守護神とエース

「ぐえっ」
「なんでぶつかった方から潰されたような声が出るの?」
「ごめんよ、ツッキー」
「謝る前にちゃんと前見なよ」

放課後、部室への道を急いで走っていたらまたしてもツッキーにぶつかった。よろけた私は自分でもびっくりするくらいにカエルが潰れたような声が出てしまった。不可抗力である。
そして、ツッキーに注意されるまでもなく私はちゃんと前を見て歩いていたのだ。ぶつかる前までは。いつもたまたまよそ見をしていた時に限ってツッキーとぶつかるので、最早私の意志ではどうしようもないのではなかろうか。だってわざとじゃないし…。

「許してツッキー」
「はぁ…」

ツッキーは私にぶつかられることに慣れ初めているのか以前ほど怒ることもなくなり、呆れた顔をするだけ。最初は私をストーカー扱いしていたことは苦い思い出だ。
そもそも特定の人物にだけこうもぶつかるのはおかしい。もしかして、ツッキーからぶつかってきてるんじゃ?という疑惑まで私の中に浮かんだ。だって、ツッキーもちゃんと注意して見ていたらぶつかることもないと思うのだ。それに身体能力も高いだろうし、避けるのは容易いはず。
そう考えれば、いよいよツッキー不注意疑惑は濃厚である。下からツッキーをガン見しながらそう伝えると、さすがに「そんなわけないでしょ」と怒られて鼻を抓まれた。苦しい、結構ガチで抓んできてる。ごめんなさい。

「ツッキー私の鼻が伸びちゃう、ウソプーになる!」
「え、マジで!ななし野さん、ツーピース好きなの?」
「グッチーよ、食いつくのはそこじゃないだろう?」
「あっ、ごめん」
「プッ、何その会話。もう行くよ、部活遅れる」

ウソプーは、大人気海賊漫画のツーピースに出てくる鼻の長いキャラクターだ。ツッキーは少しだけ笑いながらパッと手を離すと、体育館の方へ歩き出した。誰のせいだよ、と思ったけど私がぶつかったせいだったので黙っておく。私がちゃんと歩いていれば立ち止まることもなかっただろう。反省した。
スタスタと先を行くツッキーを、グッチーと一緒に追う。ついでに、またツーピースの話しようね!と言うとパァッと明るい顔でうん!と頷くグッチー。可愛いな…!いつもツッキーにくっついていて、日向や影山をからかったりするけど単体だと素直で優しい子だ。昨日の練習試合では、一緒に応援もしたし!彼とは仲良くなれそうである。というか、仲良くなりたい。どうやら、私と漫画の趣味もあうようだし…。私がグッチーと雑談する様子をツッキーが一瞬振り返って見ていたことは誰も知らない。


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「だからよー、お前らよー、サッと行ってスッとやってポンッだよ」
「??」

目の前でレシーブの受け方を享受してくれているのは、昨日の部活帰りに大地さんが言っていた"烏野の守護神"である2年の西谷夕先輩だ。ポジションはリベロで、身長も日向と同じくらいである。
スガさんに聞いた話では、エースである"旭さん"という人と揉めて謹慎処分を受けていたらしい。そして今日それが解けて部活に復帰した。とんでもない不良だったらどうしようと思ったけど、実際は全然悪い人ではなさそうだった。むしろ、カッコいい!師匠である田中先輩も認める人物ということは、凄い人に違いない。

「西谷先輩カッコいいです」
「それ本人に言ってあげたら喜ぶと思う」

見た目もイケテるし、中身もワイルドだし、気さくで面白い。影山同様に、自分のポジションに誇りを持っているようだった。そんな西谷先輩を遠目に見ながら潔子さんに伝えると、潔子さんが笑う。

「西谷はね、レシーブがとにかく静かなの。本人は全然静かじゃないけど」
「何か分かる気がします!」

練習中に見た西谷先輩のレシーブはとても凄かった。どんなボールもきちんと回転を殺してセッターの位置に返す。"守護神"というカッコいい呼び名も伊達じゃない。
いいな、守護神!私なんて召使いとか全然カッコよくないあだ名で呼ばれていたらしい。

「ごんべ子ちゃんは西谷と気が合うんじゃないかな。田中と同じ様なタイプだし」
「えっ、そうなんですか!?じゃあ、ワイルドなんですね」
「ワイルド…うん、ワイルドかも。エースと違って」
「エースって旭さん…でしたっけ?もう戻ってこないんですか?」
「さあ、どうだろう?」

潔子さんはそう言ってボールを拾いにその場を去って行った。旭さんが部活に戻ってこないのは、やっぱり西谷先輩との確執が原因なのだろうか。結局、今日の部活中に旭さんが姿を現すことはなく他の部員もそのことについて触れたりすることもなかった。


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「西谷先輩!私も、先輩みたいにカッコいい呼び名が欲しいんですけど、どうすればいいですか?」
「ぅおっ、女子!そ、そんなストレートに……よしっ、帰りにアイス奢ってやる!」
「マジすかー!さすが西谷先輩!」
「当たり前だ!なんたって俺は"先輩"だからな!」

