自主練の時間になり、私も第三体育館へ向かうと昨日とほぼ同じメンバーが揃っていた。
リエーフは夜久さんとレシーブの特訓をしているらしく、今日はこっちに居ない。もちろんツッキーも自主練には来ていなかった。

「ごんべ子、その足どーしたんだ?」
「お、でっけーバンソーコーだな!」

目ざとく私の膝に貼られた大きめの絆創膏を見つけたクロ先輩。
「まさか?まさか?」と良いながら近寄ってきたので私は後退る。すると、木兎さんも気付いたようでクロ先輩と同じように絆創膏に興味を持った。目があった赤葦さんは、やれやれとでも言いたげに首をふっている。

「転びました」

期待通りの答えだったようで二人はぶはっ!と盛大に噴き出した。逆に、私がそれ以外の答えを言ったらどんな反応を示したのか気になるところだ。次、聞かれたらボケてみようかな…。無謀な挑戦を思い付いたところで、クロ先輩がゲラゲラと笑う。

「ぶっひゃっひゃ!マジか!ドジか!」
「黒尾、それラップみてーだな!」
「どこが!」
「それが!」

クロ先輩が若干リズミカルに言うと、木兎さんが「YO!HEY!」とリズムを刻みながら騒ぎ出す。全然ラップには聞こえない……。なんて、本人たちは楽しんでいるようなので言えなかった。シティボーイおそろしや。
全くついていけなくてポカンとしていると、赤葦さんは一人黙々と練習の準備を始めていたのでそちらを手伝うことにする。

――ヅッギィィィィィィ!!

「ん!?」
「どうした?ごんべ子」

今、何か叫び声のようなものが聞こえた!聞き間違いでなければ"ツッキー"って言ってたような気がしたんだけど…。ていうか、絶対グッチーの声だったよね!

「今、声が聞こえませんでした?」
「何か聞こえたか?」
「俺は聞こえなかったぞ」

いつの間にか落ち着き、真面目に自主練を始めていた先輩たちが私に怪訝な顔を向けている。この中で聞こえたのは私だけみたいだ。
何かあったのかな?と急いで体育館の入り口から顔を出すも、外は暗くて遠くまでよく見えなかった。

「すみません、ちょっと抜けます!」
「何だ、どうしたんだ?ごんべ子チャンは」
「分かりません」

気になって気になって集中出来ないくらいなら、先に原因を知りたい!昨日と同じように体育館を飛び出すと、とりあえずグッチーの声が聞こえてきた方向に向かった。
そんなに遠くはないはずなんだけど……。廊下に沿って歩くと、少し先に人影が見えたので私の勘は当たっていた。

「今のツッキーはカッコ悪いよ!」

対峙する二人を見つけ、咄嗟に鉄骨の柱に身を隠す。ほとんど隠れられていないけど、気づかれてはいないようだ。私の場所からはツッキーの背中しか見えなかった。
それにしても、あの気弱なグッチーがツッキーに向かって声を荒げている光景はとても珍しい。距離のせいで会話は途切れ途切れにしか聞こえないけれど、揉めていることは分かった。

「どうして"こっから先は無理"って線引いちゃうんだよ!」

ツッキーの声は小さくて聞こえない。二人の表情は見えず、やり取りだけ聞いていると友情に亀裂が入るんじゃないかとハラハラしてしまう。
あの二人のことだから日向たちみたいに掴み合いにはならないと思うけど……。そわそわドキドキと落ち着かなくなって、飛び出しそうになるのを必死で抑える。
私が出ていった所で邪魔になるだけだし、盗み聞きしていることがバレたらそれこそツッキーが怒りそうだ。
気付かれない内に帰ろう。そう思って音を立てないように一歩足を動かした時、ツッキーの声が聞こえて立ち止まった。

「絶対に一番になんかなれない。どこかで負ける。それを分かってるのにみんなどんな原動力で動いてんだよ!」
「そんなモンッ、プライド以外に何が要るんだ!!」

ツッキーの胸ぐらを掴んでそう叫んだグッチー。普段からは想像もつかない程の激情に、私まで動けなくなっていた。

「プライド……」

呟いてから慌てて口を閉じる。その拍子に、ジャリと砂を踏む音を鳴らしてしまい焦った。幸いにも二人には聞こえていないようで、安心したのも束の間。

「やばい……!」

ツッキーが突然振り返った。こっちにくる!
私史上、最高の瞬発力で体育館へ走った。やばいやばい!覗いてたことバレてないよね!?膝の痛みも忘れ、ひたすら足を動かす。

それにしても、グッチーやるなぁ。お昼はあんなにしょんぼりしていたのに、ツッキーにガツンと言った姿はとてもかっこよかった!
全力で第三体育館へ戻りながら、グッチーの喝に私まで心打たれていた。

「もっ、戻りましたぁ!」
「どーしたんだ、ごんべ子チャン!嬉しそうだな!」
「そんな風にはみえないですけど……」
「いーや、赤葦!俺には分かる!ごんべ子チャンは今嬉しい!」

