ただの練習のはずだったネコ対フクロウの試合は意外にも白熱していた。1セット目は背の高さで勝るネコチームが取った。といっても木兎さんのスパイクは強烈で、クロ先輩のフォローがなければ厳しかっただろう。
続く2セット目でも、クロ先輩が二人にアドバイスをしながらプレーしているおかげで動きがよくなっている。

「クロ先輩さすがだな」

ぺらり、と得点板の点数を捲りながらクロ先輩の新たな一面に感心した。的確なアドバイスを受けたツッキーは、ブロック率が上がっている。逆にドシャットを食らった日向が悔しげに声を上げるとツッキーが今日一番のドヤ顔で見下ろしていた。

「あの〜、そろそろ切り上げないと食堂閉まって晩御飯おあずけデスヨー」

入り口からそう忠告したのは白福さんだった。のんびりとした口調ではあるけど、その言葉は一日激しい運動をしている人間には死刑宣告に等しい。ご飯が食べられないかも!そう思うと途端にお腹の虫が鳴き出した。

「!!」
「続きは明日!解散!」
「待て待て待て!片付け!」

木兎さんの号令に、勢いで飛び出して行きそうな日向とリエーフにクロ先輩がストップをかける。散らかしたままの道具を指差すと、急いで片すように命令した。

「ごんべ子、今何時だ?」
「19時40分です!」
「…10分でやるぞ!」

そこからは早かった。ドタバタと走り回って全員で片付けを終え、食堂に駆け込んだのは20時丁度。本来なら締め切られているところだけど、今回だけ自分達で食器を片付けるということで特別に時間を延長してもらった。

「間に合って良かった……」
「晩飯抜きとか耐えらんねーもんな!」
「ふぁいっ!おれ、むぐっ……しむ!」
「黙って食べなよ」

貸し切り状態のため、シンとしている食堂に木兎さんの声が響く。黙々と食べ続けるツッキーと赤葦さんに変わって、日向が返事をするとむせた。

「なーなー連絡先交換しよーぜー」
「えー……お前の知ってるし」
「お前じゃねぇよ、メガネ君たちの!」

早々に食べ終わった木兎さんがケータイを取り出して提案する。乗り気なのは私とリエーフと日向だけだった。せっかく知り合えたんだし、連絡先を交換して親交を深めたいと思うのは当然のはず!ツッキーは我関せずの態度を貫いていたけど、数分後には強制的に皆と繋がることになるのだった。

「なんだよ、木兎」
「……すまん黒尾!」
「だから何が!?」

私とケータイを突き合わせたまま何故かクロ先輩に視線をやる木兎さん。何かと葛藤しているように見えたけれど、一言謝罪の言葉を述べると私と連絡先交換の続きを始める。
一人で自己完結した木兎さんに対してクロ先輩がモヤモヤしている姿は少し面白かった。
下級生に接するのとは違った態度が新鮮で、木兎さんや大地さんと対等な立場で付き合っている。私ももっと仲良くなれれば、ここにいるみんなとそんな関係を築けるのかな。

「対等か……」
「……」

そう呟いた私の顔をじっと見るクロ先輩に気づいて視線を返す。先輩はニコッと笑顔を見せたので私は驚いて瞬きを繰り返した。いきなり笑うからびっくりした!なんだったんだろう今のは。

「ヨッシャー!第3体育館組コンプリートだぜ!」
「うおー、なんかすげー!」

既にいつも通りのクロ先輩は、みんなより一足先に食器を片付け始める。盛り上がっている木兎さんたちをスルーして、赤葦さんとツッキーも続いた。

「木兎ー、今日主将ミーティングだぞ。遅れんなよ」
「風呂入る時間ありますかね」
「急げばなんとかなるだろ」

悪いけどお先、と言って食堂を出て行ったクロ先輩たちを木兎さんはポカンと見つめる。そして状況を把握したようでケータイを握りしめ、しきりにやべぇ!と呟き始めた。ガチャガチャと食器を重ね、今にも落としそうな姿を見て声を掛けずにはいられない。

