選手たちと別れ、早速試合の準備を始める。1試合目の相手は、雪ヶ丘中学という無名校だった。
弱小であろうがなかろうが今まで出場している学校ならわりと覚えている方なんだけど、雪ヶ丘中学は聞いたことがない。初出場なのかな?相手チームのデータが何もない未知数の学校だ。
万が一、新設の超エリート集団のチームだったらどうしよう。うちは強豪校だし優勝候補にも上がっている程の実力はあるので、負けはないだろうけど。
「ななし野先輩、手伝いましょうか?」
「まじで?助かる」
「ッス!」
一応、次の試合のことも考えてドリンクは多めに作っておこうかな、と水道のある場所に向かうと2年の応援の子たち三人が一緒にやってきてくれた。一人じゃ大変だからと、試合の時は後輩たちがこうやって手伝ってくれるのだ。
超嬉しい、超助かる。持つべきは優しい後輩だよね!顔怖い王様じゃなくて!
「雪ヶ丘中ってドコ?聞いたことないんだけど。ななし野先輩は知ってます?」
「んー、知らないないなぁ。今まで当たったこともないし…あっ、ちょっと水多すぎない?それ…」
「あ、スイマセン!相手校、先輩も知らないんスね…人数も少なかったし、リベロもいなかったぜー」
後輩たちと一緒にドリンクを作っていると、話題は相手校のことになった。さっきベンチに入るときすれ違った相手チームは、人数も六人丁度で長身の選手もリベロも居ないようだった。それに私たちを見てかなり萎縮してたみたいだ。私のエリート集団かもという予想は杞憂に終わった。
正直、うちの相手ではないと思う。影山を始め、うちにはタッパのある選手も多いし選手層も厚い。若干、連携に問題があるけど今のところ致命的ではないし。
だから後輩たちが相手校の悪口を言い合うのを私は止めなかった。それより王様用のドリンク作る方がめんどくさい。味が薄いだの濃いだのいちいち煩いのだ。
今の私には、後輩の注意より王様のドリンクの方が大事なのである。その甲斐あって今回も完璧な配合で仕上がった。我ながら上出来だ!
「オイお前ら!!あまりナメるなよ!!」
ふむふむ、今回も100点だわ(飲んでないけど)。と、悦に入っていると、突然大きな声が通路に響き渡る。明らかに私達に向けて発せられたその言葉にビクッと肩が揺れた。
びっくりした、何事?と背後を見ると、腹部を押さえてトイレに入ろうとしている男の子がこっちを睨んでいた。お腹、痛いんだね。そのせいで全然迫力ないな…。
「試合で痛い目見してやるから覚悟しとけ、よ、ううう…」
「マジすか!期待してます!!」
「あんまり煽っちゃダメだって」
「すんません、先輩!でも、プッ」
何とも間抜けな宣戦布告にぎゃはは、と笑いだす後輩たち。悪いのは私たちだし、もうすぐ試合だし、あまり騒ぎを起こしたくない。何せうちは強豪と名の知れた学校なので、一部の部員のせいで学校全体の評判に繋がることもある。それに、監督とか影山に見つかったりしたらどうなることやら…。私は監督と影山の顔を思い浮かべてゾッとした。どっちも恐い。
後輩たちを一応注意して、お腹を押さえて悔しげな顔をする男の子に近寄る。一応、運動部のマネージャーとして体調の悪い人を放っておくことは出来ない。こんなに具合が悪くて試合は大丈夫なんだろうか。というより、早くトイレ行ったほうがいいんじゃないのか。
「あの、色々とすみません。お腹大丈夫ですか?整腸剤いりますか?」
「い、いえ、お構い無く…うぐ」
「正露丸もあるけど、本当に大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です、アリガトウゴザイマス」
敵に借りを作りたくないのか、変な意地でもあるのか、頑なに首を横に振る。トイレが目の前にあるんだし薬に頼りたくないのかもしれない。あまりしつこくするのもどうかと思うし、本人が大丈夫だと言い張るなら仕方がない。どう見てもまだ腹痛は持続中に見えるけど…。
