試合が始まって数分。ツッキーは口だけではなく、中々出来る選手だということが判明した。やっぱり背が高いから少し飛ぶだけでブロックが容易に出来る。ツッキーがヘナチョコだったら今まで言われた分、仕返ししてやろうと思っていたのに。このままだと普通にいい勝負になるじゃないか。それはちょっと悔しかった。

「ツッキーよミスれミスれ〜」

手のひらをコート内のツッキーに向けてささやかながら念を送ると、パチリと目が合う。まさか通じた?ヤベっと白々しく口笛を吹く真似をすると鼻で笑われた。ツッキーはミスをする気配もないし、私の邪念は通じないようだ。ちぇっと落胆すると隣にいたスガさんがクスクス笑っていた。
ツッキーは影山に向かって王様と連呼するし、わざと怒らすような言い方で挑発してくるし、私が思うよりずっと性格が悪い。だから田中先輩が思い切りスパイクを決めてくれた時はとても気分が晴れやかだった。

「ななし野ちゃんて、影山と同じ中学だよな?なんか、影山さ…中学の時と、雰囲気?が違うような気がするんだけど…」
「…うーん、確かに私も何か変わったなぁと思うんですけど…。優しくなったというか、少し丸くなったというか」
「優しくなったんだ?影山…」
「でも、今日は元気ないです。絶対ツッキーのせいですよ!」

スガさんの視線の先にはサーブをミスした日向にいちゃもんをつける影山がいた。知らない人からみれば全然優しそうには見えないけど、中学時代の影山を知っている者が見たら絶対違和感を感じるレベルだ。上手く説明出来ないけど、多分あの県予選が原因だと思う。少し前に話した時は気にした素振りは見せなかったけど、何かまだ抱えていることがあるのかもしれない。
その一言は呑み込んで、スガさんに伝えるとそっか…と考える素振りをした。多分、何があったのか気になるんだろう。
でもスガさんは詮索はせず、「ななし野ちゃんて、月島とこの数分で仲良くなったの?」と話題を逸らした。それには断固として首を振っておいた。

「君、影山が何で"王様"って呼ばれるのか知らないの?」
「ちょっと、ツッキー!!試合に関係ないことは言わないでください!」
「召使いは黙っててくれる?」
「め…!?」

明らかに試合に関係のない話だった。いくら挑発だからって今そんなこと言う必要はない。言われた影山から反応はなかった。いつもなら絶対に怒り出すはずだ。そんな影山に変わり、私が意義を申し立てると、召使いとかなんとか言われて言葉に詰まる。何なんだろう、召使いって!私のことか?私のことなのか?と田中先輩みたいにガン飛ばしてみると、スガさんにその顔やめろと言われた。

「噂じゃ、その異名。北川第一の連中がつけたらしいじゃん。王様のチームメイトがさ。案外、身近な人物かもよ?」

チラと私を見たツッキーに思わずフイ、と顔を背けてしまった。やましい気持ちがあるわけではないけれど、ツッキーの探るような視線を避けたかった。確かに、影山の異名は北川第一のチームメイトが名付けた。それは、多分影山本人も知っている。勝ちに拘るあまり、横暴が過ぎた影山に対する皮肉を込めて。
バレー部以外の人間や他校生は、影山が強くて上手いからだと思っているだろう。私もカッコイイから呼んでいたけど、影山はあまりよく思っていなかった。それでも、どんな理由があれどそんなカッコイイあだ名が羨ましかった。私も、コート外の女神って呼ばれてたら嬉しい。

「意味は、自己チューの王様。横暴な独裁者。マネージャーもコキ使って支配下においてたんだって?ちなみに、マネージャーは"王様の召使い"だってさ」
「私のことか!」

ね、召使いさん。とツッキーが私を見て笑う。
思い返せば影山はワガママで口うるさかったけど、私はそんなコキ使われたなんて思ってないし…まさか召使いって私のアダ名だったなんて。女神じゃなくて?嘘だろ…誰だ、そんな不名誉なアダ名をつけたのは!
衝撃のあまり言葉を失っていると、ツッキーは構わず話を続ける。止めるものは誰も居なかった。