という会話を今日の部活終了後にしていたため、現在バレー部の皆で坂ノ下商店に来ていた。
私はガリガリ君のソーダ味、日向は梨味を奢ってもらいありがたく咀嚼中である。うまい、まだ夜は少し肌寒いけど寒いなかで食べるガリガリ君はなかなかイケる。
私にそんな幸せをくれた西谷先輩は身長は私や日向とそれほど変わらないけれど、遥かに器が大きい人だと知った。
喜ぶ私の後ろでスガさんが「バカが増えた…」と呟いていたのは気のせいだと思いたい。

「そいうやお前、龍の弟子ってマジか?」
「龍…?あ、田中先輩のことですね!そうです、私田中先輩に弟子にしてもらいました!」
「ははは、ななし野は優秀な弟子だ!おい弟子よ!ノヤっさんはスゲェ奴だから、尊敬するように!」
「うおーー、龍師匠っぽい!いいなぁ!弟子!俺も弟子が欲しい!よし、女子よ、お前は龍の弟子、すなわち俺の弟子でもある!」
「へ?」

どういう理屈だ、と私がハテナを浮かべているのもお構い無く西谷先輩と田中先輩はそれいいな!と盛り上がっている。日向がいいなー!と私に羨望の眼差しを送ってきたので、私は少し嬉しくなって「いいだろー!」と自慢気に笑っておいた。

「じゃあ、女子よ!弟子になった記念に俺のことはノヤさんと呼ぶがいい!」
「何!?よし、弟子よ!俺のことも龍先輩と呼ぶように!」
「えっ、いいんですか?じゃあ、そうします!やったー!」
「お前ら、女の子に名前呼ばれたいだけだろ」

おお、すごい、弟子っぽい!と喜ぶ私と先輩二人。大地さんが呆れたように笑っていた隣で影山がこっそり「お前、フザケンナ」と耳打ちしてくる。私は至って真面目だ。心の底から烏野高校バレー部で青春を謳歌するつもりなので影山に何を言われようがこのスタンスは変えない。と、今決めた。

「何もフザケテないですー」
「あ?その態度がフザけてるだろうが!」

影山に向かって舌を出すと頭を鷲掴みにされギリギリと締め付けられる。痛い痛い!と言いながら影山の腕を引き剥がそうと躍起になっていると、そんな私を見たノヤさんが何気なく尋ねてきた。

「二人は付き合ってんのか?」
「ちっ違います!俺達はっ、つ、つき合ってません!!」

怖い顔をして即座に否定する影山に私は大袈裟にショックを受けたと項垂れてみせた。この質問は中学の頃から嫌という程繰り返されてきたというのに、未だに影山は対応できないらしい。毎回毎回顔を赤くしながら全力否定するので、余計怪しまれるのがオチである。
もちろん今も例に漏れず慌てている影山に、龍先輩がぐいっと近づく。

「当たり前だ影山!先輩を差し置いて彼女持ちなんて許しませーん!」
「そうだそうだ!俺たちに彼女が出来るまではダメだ!」
「それじゃおじいさんになっちゃうだろ」
「スガさん酷いっス!」

理不尽なことを言う龍先輩とノヤさんに、さらっと失礼なことを言ってのけたスガさん。私たちが笑うと涙目の龍先輩が笑うな!とあまり迫力のない声で怒る。ガリガリ君をかじりながらあまりよく分からない顔をしている日向が先輩に「ドンマイです!」と言って更に怒らせていた。

「私は影山ともっと仲良くなりたいんですけどねー」

と、隣に立っていたスガさんに思っていることを伝える。するとピタリと反対側に立っていた影山が動きを止めた。龍先輩たちの喧騒にも関わらず聞こえていたようだ。この際だから、と影山にもきちんと私の思いを伝えておこう。

「色々あったけど、私はまた前みたいな関係に戻るからね!影山に嫌がられても今度は絶対に離れないからね!」
「…」
「あはは」

じっと影山を見つめて宣言する。相変わらず固まったまま動かない彼に内心は冷や汗ダラダラだ。次第に龍先輩たちからの注目も集まり、恥ずかしくなってくる。耐えきれずに「何か言ってよ!」と詰め寄ると、スガさんが突然笑い出した。

「どうしたんスか、スガさん?」
「いやー、別に。影山も大変だなーって思って」
「確かに」

不思議そうな顔で龍先輩がそう尋ねると、スガさんが楽しそうに答える。続いて頷いた大地さんに、私たちはますます訳が分からなくなった。影山は私の顔を見ると深いため息を吐いている。どういうことなんだ。

「何かよく分からないんですが、影山とななし野さんが両想いってハナシですか?」
「ちっ、ちげぇよ!話聞いてなかったのか、日向ボゲェ!」
「ひぃいっ!何でそんな怒ってるんだよ!?」
「私は影山のこと好きだけどねー」
「なんだよ、おれ合ってんじゃん!」

赤くなって今度は日向につかみかかっていく影山。反応が面白いなぁ。わざと誤解を生むような言い方をすると、スガさんがニコニコしながら私に言う。

「ななし野ちゃん、結構いい性格してるよね」
「そうですか?」

好きな子ほど苛めたくなるという原理ではないけど、影山は私の冗談にいちいち反応してくれるので楽しいのだ。最近は日向もなかなか良いリアクションをしてくれることに気づいた。密かにターゲットになっていることを知る由もない日向は、影山と取っ組み合いになっている。
わいわいと騒がしい私たちのやりとりは坂ノ下商店のお兄さんに怒られるまで続いたのだった。


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