「ちょっと休憩!」

練習後、第3体育館。昨日と同じメンバーで一試合を終えた頃、クロ先輩が大きな声でそう言った。その瞬間、リエーフがバタリと倒れこみ「水くれー」と宙に手を伸ばす。急いで用意していたドリンクを渡すと、あっという間に飲み干してしまった。今日もブロック練習はハードだ。

「あー生き返ったー!」
「もうバテバテじゃねぇか、リエーフ」
「逆にクロ先輩は何でそんなに元気なんですか?」

昼間あれだけハードな練習や試合をこなし、夜もこうしてハードな自主練をしているのに。私にはリエーフのバテバテな姿の方が正常に思えた。
リエーフの前にしゃがみ、クロ先輩に向けて疑問を投げ掛ける。するとリエーフは私の後ろから「ごんべ子は俺の味方だ!」と野次をとばしていた。

「俺は鍛えてますし?ヘナチョコ自称エースと違って体力もありますし?3年ですし?」
「なんなんスか、その言い方は!」
「体力つけるなら練習!上手くなりたいなら練習!勝ちたいならとにかく練習!オーケー?」
「ぐぬぬ、それはそうですけど…ごんべ子、反撃だ!」

未だへたっているリエーフを見下ろすクロ先輩は、いつもの胡散臭い笑みを浮かべている。ただ、言っていることは間違っていない。何も言い返せず悔しがるリエーフは、私を盾にした。今、体力回復の為に時間稼ぎをしているのは見え見えだ!

「…リエーフ負けるな!立て、立つんだリエーフ!練習あるのみだ!!」
「この裏切り者ー!」
「よく言った、ごんべ子!」

顔だけ後ろを向けてリエーフに渇を入れると、一瞬ポカンとした後恨めしげに私を見る。ポカポカと軽く背中を叩かれても動じる私ではない!
「さあ、頑張ろう!」と、立ち上がってリエーフの腕を引っ張ると「あと2分!」と二度寝するかの如く床に張り付いた。この大きな男を引っ張り起こす力は私にはない。リエーフは私も道連れにしようとしているらしく逆に腕を掴むと下に引っ張ってくる。負けじと踏ん張るも、この私が勝てるはずもない。

「ちょ、リエーフ、力つよ…!」
「ごんべ子には勝った!」
「お前誰と張り合ってんだよ…烏野のチビちゃんはまだピンピンしてるみたいだぞ」

ピクリ、リエーフが反応する。
クロ先輩の視線に促され、一緒に隣のコートを見ると、日向は元気いっぱいに木兎さんと盛り上がっていた。端から見てもまだまだ動けそうだ。
流石、煽り上手なクロ先輩!ライバル心を燻られたリエーフは、さっきまでの疲労が嘘のように私の腕を離すと飛び起きた。

「俺だってあと5試合は余裕っスよ!」
「言ったな?」
「…へ?」

ムキになって咄嗟に口から出た強がりを、あのクロ先輩が聞き逃すはずがない。キラリと目を光らせ、ガシリとリエーフの肩を掴む。嫌な予感がしたのか、自分の発言に後悔したのか、リエーフはなんとなく顔がひきつっていた。

「さー、元気が有り余っているリエーフ君にはスペシャル特訓メニューをこなしてもらおうか」
「いや、普通のでいいです!」
「まぁまぁ遠慮すんなよ」
「してません!」

流石に時間も時間なので試合は出来ないけど、まだ自主練の時間は残っている。墓穴を掘ったリエーフは助けを求めるように私に視線を寄越した。

「リエーフ頑張って!」

ニッコリと笑みを浮かべてエールを送る。しかもガッツポーズ付きだと言うのに、リエーフは予想に反してキョトンとしていた。
あれ?おかしいな。龍先輩が、男は女の子からの応援は無条件で嬉しいとかなんとか言ってたのに!念のためもう一回同じことを繰り返したら、リエーフは「ごんべ子が壊れた」と一言。
龍先輩、リエーフは男ではないのでしょうか?なんてバカなことを考えてしまった。

「よかったなリエーフ、女子からの声援だぞ」
「えー、今のは全然嬉しくないっス!」
「なんだとー!もう今日は手伝わないからね!」
「ありゃ、スネた」
「スネてませんー!」

クロ先輩に便乗してスネてる!と笑うリエーフにわざとらしく「ふん!」と顔を背けてみせる。我ながら典型的な行動をとってしまった。ちょっと恥ずかしくなったけど、もう知らん!
クロ先輩に引きずられて特別メニューを始めたリエーフ達に背を向けて、私は盛り上がっている日向たちの方へ向かった。


