眠い。何故眠いのかというと今が午前4時だからだ。眠いし、暗いうえに寒かった。まだ就寝中の家族に気を使いつつ、昨晩炊いておいたお米をサランラップで包み固めていく。自分なりに役に立てそうなことを考えた時、このくらいしか浮かばなかったのだ。まあ、半分くらいは私の早弁用だけど。
「それにしても眠いなぁ…」
昨日は幼なじみの徹ちゃんが夜にも関わらず遊びに来ていたせいで寝不足なのだ。学校での出来事とか部活のこととか話したり、一緒にゲームをしていたら危うく日付が変わるところだった。影山のことをうっかり洩らしてしまったことで徹ちゃんが騒ぎだし、帰らなかったことは言うまでもない。
今日の授業はきっとダメだ、睡魔に勝てそうもないな。気を抜けば立ったまま寝てしまいそうだ。
何とかおにぎりを作り終え、支度して玄関を出れば辺りはまだ真っ暗だった。
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「おはよー、二人とも」
「ななし野さんおはよう!」
「おっス、眠そうだな」
「立ったまま寝れるレベルだよ」
第二体育館に到着すると、日向も影山も既に到着していた。扉の前で難しい顔をしていた二人に声をかけると、日向が元気よく跳び跳ねる。かと思えばすぐに落ち込んだ。
どうやら鍵がなくて体育館に入れないらしい。体育館が使える!と張り切っていたけど、部活が終われば普通に施錠されることをすっかり忘れていた。
「えー、どうしよ…せっかく来たのに」
「じゃあ入れる窓探す」
「見つかったらやべぇだろ、バカか!」
切り替えが早いのか、単純なのか影山は既に入れそうな窓を探してキョロキョロとしていた。でも、せっかく早起きしてきたし学校が始まるまで約3時間くらいある。
外は寒いし暗いし練習するには条件があまり良くない。私も本気で窓を探そうかと視線をさ迷わせた時、こちらに歩いてくる人影を見つけた。こんな時間に誰!?と、少し驚いて影山の横にピッタリ身を寄せ隠れる。まさかオバケとかじゃないよね…。
「なんだななし野、寒いのか?」
「寒いっていうか、今人影が…」
「?」
「まだ暗ぇよ」
人影が見えた方向を指差そうと、影山の後ろから顔を出す。同時に聞こえた声に心臓が止まりそうになって、咄嗟に影山の腕にしがみついた。一瞬驚いた影山と目が合ってすぐに逸らされる。ハッとして腕を離して謝ると何となく気まずい雰囲気になった気がした。
「田中さん!?」
「お前ら、7時前には切り上げろよ?」
チャリンと音を鳴らし先輩の手にぶら下がる鍵を見て気まずさも何もかもが頭から吹っ飛んでいく。私たちは時間も忘れて田中先輩の名を叫んでいた。私たちが今、もの凄く欲しくて堪らなかった鍵!わざわざ先輩が早起きして持ってきてくれたなんて!
