小学生の頃、テレビで春高バレーを見た。衝撃だった。大袈裟かもしれないけど、私の世界が変わった。
そしてその時、私はある一人の選手に心惹かれ、三年たった今も尚尊敬している。実物を見たことはないが、私の初恋の人といっても過言ではない。当時人気だったアイドルよりも、私は小さな巨人にお熱だった。携帯もパソコンも持っていない小学生の私が集められる情報は少なかったため、そこまで詳しいわけではないけれど、謎が多いからこそ余計に惹かれるものがある。
――烏野高校。
小さな巨人が通っていた高校は私の住んでいる地域からも近く、近辺一帯の住民たちも大いに盛り上がっていた。
好奇心から一度、友達とこっそり校舎を見に行ったことがある。残念ながら本人を見つけることは叶わなかったけど、制服も可愛かったし何より生徒たちがキラキラして見えた。
ますます憧れの気持ちが高まり、烏野高校で男子バレー部のマネージャーをすることが私の目標になった。
小さな巨人は居ないけど、あの人が過ごした場所で、練習したコートで、私も三年間を過ごしたい。
そんな私は今、北川第一中学の男子バレー部でマネージャーを務めている。なぜ女子部じゃないかというと、高校は男バレのマネージャーをすると決めているからだ。つまり高校生になったときに男子部のマネージャー経験が役に立つのでは、という安直な理由。スコアの付け方とか選手へのサポートの仕方とか、学ぶべきことはたくさんあった。
「おいななし野、はぐれるなよ!」
「はい、すいません!」
前の方から監督が私に声を掛けてくる。荷物を持ちながら最後尾を歩く私がはぐれると思ったらしい。さすがの私も試合会場で迷子になることはない…はずだ。
とりあえず元気よく返事を返したものの、今の私の頭の中は烏野高校への想いでいっぱいだった。公式戦でこうして試合会場に来ると、高校生の自分を想像して高揚するのだ。
早く高校生になりたい!でも、まずは今日の試合に勝って全国出場だ!そしてカリスママネージャーとして烏野に行く。
そんな期待を胸に、青い空を見上げた。あの雲、魚みたいな形だ…。
「サンマかアジかな」
「今日の晩飯か?」
上を向いていたせいで近づいていた人物に全く気付かなかった。さして魚の形の違いなんて分からない癖に、小さく呟いた言葉を拾われ驚いて前を向く。
「王様!」
「あ?」
「か、影山」
怖い顔で私を見下ろすのは影山飛雄。うちの男子バレー部で正セッターをしている同級生の男の子だ。バレー命で私の知る限りでは年がら年中バレーのことを考えている。そして、素人の目から見ても彼のプレーには惹き付けられる何かがあった。
そんな影山についたあだ名は"コート上の王様"。なんてカッコいい異名なんだ!羨ましい…。
「"王様"っていいじゃん…」
意味はともかく、強そうだし他校にまで知れ渡るその異名は正直憧れる。口を尖らせてボソッと呟いた言葉に影山は、物凄い形相で上から睨みつけてきた。本人はお気に召さないようである。
影山についた"王様"というあだ名は、使う人によって意味が違う。私は間違いなく良い意味でそう呼ぶのだけれど、影山にしてみればどっちも同じのようで毎度このような反応をされる。
本人が嫌がることはしちゃだめだよね、と反省して影山に謝ると小さく「おう」と返された。
「で、ななし野の今日の晩飯はサンマなのか?」
「ま、まあそんな感じ!それよりどうかしたの?」
「別に。お前が歩くの遅ぇから来てやったんだよ」
感謝しろよとでも言いたげな影山の言葉に私は周囲を見渡した。気付けば前を歩いていた部員達の姿は何処にもない。立ち止まり空を見上げている間に置いていかれたようである。さっき監督に注意されたばかりなのに…バレたらどやされる!
そんな私を影山はわざわざ探して引き返してくれたようだ。顔は恐いし口は悪いけど実は優しい。
「ありがと!さすが王さ…」
「…」
「私の王子様!」
「なっ!?何言ってんだ、ボゲェ!」
勢い余って王様と言いかけた私をジトリと見る影山。ヤベッと慌てて誤魔化した言葉に今度は「ふざけんな!」と赤くなり怖い顔で睨み付けてきた。
私の中でムクムクと沸き上がる悪戯心が抑えきれず、ニヤニヤしながら影山に「私のこと好きだねぇ」とからかうように言う。すると、頭の上に大きな手が置かれ、首を傾げる間もなく締め付けるような痛みが走った。
じたばたしながら、頭をわし掴んだ影山に「冗談だって!」と訴えたものの「うるせェ!」と聞く耳を持たない。しまった、やり過ぎた!
「いだだだ、痛いよ!影山!」
「うるせェ!お前が変なこと言うからだろうが!」
「変なことなんて言ってないのに〜!」
手加減という言葉は影山の辞書にはないようで、私の頭が既に悲鳴をあげている。脳細胞が壊れて、これ以上成績が下がったらどうしてくれるんだ!
