合宿遠征四日目"コワイハナシ"

合宿四日目の朝はいつもより賑やかだった。
毎日騒がしいことに変わりはないけど、特に"私の周りが"という意味で。

「やっちー、今日の朝はパンもあるよ!」
「ほんとだ!」

そんな騒がしい中で、私とやっちーは並べられた朝食に目を輝かせながらほのぼのとした朝食タイムをとる。……はずだった、……はずだったのに!

「一人で夜の校舎を歩いてるとな――」

どうしてこうなった。

私の正面の席に座り、嬉々として怪談話をしているクロ先輩によって爽やかな朝の空気は見事に壊されたのだった。
どうしてこんな朝っぱらから怖い話をするんだ!抗議しようにも私一人の意見ではクロ先輩を止めることは難しい。
なぜなら、そんなことができる空気ではないからだ!今や聞いているのは私だけではない。クロ先輩の右には大地さん、その隣に座っている旭さん、クロ先輩の左に夜久さんと更に隣にスガさん。私の左にはやっちー、右にはノヤさんというありそうでなかった面々が揃っている。
始めのうちは雑談だったのに、いつから逸れていたんだろう。

「どこからともなく聞こえてくるんだ」

そして、何故私を見ながら話すのか。じっと見られると、とても居心地が悪い。
聞きたくなくても聞こえてくるその話を無視するように、ひたすら目の前にあるクロワッサンを口に放り込んだ。こうなったら食べることに集中するしかない!と思うのに、このメンバーでは、それも叶いそうになかった。

「ひぇぇ…!」

やっちーが青い顔をしながらも話に聞き入っており、手にもったパンを今にも握り潰しそうだった。反対に、大地さんは全く恐がる様子もなく黙々と朝食を食べ続けている。というより、聞き流しているという方が正しいかも。
正直、見えないオバケよりも怒った大地さんの方が怖いよなぁ……。GW合宿最終日、闇夜に浮かんだ大地さんの顔は心霊特番の恐怖映像より余程怖かった。そう思ったことは心に止めておこうと思う。

「しばらく一緒にいるといつもと雰囲気が違うことに気づいたわけよ」

クロワッサンおいしいクロワッサンおいしい!とひたすら心の中で繰り返し唱える。ここまであからさまに目を逸らしても、態度に出しても、一向にやめる気配がない。むしろ、声が大きくなっている気もしてきた。
そんなクロ先輩に悪意を感じているのは私だけだろうか。大体、クロ先輩は私をビビらせることに力を注ぎすぎじゃない?

「それでどうなるんスか!?」
「もういいよ!寝る前に思い出したらどうするんだよ!」
「どうもしないって、旭以外は」

私の心境など露知らず、ワクワクした顔で身を乗り出し続きを促すノヤさんと、例の如く青ざめる旭さんの姿は、話が佳境に入っていることを物語っていた。
スガさんは半泣きの旭さんを見てケラケラ笑う。どっちかっていうと怪談話より旭さんの反応を面白がっているように見えた。

「俺も混ぜて!」

今気づいたけど、クロ先輩の怪談に耳を傾けている人が増えている…。少し離れた場所にいるグッチーなんて手が止まってるし、ツッキーもしっかり聞いてる感じだ。
ノヤさんの隣には、いつ来たのか木兎さんも居る。存在の主張が激しい木兎さんにも全然気付かなかった。
話し方が上手いというのもあるけど、怪談話となると好奇心が煽られるんだろう。聞きたくないのに実は内容を把握している私が何よりの証拠だ。

「――様子をみつつ話し続けるも、やっぱりどこかおかしい」

どこかで聞いたことがあるような…気のせいかな?はっきりと思い出せない。
話もクライマックスに差し掛かり、私たちの周りの空気もピンと張りつめていく。
もはや無視は出来ない状況。観念して、私も食べる手を止めるとクロ先輩を見つめ返す。もうここまで来たら最後まで聞かないと逆に怖いし!

「思いきって切り出したんだ。……お前は――」

ごくり、唾を飲み込む音がやけに大きく聴こえた。少し間があき、最後の一言に期待も高まる。私たちの周りだけやけに静かだ。
一体、どうなるって言うんだ!?ドキドキと高鳴る鼓動が最高潮に達したその時。

――ブブブブ

「うわああ!!」

突如、私の太ももの辺りで小刻みに震える何かが存在を主張する。全神経をクロ先輩に向けていた為、不意討ちのその感覚に思わず悲鳴をあげてしまった。ちょっと、何がおこってるの!?