「私、片付けておくのでどうぞお風呂に行ってください!」
「えぇ、まじで!?でもなぁ」
「クロ先輩たち、もう行っちゃったし急いだ方がいいんじゃ……」
「すまねぇ、ごんべ子チャン!」

木兎さんは申し訳なさそうに謝ると、急いで後を追っていった。残されたのは1年生3人。 ツッキーはクロ先輩たちと一緒にちゃっかり出ていってしまっている。

「二人とも疲れてるよね?私やっとくよ、片付け」
「何で?一緒に片付ければ早いじゃん」
「そーそー、俺たちはミーティングとかないしな」
「二人とも……!」

何て優しいんだ!と感動していると、リエーフが大げさだなと笑う。普段からマネージャーの居ない音駒では1年生が雑用とかもやっているんだろう。とりあえず役割分担して、私が洗い、日向が拭き、リエーフが棚にしまうことになった。こうして流れ作業で食器を片付けていると、合宿だなぁとしみじみ思う。

「それにしても日向はヘタクソだなー。ごんべ子も中々のヘタクソだったけど」
「なんだと!失礼な奴だな!」
「あれでも上達した方だからね!?」

さらりと悪気なくディスられた?ムッとして反論するも、リエーフは全く気にしていなかった。まあヘタクソなのは事実だし、リエーフは思ったままを言っただけ。日向もムカッとしてはいたけど本気で怒ってはいなかった。ただし、負けず嫌いに火が着いたようだ。

「スパイクはおれの方が上手かった!」
「いや、俺の方が決めたし俺の方が上手い」
「レシーブミスしまくってただろ!」
「それは日向もだろ!」
「二人とも落ち着いて」

どっちが上手かった、下手だったと言い合いが始まりヒートアップする。…かと思いきや、お互いにダメ出ししているうちに冷静になったのか、はたまた落ち込んだのか静かになった。そんな空気に私も感化され、ついテンションが下がる。

「明日も暑いんだろうな……」
「夏だからな」

それを言われると元も子もない。
当たり前だろと笑うリエーフに、私は「だよね」と返事をした。

「でもおれ、バレーしてると暑いとか寒いとか気になんねぇんだよなー」
「それは分かる!俺もあんまり暑いとか思わない!」
「そうなの?私は見てるだけで暑くてバテそうだー」
「ごんべ子は色々と弱そうだなー」
「それ褒め言葉なのかな…?」

リエーフが呟くと、日向がうんうんと頷く。何で同意してるの!?私の視線に気付くと慌てて顔を反らし、カチコチと硬い動きでお皿を拭いていた。

「あ、やべー!風呂の時間なくなるぞ!」
「もうこんな時間じゃん!」
「お風呂入れないのは無理ー!」

ふと時計を見たリエーフがそう言わなければ私たちはずっと雑談に花を咲かせていたに違いない。このままだとお風呂に入る時間がなくなってしまう。
それだけは勘弁!空腹も嫌だけど真夏にお風呂に入れない方が耐えられない!部活後だと特に。
片付けが完了したことを確認し、最後に電気を消して私たちは廊下をダッシュした。


---


「あ」

無事入浴も済ませた帰り道、思わず漏れた声に振り返る目の前の人物。予想外の遭遇だった。
何で今なんだ!全く何の準備も出来ていないのに!もし神様がいるならタイミング考えて、と文句を言ってやりたい気分だった。
バッチリ目が合ってしまった手前、もう気付かない振りは出来ない。こうなったら根性で乗り切る!

