午後1時10分。みんなが食べ終わった後の食器を潔子さんが洗い、私が布巾で水気をとるという完璧なまでの流れ作業を行っていた。潔子さんの手際の良さに見とれつつ、私も出来るだけ速く丁寧に拭いて、割れないように棚に仕舞っていく。その連携が何だか職人みたいでちょっと嬉しくなった。
途中で師匠たちが「手伝いましょうか!?」と声を掛けてくれたけど、潔子さんはこのペースを乱したくないのかきっぱりとお断りしていた。気持ちは有難いけど、人数が増えたからといって作業スピードが早まるわけでもない。どちらかと言えば、ワイルドな二人はお世辞にも家事が上手そうなイメージは持てなかった。
私はこの合宿で潔子さんと共同作業することが多かったので何となく合わせられるようになっきている。もともとマネージャー業はしていたので、全くの使い物にならないわけではないはずだ。まだサポートのサポートくらいだけど、仕事は着実に覚え始めている。私も成長しているんだな、としみじみ思った。
「ごんべ子ちゃん、手が止まってる」
「あああ、すいません…!」
師匠たちがテーブルに座って潔子さんの後ろ姿を見つめて幸せそうな顔をしていたので、つられて私も潔子さんを見つめる。相変わらず美人だなぁ、素敵な横顔である。
見ることに集中しすぎて手元が疎かになってしまい、潔子さんに注意されてしまった。ついさっき、自分で成長してると思ったばっかりなのに!師匠たちも大地さんが痺れを切らして声を掛けたので慌てて体育館へと走っていった。ようやく、静かになる食堂にカチャカチャと食器のぶつかる音が響く。
「…ふぅ」
「師匠たち物凄く潔子さんを見てましたね」
「うん、ごんべ子ちゃんもね。ちょっとやりにくかった」
ため息を吐いた潔子さんは、苦笑いをした。師匠たちの気持ちも分かるし、潔子さんの気持ちも分かる。私もどちらかといえば師匠と一緒に潔子さんを眺めていたい。いや、実際に眺めていたけど…。
でも、自分がずっと見られる立場だったら嫌かもなぁ、と徹ちゃんがひたすら私を見つめる図が思い浮かんでそう思った。することなすこと全部観察されてたら動きにくいだろう。すいませんでした、潔子さん。心のなかで反省しておく。
「あの…清水さん」
お皿を全て洗い終えると、後ろから武ちゃん先生が潔子さんに声を掛ける。先生も、仕事の合間を縫ってマネージャー業の手伝いをしてくれていた。私たちと同じエプロンを身につけ、大丈夫ですか?と心配そうな目をしていたので、私は首を傾げる。
何が大丈夫なんだろう?潔子さんは黙ったまま、じっと武ちゃん先生を見つめ返していた。
「清水さん、さっきからちょっと具合悪そうですよね?」
「エッ?!き、潔子さん、体調悪かったんですか!?」
「ごんべ子ちゃん、大丈夫。先生、私は何ともありません」
「ウソですよね?」
「いえ」
武ちゃん先生は、いつもと違って真剣な顔で潔子さんを見つめる。普段の柔らかい雰囲気はどこにもなく、少し怒っているようにも見える。
私は流れについていけずポカーンと二人を見ていることしか出来なかった。潔子さんが体調不良って本当だろうか。言われてみれば顔色が悪いような気もするけど、テキパキとした仕事ぶりはいつも通りで何ともないようにも見える。
潔子さんはしばらく沈黙した後、観念して熱中症ぎみかもしれません、と呟いた。先生は、やっぱり…と頷くと、いつもの柔らかい雰囲気に戻る。先生はちゃんと生徒のことを見ているんだと思ったら、尊敬の念が沸いた。流石だ。
「あとは僕たちに任せて。今日はもう帰って休んでください」
「いえ、大丈夫なので」
「潔子さん、すいませんでした!潔子さんが無理してたのに、私全然気づけなくて…。更に足を引っ張ってしまって」
「少し疲れてただけだから気にしなくていいよ、大丈夫。ね?」
きっと潔子さんと一番一緒に居たのは私なのに、何にも気付かなかった。マネージャーは選手をサポートする役目もあるのに、こんなことではいけない。しょんぼりと肩を落とす私の頭にぽんと手を置くと、潔子さんはドリンク用意しよっかと言いながらボトルに手を掛けた。
私としてはまだ潔子さんがいないとマネージャー業がスムーズに行えないので助かるけど、体調が悪いのに無理はしてほしくない。倒れでもしたらそれこそ立ち直れない!潔子さんの責任感の強さに、帰れなんて私からは言えなかった。私が潔子さんの立場でも、きっとみんなに迷惑がかかると思って同じことをすると思う。大地さんもスガさんも、他のみんなも絶対に潔子さんを責めたりなんてしないことは分かっているけれど。
それでも先生の立場からすれば、無理して何か大事に発展させてしまうわけにもいかないだろう。熱中症は死に至ることもあるし、油断は出来ない。武ちゃん先生ならきっと潔子さんの気持ちは充分分かっているだろうけど、口調は強かった。
「明日の方が、あなたにとってもチームにとっても大切な日なのではありませんか?明日、いつもの元気な清水さんに、今日の分まで頑張ってもらいますから」