「な、なんか!何!!」
「ヒィィ!ごんべ子ちゃん死なないでぇ!!」
「エッ!?俺、まだ死にたくないよ!?」

プチパニックに陥り急に立ち上がった私につられて、やっちーと旭さんが頭を抱えて机に伏せた。私よりビビっている旭さんに、「お前は旭だろ」と大地さんが冷静に指摘する。皆が何事かと緊張した面持ちで私に注目していた。

「まさかオバケ……」
「いるワケないでしょ」

ハッとした顔で固まるグッチーにすかさずツッキーのツッコミが入る。その後ろのテーブルに座っている影山は全く興味がないようで、食欲に任せてご飯をかきこんでいる。日向は驚いた拍子に食べ物を喉に詰めたのか、研磨さんから飲み物を受け取って飲み干していた。

「何がどうしたんだ!?ごんべ子チャン!」
「カイキゲンショーか、ごんべ子!」

元気組の木兎さんとノヤさんの声にハッとして、私はポケットに手を突っ込んだ。無機質な感覚、体温が移っているのか生温い。
これは……まさか……。

「……ケータイ、の…アラーム……!」
「おい、オチが台無しじゃねーか!」

微かに震える手でソレを取り出して見せた私に、すかさずクロ先輩の悲痛な叫びが飛んでくる。せっかくの怪談話も私のせいで台無しになってしまった。

「あー、何だケータイかー!ビビったー!」
「まさかの連携プレーとはな」
「今のはオチじゃねーし!」

ホッと胸を撫で下ろしたスガさんと、私とクロ先輩を見て感心する夜久さんを見て申し訳ない気持ちでいっぱいになった。たまたまなんです…。
クロ先輩があまりに恨めしそうに私を見てくるので気まずくてしょうがない。でも、わざとじゃないし!

「この時間にアラーム設定してる方が恐いよね」
「確かに!」

ツッキーとグッチーのやり取りに、私も全面同意だよ。この合宿中はちゃんと設定したはずなんだけどなぁ、と呑気に考えていた私を射ぬくような視線がひとつ。

「お騒がせしてすみませんでした……」
「……」
「……」

微笑んでいるのに無言のクロ先輩が恐い。そんなに怒らなくてもいいじゃん、と言いたくても言えなかった。
すっかり恐怖心なんて吹き飛んでいるみんなに、今更怪談話のオチを話しても大した反応はないだろう。

「知ってるか?オチを台無しにしたらな、昇華されなかったことに怒ったオバケに仕返しされるらしい」
「え?」
「仕返しされるらしい」
「……え?」

二回言った…!固まる私に尚も追い討ちをかけてくる先輩。そんなの嘘だと思うのに、妙に信憑性を感じるのは何故だろう。でも、もうどうしようもないしなぁ、困った。
しばらく黙ったまま見つめあっていると、見かねた大地さんが口を開く。

「おい、黒尾。うちのマネージャーを怖がらせるのも程々にしてくれよ」
「大地さぁん!」

助け船を出してくれたのは大地さんだった。流石主将!安堵した私を見るクロ先輩は「ジョーダンだって!」と笑う。冗談にしては半分くらい本気に見えたけど…。
視線から解放されて力が抜けた私は、再び椅子に腰かけた。朝からドッと疲れた。そんな私たちにはお構いなく、皆はそれぞれ怪談話を続けているようだ。

「どこの学校にも七不思議ってあるんだな〜」
「そういえば、一時期"人間になりたいミカちゃん人形"とか流行ったよな!」
「なんスかそれ!教えてください、スガさん!」

スガさんの何気ない発言に、ノヤさんが好奇心が抑えられない表情で食いついている。逆に旭さんが絶望に満ちた顔になっていた。この二人の反応はもうお決まりのようなものだ。

「聞いたことない?ミカちゃん人形が自分の手足を求めてさ迷ってるとかなんとか」
「すんげーざっくりだな」
「実は俺もあんまり知らなかったりして!」

クロ先輩は今から始まる怪談話に期待していたようで、ちょっと残念そうだった。
いつだったか忘れたけれど、昔クラスメイトの女の子達が噂しているのを私も聞いたことがある。ミカちゃん人形やらコックリさんやら、その時期は異常に怪談話が流行っていた。

「私の中学でも噂が広まってました。"トマシマさん"って言って、怪談話を提供しないとバラバラにして惨殺されるって……」
「トマシマさんコワイ……!」
「もういいよ、やめようよ」

なにそれコワイ!私に続いて旭さんがガクッと項垂れた。どうやら今夜思い出して眠れないことに絶望しているようだ。
そのトマシマさんが居た中学では実際にニュースになったような事件が相次いで起こり、巷を騒がせた。どこまでが本当にあったことなのか分からないけど。

「"トマシマさん"は現在バレー部らしいので、いつか私たちも出会うかも……」
「えっ!?嫌だよ、俺は会いたくないよ!」
「トマシマさんが既に知ってる怪談でもいいのかな…」

所詮噂の域を出ないけれど、実在するとなるとちょっと怖い。しかも怪談話なんてどこかで聞いたようなメジャーなものしか知らないから、実際に遭遇したらどうすればいいのやら。

「……その"とましまさん"は男子バレー部にいんの?そもそも男か?」
「あっ、確か女の子です!"トマシマさん"の友達の友達の妹さんが言ってたそうです!」
「なんだ、じゃあ俺たちは大丈夫だな…!」