「ヘイヘイ!見る目があるな、日向!!今年の春高で買ったんだよ」
「春高?」
「おぉ!なぁなぁ、ななし野さん!木兎さんのTシャツかっけーよな!?」
「Tシャツ?」

私が近づくと、日向が興奮気味に話し掛けてくる。彼をそこまで魅了するTシャツとは一体…?興味津々で木兎さんの着ているそれを眺めた。
前から見た感じでは、無地の普通のTシャツに見える。素材が凄くて高価なものなんだろうか。
どこがどうカッコいいのか分からず、ハテナマークを浮かべていると当の本人が目の前で私に背を向けた。

「これだ!」

私からは木兎さんの顔は見えないけど、声のトーンだけでドヤ顔をしていることが伺える。逞しいその背中には、達筆で何やら文字がプリントされていた。

「エースの心得?」
「ひとーつ!背中で味方を鼓舞するべし!ふたーつ!――」

春高にはこんなTシャツが売っているのか!岩ちゃんが好きそうだなぁ。まじまじと眺めていると、その"心得"を読み上げ始めた。
何だか木兎さんの為にあるような柄に思えてならない。最後まで聞き終わった後、パチパチと拍手してみるとツッキーと赤葦さんが「何で?」「さぁ?」と小声で会話していたのが聞こえてきた。あの二人はどうやら気が合うらしい。

「木兎さん、カッコいいですね!」
「だろだろ!?こんなにカッケーのに全然売れてねえの!皆にも薦めたのに!」

Tシャツの柄がかっこいいかどうかの判断は出来ないけど、ソレを違和感なく着ている木兎さんが素直にカッコいいと思った。日向なんてソワソワと落ち着きなく目を輝かせている。

「おれも欲しいっ……!」
「春高行って買えばいい」
「……!うおお、買います!絶対!」

その一言で日向の目が更に輝きだした。春高に行けるのは県で1番になった学校だけ。あのウシワカや青城、他の強豪校にも勝たなければいけないということだ。
だけど、木兎さんがあまりにサラッと言うからそんなに難しいことじゃないような気がした。

「私も春高行ったらTシャツ欲しくなってきました!マネージャー向けのとかあればいいのになー」
「あっ、じゃあ俺がごんべ子チャンにオススメのやつ選んでやろうか!?」
「ほんとですか?じゃあ、お願いします!やったぜー!」

成り行きだけど、木兎さんに春高でTシャツを選んでもらう約束を取り付けられた私は両手を上げて喜びを表現する。俄然楽しみになってきたぜ!ツッキーと目があったけど、あからさまに面倒臭そうな表情だった。その顔には慣れすぎてノーダメージだ!

「春高行こうね、日向!」
「絶対行く!」
「待ってるぞ、お前達!」

イエーイ!と二人でハイタッチを交わしていると木兎さんが俺も俺も!とハイテンションで加わった。もう既に春高出場が決定したかのような木兎さんは自信に満ちていてとても頼もしい。
そうやって騒いでいる後ろでは、冷静二人組が呆れた顔で私たちを見ていた。

「なぁなぁ赤葦も今年はTシャツ買うよな?」
「いえ、結構です」

さっきから全然話に入って来ない二人に木兎さんが話しかける。全く興味がないようで、赤葦さんは即答だった。

「ツッキーは?あ、そうだ!私とオソロイにしようよ!」
「はぁ?絶対、嫌」

ツッキーに提案するも全力で拒絶。わかってた、わかってたけどもね!普段より割増で嫌な顔をされるとちょっと傷付くんですけど。「なんでダメなの」と非難めいた視線を送ると「なんでオッケーが貰えると思うの?」と一蹴された。

「そろそろ切り上げようか、月島」
「そうですね」

これ以上は時間の無駄だと悟ったのか、何事もなかったように片付け始めた二人の背中を、三人並んで見つめることしか出来ない。こっちと温度差が凄すぎて、本当に同じ高校生なのかいよいよ疑わしくなってきた。
せっせと片し始めた赤葦さんを眺めて木兎さんがしょんぼりしながら呟く。

「…赤葦、俺のススめるTシャツ着ないんだよ。ヘンなTシャツ持ってるクセによー」
「へぇ、意外ですね」

木兎さん曰く、背中に"セッター犬"の文字と犬のプリントがしてあるらしい。赤葦さんもそんな変わった柄のTシャツを選ぶことがあるのか。まだ着ている所は見てないけど、これから合宿があると赤葦さんのTシャツに注目してしまいそうだ。

「そろそろ私たちも上がりますか」
「そうだな、あー腹へったー!」
「おれも、もう腹ぺこです!」


---


「なんでこんなに暗いのかなー…」

夜、喋ってお菓子を食べてガールズトークに花を咲かせた後、私は一人ごちる。どうしても喉が乾いて自販機に飲み物を買いに出掛けたのはいいものの、思ったより暗い。
誰かに付いてきてもらえば良かったのに、うとうとしている皆に何だか申し訳なくて断ってしまったことを今は後悔している。GW合宿でも同じような状況になったのに、自分の学習能力の無さに呆れた。
必死で今朝の怪談を思い出さないようにしながら、ケータイのライトを頼りに階段を降りる。自分の足音ですら恐怖心を煽るのだから、夜の校舎とは恐ろしいものよ…!

