休憩後は、皆いつもより気合いが入っていた。生川との試合では、日向と旭さんがボールを取り合いそうな場面があったけれど旭さんが気迫で日向を引き下がらせた。
皆がお互いに感化しあって成長している。日向という存在は、周りを巻き込んで大きくなっていく。そう実感した。
ただ一人を除いて。

――このまま実力で抜かれていくなら、レギュラー替えることになる

音駒との試合中に聞こえてしまったコーチの言葉を思い出し、複雑な気持ちになった。昨日、私にはツッキーの求める答えを出すことが出来なかった。日向に敵わないと、挑みすらしないツッキーが間違っているわけではない。ただ、昨日の掌の熱さは本心を訴えていたと思う。

本当は悔しい。勝ちたい。

勝手な憶測だけど、そうじゃなきゃきっとこんなにしんどくて辛い練習を毎日毎日続けられないはずだから。


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午前中の試合が終わり、お昼の時間になっても食堂に人はまばらだった。やっちーはマネージャー業で分からないところがあるからと、潔子さんと体育館に残っておさらいしている。ということで、私は一足先にお昼ご飯を食べに来ていた。

「あ」

カツ丼を目の前に、ただボーッと眺めているだけのグッチーを見つけた。一体どうしたんだろう?せっかくのカツ丼が冷めてしまう。もしかして、頼んだもののカツ丼の気分ではなかったんだろうか。それとも暑さで食欲がないのか……。
私が近づいても気づく様子はない。

「グッチー、一人?」
「へっ!?ななし野さん!」
「うわっ」
「ごめん!」

とりあえず声を掛けると、グッチーは驚いて少し飛び上がった。それに驚いた私も、持っていたざるそばをひっくり返しそうになる。
何とか惨事を免れ、ホッとしたところで隣に座った。

「食べないの?もしかして体調が悪い?」
「あ、いやそういうわけじゃ……」

ないんだけど……。尻すぼみにそう言って、グッチーはカツ丼に手をつけ始める。誰がみても心ここにあらず、という感じだ。

「グッチー、元気ないね。さては悩み事だな?」
「うーん、悩み事っていうか。まあ、色々……」
「もしかしてツッキーのこと?」

肯定とも否定ともとれそうな微妙な反応を示すグッチーに、昨日ツッキーとこの食堂で少しだけ口論になったことを思い出した。今日もツッキーはあまり元気には見えなかったし、何となく話しかけるなオーラが出ていた気がしないでもない。

「も、もしかして私のせいでツッキーに八つ当たりされてるとか?」
「えっ、違うよ!ツッキーはそんなことしないよ!ちょっと恐いときはあるけど」

勝手に被害妄想で落ち込む私に、今度はグッチーが「大丈夫?」と心配してくれた。
最近、心配されてばかりな気がする……。

「ツッキー、別に怒ってないと思うけど…」
「本当?」
「うん。ななし野さん、ツッキーと何かあった……よね?」
「あったといえばあった」

今度は私の曖昧な返事にグッチーが首を傾げる番だった。隠しても仕方がないし、昨日の食堂でのことをかいつまんで説明する。グッチーは親身になって聞いてくれていた。
ツッキーの本音を聞き出そうとして地雷を踏んでしまったこと。ツッキーからされた質問に答えられなかったこと。
話を聞いてグッチーは少しだけ眉を下げた。

「やっぱりさ、私が気に障ることを言ったんだよ…」
「多分、小さな巨人に反応したんだと思う」
「えっ!もしかしてツッキーって実は隠れファン!?」
「強いていうなら、逆かな」

逆?つまり、あまり好きではないということ?どういうこと?良くも悪くもツッキーが小さな巨人に思うことがあるだなんて信じられなかった。私や日向が騒いでも全然興味がなさそうだったのに。
グッチーに詰め寄ると、少し迷った後ツッキーがいないことを確認して話し出した。

「ツッキーにはお兄さんがいるんだけど……」
「お兄さん?」

ツッキーのお兄さんが実は烏野男子バレー部の出身で、小さな巨人と同じポジションだったこと。それによってツッキーのお兄さんはレギュラー落ちし、更にベンチにも入れなかったこと。そしてツッキーに嘘をついていたこと。尊敬していた兄のそんな姿を見て、ショックを受けた様子だったこと。
それ以来、何となくギクシャクしているような感じがする、と。

「そ、そうだったんだ……!私は今まで何て嫌がらせ紛いなことを…!」
「その辺は特に気にしなくていいと思うよ」

ツッキーのお兄さんと小さな巨人にそんな関わりがあったなんて露知らず。私はツッキーに"小さな巨人"を推しまくっていた。自分の兄のポジションを奪った人を推されても嫌だったよね……。思い返して、今更反省する。
もしかしてそれで今まで私に冷たかったの?と、おそるおそる尋ねるとそれは即座に否定された。
なら、何で私にあんな塩対応なんだろう……?新たな疑問が浮かんだ瞬間でもあった。

「別に小さな巨人を恨んでるとかそういうわけじゃないし……何て言うか、合理的に考えすぎてるというか」
「…?」
「とにかくななし野さんのせいで機嫌が悪いとかではないから安心して」

やっぱりグッチーが言うと不思議と説得力があるなぁ。伊達に幼なじみをやってない。
きっとツッキーも今、色んな悩みがあるんだろう。いつか心を開いて悩みを打ち明けてくれるように私も頑張らないと!
カリスママネージャーへの道はまだまだ遠く険しいみたいだ。