クロ先輩の素朴な疑問は、まさかの回答により解決した。男子バレー部に居ないことに心底ホッとした旭さんにむかって、ノヤさんが「つまんないじゃないっスか!」と身を乗り出す。その恐いもの知らずが一番恐い、と旭さんが呟いたのを私は聞き逃さなかった。

「ていうか、トマシマさんって友達いんのかよ!」
「ちょっと待って、トマシマさんはマジで実在すんの?エッ、都市伝説的な何かだよね!?」

木兎さんが興奮しながらツッコミをいれると、スガさんが少し混乱しながらやっちーに聞く。やっちーは自信無さげに、多分と言って頬をかいた。

「お前ら、盛り上がるのもいいけど練習時間に遅れるんじゃないぞ」
「えっ、もうこんな時間!?」

いつの間にか食器を片付けていた大地さんの言葉で、私たちは時間が推していることに気付いた。人もまばらだ。
各々慌てて朝食を片付け、体育館へ飛び出していく。

「ごんべ子」
「?」

みんなに続いて食堂を出ようとする私を呼び止めたのはクロ先輩だった。何だろう?やっちーに先に行っててと伝えて、振り返る。既に食堂には私とクロ先輩の二人だけになっていた。

「安心するのは早いんじゃねーか?」
「何ですか、急に…」
「オチオバケって知ってる?」

わざわざ呼び止めた上で何の話をされるのかと思えば…。そこまで大事な話だったのか、はたまたクロ先輩が大人げないのか。

「もー、クロ先輩!やっぱりオチを台無しにしたこと怒ってるじゃないですか!あと、私を怖がらせる為に話してましたよね?」
「バレた?」
「バレバレですよ!」
「あと、化け猫!あれも嘘だったんでしょ!危うく騙される所でしたよー」

私が疑いの目を向けると、明らかにはぐらかす感じで目を反らす。やっぱりクロ先輩は私をからかう為に話を捏造したんだ!赤葦さんの言う通りじゃないか。ただのノラ猫にどれだけ振り回されたと思ってるんだ。……それは先輩のせいではないけど。

「あー、ごんべ子が言ってた黒猫は見たわ」
「ほらー!クロ先輩にも見えるってことは、やっぱり普通の猫じゃないですか!」
「俺には全然似てなかったけどな」

しれっと言ってのける先輩はどうやら開き直ったらしい。まぁ、そんなことで私は怒ったりしませんけどね?と皮肉を込めると、先輩は言うねーと笑っていた。

「首輪もしてたし、近所で飼われてるんですよ。きっと」
「ん?首輪してたか」
「だっていつも鈴の音が聞こえてたし……」
「確かに鈴の音は聞こえたけど…」

何か引っかかるのかあまり納得のいかない様子だ。私も思い出そうと黒猫の姿を思い浮かべてみる。だめだ、あのふてぶてしい表情以外モヤ掛かっていて思いだせない。

「ま、いいか。とりあえず、先に体育館ついた方が勝ちな。負けた方がジュース奢りで」
「えっ!?ちょっと先輩!」

突然の提案をのみ込めずにいると、先輩はお構い無くスタート!と言って走り出してしまった。
え、ズルくない?足の長さも運動能力も先輩の方が明らかに上なのに、ハンデなしかよ!
とにかく、追い付かなければと小さくなる先輩の背中を追いかけた。

「先輩っ、足はや、い…!…あれっ!?」

とにかく夢中で体育館まで走る。とっくにゴールしているはずの黒いTシャツが、体育館の入り口で立ち止まっていた。どうしたんだろう?勢いでそのままゴールしてしまった私は、慌てて振り返った。

「あー靴紐が……負けてシマッター」

棒読みで靴紐を結びなおす先輩は余裕の表情だ。肩で息をする私とは大違い。わざと負けてくれたことは明らかだった。
どうしてそんなことをしてくれるのか、意図はよく分からない。でも、ここは有りがたく勝ちを受け取っておこう。

「……ありがとうございます」
「何が?」

しらばっくれちゃって!と言う言葉をのみ込んで、変わりに「ジュースごちそうさまです」と返しておく。ポンポンと私の肩を叩いた先輩は、ニヤリといつもの笑みを見せた。

「俺、"妹"には構っちゃうタイプなんだよネ」

ツッキーやリエーフも可愛がってもらっているし、私もそんな妹みたいな後輩になれたということだろうか?喜んでいいのか分からないけれど、仲良くなれたのは素直にうれしい。

「私も"兄"には甘えちゃうタイプなんです」
「カワイイヤツめ」
「感情込めて!」

同じように言葉を帰せばクロ先輩はぐしゃりと私の頭を撫でて立ち去っていく。
岩ちゃんや徹ちゃんも含めて私には優しいお兄ちゃんがたくさんいて有難いなぁ。なんてこっそり笑いながら烏野の輪に加わると、潔子さんから今日も楽しそうだねと言われた。



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