試合の日程が決まったので、私たちも帰ることになった。これ以上ここに居ても、今日の部活は終わってしまったのだ。残る理由はない。
影山は条件が気に入らなかったのか、さっきからずっとイライラしている。見かねた日向が控えめに話しかけていたけど、相手にされていなかった。影山はどこのポジションになっても上手くやれそうだけどな。
「お前、別にセッターじゃなくてもすぐレギュラーとって活躍できんじゃねぇの?」
「確かに、影山は運動神経いいしセンスもあるしね〜。セッターじゃない影山って新鮮かも」
「ななし野さんもそう思うよな!それにセッターよりスパイカーの方がカッコいいじゃん!」
日向は試合が出来るときいて少なからず浮かれているようだ。余程嬉しいのか、私にも伝わるくらいだった。饒舌な日向がスパイカーの真似をしてピョンと跳び跳ねると、突如影山が怒鳴り声を上げる。今まで聞いた影山の怒鳴り声で一番大きかった。
「てめぇえええ!!」
「うわぁああ?!」
「ななななに?!何ごと?!どうしたの!?」
ちょっと目を離すとすぐに喧嘩が始まる。影山が凄い剣幕で日向の胸ぐらを掴んでいた。影山の沸点がよく分からないけど、これはやばい!こんな所で喧嘩しているのを見られたら、今度こそ入部禁止が決定してしまう。
せっかく教頭がお咎めなしにしてくれたというのに、暴力沙汰なんか起こせば部活どころか停学もあり得る。影山の腕を掴んで制止してみたけど、何の意味もなかった。
「セッターが支配者っぽくて一番かっこいいだろうが!!」
「はァ!?」
「なんの話!?」
拍子抜けとはまさにこのことである。とんでもなくコワイ顔でとんでもなく小学生みたいなことを言っている影山。そして何かのスイッチが入ったようで、いかにセッターが重要でカッコイイかを語り出した。キラキラと子供のように目を輝かせている。
確かにセッターはチームの勝ち負けを左右する重要なポジションだけど、まさかそこまで影山がセッター好きだとは知らなかった。いつもの怒り顔より、今の方が絶対に良い!
微笑ましく影山の横顔を眺めていると、田中先輩の咳払いが聴こえてきた。
「う、オフンッ!んん、んっほん!明日も朝練は7時からですよねーっ!?」
「え、うんそうだけど。イキナリなんだよ」
やる気はあるものの、体育館も使えずまともに練習出来ない状況だ。どうしたものか…と落ち込む私たちに一筋の光が差す。
田中先輩の台詞は「朝練までなら体育館使えますよねー」とも聞こえた。きっと、私達のためにわざと大きな声で言ってくれたんだろう。田中先輩、顔は恐いけどいい人だ!
それを聞いていた二人は朝5時!と見事にハモった。
「ななし野はどうする?」
「え?何が?」
「俺たちは朝から練習するけど、お前はどうするって聞いたんだ」
影山が振り返って私に尋ねる。マネージャー志望の私に朝早く来てもらうのが申し訳ないということらしい。確かに私はバレーが得意なわけでもないし、教えることも出来ない。でも私だけ何もしないのも嫌だ。私だって二人の役に立ちたい。
「行くよ!連帯責任って言われたし、手伝えることは何でもする。邪魔になるなら遠慮しとくけど」
「邪魔なわけないじゃん!おれ、ななし野さん居てくれた方がいい!影山と二人は気まずい!」
「はぁ!?それはこっちのセリフだボゲェ!」
「ちょ、やめなって二人とも!」
今、確信した。二人だと喧嘩を止める人が居ない。また問題を起こしそうな気がする。私は、「何がなんでも行くから!」と二人に告げる。ボール出しとか拾うくらいしか出来ないけど、居ないよりマシなハズだ!