第三体育館へ駆け込むと、息を切らした私に気付いた木兎さんが声を掛けてくれた。自信満々に私の心境を言い当て、赤葦さんに不審な目で見られている。

「何かいいことあったか?」
「……はい、そんなところです」
「そりゃ良かったな」

自分のことではないけど、あの二人を見て私も胸が熱くなった。お互いにきちんと本心をぶつけ合ったから、ちゃんと相手に伝わったんだろう。
クロ先輩に大きく頷くと、何故か先輩も少し嬉しそうに私の肩をポンと叩いた。

「そ、それより、練習止めてすみませんでした!ボール拾いまくりますので、再開しましょう!」
「いいねぇ、やる気満々じゃん!負けねぇぞ、ごんべ子チャン!」
「望むところですよ、木兎さん!」
「木兎、お前は練習しろよ」

もしかしたらツッキーがここに来るかもしれないし、ちゃんと自主練してましたよというアリバイを作らなければ!不自然にボール拾いを始めた私に対抗して、木兎さんまでボールを拾い出した。
流石、強豪校の主将だけあってボール拾いも効率が良い。


「おや?」
「おやおや?」
「おやおやおや?」
「ツッキーダ…」
「ななし野さん発音おかしい」

それからすぐに先輩たちがある人物に気付いて手を止めた。体育館の入り口にツッキーが立っていて、内心ドキッとする。
ま、まさか私が盗み聞きしていたことがバレて追いかけてきたんじゃないだろうか……?その心配は杞憂に終わった。

「――どうしてそんなに必死にやるんですか?バレーはたかが部活で、将来履歴書に『学生時代部活を頑張りました』って書けるくらいの価値じゃないんですか?」

そこそこの強豪とか優勝は難しいとか、歯に衣着せぬ物言いで先輩たちをムッとさせている。決してバカにしている様子はなく、至って真剣だった。

「――"ただの部活"ってなんか人の名前っぽいな…」
「おお……タダ・ノブカツ君か……!」

もしかして有意義な話が聞けるかも!と私も耳をそばだてていたのに、急に真面目な顔でそんな事をいい放った木兎さんに、反応を示したのはクロ先輩だけだった。いや、もしかしたら何かしらのアドバイス?
今の流れで一体どうして人の名前が出てきたのか分からずに、こっそり赤葦さんに尋ねてみる。もしかして私が知らない凄いプレーヤーとかかもしれない。

「ど、どういう意味ですか赤葦さん…!?」
「意味なんてないよ、気にしないで」
「僕はツッ込んだ方がいいですか?」
「いいよ限りが無いから」

私とツッキーの質問を冷静に返した赤葦さんは、慣れている様子でスルーしている。
クロ先輩のツッコミと「人名になんね〜!」という木兎さんの嘆きにより、赤葦さんの言葉が正しかったと知った。

「月島くんさ!バレーボール楽しい?」

木兎さんの質問に、ツッキーは少し考える。私もそれは気になっていたし、昨日は答えて貰えなかった。
大嫌いなんて言葉は絶対ないだろう。ただ、大好きと言うところも想像出来ない。だから「……特には」という答えに、私はツッキーらしいと納得してしまった。

「それはさ、へたくそだからじゃない?」

木兎さんが遠慮なしに言う。ツッキーはショックを受けたように見えた。私には上手く見えるけど経験者から見れば、ツッキーはへたくそなんだろうか。
負けず嫌いなツッキーは昨日のように反論するかと思ったけど、今日は素直に木兎さんの話を聞いている。

「――バレーが"楽しい"と思うようになったのは最近だ」

木兎さんは続ける。得意だったクロス打ちを止められ、悔しくてストレートを練習しまくったこと。その後、同じ相手にストレートを決めたこと。

「その瞬間が有るか、無いかだ。将来がどうだとか次の試合で勝てるかどうかとか、一先ずどうでもいい。……ただ、もしもその瞬間が来たら――」
「……」
「――それがお前がバレーにハマる瞬間だ」

ツッキーに向けて放たれた言葉。私には到底辿り着けない、選手にしか理解出来ない答え。それがツッキーの求めたものかどうかは分からないけれど、少なくとも何か響くものがあったようだ。

「さてさて、木兎先生から有り難いアドバイスを頂いたところで実践といきますか」
「はっはっは!よーし、月島君!早速ブロック飛んで!」
「え、ちょっと…」

有無を言わせずガシッとクロ先輩たちに肩を組まれたツッキーは、あれよあれよと言う間にネット際まで連れていかれた。戸惑いつつもちゃんと参加はするらしく、一応準備をしている。

「ツッキー、良かったね」
「何が?…ていうか、ソレ」

私の膝に貼られた絆創膏を見て、ツッキーが呆れたような顔になる。どうせ転んだんデショ?と表情が物語っていて何だか悔しい。

「違うし!ファッションだし!」
「……」
「……」

無言で見下ろしてくるツッキーのプレッシャーに負けて、私はガクッと項垂れる。何でもいい、何か言ってくれ!ツッコミがないとただの痛い発言になってしまう!
背後からクロ先輩の噴き出す声が聞こえ、私はボケた事を後悔した。



合宿遠征二日目"プライド"
(膝のお布団の方が良かった?その問いに答える者は誰も居なかった)

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