――一年前の県予選決勝。相手のブロックを振り切るために、自チームのスパイカーも追い付けない程に速く鋭いトスを上げる影山。監督の注意もスパイカーの不満も、勝利に執着する影山には届かない。影山のワンマンプレーが目立っていた。それでも何とか形になっていたのはスパイカーである金田一が必死に食らいついていたからだ。しかし、影山にはそんなこと見えていなかった。

「もっと速く動け!もっと高く飛べ!俺のトスに合わせろ!勝ちたいなら!」

そして影山は、ベンチに下げられた。

「トスを上げた先に誰も居ないっつうのは心底怖ぇよ」

とても小さな声で影山が呟いた。シンとした体育館に響き渡るには十分だ。誰も何も言えない。もちろん私も。影山にしてみれば、距離を置いた私も他のチームメイトと同じ、離れていった者だ。いくら言葉で許してくれたとしても、記憶に残る私は影山を避け続ける。
影山だって同じ中学生だったのだから、傷つくのも一緒だったのに。

「えっ、でもソレ中学のハナシでしょ?おれにはちゃんとトス上がるから、別に関係ない」

あっけらかんと言い放った日向に、全員がポカンとする。日向にとって影山がどんな過去を持っていようが、今は目の前に立ちはだかるツッキーをどうやって倒すかが問題らしい。いいなぁ、日向。私も選手だったら、もっと影山に寄り添えたかもしれないのに。考えても仕方ないことだけど、あっさりとそんなセリフを言える日向に少しだけ嫉妬した。


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そこからの二人はとても凄まじかった。特に日向は覚醒したと言う表現がしっくりくる程の成長ぶりである。あの影山の速攻トスを、目を瞑ったまま打ち抜いたのだ。
さすがにまぐれだと思ったけど、影山の天才的なトス技術でなんとか物になった。日向の手元に寸分の狂いもなくボールを持っていくなんて、とんでもないことだ!ツッキーも何だかんだ本気でやっててちょっと見直した。
いいなぁ、いいなぁ!楽しそうで、熱くて、カッコいい。接戦の末、日向・影山チームが勝利した。

「こ、これが、烏野高校のバレー部なんですねェ!スガさん!!私、本当に烏野に来てよかったです!!」
「あはは、ななし野ちゃん大袈裟ー!」
「おう、ななし野!どうだった、この俺様のスパイクは!」
「めっちゃカッコよかったっス、田中先輩ぃ!弟子にしてほしいくらいです!」
「ぶっ、おいななし野考え直せ!」

大興奮しながら、先輩たちに感動をぶつける。ずっと憧れていた烏野でこんな熱い戦いがみられるなんて。このたぎる思いをどう伝えればいいのか、全く思い付かない!
私が何気なく言った言葉は何と受理され、田中先輩に今日から弟子だ!と言われた。師匠だ!私に師匠が出来た!と喜ぶ私を見て、大地さんも制止の声を止めた。心の底からげっそりしていたようだった。


「ななし野さん!勝ったよ!」
「日向、影山!お疲れ、凄かったね!私もうビックリしちゃって目が飛んでっちゃったよ」
「ぅえっ!?目が?!えっ、目が?!」
「ぶふっ、嘘だよ日向!」
「普通、騙されるか?」
「う、うるせー影山!」

びっくりしたのは本当だけど、飛んでいくわけがない。スルー覚悟で言ってみると思いの外、日向が引っ掛かってビックリしていた。日向おもしろい!私のこのくだらないギャグを真に受ける人なんて初めてだ。
影山はいつもそんなことあるわけないだろと冗談が通じないし、岩ちゃんはスルーするし、徹ちゃんはバカにして笑うし。だから、日向の反応はなかなか新鮮だった。
影山は私に視線を会わせると、何か言いたげにもごもごと言い淀んでいる。多分、あれだな。私の女の感が告げている。

「影山お疲れ、私影山にコキ使われたなんて思ったことないからね?」
「!おう」
「まったく、召使いなんて誰がつけたんだか…。なんかあんまりカッコよくないなー」

意外とセンチメンタルな部分もあるんだな、影山。多分私が影山の召使いだなんて言われたから気にしているんだろう。と思ったらビンゴだった。私の女の感、冴えてる。

「よし、じゃあアレ!持っていこう!」

日向は、ごそごそとポケットから入部届けを取り出す。私と影山も倣ってソレを取り出した。ポケットに入れていたせいでくしゃくしゃだ。この入部届けを突き返された時は絶望的な気持ちになったけど、今は反対にワクワクしている。
三人揃ってキャプテンの大地さんに差し出すと、今度はちゃんと受け取って貰えた。よかった、本当によかった!今日から正式に烏野高校男子バレー部の一員だ!あの小さな巨人と同じ場所で私の青春が始まる。

