ノヤさんが部活に復帰してから練習中はとても賑やかになった。持ち前の明るさでどんな練習も楽しそうにこなすので、見ている私もつい楽しくなる。特にレシーブが凄くて私は毎回ノヤさんのレシーブに見入っていた。どんなに強いボールだろうが、綺麗に勢いを殺してセッターの居る位置にきっちり返す。凄く華麗で静かなプレイだ。潔子さんが「静か」と評していたことが私にも理解できた。
今まで小さな巨人みたいにスパイクを決める選手がすごいんだと思っていたけど、間近で色んなプレーを見ているとバレーはスパイカーだけではないと実感する。特に影山や徹ちゃん、ノヤさんを始め私はバレーの上手な人に囲まれているので優れた技を間近で見ることができた。とてもありがたいことだ。
「みんな、カッコいいなぁ」
私も男に生まれていれば烏野のエースになれたのかなーとこっそり考えてみた。もし男だったらツッキーより高身長で徹ちゃんよりイケメンで、スガさんのように面倒見がよくて、龍先輩みたいに男気があり、ノヤさんのようにワイルドで、影山並みの才能を持ち、日向みたいにジャンプする……うわ、男の私超ヤバい。これじゃ、潔子さんもメロメロだ…。
「ごんべ子ちゃん、幸せそう」
「はっ、潔子さん!わ、私は幸せです!」
「ふふっ、そう。よかった」
「潔子さん!」
来世では男に生まれてあなたを幸せにしますので!という想いも込めてぎゅっと抱きつくと、そっと頭を撫でられる。潔子さんは本当に良い匂いがするなぁ。私は潔子さんと一緒に帰ったあの日からすっかりメロメロになっていた。
コートの方では龍先輩とノヤさんが練習を放り出し「羨ましいぃい」と転げ回っている。改めて考えると、こうして憧れの潔子さんをぎゅっとできるのは女の特権かもしれない。
「おい、女子!抱き締めさせろ!」
「潔子さんの温もりが消える前に!」
満足した私が潔子さんから離れると物凄い勢いでノヤさんと龍先輩が駆け寄って来た。さながら、セールを前にしたオバチャンのようだ。いや、それ以上に鬼気迫る表情をしている。今にも襲いかかってきそうな二人に私は思わず後ずさった。いくら師匠といえどそれはセクハラだ!あと、目がマジすぎて怖い。
「いや、それだけはダメです!逆ならまだしも!」
「ぎゃく…?おお、いい考えだ!冴えてるな、女子!」
「その手があったか、さあ早く俺の胸に飛び込んでこい!」
「「さっこォーい!」」
しまった、墓穴を掘った!私から抱き締めに行くだなんてそんな恥ずかしいことできるわけもない。女子相手なら全然気にしないけど、男の人を抱き締めるなんて私にはハードルが高すぎた。そういうのは好きになった人とするんだ!
まるでバレーの試合中のようにやる気満々の二人が両手を広げてにじり寄ってくる。マジだ、この人たちマジのやつだ!
じりじり壁際に追いやられる私は、男に言い寄られるなんてモテモテじゃん!なんて一瞬頭をよぎったけれど、すぐにそんな考えも消えてなくなった。言い寄ってくる男の目は女を見る目ではない。獲物を見る目だ!