「ななし野…」
「な、なんか久しぶり?」

私のぎこちなさが伝わっているのか、相手の纏う空気も硬い。挨拶とは違って、決まった言葉がないとこんなにも会話が続かないものなのか。毎日顔を合わせているのに、久しぶりという私の言葉は不自然極まりない。

「毎日会ってるだろ」
「そうなんだけどそうじゃなくて……」

影山の正当な返しに私はたじたじになってしまった。せっかくの二人きりというシチュエーションもこのままでは台無しだ。とりあえず、何か話題はないかと必死に頭を働かせた。

「……合宿も半分終わったね」
「そうだな」
「暑いけど朝と夜は意外と涼しいと思わない?」
「そうか?」

今すぐ逃げ出したい。続かない会話に私の心が抉られる。影山はきっと前からこんな感じだった。でも今の私にはこの素っ気なさが怖かった。大丈夫、嫌われているわけじゃないはず!と言い聞かせることで平常心を保つ。

「……」
「……」

沈黙が気まずくて、再び脳をフル稼働。浮かぶのはやっぱり日向との新しい速攻のことだった。でも私はその件に関して全くノータッチだし、適当なことを言えばまた言い争いになるかもという恐怖心は拭えない。

「明日も快晴かな?」
「多分な」

先ほどから中身のない話ばかりで全然会話が膨らまない。思い付くのは天気のことで、影山はこれっぽっちも興味がなさそうだ。だって雨でもバレーは出来るし…。
これじゃまた影山を怒らせてしまいそうで、いっそ黙っていた方がいい気もする。本当に私は影山と仲が良い時期もあったんだよね?と、自分の記憶すら疑わしく思えてきた。

「…音駒の主将とは仲良いのか」

やっぱり今日はタイミングが悪かったということで、仲直りは諦めよう…。逃げの気持ちが強くなって「戻るね」と喉まででかかった時、影山の一言が私をひき止めた。

「えっと……うん、仲良いと思う」

素直にそう答えると影山はまた黙ってしまった。先ほどの静けさとは違った空気が流れる。向こうも私を探るような、気をつかっているような、そんな気がした。いよいよ真夏に雪が降るかもしれない。とんでもなく失礼なことを考えてしまった。

「影山は…自主練上手くいってる?」
「おう」
「そっか。それはよかった」

もしかして、これは良い雰囲気なのではないか。まだ少し影山の顔色は気になるけど、久しぶりに話せただけでもかなり前進したように思う。少しずつでもこうやって会話を重ねていけば、また前みたいに言いたいことが言えるようになるのかも。

「ななし野」

内心ホッとしていると、影山が私の名前を呼んだ。真っ直ぐ私の目を見る影山に、私は少しドキッとする。
何を言われるのか予想がつかずに息をのんだ。

「俺…」
「うん」


やっぱりお前は必要ない。


……なんて言われたらどうしよう。前回の記憶が甦り、胃の辺りがキリキリと痛む。これがトラウマというものだろうか?

「修羅場だって」
「いや、絶対告白だろ!」

ふいに聞こえた声に場の空気ががらりと変わった。もしかして誰かに見られてる!?
バッと勢いよく振り返れば、廊下の曲がり角から顔を出している木葉さんと小見さんと目があった。
小さく「やべっ」と聞こえた後、顔の前で手を合わせる。おそらく"ごめん"と言ってその場を去って行った。

「……」
「…ぷっ」

何というか、漫画やドラマみたいなことってあるんだ。すっかり興が削がれた私たちは再び沈黙し、そして噴き出してしまった。
影山は何故私が笑っているのか理解出来ないようで、「何笑ってんだ?」と首を傾げている。

「……戻るか」
「え、でもさっき何か言いかけてなかった?」
「今はいい」

影山もすっかり気が変わったようで、スタスタと歩きだしてしまった。私は一緒に着いていっていいものか悩んでいると、影山は振り返る。

「置いてくぞ」
「!ま、待って」

そう声を掛けてくれたことが何だか嬉しくて、影山の後を追いかけた。
律儀にも女子部屋まで送ってくれる間、特に会話があったわけではない。でも、さっきまでの気まずさはなかった。
私が思っていたよりずっと、物事は簡単に出来ているのかもしれない。まだ仲直りしたとは言えないかもしれないけど、明日からはもっと気軽に話しかけてみようと思う。


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