「あのさ、もしななし野さんが俺の立場ならツッキーに何て声掛ける?」
「ツッキーに?」

もし私がグッチーなら……考えてみる。全く想像できない。一体どういう意図でそんな質問をされたのかも理解出来ず、うーんと唸る。ごめん、ツッキー!と謝るところならリアルに想像できるんだけど……。

「そういうのは私の得意分野じゃないみたい…」
「俺こそ、変なこと聞いてごめん」

結局、何も思い付かなかった。そういうのは日向やスガさんの方が得意そうだ、なんて思う。相手の欲しい言葉を本能的に知っているというか、人を導く自信と説得力を持っている。

「ツッキーはさ、日向にだって負けたくないはずなんだ。試合だって勝ちたいに決まってる。けど、どこかで自分にブレーキを掛けてるみたいにみえるんだ」
「お兄さんのことがあったから?」
「そこまでは分からないけど、多分それも一因ではあると思う。でも、そんなのツッキーが頑張らない理由にはならないよ…」

そういって俯くグッチーに私は何も言えなかった。それを「本人に言えば?」なんてとてもじゃないけど言えない。そもそも影山と未だに仲直りできていない私は、グッチーと同じで正面から相手にぶつかっていない。
影山と揉めていなかったら、きっと私はグッチーの気持ちなんて理解出来ずに「本人に言わなきゃ!」と力説していただろう。

「本心を相手に伝えるってこんなにも怖いことなんだね」
「……ななし野さんも悩むことあるんだ……」
「ん?それはどういう……?」

言ってからハッとしたグッチーは慌てて「いい意味でね!?」とフォローを入れてくる。明らかに動揺しているじゃないか!そもそもいい意味での悩みがなさそうってどういうことなのかよく分からない。

「私だって悩みくらいあるからね、だって人間だもの」
「うん、今のでちょっと信憑性は薄れた……って、ごめん」
「いいよ、いいよ。グッチーは素直でよろしい」

また口を滑らせたと思い、謝るグッチーに私は笑った。嘘がつけないんだなぁ。それは彼の良いところだ。
それよりも、いい加減ご飯を食べようと提案すると、グッチーも自分がまだ食事中だったことを思い出したようだった。

「ふと思ったんだけどさ。相手が考えてることが分かればいいのになーって」

食べながら、呟く。非現実的な話ではあるけど、もしそんな力があればこんなに悩むこともないんじゃないかと思ったのだ。

「気持ちは分かるけど…それ、俺は嫌かも」
「何で?分かった方が楽じゃない?」

相手が今何を考えているか分かったら、もっと上手に人と接することが出来るのに。
影山がどうして怒ったのか、今私のことをどう思っているのか。ツッキーが抱えている悩みは何なのか。みんなの求めている答えを出してあげられるのに。

「だって好意的なものだけとは限らないわけだし、中には自分に悪意を持った人も居るかもしれないよ!?」
「確かに…」
「……それに試合とかで下手くそ!とか引っ込め!って思われてるのが分かったらすっごい落ち込む。それが万が一味方だったら……立ち直れない!」

グッチーが想像して青ざめる。ピンチサーバーとして苦い経験がある分、リアルに想像してしまったのかもしれない。

「あとさ、考えが分かるってことはバレーの試合も終わらなくなりそうじゃない?」
「どこ打つか分かっちゃうもんね」
「どこに返ってくるかも分かるし」
「じゃあ、裏の裏の裏を読むくらいの頭脳がいるね」
「その更に裏をかかれるかも」
「……」
「……」

ふたり顔を見合わせて黙り込む。意味がわからなくなってきたぞ。そもそも何の話をしてたんだっけ?有り得ない話に熱くなりすぎたようだ。

「心を読めるって便利だと思ってたけどそうでもないんだね……」
「うん…。改めて、俺は試合中に何があっても動じないくらいの強さが欲しいって思った」

ぽつりとそう呟いたグッチーは、黙々と箸を進め始めた。この不毛と思われたやりとりもグッチーにとって何かのキッカケになったのなら良かった。



「俺がサーブで崩して……」
「?」

グッチーが小さな声で何かを呟く。聞き取れなかったけれど、私に話しかけたわけではないらしい。「何か言った?」と尋ねると、慌てて「何も!」と返してくる。
そしてキョロキョロと周囲を見渡し、ホッとしていた。もしや見えてはいけないものが見えたとか……?昨日の怪談話を思い出して、少し不安になった。

「……」

しばらく様子を見る。
グッチーは悔しげな顔をしたかと思えば首を横に振り、カツ丼をかきこんだ。そして最後にお茶をグビグビと飲み干すと勢いよく立ち上がる。一体、グッチーの中で何が起きているんだろう。
オバケとかそういうオカルトなことではなさそうだけど、行動が全く読めなくて私はポカンとしてしまった。

「いきなりどうしたの?」
「俺、ちょっと練習してくる!」

話している時間さえも惜しいという風に食器を片付けに小走りで去っていく。一人取り残された私は、ただその後ろ姿を眺めた。
とりあえず、前向きな感じは伝わってきたからこれでいい……のかな?



合宿遠征二日目"ホンシン"
(私もウジウジ悩んでる場合じゃないな)



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