とうとう追い詰められた私は只今ピンチである。もう、いいか、ぎゅってするだけだし、捕って喰われるわけでもなし、減るもんじゃなし。いやー、でもなー…もっとこう、ロマンチックなムードで…。
どうしたモノかと思案していると、突如私と先輩二人の間をバレーボールが遮った。速すぎて一瞬何か解らなかった。風を切る音が最早バレーボールではあり得ない。ゴォッて聞こえた!もし当たっていたら多分死んでいる。
「すいません、手元が狂いました」
「ひぃぃ!」
一体どこから、とボールの飛んできた方向に視線を向ける。そこにはとんでもなく怖い顔をした影山がサーブを打った姿勢のまま固まっていた。文字通りの殺人サーブじゃないか。その隣で一部始終を見ていた日向が青くなっていた。
「さて、お前ら。今部活中なんだが…遊んでんのか?ん?」
「だ、大地さんっ…!スンマセン」
「ひっ、すぐ練習戻ります!」
そして大地さんの一言で二人は慌てて練習に戻って行った。いやぁ、助かった!と胸を撫で下ろしたと同時に、今度は大地さんの顔が私の方を向く。
ニコニコと微笑んでいるけど目が全然笑っていない。言わんとすることが分かったので、私も慌ててボールを拾いに走った。
大地さん恐い。
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「龍先輩、旭さんてどんな人なんですか?」
お昼休み、龍先輩とノヤさんに呼ばれ中庭で一緒に喋っていた。丁度、影山は日向と一緒に"旭さん"を呼び戻しに行くと言って教室に居なかったし、師匠の呼び出しには応じなければ!と急いで来たのだ。そして息を切らして来た私に、ノヤさんがジュース買ってきてやろう!と何故か勢いよく走って行ってしまい、その間に"旭さん"について龍先輩に尋ねていた。
「どんな人…そうだなぁ、でかくてスゲェスパイク決めまくるカッコいい人だなー。見た目はワイルドでロン毛にヒゲなんだけど、ちょっと気が弱いんだよ」
「ただの根性ナシだよ!」
「…??ノヤさん、おかえりなさい」
いつの間に戻ってきたのか、背後に立ったノヤさんは珍しく厳しい表情をしている。そんなノヤさんに龍先輩は少し苦笑いしていた。
二人の情報を組み合わせると、つまり旭さんはワイルドな根性ナシという感じ?全然想像がつかない。恐ろしく毛むくじゃらの雪男のような人を思い浮かべていると、ノヤさんがどっかりとベンチに腰掛けた。
「ほい、ぐんぐんヨーグル」
「ありがとうございます!私が行くべきだったのに…」
「バカ、女子に買いに行かせたら、パシリみたいになるだろ?ここは、師匠であり先輩でもある、俺が!買いに行くべきだ!」
「うわぁぁ、ノヤさんかっけぇぇ!」
「ノヤっさんあんたほどワイルドな奴はいねぇ!」
「はっはっはっ、二人とも今日の帰りにガリガリ君奢ってやる!」
「「ノヤっさぁぁん!」」
後輩である私がジュースでもパンでもお菓子でも買いに行くと言ったのに、ノヤさんが頑として首を縦に降らなかったのにはそんな理由があったらしい。ノヤさん男前すぎる!龍先輩と一緒にノヤさんに拍手を送っていると通り掛かった木下先輩と成田先輩に「マネージャーに変な芸仕込むなよー」と言われた。そうか、端から見ればこれは大道芸か何かに見えているのか…。
「ところでノヤさん、旭さんが根性ナシというのはどういうことなんですか?」
「エースのくせにビビって逃げた根性ナシだよ。でも、俺は旭さんが烏野のエースだと今でも思ってるし、エースが戻ってくるまで試合には出ない。旭さんは、一人で背負いすぎなんだよ」
「ノヤさん…」
「俺も旭さんが戻ってきたら烏野はもっと強くなると思うんだけどな」
そう言ってノヤさんと龍先輩は小さくため息を吐いた。GWの合宿最終日には5年振りに因縁の音駒高校との練習試合もある。せっかくノヤさんも居るのに見ているだけなんて寂しい。それに、スガさんも大地さんも何だか元気がなかった。
多分、戻ってこない旭さんのことを気にしているんだと思う。更にそれを気にした日向も何だかいつもよりテンションが低い気もする。マネージャーとしては選手にはいつも万全の状態で居て欲しい。そう思うけど、旭さん自身に戻る気がないならどうしようもないんだろう。
そもそも何故旭さんは部活に来なくなったのか、ノヤさんはどうして部活動停止になったのか。私は何も知らない。知らないけど、私の尊敬する先輩が元気ないのは何だか嫌だった。
「ノヤさん、龍先輩!私に任せてください!」
「え?」
「どうしたななし野?」
こうなったら、私も旭さんを部活に連れ戻す!全員揃って烏野高校排球部でしょう!
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