「…そうですよ、試合で潔子さんが居なかったら皆の士気が下がります!今日は何とか乗りきってみせますので、ゆっくり休んでください」
「……。先生、ごんべ子ちゃん。後、よろしくお願いします」
潔子さんはエプロンを外して、軽く頭を下げる。先生の言葉は上辺だけでなく、きちんと先のことも見据えたものだった。潔子さんも、今日より明日のことを考え決断した。やっぱり、無理をしていたのか少し辛そうに息を吐いている。やせ我慢だったんだ…。
「ごめんね、ごんべ子ちゃん。後任せるね。ごんべ子ちゃんなら大丈夫だと思ってるけど無理はしないで」
「き、潔子さぁぁん!わた、私に任せてください!お大事に!」
潔子さんの言葉に私の涙腺が決壊しかけた。 無理をしているのは潔子さんの方なのに、私のことを心配するなんて。女神がいます、ここに。
先生は潔子さんを「送ってきますね」と言って食堂を出ていった。潔子さんの家はここからも近いし、直ぐに安静に出来るだろう。良かった。
ここでしっかりマネージャー業をこなして、今後は潔子さんの負担をもっと減らせるようにする。逆に考えれば、これはチャンスかもしれない。私の力が試される時がきた!これでも強豪校のマネージャーをしていたカリスマ(自称)だ。やれば出来るはず。
「とりあえず、何から始めればいいんだっけ?」
先は長かった。
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「ジーザス!!」
「えええええええっ!?」
午後1時30分。体育館で武ちゃん先生から潔子さんが体調不良で帰宅したことを告げられた師匠たちは、まるでこの世の終わりかという程絶望していた。あれだけ慕って崇めていた人の不調に気づけなかった自分の情けなさを嘆いているのだ。背景に荒れ果てた荒野が見える。すげぇ…!それを見ていると、だんだんと私も罪悪感に襲われ思わず膝をつく。
「師匠!!私がついていながらこんなことになって、すいませんでした!」
「何かの儀式か?」
「清水信仰恐るべし」
なぜ気付かなかったんだ!このポンコツめ!と師匠たちと共に体育館の床をドスドスと叩いて自分を戒める。すると影山の不思議そうな声が聞こえた。続いて大地さんの呆れた声も聞こえたけど、今は気にしている余裕なんてなかった。
「俺たちはいつも潔子さんの優しさに甘えてばかりで……!」
「なあ、潔子さんの代わり俺らでやらないか?」
「ノヤさん、それ私の役目では…?」
「武ちゃんにあれもこれもまかせちゃいられねぇ!」
「龍先輩、私もマネージャーですけど!?」
遠回しに私いらないと言われている?床を叩く手を止め、顔をあげた。師匠たちは完全に潔子さんのことしか頭になく、私の言葉に耳を貸さない。
あれ、これって私はマイナス要素ということ?ズーンと落ち込む私を他所に、師匠たちは立ち上がった。逆に私は、体育館にめり込みそうである。
「ごんべ子、お前一人に潔子さんの代わりは荷が重い」
「そこで、俺たちが潔子さんの仕事を引き受ける!お前はいつも通り自分の仕事だけをこなせ」
「でも、二人には練習が…」
「ばか、こういう時こそ頼れ!足を引っ張れ!それが先輩であり師匠だろーが!」
「「うおーかっこいいい!!」」
龍先輩とノヤさんがドンと胸を叩きながら私に言う。本来、私が潔子さんの分まで頑張るべきなのに本当にこれでいいのだろうか。選手が練習とマネージャーを兼任するなんて、とても大変だろう。ただでさえハードな練習に加え、ハードなマネージャー業まで頑張れば明日の試合に支障が出たりしないだろうか。
でも、師匠たちがもう今までにないくらいやる気な上に超かっこいい台詞まで言われて、すぐにそんなことは頭からすっぽ抜けていく。
流石、ワイルド担当!大事なのはハートだ!一緒に日向も目をキラキラさせながら龍先輩とノヤさんを見つめていた。
「普通に役立たずって言われてますよね?」
「しっ、月島、しっ!」
ツッキーとスガさんのやり取りはバッチリ聞こえていたけど、そんなことで私は凹んだりしない。
師匠たちは武ちゃん先生にも「仕事に専念してください!」と告げている。男らしくて素敵だ!私も師匠たちに負けていられない!こうなったら、潔子さんのためにもいつも以上に頑張るぞ!と師匠たちと熱い握手を交わした。
すると、ノヤさんに肩を組まれ反対側からは龍先輩の腕が回される。正面には同じような感じの武ちゃん先生。これは…憧れの、円陣だ!
「ごんべ子ー!龍ー!先生!」
「うおー、ななし野ー!ノヤっさーん!武ちゃーん!」
「師匠ー!!武ちゃん先生ー!」
「三人とも気合いたっぷりですね、四人で頑張りましょう!」
「「オス!!」」
四人で円陣を組み、気合いを入れる。ビバ青春!うわああ、憧れの円陣だ!と密かに感激しつつ、私たちのマネージャー代行大作戦は幕を開けた。
私は元々マネージャーだけど、そこは気にしたら負けだと思っている。
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