5月4日、午前10時。私と潔子さんは、部室及び用具室の掃除を行っていた。
部室は男子高校生が使っているだけあって、それなりに汚い。定期的に潔子さんが掃除をしているにも関わらず、ひょんなところから何年前の!?みたいな、よく分からないゴミが出てきたり、お菓子の食べかすがこぼれていたり。
流石に部員達のロッカーの中まではプライバシーの問題があるので手をつけていない。でも、龍先輩とノヤさんのロッカーから服がはみ出しているのを見て、潔子さんが掃除をしたそうにソワソワしていた。きっと、師匠たちなら潔子さんが勝手にロッカーを開けても喜ぶと思う。ガッツポーズを取る二人が容易に想像できてしまった。
「りっ、龍先輩とノヤさんってロッカーもワイルドに使うんですねー!」
チラ…チラ…と、潔子さんを見てそう言ってみる。一瞬、私の方を振り返った潔子さんの返事は「掃除したい」の一言だけだった。ダメです、師匠!二人のいい所を潔子さんに言っても相手にされません!
昨日のトランプで負けた私に言い渡された罰ゲーム、"潔子さんに龍先輩とノヤさんのいいところを10個言う"。罰ゲームなんかじゃなくても、師匠のためなら一肌も二肌も脱ぐのに。朝から、二人に忘れるなよ!と念を押されたため、頃合を見計らってさり気なく潔子さんに伝えていた。…全く効果なしである。
10個伝える前に私の心が折れそう!師匠たち二人のいい所を存分に潔子さんに語ろうかと考えたけど、きっと無視されるか一言で終わるだろう。とりあえず、やるだけやったしもういいかな…。
手に持ったハンディモップでみんなのロッカーの上の埃を掻っ攫いながら、私は諦めたのだった。
「あ、潔子さん!あのダンボールは何が入ってるんですか?」
部室の掃除が終わり、用具室の掃除に移った私たち。部室とは違って、こちらは物がぐちゃっとしている。さすがに潔子さん一人では手が回っていないのか、よく使う箇所は綺麗だったけど積んであるダンボールなどには埃が積もっていた。
潔子さんに物の位置や使用頻度の高い用具を教えてもらいながら掃除も同時に進めていると、ラックの一番上に置かれたダンボールが目に入る。他のダンボールは積んであるのに、一つだけ離れて置いてあるのが気になった。
「…なんだろう、ちょっと見てみようか」
潔子さんも把握していないようだったので二人で中身確認のために床に下ろす。埃もそれなりに被っていたけど、封はされてなかったのですぐに中が見えた。
黒い布だ。比較的綺麗に見える。更に生地も分厚く、重さもあった。暗幕かな?そう言って潔子さんがダンボールから引っ張りだす。私も手伝うように布の端を持ち、広げた。
「これって…」
「うわあ、何ですか、これ!かっこいい!!強豪っぽい!」
バッと広げた黒い布には、白い色で"飛べ"の二文字。その布は横断幕だった。力強い書体で書かれたその文字から、OB会の方たちの熱意と期待が伝わってくる。たった二文字なのに的確に烏野を表しているピッタリの言葉だ。
ボールに向かって高く飛ぶ小さな巨人を想像して、それから"最強の囮"である日向が思い浮かぶ。日向を中心に全国へと羽ばたく烏野…考えていてだんだんテンションが上がってきた。
応援席は今のところ埋まる予定はないけど、いつかこの横断幕の後ろが烏野応援団でぎっしり埋め尽くされるといいなぁ。そんな想像をしている私と違い、潔子さんはその横断幕をじっと見つめていた。
その目がとても真剣で、私は思わず「どうしたんですか?」と声をかける。潔子さんは、顔を上げずにまるで自分にいい聞かせるように言葉を紡いだ。
「…私、今までずっと応援らしい応援ってしたことがないんだ。もちろん、みんなを心から応援してるし全国だって夢じゃないって信じてる。でも、それはマネージャーとしてサポートすることで伝えてるつもりだった。1年生に影山とか日向みたいな凄い子が入って、嘘みたいな攻撃が可能になって、本当に強くなったと思う。澤村も菅原も東峰も、1年の時からずっと頑張ってるのを見てきた」
「…?」
「だけど、私たち3年は今年で最後の大会だし、負けてしまったらそこで終わり。勝ち進んでも、終わりは来るんだよね。だから、私も、…私も何かみんなの励みになるようなことがしたい。頑張ってねっていう気持ちを、伝えたいんだ。この横断幕、綺麗にして試合で使えるようにしたら…みんな喜んでくれると思う?」
ちょっと恥ずかしそうに、私を見る潔子さんに息を呑んだ。もちろん!と即答するつもりが感動しすぎて声にならない。変わりにコクコクと首が取れそうな程頷くと、潔子さんはニコッと笑った。
いつもクールで、マネージャー業もそつなくこなし、あまり部員達とも馴れ合わないイメージだった潔子さん。1年の頃から、ずっと影で支えてきた分、バレー部に対する思い入れも強いんだろう。
もう充分、みんなは潔子さんに支えられている。潔子さんもみんなを想う気持ちは同じなんだと思うと、目頭が熱くなった。
「ご、ごめん…らしくなかったかな」
「そんなことないです!きよっ潔子さん…私、潔子さんみたいなマネージャーになれるように頑張ります!あと潔子さんのその想い、みんなには絶対伝わってます!」
「えっ、あ、ありがとう…?」
こんなにバレー部のこと、部員のことを思いやれるマネージャーがいるなんてとても幸せなことだと思う。信頼し、信頼されている。師匠たちが心酔しているのも理解できた。
少し赤くなって視線を逸らす潔子さんに、私は目元を押さえながら尋ねる。油断したら泣きそうだ。
「私も手伝いましょうか?」
「ううん、大丈夫。これは私にやらせてほしい」
「潔子さん…」
横断幕はそれ程汚れてはいないものの、埃っぽく所々ほつれもあり一人で修繕するのは大変そうだ。でも私の申し出を断ると、潔子さんは「出来上がるまで内緒ね」と悪戯っぽく笑った。
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「音駒戦、スターティングはこれでいく」
午後2時。烏養コーチがスタメンを発表した。選ばれたのは、大地さん、旭さん、龍先輩、ツッキー、影山、日向、リベロのノヤさんの七人。半数が1年生だった。
日向と影山は脅威の変人速攻が使えるし、ツッキーはチーム1の長身である。チームには欠かせない。予想していたとはいえ、一ヶ月前に入部したばかりの新入生が大半だと少し違和感を感じた。
昨日、レギュラーを諦めないと言ったスガさんも強い眼差しでメンバーを見ている。スガさんだけじゃなく、グッチーも縁下先輩も木下先輩、成田先輩もレギュラーを奪い取る勢いで前を向いていた。
「勝つのは繋いだ方、この面子でどのくらい戦えるのか"カラス"の宿敵、"ネコ"と勝負だ」
「あス!!」
コーチの言葉に、部員達は力強く返事を返した。
音駒との対戦まで、あと一日。
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