合宿二日目"日向を捜せ"

5月3日、午前5時30分。マネージャーの朝は早い。選手たちより早く起床し、ジャージに着替えを済ませ、身支度を整える。本当は二度寝してしまいたいくらいだけど、遅刻しても起こしてくれる人が居ないので気合いで眠気を吹き飛ばすしかない。とりあえず部屋を出て手洗い場に向かう。隣の大部屋からは(多分)龍先輩のいびきが聞こえていた。

「ななし野?」
「影山じゃん、おはよう!」
「はよ」

顔を洗っていくらかシャキッとした気持ちになった所で、私を呼ぶ声がした。振り返ると、そこに立っていたのは影山で盛大にあくびをしている。少しボーッとしている彼は私の横に立つと、顔を洗い始めた。あ、寝癖発見。

「影山、寝癖が」
「どこ……なっ!?」
「なおんない」

タオルで顔を拭いているうちに、影山の寝癖に手を伸ばして押さえつけてみる。髪の毛サラサラ!驚きの指通り!でも寝癖は頑固だ。
状況に気付いた影山は照れて固まっている。その反応にニヤニヤしていると、影山は舌打ちしながら私を睨み付けてきた。

「ごめんごめん、反応が面白くて」
「面白くねぇよ。で、お前は何してんだ?」
「これから武ちゃん先生と朝ご飯作るんだ!影山こそ早いね?」
「今日は早く目が覚めた。だからランニング行く」

そう言って首にタオルを掛ける影山。朝からすげー、と感心する私に「腹空かせとくからな」とまるで宣戦布告のように告げた。めっちゃ食うぞということ?

「そりゃ楽しみだ!」

その言葉に「おう」と返事をして影山は玄関に消えていく。さて、王様のためにも頑張らないと!私は張り切って食堂へ向かった。

「武ちゃん先生、おはようございます!」
「ななし野さん、おはよう。よく眠れましたか?」
「はい、バッチリですよ!」

既に台所に立ち、朝ごはんの支度に取り掛かる先生は、私がそう答えるとニコニコと「それはよかった」と笑った。合宿中のメニューは武ちゃん先生がメインで調理し、私や潔子さんがお手伝いするという段取りである。
昨日は、武ちゃん先生特性のカレーを三人でわいわい言いながら作ってみんなに振舞った。とても好評で、たくさん作ったのにあっという間になくなって嬉しかったのは記憶に新しい。
龍先輩とノヤさんが潔子さんからご飯をよそってもらってガチ泣きしてたのも面白かった。あと、先生は男なのに女子三人で調理している気分だったのは内緒だ。合宿って楽しい、素晴らしい!

「では、始めましょうか」
「はい!」

潔子さんは日帰りのため自宅からの参加なので朝食時には居なかった。なので、私と武ちゃん先生二人で作ることになっている。早速、武ちゃん先生にメニューの書いてあるメモを見せてもらうと私は思わず驚愕した。
塩鮭の切り身、鶏肉の照り焼き、出汁巻き玉子、きんぴらごぼう、マカロニサラダ、大根とわかめの和風サラダ、ほうれん草といんげんのゴマ和え、具沢山の豚汁、白米…。
朝食にしては豪華すぎる。これ、私ほぼ作れないよ!

「武ちゃん先生、すごい豪華ですね!」
「初日の朝食なので、栄養バランスを考えてみたんですが…ひ、引くかな!?みんな、胃もたれしちゃうかな?!」
「そんなことないですよ、大丈夫ですから!」

あわあわと焦りだす武ちゃん先生。こんなに自分たちのことを考えて作られた料理に、誰もケチなんてつけない。むしろ、大喜びだ。こんな朝ご飯を食べたら練習だって頑張れる!先生が一家に一人欲しいと思った。
それにしても、こんなに豪華なレシピを私が手伝って台無しにしてしまわないかというほうが心配だ。恥ずかしいけど料理なんてほとんどしたことがない。
両親は忙しくてもご飯は用意してくれていたし、家を空ける時は徹ちゃんの家にお世話になっていた。調理実習だってみんなと一緒だから自分ひとりで出来るわけでもないし…。私の心配を汲み取ってくれたのか、武ちゃん先生は教えながら作るので大丈夫ですよ、と優しく言ってくれた。この間は悪魔なんて思ってごめんなさい。猛烈に反省した。