「あれって、イジメ?」
「止めた方が…」
ヒソヒソと聞こえる不安げな言葉。何事かとこちらを見てくる周りの人の視線が痛い。体育館の入り口で取っ組み合う男女が居れば不審極まりないだろう。仮にもか弱い女の子に向かって怒鳴るデカイ男がいたらそりゃ見るよね。
「と、とりあえず中入ろう!」
「…?お、おう」
私が慌てて影山の手を引っ張り体育館へ走り出すと、大人しくついてくる。どうやら怒りは収まったようだ。よかった。
次第にいつもの影山に戻ったのか、ついに私を引っ張る形でどんどんスピードを上げて走りだす。部活用の大きな荷物と自分の荷物を抱え、身体能力も体力もそこそこの私は直ぐにギブアップしたのだった。
「ちょ、ちょっと影山…!ストップ、ストップ!」
「なんだよ?」
「荷物持って…つかれた」
肩で息をしながら疲弊している私に影山はあろうことか、「自分の荷物は自分で持て」と言い放つ。まあ、そうなんだけど…。ちょっとくらい優しさをください。
「そうだ!ジャンケンで勝った方が荷物持つことにしようよ!」
「はぁ?」
「いいじゃん、そうしよう!」
私の提案を嫌がる影山。無理矢理、最初はグー!と言って手を出すと彼の負けず嫌い精神が発動したのか、いとも簡単にのってきた。チョロいもんだぜ!と内心ほくそ笑んだ私は、次の瞬間絶望に顔を歪めたのだった。
「ななし野の負けだな。ん、俺の荷物」
「この王様がー!」
「お前が言い出したことだろ」
そうだけども!と自分勝手に逆ギレする私を鼻で笑い、エナメルバックを押し付けてくる。余計なことをしなければ良かったと後悔した。
これじゃ意味ないじゃん!荷物増えたし!
悔しいけれど、こればかりは私のせいなので大人しく受けとる。意外と重い…。
「行くぞ、ななし野」
「…はい」
颯爽と歩き出した影山の後ろを二人分(正確には3人分)の荷物を抱えてとぼとぼと歩いていると、やがて他の北一メンバーに追い付いた。
県内でも有名な強豪校ともなると、試合会場では注目の的だ。強そう、とかカッケーなんて声が聞こえると私も誇り高い。まあ、私に対しての言葉は特にないけども…。
「あれが噂の"召使い"じゃない?」
「あー、あの噂マジだったんだ」
「俺、"カノジョ"って聞いたけど…あれは完璧、"召使い"だな」
はぁ、重い…なんてタメ息を漏らしながら影山の後ろを歩く。例の如く"王様"の話題が聞こえると影山は誰彼構わず威嚇していた。
そんな中、ここ最近"召使い"なんて言葉を耳にすることがあるけど、流行ってるのかな?立ち止まり、声の聞こえた方に何となく目を向けると慌てて顔を反らされた。感じ悪いなぁ、と内心ムッとしていると背後に気配を感じて振り返る。
「何よそ見してんだ、ボゲェ!さっさと歩け、また置いていかれたいのか!」
「ご、ごめんって影山!そんな怒んなくてもいいじゃん」
「怒ってねぇよ!」
またしても鬼の形相をした影山が私を見下ろしていた。毎度のことながら、影山はこうして私のことを気にしてくれているのは嬉しい。でも、すぐ怒るのはどうにかならないのだろうか。
もう慣れたけど、見慣れない他校生はおっかねぇ〜と青い顔をしてやり取りを眺めている。おっかないよねぇ、私もそう思う!
「おい影山、ななし野!お前ら何遊んでんだよ、監督に怒られるぞ」
「金田一、助けて〜!影山が恐いよ〜」
「お前っ、フザケんな!何が恐いんだ、言ってみろ!」
「顔!」
「はぁ、ガキかよ…」
立ち止まり揉める私たちをチームメイトである金田一が止めに入る。何かと面倒見のいい彼は、ため息をつきながらも私の荷物を2つさりげなく取り上げて「行くぞ」と歩き出した。手元に残った影山の荷物と、金田一と、それからポカンとしている影山を順番に見る。影山と違って金田一は紳士的だ!なのに何故モテないのか不思議。
「金田一の優しさプライスレス!!」
「何言ってんだ、お前は。ていうか、何でそんなに荷物持ってんだ?」
「影山にジャンケンで負けた」
「…」
呆れた目で私を見る金田一。何故、私だけを見るの!と、抗議するとお前が言い出したんだろと言い当てられ口ごもる。
まあ、確かにそうです。あわよくば影山に荷物を持たせようとして罰が当たったんです。黙り込んだ私を影山が勝ち誇ったような顔で見下ろしていたので、持っていた影山の荷物を突き返してやった。
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