合宿開始!"こども事件"

5月2日19時55分。
烏野高校排球部のメンバーはそれぞれ4泊5日分の荷物を手に、部活動合宿用施設まで移動してきた。学校からそれ程距離もなく、歩いて10分程の近場である。外観は少し古びたロッジ。
グッチーが「なんかでそう…」とげっそりしていた。確かにちょっと不気味ではある。
マネージャーの私は何かあったときのために今日だけ自転車で登校し、この合宿所に止めておくことになっていた。普段チャリ通の日向は合宿中は使わないので学校に置きっぱなしだ。ということで一人で駐輪場に自転車を止め、玄関で待っているみんなのもとへ走る。駐輪場が暗くてちょっと怖かった…。

「ななし野、合宿だぞ!例のアレ持ってきたかんな!」
「ごんべ子、俺も持ってきたぞ!」
「ヤッター!楽しみですね、師匠!」

息を切らして戻ってくると、龍先輩とノヤさんがハイタッチを求めてくる。何だろう、合宿前の恒例の儀式かな!?あまりにもテンションが上がっている師匠二人に熱いハイタッチを求められ、返さないわけにはいかない。
二人と同じように眉間に力を入れて下顎をちょっと突き出し、「うぇーい!」と言いながら気持ちを高めあった。
やばい、なにこれ超楽しい!「田中、西谷、ななし野ちゃん!変な顔でハイタッチやめろよ」とスガさんに止められるまで続き、「ななし野ちゃん、田中の後だけは辿るなよ!」と切実な顔で言われた。思わず頷くしかなかった。


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「うわぁ!みて、ななし野さん!広いよ、お風呂!広い!」
「ほんとだ!これ、女子用も同じ間取りだよね?私大浴場貸し切だ!!」
「ぅえッ!いいなぁ!貸し切!泳げるじゃん!」

1年にとっては初めての合宿施設であり、私と日向は興奮を抑えきれずにお風呂や大部屋など施設内を掛け回っていた。見た目に反して旅館みたいに綺麗な場所だし、とても広い。私と日向のテンションはうなぎ登りである。
ちなみに男子は全員で一部屋、女子は私一人でその隣の一部屋を与えられている。部屋といっても襖で仕切られただけの大広間なので、行き来は驚く程簡単だ。もうみんな同じ部屋でいいのでは?と思ったけど、大地さんに「田中とノヤがいらんことするからやめとこう」と言われた。
でも正直、この広い部屋を一人で使うのは凄く贅沢というか、寂しいというか…。仕方ないことだけど。そんなことを考えながら、日向をみるともう私の風呂貸切発言ですっかり脳内が"風呂で泳ぐこと"になっているようだった。こういう時の日向は私のいいカモである。

「お風呂覗かないでよ、日向」
「エッ!?!のののの、のののの…!!」
「ブフッ!ひ、日向っ!顔真っ赤!」
「おい、お前らはしゃぎすぎだ。落ち着け」

冗談で日向をからかってみると、予想以上のリアクション。何を想像したのか知らないけど、顔を真っ赤にして「の」しか言わなくなってしまった。影山とはまた違って、からかい甲斐がある。私の中に眠る加虐心をくすぐるというか、火をつけるというか。私は日向がショートする姿を見て笑い転げた。彼は本当に面白い。普段の二割増しで騒がしい私達に影山は呆れた顔で落ち着けと言い、ツッキーに関してはとても冷めた視線を寄越してくる。
でも、楽しいものは楽しいのだ。私にしてみたら、テンションの低いツッキーの方が不思議で仕方ない。

「1日中ムサ苦しい連中といて何が楽しいの」
「ツッキー、私がいるじゃない!」
「…どっちかっていうと君は暑苦しい」
「「おい月島てめぇ、半径500メートル以内に潔子さんが居る空間はムサ苦しくねぇんだよ!!」」
「そうだそうだ!師匠、私も!私も居ますよ!私も可憐なる女子ですよ!」
「ごんべ子、お前は何か違う!」
「ななし野。女子は女子でもお前は俺たちの弟子だからな!!」

顔をしかめるツッキーに龍先輩もノヤさんも憤慨した。潔子さんの件は私も大いに賛成である!でも、三人揃って私がムサ苦しいとはどういうことだ!そりゃ、あの潔子さんと比べれば私なんてミジンコ並の女子力だけど、これでも一応女子である。悲しい、悲しすぎる…。返す言葉も見つからなくて、ズーーンと落ち込んでいると旭さんに肩を叩かれた。可哀想な子を見る目である。そんな同情いらない…。