「怖くない、私は何も怖くない」

嘘です。めっちゃ怖い!でも、口に出して言い聞かせていないともっと怖い。なるべく遠くを見ないように、何も視界に映らないように、足早に目的地に向かう。やっぱりやめようかな…と思ったけどここまで来たら行くも戻るも同じだ。

「渡り廊下コワッ…」

何気なく視線をやった先には校舎を繋ぐ渡り廊下。思わず立ち止まり、呑気に感想を述べている自分が信じられない。
普段ならば特に気にもとめないのに、今は異空間に繋がる不気味な通路に見えて仕方がない。何中二病みたいなことを考えてるんだよ!とセルフツッコミも虚しく、月が雲に隠れてより一層闇が深くなった。
あまり見すぎて目が慣れても怖いし、さっさと本来の目的を果たそう。そう思った時、かすかに何かの音が聞こえて固まった。

「なに…?何の音?」

一人で夜の校舎を歩いてるとな――。

私の思考回路が止まる。そして勝手に脳内で再生されるクロ先輩の声が、どうやっても消えない。何でこんなときに!
その間にも物音は鳴り止まず、段々近づいている。足音でもない、虫の声でもない。だけどこの合宿中に何度も聞いたこの音は…。

ゆっくり、ゆっくり、振り返る。
よせばいいのに、どうしても確認せずにはいられない。分からないから怖いのであって、きちんと原因を突き止めれば何てことはないはずだ。

私の背後は階段、目の前は通路。今の階には誰も居ない。
どうか私の思い過ごしでありますように!せめて、いつかみたいに肝試しか何かをしている旭さんでありますように…!

――どこからともなく聞こえてくるんだ。

待って、やっぱり鈴の音じゃない?
痛いくらいにバクバクと脈打つ心臓が、更に加速したような気がする。先に心臓がどうにかなってしまうのでは?という不安は、一瞬にして消え去った。

「…!?」

階段の踊り場には、光る目が2つ。絶対に旭さんのものではない。じゃあ、あれは誰の……?何で光ってるの?
前言撤回、見えないから怖いと言ったけど見えても怖い!息をのみ、静かに後ずさる。とにかくこの場を離れるしかない。もう喉が乾いたとかどうでもいい、一刻も早く人がいる場所を目指さなければ!

私が一歩踏み出したのと同時に、その2つの目の持ち主もこっちに向かって飛び出してきた。

「うわぁあ!ムリムリムリ!こないでよ!!」

ワケも分からず、ただひたすらに足を動かす。背後からは相変わらず鈴の音と小さな足音が追いかけてきていた。きっと私は未だかつてない程のスピードで、階段を登ったり降りたり廊下を突っ切ったりしている。途中、猫の鳴き声が聞こえたのは気のせいだったのだろうか。

「しぬっ、苦しい…!もう、ムリ…!行き止まりじゃんっ!」

無我夢中で走り続け、とうとう行き止まり。まだ追って来てたら私はどうなるんだろう?死ぬの?つれてかれるの?

「あつ…」

今日一番の運動量のおかげで、体温の上がった私の身体はそれを冷やそうと水分を滲ませる。せっかくお風呂に入ったのに最悪だ…と、その場にへたりこんだ。そして分かったことがある。夏でも廊下はひんやりとしていて気持ちがいいということ。

「…誰も、いないじゃん」

薄目で廊下の先をチラ見してみる。ただただシンとした空気に包まれた通路が伸びているだけ。
…どうやら逃げ切ったみたいだ。光る目はどこにもない。何だったんだよ、アレは!ついに霊感なるものが目覚めてしまったんだろうか。そんなもの要らないから、どうかこの出来事が夢であって欲しい!体力を使いきった私はしばらく動けないことは確定だ。
そんな状況なのに、ライトを使いすぎたのかケータイの充電も10%を切っている。

「もー、やだ…!誰か助けてよー!」

さっきの何かに聞こえたら嫌なので控えめに助けを求めてみたけど、案の定返事はない。あったらあったで私は恐怖で気絶する自信があるけどね。


合宿四日目"コワイハナシ"
(その前に、ここはどこ!?)

← top bkm →


116/119
ALICE+