「とりあえず、明日早いしもう帰ろっか」
「そうだな」
「影山、遅刻すんなよ!!」
「オメーだよ」
すっかり辺りも暗くなってきたし、明日の朝は久しぶりに早起きになるな。三人揃って校門へと足を向け、明日の起床時間を考えていた。
少し進んだ所で、日向が「カバン忘れた!」と思い出して立ち止まる。そして「おれチャリだから先帰っていいよ!」と言い残し、あっという間に引き返していった。
…この流れ的に影山と二人で帰るってことだよね?じゃあ先帰るね!とか言えないし、逆に言われても傷付く。嫌なわけじゃないけど、緊張していた。日向が居たから平常通りに喋れたけど、一対一で果たしてそれが出来るのか。
影山は「帰るか」と何事もなく歩き出したので、私は置いていかれないように隣に並んだ。
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こうして影山と二人で帰るのは実に久しぶりだ。中学の頃、仲良くなってからは部活の日は一緒に帰っていた。約一年前、あの試合前日までの話である。
あの時のことは、ちゃんと話したいとは思うものの良い切り出し方が思い浮かばなかった。中学時代の私は、影山と何を話してたんだろう?私が一方的に好きな話題を振っていたような気もするし、影山とバレーの話をしていた気もする。
隣の影山を見ても辺りが暗くてあまり表情は読み取れなかった。沈黙したまま学校を出て、坂を下る。まだ空気は冷たく、肌寒い。
「なぁ、ななし野」
「な、なんだい?影山」
「今日は、悪かったな」
「何が?」
「部活だよ、部活」
足音だけが響く中、先に沈黙を破ったのは影山だった。表情は相変わらず見えないけど声が少し落ち込んでいるような気がする。私は反対に、急に声を掛けられ上擦ってしまった。
それにしても影山が落ち込むなんて、よっぽどのことだ…だって、絶賛王様だった頃の影山は、謝るにしてももっと威圧的な雰囲気だったのに。
「あ、いや別に謝んなくてもいいよ!私も先輩たちの注意聞いてなかったし…それに入部出来ないわけじゃないし!」
「でもお前、中学の時からあんなに張り切ってたじゃねぇか」
「それはそうだけど。でも楽しかったし、今日!だから謝んなよ!」
入部は遅れてしまうけど、こうやって影山や日向と一緒に朝練だなんだと出来ることも楽しみなのは事実だ。
それに今日一日、色々なことがあって面白かった。特に教頭のヅラ事件は一生忘れない!影山に言うと思い出したようで、微妙な表情になっていた。ボールをぶち当てた本人だから、思い切り笑うことが憚られるのかもしれない。
そうしていつの間にか私たちは普通に会話をしていた。空白の期間なんてなかったみたいに。
「あのさ」
緊張も解けたところで、今ならあの時のことを話せるかもしれない。思いきって切り出せば、影山も同じ考えだったようで何か言いかけたように口を開いていた。
「影山が先に」「いやお前から」としばらくお互いに不毛な譲りあいが続き、観念して私から話し出す。
「…私、ずっと影山に謝りたいことがあったんだ。中学最後の試合、覚えてるよね?」
「……ああ」
ピクリ、と影山の肩が揺れる。動揺しているのが暗闇でも分かった。ベンチに下げられ敗北したあの試合。本人にとっても大分堪えているみたいで、横顔が曇ったような気がした。
このまま話続けていいものか…少し迷ったけれど、影山は聞いてくれるようだったので続ける。
「私、ベンチに下げられた影山を見て、何も出来なかった。言いたいことはいっぱいあったんだけど、上手く言葉に出来なくて…それで、何を言えばいいか分かんなくなって…」
「…お前が謝ることじゃないだろ」
「うん、そうなんだけど…そうじゃなくて…」
「?」
あの時、私は心の中で思ったのだ。