そして潔子さんが帰宅することを告げられた龍先輩とノヤさんがしばらく廊下付近で屍と化していたのは言うまでもない。


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「はああああ、いい湯だっな…あははん」

夕食も終え、片付けや布団の準備、荷物の整理なども終わり、一人でお風呂を堪能した私は極楽気分で廊下を歩いていた。後は寝るだけ。でも、合宿に来たのだから夜は楽しまなければならない。
潔子さんは帰宅してしまったけど、ここにはまだ仲間がたくさん居る。疲れて眠たい気もするけど、寝るのがもったいないな。なんて考えていると、挙動不振な日向とそれを不思議そうな顔で見ている龍先輩を見つけた。

「何やってるんですか?二人とも」
「おお、ななし野!」

私が声を掛けると龍先輩は、じーっと私のことを凝視する。何か変な格好してるかな、と思って自分の姿を確認してみるけど寝間着用のロンTにスウェットで、特におかしな点はない。と思う。何ですか?と聞き返すと、先輩は真剣な顔で口を開く。

「お前、風呂上り?」
「そうですけど……」
「なんか、やっぱ女子だな!はー…潔子さんの風呂上り姿がミタカッタ…」
「龍先輩…それは私も見たいです」

何か失礼な発言が聞こえた気がするけど、言及はしないでおく。潔子さんのお風呂上りの姿は龍先輩だけでなく私も見たいのだ。
何度かうんうんと頷きあった後、龍先輩が放置していた日向に「どうした日向」と声を掛けた。ずっとキョロキョロしていた日向は、小さな声で「知らない人が居るんです…」と呟く。
いやいやいや、いやいやいやいやいや。私と龍先輩は顔を見合わせる。「別の部も合宿してましたっけ?」「いや、今は俺たちだけだ」と確認した後、日向に見間違いだと言ってこの話を終わりにしようとした。
だって、コワイし。もしオバケとか居たら私、一人で寝られない。トイレも行けない。

「なんか……こども…、まさか、まさか幽…」
「やめっやめなさああい」
「りゅりゅ龍先輩、もしかして、もしかして幽…」
「こ、こらっ、ちがっちがいまああす!見間違いだ、窓に映った自分とかだっ」
「でも…黒い髪で…」
「ナムアミダブツナムアミダブツ…」
「ななし野、お経やめっヤメロ!」

日向の髪は明るいオレンジで、窓に映った姿だったら黒い髪のはずがない。大体、窓に映った自分の姿を子供の幽霊と見間違えるなんて相当のアホじゃないか。これは…これは…やばいやつや!!と龍先輩のTシャツの裾を握りながら無心でお経を唱える。
お願いだから部屋に出ませんように!龍先輩が、早くみんなの所に戻ろう!と言ったと同時に日向が「でたぁ」と悲鳴を上げて龍先輩に飛びついた。まじかよ、私まだ死にたくない!三人で悲鳴を上げながら、振り返る。

「わああああ、こどもっ!こども…ん?」
「あれ、どっかで見たことある人…?」
「…」

視線の先に立っていた"こども"は、明らかに私たちのよく知る人物だった。始めは、本当に子供の霊かと思ったけど、どこからどう見ても風呂上りで髪がペタンコになったノヤさんである。拍子抜けした龍先輩がただのノヤだと日向に言うと、日向は「ノヤさんの身長が縮んだ恐ぃぃ」と震え上がっていた。確かに、普段より小さく見える。あまりにも日向が青い顔をしているもんだから、私と龍先輩は堪えきれずに大爆笑した。

「ブッフ!日向、面白すぎる恐ぃぃい!」
「やめろブフッお前ウククッまじ…やめとけってブヒャーッ!」
「龍、ごんべ子、てめえら!笑ってんじゃねぇぞコラァ!三人まとめて歯ぁくいしばれぇえ!!」
「わああノヤさんが飛んだあああ」
「あひゃーー!日向ビビリすぎ!」

笑いが治まらない私と龍先輩に怒ったノヤさんが飛び掛ってきた。日向に至っては今目に映るもの全てが恐怖の対象である。日向は面白いし、ノヤさんから飛んでくるパンチは痛いし、もうワケが分からない!
ぎゃあぎゃあと騒ぐ私たちの攻防は、大地さんが凄い形相で「煩い!」と怒鳴り込んできたことにより終了した。

そして、部屋に戻った私は疲れすぎて遊ぶことも忘れ深い眠りにつき、次の日師匠二人に「遊んでないのに寝るな!」と怒られたのだった。理不尽だ。



合宿開始!"こども事件"
(正直大地さんが一番、恐かったと思う)


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