「清水、アレもう届いてたよな?」
「うん。多分サイズ大丈夫だと思うけど何かあったら言って」

大地さんが、美人マネージャーの清水潔子さんに声を掛けると潔子さんはいそいそと段ボールを持ってきて私たち1年に中身を配る。受け取るときに笑いかけられ、私は潔子さんのファンになった。近くで見ても綺麗だった。
そんな潔子さんに渡された黒い布を広げる。私は絶句した。

「ウホォウ!スガさん!ななし野が、ぶふっ、ななし野がっ…あひゃひゃ、天に召されましたぁ!」
「あっ、ななし野ちゃんどうしたの?あれっ、動かない!」
「たぶん、嬉しすぎて悶絶を通り越した結果です」

バッと広げた布は、私が小学生の頃から憧れて憧れて憧れて…夢にまでみた、"小さな巨人"も着ていたであろう黒いジャージだった。背中には、"烏野高校排球部"と明朝体で印字されている。
人はあまりに感動すると息をすることも忘れ、思考も停止し、とにかく無になるのだろう。少なくとも私はそうなった。影山に揺さぶられて気がつくまで私はそんな無の状態になっていたらしい。笑い転げる田中先輩は無視した。

気を取り直してジャージに腕を通すと、今度は動悸と息切れが激しくなった。学校のジャージとは違って、気が引き締まるような気がする。
それから、みんなで田中先輩にカッコイイポーズを教えて貰った。これ、写メ撮ろう!後で影山か日向に頼んでカッコよく撮ってもらう!そして、徹ちゃんと岩ちゃんに送りつけてやろうっと!私は死んでもいいくらい嬉しい気分だった。
今は、私を見て鼻で笑うツッキーでさえも天使にみえる。

「ツッキーどうかね?私は小さな巨人になれてるかね?」
「はぁ?意味不明なんだけど。ちょ、こっちこないでくれる…!」
「だ、大丈夫かツッキー!?」

心底嫌そうな顔のツッキーに見せびらかすようにジャージ姿で迫る。今朝は私を見下した仕返しだ!さっき田中先輩に教えて貰ったカッコイイポーズをツッキーに披露していると隣のグッチーがアワアワしていた。そんなグッチーにもどうだね?と迫ると怖い!と逃げられた。調子に乗りすぎたようだ。

「君、ほんとバカだよね!そもそも、勝手にその呼び方やめてくれる?」
「いいじゃない、ツッキー!ツッキーと呼ばせてください、お願いします」
「っ!か、勝手にすれば」

ペコリと頭を下げてみると、ツッキーはどう対処すればいいのか分からないようだった。これは、いい情報だ!ツッキーは意外と押しに弱い。ニヤニヤして見上げていると、バカじゃないの?!と顔を反らされた。そんなツッキーの隣でグッチーが私に問いかける。

「あのさ、ななし野さん…グッチーって俺のこと、だよね…?」
「そうだよ!ツッキーとお揃いで、グッチー!嫌だったら他の…」
「ツッキーとオソロイ!」
「…グッチーで決定!」

ピヨンとアホ毛を立たせて喜ぶグッチーとは反対にツッキーは、ゲッという顔をする。グッチーというあだ名は気に入って貰えたようだ。ツッキーと一緒にいるからてっきり性格は悪めなのかと思ったけど、そうでもないらしい。仲良くやっていけそうで安心した。

「組めた!組めたよーっ!!練習試合!」

ドダダダと体育館に飛び込んで来たのは眼鏡の小柄な先生だった。もしかしてバレー部の顧問かな?とても嬉しそうな顔である。急いで来たせいで眼鏡もジャージもずり落ち、ネクタイは肩に引っかかっていた。でも、先生は気にした様子もない。
一体どこと試合なんだろう?どんなチームかな?とワクワクしていた私は、「青葉城西」と先生が言った途端に膝から崩れ落ちそうになった。



烏野高校排球部
(青城だと…?)

 top bkm 


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