「田中さぁぁあん!!」
「あざス!」
「惚れそうです!ありがとうございます!」
「わはは!なんて良い先輩なんだ俺!」
鼻高々に「先輩と呼べ」と笑う田中先輩に、私と日向は「田中先輩!」と連呼しまくる。これで体育館での練習は問題ない。窓からの不法侵入はしなくてもよさそうだ。ソワソワしている日向と影山を見て、心底よかったと思った。
「フザけんな!おれが一番乗りだ」
「もう田中さんが入ってるから一番じゃねぇだろ!」
そして日向と影山のどっちが一番乗りかという張り合いが勃発したのは、私と田中先輩の予想通りだった。
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朝練を開始してから1時間。日向の特訓をメインに行っていたものの、予想以上に下手くそだった。あの影山が手を焼いている。見ている分には面白いけど、影山のイライラが募っていくのが目に見えて分かった。またチームメイトに見放されやしないかとハラハラした。
日向はレシーブやパスばかりで、一向にスパイクを打てずフラストレーションが溜まっている。大好きなバレーをしているはずなのに二人の喧嘩は絶えなかった。
「前途多難…」
「お前意外と難しい言葉知ってるじゃねぇか!」
「先輩それは私がバカそうに見えるということですか?」
「わはは、見える!気にすんな!」
「否定してくださいよ!」
さらっと私を乏してくる先輩にブーブーと抗議の声を上げる。こう見えてもそこまでバカではない…はずだ。賢いのかと言われれば肯定は出来ないけど。
日向たちの練習を見ながらそんなやり取りをしていると、田中先輩が急に神妙な顔つきになる。そして私たちに「ひとつ言っておく…」と話し始めた。
大地さんにバレたらヤバいのでこの特訓は4人だけの秘密にしようということだ。私たちも大地さんの恐さは昨日見て知っている。田中先輩の言葉に頷いていると、ふいに体育館の扉が開かれた。
「おー!やっぱ早朝練かぁ、おース!」
「スガさん!?なんで…!」
「た、田中先輩早速バレましたけど!?」
ひょこりと顔を覗かせたのはスガさんだった。つい先程、秘密にしようと言ったばかりなのに!こうもあっさり見つかるとは思っていなかった。これで早朝練は1日で終了か…。私たちが肩を落とすとスガさんはニカッと笑った。
「大丈夫!大丈夫!大地には言わない!」
そう言って手伝うよ!と準備するスガさんにホッとする。どうやら昨日の田中先輩の態度がおかしくてバレてしまったようだ。でも、それが功を奏したのか協力者が一人増えたのは喜ばしいことだった。
結局、日向に影山のトスがあがることはなかったけど。
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早かった。毎日、早朝練と放課後はバレーの特訓。日向はお昼休みも自主練を行っていた成果が出て、レシーブも何とか形になってきている。私が思っていたよりずっとキツい練習に、日向は文字通り吐いた。その日、体育館に漂う臭いに危うくバレるかと思ったと後に田中先輩は語る…。
昨日の練習では影山も日向を認め始め、ようやくトスを上げていた。
そして気付けばあっという間に金曜日。放課後は体育館が使えないので別の場所へと移動する。グラウンドの先にある運動場の隅。他の部活の邪魔にならないし、ボールも存分に使えるだろうと影山が探してくれた場所だ。ネットがないのは残念だけどワガママは言っていられない。
「二人とも休憩にしよ!私ドリンク作ったから、どーぞ!」
「おわー、スゲー!おれ、ドリンクとか初めて作って貰った!スゲー!ありがとう!」
「そ、そんな喜んでくれるなんて!でへへ」
喧嘩しながらも練習に励む二人にドリンクを渡すと、日向が大喜びしてくれる。ドリンク一つでこんなに感謝されるとは…!私がニヤニヤしながら日向を見つめると、影山がスッと横に並ぶ。何だろう、影山まで私に感謝してくれるとか?