「武ちゃん先生、いいお嫁さんになれますよ」
「ははは、僕は貰う方なんですけどね」

この合宿で武ちゃん先生からお料理を習えば、いい花嫁修業になりそうだ。こうして私と武ちゃん先生の穏やかな朝は過ぎていった。もちろん、この豪華な朝食は大絶賛だった。


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「じゃあ、ななし野さん。何かあったらすぐに連絡お願いします」
「はい、任せてください!」
「念のために救急箱を渡しておくね。よろしく、ごんべ子ちゃん」
「はい!了解しました潔子さん!」

午前8時半。ロードワークに行くみんなは体育館脇の木陰でストレッチを行っている。その間に私はマイ自転車の籠に、潔子さんから受け取った救急箱とタオルとドリンクを積んだ。武ちゃん先生といつでも連絡が取れるようにジャージのポケットには携帯が入っている。1時間程度のロードワークだけど、万が一緊急事態が起きた時のために、私が付き添いで行くことになったのだ。潔子さんは、残ってタイムを測ったり次の練習の準備や戻ってきたみんなのドリンクを作ったりする。
まだ5月とはいえ日差しは強くなってくるし、大変な仕事は後輩の私が!と挙手したのだった。

「ごんべ子ちゃんも気をつけて。行ってらっしゃい」
「はい、ありがとうございます!潔子さん!では行ってまいります」

みんなの準備が整ったところで、潔子さんが声をかけてくれた。行ってらっしゃいって何だか新婚さんみたい!
デヘヘと笑いながら手を振って、私はみんなに続いてペダルを踏み込んだ。

「うおおおおお!!」
「くそっ!」
「ちょっと、日向と影山オーバーワークに気をつけて!」

スタートと同時に雄叫びを上げ、一人猛スピードで走り出した日向。それに負けじと影山も一気にスピードを上げて走り出す。
言っておくが、これはタイムを競うための練習じゃない。こんなペースじゃ、後半持たないよ!!そう思って二人に注意すると影山が分かってるよ!と言いながら、またスピードを上げた。いや、全然分かってないじゃん。
そんな二人を追う他のメンバーも必然的にスピードアップする。大丈夫かな、と心配していた私はすぐにそれどころではなくなるのだった。

「くそ、長ぇーなこの坂…!」
「がんばれ、田中!ななし野ちゃんも大丈夫?自転車じゃツライでしょ」
「ふんぬー、これしきの坂どうってことないです!わ、私も頑張らないと!」
「よくいったぞごんべ子!」

烏野の町は坂が多い。どの道を通るにしても絶対に坂か階段を登らなければならないのだけど、自転車で坂を上るのはとてもきつかった。降りて押してもいいけど、みんなに置いていかれる。でも、緊急事態に備えた私が居なければ何の意味もない。みんなが頑張っているのだから私も頑張る!と、気合いと根性でペダルを踏み込んでいた。
そんな私にスガさんが心配そうな顔で声を掛けてくれる。常に周りのことを気遣えるスガさんは、流石だと思った。ノヤさんは相変わらず元気に親指を立ててくる。かっけぇっす、ノヤさん!という言葉の変わりにゼェゼェと息が漏れた。
それにしても、トップを走る日向と影山はもう少し周りのことを考えるべきだ。後ろを振り返れば、死にそうな私の姿が見えるはず!マネージャーが誰よりも疲れてるなんて可笑しい。

それから5分間、立ち止まった影山に追いつくまで私たちは無言で坂を上り続けた。
明日筋肉痛決定。


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