そんな男の子を見て後輩たちがわりと聞こえる声で彼を馬鹿にしていた。懲りないな、ていうか私に威厳がないから言うこと聞かないのだろうか?なんてこった!私ナメられてるのでは…何だか頭が痛くなった。
これではカリスママネージャー(自称)としての威厳がないじゃないか。
「ちょっと…」
「おい、2年」
一回ビシッと注意してやろうと口を開くと、それに被せて地を這うような低い声が聞こえた。この声には聞き覚えがある。
私が先程思い浮かべて恐怖を覚えた人物だ。後輩越しに見えた声の主の顔が凶悪過ぎて、気付いた後輩たちがオロオロし出した。どうやら公式ウォーミングアップが始まるから呼びに来てくれたみたいだ。
それにしても、絶好調に恐い顔をしている。私の姿を見つけると、彼は目だけで「サボってんじゃねぇ」と咎めているように見えた。決して、サボってなんていない!そう反論できればよかったのに、残念ながら今の私は腹痛男子にちょっかいをかけているようにしか見えないだろう。
「そっ、そろそろ戻らないと、急ごうか!」
「先輩、あとドリンク何本スか?」
「あと2本欲しい」
「そんなに要りますか?相手、あの雪ヶ丘スよ」
「なっ!?」
「こらっ、本人目の前にして…」
「でも先輩、ほんとのことっスよ」
「なんだとぉー」
またその話か!おい、ヤメロ!王様がこっちを見ている。物凄い睨んでいる。
影山は相手がどこであろうと絶対に見下したりしない。だから、今こうして相手チームを馬鹿にしていることが許せないのだ。ちゃんと止めない私にも怒っているんだろうけど…私は王様のドリンクに神経すり減らしてるんだから、そこは多目にみて欲しい。言えないけどな!
「…オマエら、ベンチにも入れないくせに対戦相手見下せる程強いつもりなのか?…学校の名前に乗っかってんじゃねえよ」
「すっスイマセン!」
「あとは私がやっておくから先にドリンク持っていってくれる?」
「はいっス!」
あと2本だけだし、気まずいし、先に後輩たちを向かわせる。私も早く行かねば!でもドリンク作らないと!と焦っていると、どうやら影山は私なんてそっちのけで相手チームの男の子と険悪な雰囲気になっていた。
喧嘩だったらどうしよう。心配になって密かに聞き耳を立ててみると、宣戦布告のようなものだったので少しホッとした。
「おれはとべる!」
影山はいつも、どんな時でもストイックだった。才能もセンスもある。でも努力は怠らない。だから強い。あと、顔が怖い、すぐ怒る…。後輩や他校生だけでなく、同級生にも恐れられていた。
そんな影山相手に相手の男の子も負けじと言い返している。本気だ。さっきまでの腹痛に悩まされていた声色とは違い、はっきりと力強い声。もしかしたら、1回戦は中々楽しめる試合になるかもしれないな。
頼もしい言葉に期待を膨らませながら、ドリンクボトルの蓋を閉めた。
「…ななし野、終わったなら行くぞ」
「あ、はい…リョーカイです」
「なんで敬語なんだ?」
影山は気がすんだようで、私がドリンクを作り終わったのを確認すると、スタスタと歩き出した。未だピリピリとしている影山に少し怯んでいるというのに、影山は私に不思議そうな顔を向けて首を傾げる。
何でもないと告げるとまたスタスタと歩きだしたので、私はこっそり後ろを振り返った。あの少年、お腹はもう大丈夫みたい。影山にメンチ切るとか凄いな、と思った。
「ななし野、今日のドリンクも大丈夫だろうな?」
「エッ!あ、うん!それはもう完璧すぎて影山もビックリするよ!」
「ふん」
ふん、って…どんな反応なんだ。絶好調に王様な影山に今日も振り回されている気がする。何だかんだ言って、影山と一緒に居ることが楽しいと思う私はマゾッ気があるのかもしれない。
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