカのお皿を持っているため抵抗出来なかった。
一気に形勢逆転だ!
「いひゃいでふ」
「俺が煽った。その後、お前が怒らせた。という解釈なんだけど、間違ってる?」
「まひがいありまへん」
後ろの方で誰かが噴き出した。しかし、お構い無しにクロ先輩は話し続ける。
「メガネ君が帰るとか言い出したらどうしよう」
「ほれはないとおもいまふ」
ああ見えてツッキーは今まで部活を休んだり、遅刻したことはない。自主練はせずに帰ってしまうけれど、練習には真面目に取り組んでいる。機嫌が悪いからといって途中放棄はしないだろう。そもそもここは埼玉だし、一人で帰る足がないので大丈夫だと思う。
「ブフッ、真面目な会話かよ!」
「黒尾さんが女子に触っている……!」
クロ先輩に頬をつままれながら話していると、会話を聞いていた夜久さんが噴き出した。もしかしてさっき噴き出したのも夜久さんかな?山本さんは羨望の眼差しでクロ先輩を見つめ、福永さんはスイカの種飛ばしを披露している。
その向こうに、一人去っていくツッキーの姿を確認するとクロ先輩は私の頬を離した。
「あー、俺ちょっと謝ってくるわ」
そう言って、先輩は大地さんたちの所へ向かって行った。意外と律儀だ……。その姿を眺め、ひりひりと痛む頬に涙目になっていると夜久さんが心配そうに「大丈夫?」と声を掛けてくれた。
「黒尾がちょっかい掛けまくってごめんな。ななし野さんのこと気に入ってるみたいでさ。迷惑してない?」
「いえいえ、全然迷惑なんかじゃないですよ!クロ先輩と話すのはとても楽しいので、むしろ嬉しいです」
「ならいいんだけど……。ここだけの話、黒尾の奴この合宿で君に会うの楽しみにしてたからさ」
「えっ、そうなんですか!?ちっともそんな感じがしないから気づきませんでした」
あのクロ先輩が?これはいいことを聞いたぜ!と、ニヤけると夜久さんが苦笑いする。いつもからかわれてばかりだから仕返しのネタになるかもしれない。これは大事にとっておこう!
「や、夜久さん余計なこと言ったんじゃないスか…?」
「山本、黒尾には言うなよ」
夜久さんと山本さんがほくそ笑む私を見てそんな会話をしていることなど知らず、余ったスイカをかじった。暑い中食べるスイカは冷たくて甘くて、とても美味しかった。
← top bkm →