青葉城西との練習試合は火曜日の放課後に1試合だけ。授業が終ったらすぐに準備して、バスで青城に向かい、その後学校に戻って練習という少しタイトなスケジュールだ。
対戦校である青葉城西といえば北川第一中学の選手の多くが進む高校でもある。幼馴染の徹ちゃんも岩ちゃんも、同級生の金田一や国見も実際に青城に進学していた。
私も小さな巨人に影響されなければ、多分青城に通っていたと思う。バレー部マネをしていたかどうかは分からないけど。
そして、その青城バレー部で現在キャプテンをしている徹ちゃんは「練習試合の話きいたー?俺、がんばっちゃうね!!イエーイ」とイラっとくるメールを寄越してきたので「烏野ナメんな」と返信しておいた。
日曜にはメンバーも発表され、短い時間だけど試合に向けてしっかり練習もした。徹ちゃんには絶対に負ける気がしない!と、思っていたけど日向の緊張が予想以上で最早誰が何を言ってもプレッシャーに感じてしまって試合処ではなかった。
日向の囮作戦は烏野にとって必要不可欠なのに、肝心の日向が使い物にならなければ非常に困る。決定力に欠ける烏野が4強の青城に勝つのは厳しくなるだろう。と大地さんが言っていた。
カッチコッチになって出来損ないのロボットみたいな日向は、結局試合当日の放課後までそのままだった。
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「ななし野、隣いいか?」
「おっす、影山。どうぞー」
学校が用意してくれたバスに乗り込むと、影山が私の隣に座る。何か中学時代を思い出すなー、と一人懐かしく思った。試合でバスに乗ると大体私の隣に座っていた影山。
あの時はチームメイトと溝があったり、部内に友達がいなかったので私と居たのも分かるけど、今は日向や大地さんみたいにバレーの話が出来るチームメイトがいる。だから私なんかより、そっちに行った方がいいんじゃないかと心配した。
だって、やっぱり影山には私だけじゃなくて男の子の友達も作って欲しい。あのツッキーですら山口という友達も居るんだ、影山だってすぐ出来るはずだ。余計なお世話かもしれないけど…。
影山の相手を無理なくしてくれそうな大地さんはスガさんと話し込んでいるし、日向は後ろの方で青い顔をしている。…大丈夫なのか…、日向は。
「ななし野は及川さんと、その…仲良い、のか?」
「今もってこと?うん、まぁそうだね、幼なじみだし。それがどうかしたの?」
「いや…確か及川さんって青城行ったよな?」
「うん。あれ?影山は知らなかったっけ?大体みんな青城行くじゃん」
「いや、知ってる」
何だか的を射ない質問に首を傾げた。どうしたんだろう、影山らしくない。
そういえば中学時代、徹ちゃんに散々嫌がらせ(まがい)の絡まれ方をされていたのを思い出した。純粋に徹ちゃんを目標にしていた影山に、徹ちゃんはいつもフザケた態度だった。もしかして、そのせいで影山まで緊張しているのかもしれない。
「あ!もしかして、やっぱ嫌だよね…?」
「何がだよ?」
「その、元チームメイトと敵というか…、その色々あったわけだし…」
影山も思い出したのか複雑な表情をしている。中学のチームメイトとは全く上手くいかなかったわけだし、思い悩むのも仕方のないことだ。私が心配していると、「それは何とも思ってねぇよ」と呟く。
そのわりに影山が怖い顔で黙り込んだから鞄の中に入っていたチョコレートを渡した。影山は黙ってそれを食べている。少しだけ表情は柔らかくなったようだ。チョコレート万歳!
