午後10時10分。合宿所から嶋田マートまでの畑道を、ぞろぞろと列になって進む。その足取りは空腹からか、よろよろと力ない。街頭もまばらなため目が慣れるまでは自分の手元すら見え辛かった。
こんな夜に出歩く人もおらず、烏野御一行以外に人の気配はない。ワクワク気分もどこへやら、部屋で大人しくお留守番でもしていればよかったと軽く後悔しながら私もその集団の中に混じっていた。これだけ人が周りに居ても、正直怖いのだ。
だって幽霊なんていつどこからどうやって出てくるか分からないし、もしかしたら気づいていないだけで今この中に混じっているのかもしれない。
幽霊なんているわけない、と頭では思っていても脳内は勝手に恐怖シーンを想像してしまって、自然と近くの人の側に寄ってしまう。暗いし、かすかに聞こえる虫の声も雰囲気あるし、あまりキョロキョロしすぎて私だけ変なものを目撃してしまうのも嫌だな。
「…」
「ちょっと、あんまりくっつかないでくれる?二人とも」
「「ごめんツッキー」」
「はぁ…」
無意識に体は前を歩いていたツッキーの方に近寄っていた。気づけば肘がぶつかる距離まで接近している。しかも、反対側のグッチーも。
両隣から徐々に迫られたツッキーは若干歩きにくそうだった。暗がりであまり表情は窺えないけど、ツッキーの迷惑そうな顔とグッチーの不安な顔は想像に難くない。私とグッチーは謝りつつ、ほんの気持ち程度離れた。
「それにしても、アイツらどこで油売ってんだ?」
「事故にあってなきゃいいけど……」
前を歩く龍先輩がキョロキョロと辺りを見渡しながら言う。スガさんが心配そうに呟いた言葉に、ツッキーが少し気だるそうに二人いっぺんなら事故より迷子の方が可能性があると返した。
確かに二人いっぺんに事故に遭うよりは、一緒に迷子になっていそうだ。もしくは……神隠し…!
ここは畑に囲まれているし、昔見た映画のように山の麓にある鳥居を潜って知らない世界に迷い込んで……。自分で想像して、ちょっと怖くなった。
ツッキーはグッチーの「ツッキーは防犯標語コンクールで…」という言葉を「うるさい」と跳ね除け、ニヤリと口角を上げる。そして、静かに続けた。
「ひとり消え、ふたり消え、そして次に消えるのは…」
「ぎゃあああ、わたっ私!?」
「うわあああ、ちょっと、やめろよそういうの!」
「プッ」
ツッキーが言葉を切り、私を見たので思わず後ずさる。え、次に消えるのは私?まじかよ!影山…日向ときて、私が…ありえる!
雰囲気とツッキーの話し方に完全にビビッた私は後ろの旭さんにドンとぶつかった。そして、その衝撃に怖気づいた旭さんが、悲鳴と共に半泣きで抗議する。すっかり思考停止した私の肩に旭さんが手を置いて縮こまっている光景を見たツッキーが、耐え切れずに噴出した。
おい、ツッキーよいつか仕返ししてやるからな!肩から旭さんの震えを感じ取りながら、私は密かに決心した。
「旭さん、情けねえな!」
「そう言うなよ、ノヤ。人には得手不得手ってものが…あれ、月が隠れたか?」
大地さんがそう言いながら空を見上げる。さっきまで顔を出していた月が、丁度雲に隠れて一段と暗くなった。周りの人も見え辛くなり、旭さんの手の重みと体温だけが肩に残っている。
さっきツッキーに驚かされてから心臓がバクバクして、正直今すぐ部屋に帰って布団に包まりたい気分だった。
お願いだから早く帰ってきて、変人コンビ!少しずつ歩みを進めながら私は切実にそう願った。ていうか…旭さん重い…!
「なんか、音しませんか?うわああ、ちかっ近づいてる…!?」
「や、やめて!そ、そういうのやめてななし野さん!」
「で、でもガサガサって…うわあ、お迎えっ?!いだだだ、旭さん肩が痛いです!」
恐怖心からか聴覚が鋭くなっているようで、遠くの方からガサガサという物音が聴こえる。草を掻き分ける音もするし、猛スピードで近づいてきているのか音が段々と大きくなっていた。
もしかして、私を狙って!?と一気に血の気が引く。私が皆に訴えると旭さんが更にぶるぶると震えだした。私の肩を掴む手に力がこもり、今度は痛みに悲鳴をあげてしまった。
ぎゃあぎゃあと騒ぐ私と旭さんには目もくれず大地さんは音のする方を「影山たちか?」と首を傾げながら見ている。
「うわあッ」
「な、なんだ?」
「痛ッ!」
「つかむなって!」
今度は色んなところから悲鳴が上がり、次いで各々が足を上げてじたばたと暴れ出す。先ほどの音の原因らしき黒い塊が、今凄い勢いで私たちバレー部の足元を駆け回っていた。なんだ、なんなんだ!?とワケも分からず襲撃を受けるも、抵抗は出来ず。
速くて特定できないソレは時に柔らかかったり、ドシンとぶつかったり、足に絡みついたりと中々に不気味だった。終いには旭さんや私だけでなく、他のメンバーもパニックに陥っている。
肩は痛いし、足元は謎の物体が絡みつくし、怖いし、お腹すいたし!きっと傍から見ればピョコピョコと跳ね回る煩いこの集団の方が怖いだろう…。
「ウワァァ悪霊退散ッ!」
「ナムアミダブツナムアミダブツ…」
「うわああ変な声が聞こえるぅ!」
龍先輩の叫び声に慌てて私も念仏を唱える。どうか、幽霊とか化け物じゃありませんように!という願いも込めて呟いていると、旭さんが急にブツブツ言い出した私にびっくりしてそのまま大地さんとスガさんの方に走っていった。