「…薄い」
「くっ…」
久しぶりだったから粉の配分を間違えたようだ。悪気なく言う影山は懐かしくもあるが、少し腹立たしくもある。眉間に皺を寄せる影山をジトーっと睨みつけてみても、当の本人は全く気にしていなかった。それどころか私の視線に気づくと首を傾げて「腹でも痛いのか?」と言い放つ。毎度のことながら唐突なセリフに毒気を抜かれるのだった。
「おれ、明日勝てそう!」
「それはレシーブ100%返せるようになってから言えよ」
「まあまあ影山!日向も凄い上達してるし、大丈夫だって。明日は勝てるよ!」
ねー!と日向と声を合わせてはしゃいでいると、影山がギロリと睨み付けてくる。影山にとって明日の試合は、セッターを賭けた大事な試合なのだ。それは分かるけど、ずっと怒られっぱなしだと日向のモチベーションも下がる一方だろう。これでは、大地さんが言うような"チームメイトの自覚"は生まれやしない。それだけは確信できた。
「影山もさ、あんまり思いつめると――」
『1年3組 ななし野さん』
「――勝てるものも勝てなくなるし」
『至急、職員室まで来てください』
「ななし野さん、呼び出されてるじゃん!」
私が一生懸命話しているというのに、それを遮るように校内放送が流れて中断する。まあ、私じゃないだろうと勝手に判断して喋り続けると、日向がビックリした顔でそう告げる。何かしたかな…。
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辺りも暗くなり、部活を終えた生徒たちとすれ違いながら日向と影山の居る場所へと急ぐ。恐る恐る職員室に顔を出すと、提出物に不備があり呼び出されたことが発覚した。それが30分程前の出来事である。
2人にすぐ帰ってくるから!と告げたのに先生との世間話に花が咲いてしまい気づけば19時半を回っていた。
「ぐへっ」
「…また、あんた?」
もしかして私のことを忘れて帰ってしまったんじゃ!?と、焦っていると思い切り誰かにぶつかってしまった。見上げると、長身メガネの男ツッキーだ。本名は知らない。この人とよく遭遇するなあ、なんてぼんやり考えていると威圧的に見下ろされる。声がイラついていてちょっと恐い。
「君、僕によくぶつかってくるけどさ、何なの?嫌がらせ?」
「ごめんなさい!でもわざとじゃないんです」
「ふーん、どうだか。僕に気があって、お近づきになりたいとかそういう魂胆じゃないの?」
「つ、ツッキー?」
確かにぶつかった私の方が悪いと思っているけど、わざとではないのだ。イライラを隠そうともしない態度と言葉に私も流石にムッとした。いくらなんでもそんなストーカー扱いは酷くないだろうか。隣のそばかすの男の子が心配そうにツッキーを見ている。
「ツッキー、言い過ぎじゃない…?」
「あの、どっか痛むとかですか?怪我とかしてますか?保健室行きますか?」
「はぁ?何なの、急に」
「え、怪我って!?そうなのツッキー?!」
となりのそばかす男子の言葉を遮って、ツッキーに捲し立てるとあからさまに嫌な顔をされた。持論だけど、こういう時は変に反抗的な態度をとってはいけない。万が一どこか怪我とか体調が悪くて機嫌が悪いとかなら大変だ。
しばらく返答を待ってみたけど、特に怪我も体調も悪くないようだった。とにかく虫の居所が悪いのか、ため息を吐くその顔も無表情だ。
「ぶつかったのはすいませんでした。でも決して、断じて、あなたに興味はありませんので!じゃあな、ツッキー!」
「はぁ!?」
これ以上ここに居ても仕方がない。私は勇気を振り絞ってツッキーに言葉をかける。言われっぱなしは悔しいので、最後は言いたいことを言っていい逃げした。次会ったらどうしようとか報復されたらどうしようなんて後から後悔したけどもう遅い。
こみあげるイライラと恐怖が入り雑じりムスッとした顔で日向と影山の元に戻ると、2人は丁度切り上げる所だった。
「ごめん、遅くなって。もう帰るの?」
「ああ」
返事はするものの、どこか素っ気ない。黙々と帰る準備をする影山の近づくなオーラが凄まじかった。
「影山なんかあったの?」と日向に尋ねると、何か思い出したのか表情が険しくなっていく。
「さっきさ、月島って言うヤな奴が来てよ〜、おれたちのことバカにして…」
「日向!余計なこと言ってんじゃねぇよ」
「…こえ〜」
私の怒りも何処へやら。すっかり先ほどのことなんて頭からすっぽ抜けてしまった。我ながら単純な性格だ。
影山に釘を刺され口をつぐんだ日向は、その話題を口にすることはやめてしまった。今日は途中まで3人で帰ったけど、影山は一言も喋らなかった。
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