「ちょっと、気になっただけだ。お前と及川さんが…」
「私と徹ちゃん?」
影山が何か良いかけた時、不意にポケットの中のケータイが震えた。メールだ。差出人は及川徹。今部活中のはずなのに、一体何だろう?影山に断って中身を確認し、私は大きくため息を吐いた。
徹ちゃんのメールには、「怪我しちゃって保健室なう!今日の試合出れないかも〜!まあ俺が居なくても烏野には負けないけどね!ごんべ子ドンマイ!」と、記載されていた。保健室でピースして、怪我をしているようには到底見えない写真付きだ。
イラッとして固まる私を影山が心配そうに見つめてくる。
「影山よ…今日、絶ッ対に勝ってね!絶対に!」
「お、おう…当たり前だ」
「うわああああ、止めて!バス止めてええええ!」
「窓!窓開けろ!早く!」
影山の返事に頷くと同時に田中先輩の悲鳴がバス内に響く。そして車内に漂う吐瀉物の臭い。何事かと振り返ると、後ろで日向が田中先輩の股間に嘔吐したらしくグッタリしていた。
半泣きの田中先輩とグロッキーな日向、パニックに陥っているバス内。すっかり徹ちゃんの怪我の件なんて頭からすっぽ抜け、騒ぎの輪に加わることになった。
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「ななし野ー!見ろこれ!オネショみたいじゃん、俺オネショしたみたいじゃん!してねーかんな!俺はオネショなんてしてねーー!」
「わぁぁ、田中先輩何の話ですか!わかりました、わかりましたけど、その格好ヤメテ!」
日向嘔吐事件が起きてすぐに近くのコンビニにバスを停車してもらうことになった。時間はまだ少し余裕があるし、何よりこのままでは青城につく前に他の部員までグロッキーになりかねない。実際、大地さんとグッチーは日向の吐瀉物の臭いで今にもつられてリバースしそうだった。
とにかく、日向を落ち着かせるためとバス内の掃除も兼ねて一旦休憩を取る他、選択肢はなかったのだ。
そして、田中先輩はバスから降りるとドダダダと私の前まで走ってきて、自分の股間を指差すと私に見せつけてくる。私、女子ですが?!と田中先輩に言いたい。
「田中先輩、早く脱いで!私もう我慢出来ない!」
「そう急かすな!すぐ脱ぐから!」
「おい田中、ななし野ちゃん!何か誤解を招く言い方すんなよ!」
私と田中先輩のやり取りにスガさんが慌てて止めに入ってきた。何を誤解しているのか知らないけれど、顔を赤くしている。影山やツッキー達は呆れ顔でコンビニに時間を潰しに行ってしまった。
潔子さんはバス内の片付け、私は田中先輩のジャージ洗い。なので、必然的に私は田中先輩に脱いでもらわなければいけないのである。
スガさんに、言い方ってもんがあるだろ!と言われつつ、日向のゲロ付ジャージを受け取る。田中先輩が短パンに履き替えるのを見届けて私もトイレに駆け込んだ。このまま袋に詰めてもいいけど、臭いも気になるし気分的に嫌なのだ。だから、私が洗うと申し出た。
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「ごめん、ななし野さん」
「日向、大丈夫?」
「うん、まだちょっと気持ち悪いけど…休めば大丈夫だと思う」
「そっかー、ま、あんまり気にしないで気楽にやんなよ」
コンビニの方には悪いけど、手洗い場でジャージを洗っていると日向がゲッソリとした顔で中から出てきた。バスを降りて一目散にトイレに駆け込んでいたのだ。
私が少し場所を譲ると、ありがとうといって手を洗う。まだ体調は優れないようだ。
一年前、初めて日向を見たのもトイレの前だったなぁと懐かしいことを思い出した。あの時、威勢は良かったけどお腹が痛くてトイレに駆け込もうとしていたんだった。相当間抜けな絵面だったなあ。
私がクスクスと笑いながらジャージを絞っていると日向がポカンとして私を見る。
「ごめん、何か面白くて…ププ」
「ななし野さん、それどういう意味!?」
「あはは、良い意味でね!」
「良い意味って!?」
顔を赤くしたり青くしたりと忙しく表情を変える日向は見ていてとても面白い。このままで試合なんて出来るんだろうか。いつものようにからかいたい気持ちもあるけれど、今日の日向に変なことを言ってしまうのは避けた方がいいだろう。私は何とか日向のプレッシャーを少しでも和らげられたらと思って、出来るだけ優しい顔をして話しかけた。
「向こうのキャプテン、今日試合出ないみたいだしさ、戦力は多少落ちると思う!だからちょっとくらいミスしても許されるんじゃないかな?!影山は怒るだろうけど」
「お、怒られる…?!」
「あ、まあ、その…とんでもないミスしたらね!」
「みみみ、ミスしたら怒られる…!」
「だ、だからそんな考えこまなくても」
「ヤバイィ!おれミスしたらヤバイィ!」
日向の顔色が青一色になった。私、もしかしなくても余計なこと言った?!最早、日向の頭の中ではミスをして影山に怒鳴られるイメージが延々と流れているしらしく私の言葉は聞こえていない。ねぇ、聞いて!?と日向の顔を覗き込むと「ひぃ!?」と言って後ずさる。
「ちょ、酷い日向!私の顔見てビビるなんて」
「ごめんなさぃい!」
「あ、いやそんな謝らなくてもいいけど…とにかく、落ち着いて!これから試合なんだし!そんなんじゃ勝てるものも勝てなくなっちゃう」
「勝てない!?おれ、勝てない!?カテナイ!!ヤバイィ!」
私の言葉のチョイスが悪かったようで、ネガティブな部分だけが日向に拾われていく。落ち着く所かまたしてもパニックに陥る彼に私はもうどうすることも出来なかった。ごめん、みんな。私は日向に余計なプレッシャーを与えてしまったようです。
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