肩が軽くなったと同時に、パッと足元に光が当てられる。ツッキーがスマホの光を翳し、謎の物体を照らし出した。現れたのはそら豆のさやを咥えた一匹のタヌキだった。
まじかよ、タヌキとかいるんだ…、はじめてみた…と、先ほどの騒々しさからはうってかわって静かになる。私たちはずっとタヌキの襲撃にあれだけ取り乱していたのか。全員の心がポキリと折れた音が聞こえたような気がした。
「ま、待ってくれよノヤっさん…」
「おい、旭、あんまくっつくなって…」
「ちょっと押さないでくださいよ。あと、両サイド二人、離して。服伸びる」
「「ごめん、ツッキー」」
ノヤさんだけが先頭を何事もなかったかのように突き進み、後の一行は押し合いへし合いして全然前に進まない。さっきの物体の正体がタヌキだったからといって、この暗闇の中恐怖心が薄れるのかと言われれば答えは否である。怖いものは怖い。
私とグッチーにTシャツの裾を引っ張られてムササビみたいになったツッキーに、二人で謝っておいた。でも服は離さないでいると、ツッキーは諦めたのか小さくため息を吐く。
そして、そんな光景に業を煮やしたノヤさんが影山たちが心配だから「探しにいく!ここで待ってろ!」とかっこいい台詞を呟きズンズンと先へ向かっていった。と、思ったらすぐに引き返してきて道の先を指差した。そこには、青白い光が二つ。不規則に揺れている。
街灯も標識も、なにもない所に浮かぶソレはまるで…人魂。動きに一貫性もないし、何かの装置とか電飾でもなさそうだ。
「…UFO?」
「え、こんなところに?!まっ、まさか…お迎え…!?」
「君、引き摺りすぎデショ」
「よし、たしかめにいくぞ!」
ツッキーの冷めた視線に、いやツッキーが変なこと言ったからだろ!と恨めしく見上げる。本当にUFOだったらどうしてくれるんだ、と思ったらノヤさんが一人駆け出して行った。こんなところに置いていかないで!と慌ててみんなも走り出す。後ろで「置いていかないでくれよぉぉぉ…」と誰かの声が聞こえたけど、今の私たちに振り返る余裕は皆無だった。
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「ここでバーンって!」
「バカ、それじゃブロックにつかまるだろうが」
ノヤさんに続いて、謎の光の元に辿りついた私たちは目の前の光景に言葉を失っていた。恐怖とか驚愕とかそういった類のものではなく、単純に呆れている。何をそんなに一生懸命になっているのか、懐中電灯を頭に巻きつけた日向と影山が二人で飛び跳ねていたのだった。
さっきまでの恐怖心が嘘のように引いていく。ズラリと並んで立ち尽くし、温い目で見ているこちらに気づいた二人は揃って首を傾げた。そして、思い出したかのように買出し!と青ざめていく。
大地さんが二人の前に立ちはだかると、影山が事の経緯を語り出した。日向とコンビプレーの話をしていたらいつの間にか特訓になっていたらしい。呆れてため息を吐いた大地さんが、もういいから頼んだ物はどうしたと尋ねる。
一瞬顔を見合わせた二人は、お互いにどうしたっけ?とやり取りを繰り返した。そして近くに止めてあった日向の自転車に入っているということで、腹ペコなメンバーが我先にと走っていく。そして、うめき声。
「うわ、これどうしたの?影山…」
「何がだよ?」
「君さ、何か変なもん買ってきたんじゃないの?」
「そんなわけないだろ!!」
嶋田マートの袋の中は、食べ物が跡形もなく消えていた。食べカスみたいなものと包装フィルムは残っている。でも、それしかない…。
まさか、影山たちが食べたんじゃ?!とみんなが詰め寄ると二人は首を振った。そして、日向が畑を指差し叫んだ。つられてそちらを見れば、パンを加えたタヌキが畑から顔を出していた。そしてあっという間に居なくなる。タヌキ恐るべし…と思った後ろで、龍先輩とノヤさんが影山に掴みかかっていた。
「ギャーッ!」
「うわああ日向が襲われたー!!」
「なんで一人にするんだよ!?なんでだよ!なんでなんだよ!?」
突然響いた日向の悲鳴に驚き、視線を向けると日向に大きな黒い影が覆いかぶさっていた。一瞬暗がりで、何!?と思ったけどよく見れば半泣きの旭さんだ。日向をガクガクと揺さぶり問い詰めている旭さんを見ながらホッと息を吐いた。よかった、幽霊じゃなくて。
「お前ら…騒いでたら腹が膨れるのか」
「ヒッ!」
騒がしいこの場に、大地さんの声が響く。ライトで下から顔を照らしながらドスのきいた声で静かに怒るその顔は般若のようだった。
「全員反省!明日は全員、連続100本サーブ!終わるまでメシ抜き!」
「ええー!?酷いよ大地〜!」
「そんなぁ、俺もう腹減って死にそうっスよ!」
「あの、おれカバンにスナック菓子あります!」
「それなら粉々になって龍先輩の頭に降りかかったよ」
「お前らウルサーイ!今からランニングで帰るぞ!整列しろ!」
結局そのままランニングで引き返した私達は空腹のまま布団に入ったのだった。お腹の鳴る音を子守唄に…。
合宿三日目"空腹地獄"
(お腹空きすぎて寝られない…)
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