影山の"自業自得"だと。影山を応援していたのは事実だ。でも、もし影山が金田一や国見とコミュニケーションをとれていたら、結果は違ったはずなのだ。
それなのに誰も溝を埋めようとしなかった。私は気付いていた癖に、亀裂が入れば全て影山のせいにしてしていた。
そして、背を丸めて歯を食い縛る友達を、励ますどころか避ける私自身が何より許せなかった。
「私は影山に拒絶されるのが恐くて、マネージャーの私なんかじゃ何を言っても無駄だって言い訳して、逃げた。その方が楽だったの。ごめんなさい」
"お前なんかに何が分かる"。そんな言葉を影山から突きつけられるんじゃないかと勝手に壁を作ったのは私だ。結果、相手を傷付けた。そんな自分を認めることができず、目を背けてなかったことにしようとした。私は自分が可愛かったのだ。
「ごめん影山…私、そんな理由で影山を避けてた。もう会えないなら仕方ないやって思い込もうとしてたんだ。ごめん!」
「ななし野……お前…」
心底呆れたようにため息を吐いた影山。怒られるかな、もう絶交だとか言われるのかな。口も聞いてくれなかったらどうしよう。それこそ私の"自業自得"だ。自分の足元を見つめ、影山の言葉を待つ。
「あの時、ベンチに下げられて優勝も逃した俺を怒ってんのかと思った。お前の態度がよそよそしくなった時は、正直いい気はしなかったな」
「本当にごめん、」
「でも、俺もお前を避けてた。俺と居るときななし野が何て言われてるかを知って、近づかないようにしてた」
「それ、どういう…」
「それでも、お前とまた一緒に居たいって思ったんだよ」
立ち止まり、私の方に向き直った影山。商店から漏れる光が彼の真剣な顔を照らし出していた。
なんだ、私も影山もお互いに気を使ってすれ違っていただけだったんだ。よかった、嫌われていたわけじゃなかった。
「俺、今度こそ全国優勝する。だからお前も俺についてこい」
「影山……!な、なんか少女漫画みたい!影山かっけぇ!是非、是非お願いしァース!どこまでもついていきまーす!!」
「ば、バカ!お前なんか軽いんだよボゲェッ!」
軽いと言われても、そんなイケメンに言われたいセリフ上位に入りそうなことを面と向かって言われたら、テンションもおかしくなるに決まっている。
今にもつかみかかってきそうな影山の腕を逆に掴み返し、ニヤニヤしながら見つめると目に見えて動揺していた。
「影山は本当に私のこと好きなんだねぇ?」
「はっ?ば、な、何っ!フザケンナボゲェ!フザケンナボゲェ!」
「バナナ?ちょっと影山落ち着いて!冗談だから!」
冗談だと言うのに奇妙な動きでキレだした影山。赤い顔で怒られても全然恐くない。面白がってからかっていると、坂ノ下商店から金髪のお兄さんが出てきて私達に怒鳴る。手にははたきを持っていた。
「うるせぇ!店の前でイチャついてんじゃねぇぞ!嫌がらせか!?見せびらかしてんのか!?」
「すいません、違います」
「わかったらとっとと帰って飯食って寝ろよ!」
「はい!」
私達が慌てて謝ると、お兄さんはやれやれと言って店に戻って行った。ボソッと「気ぃつけて帰れよ」と付け加えて。
見た目は派手で恐そうだけど、優しさの滲み出る言動に心が温かくなる。
「帰ろっか」
「そうだな」
「…これからまたよろしくね、影山!」
「当たり前だ」
またこうして影山と笑いあえるようになるなんて。不謹慎だけど影山が受験に失敗して、烏野にきてくれてよかったと思う。不謹慎だけど!大事な事なので、2回心のなかで言っておいた。
「影山、バレーの試合観に行ったりしてた?去年の青城戦凄かったんだよー」
そして私達たちは、疎遠になっていた時間を埋めるようにたくさん話をして帰った。
ずっと言えなかったこと
(今度こそ影山の力になりたい)
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