午後2時20分。私は現在嶋田マートに来ていた。5月といえど日中は日差しもきつく、少し汗ばむ。店の中は空調が利いていて、熱の上がった体には丁度良い温度だった。
本来なら一人しか居ないマネージャーが体育館に居なければ、仕事が滞る。いつもは潔子さんの神業テクニックで仕事に余裕があるので問題ない。が、その神が不在の今、私が色々とカバーしなければならないはずだった。
でも、龍先輩とノヤさんに、練習の方は任せろ!と言われたので手の空いた私は買出しに来たのだった。若干の不安はあるものの、ドリンクの作り方は軽く教えてきたし、多分問題ないだろう。作るといっても水に粉を溶かすだけの簡単なものなので間違いようがない。
運動部なら一度くらい自分でドリンクを作ったことがあるはずだし、こればかりは心配しても仕方がないだろう。私はもう気にせずに食材選びに専念した。今夜はおでんだ!
「よっ、ごんべ子ちゃん!今日は一人?」
「嶋田さん!」
食材のお金を払い終わり、袋に買ったものを詰めていると後ろから声をかけられた。誰だろうと振り返れば嶋田さんが片手を上げて立っている。嶋田さんはこの嶋田マートの息子さんで、町内会のバレーチームにも所属している眼鏡のお兄さんだ。コーチの繋がりでたまに様子を見に来てくれたりしていたので、私も顔見知りである。お世話になっている人なので、私は元気よく頭を下げた。挨拶大事!
嶋田さんは、相変わらず元気だなぁと笑いつつ首を傾げる。いつもは潔子さんと二人で来ているので、私が一人なのが疑問らしい。事情を説明すると、納得したようだった。
「そうなんだ!じゃあ、ごんべ子ちゃん一人でマネ?」
「いえ、今日は田中さんと西谷さんも手伝ってくれてます!あと、武田先生も」
「へー、って、え?田中と西谷ってレギュラーじゃなかったっけ?」
加えてそうなった経緯も説明すると嶋田さんは驚いていた。普通に考えて、マネージャーがいなくなったからといって選手(レギュラー)が業務を分担することはあまりない。しかも、明日は大事な練習試合にも関わらず、だ。
そこは申し訳ないと思ったけど、あの二人の熱意を無下にするなんて私には出来ない。大地さんも同じ気持ちのようで、ダメだとは言わなかった。愛の勝利である。
「そりゃ、大変だな。明日は勝ってもらわなきゃならないし、後で差し入れ持ってくから頑張れよ!」
「有り難うございます、嶋田さん!」
「いいよいいよ気にすんな!そのかわり明日は頼むよ、ごんべ子ちゃん」
「へい!伝えときます!」
「おー、頼もしい」
嶋田さんは軽く手をあげると、業務に戻っていった。本当に親切な人だと思う。嶋田さんだけでなく、滝ノ上さんも内沢さんも、他の商店街の方々も。あんな大人になりたいなぁ、と密かに思いつつ私もマネージャー頑張るぞ!と嶋田マートを後にした。帰ったら、やることが山ほどある!
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嶋田マートから帰り、食材を冷蔵庫に仕舞った後、何故か粉だらけで調味料も散乱している台所を軽く片付ける。何があったのか分からないけど、きっと頑張ってドリンクを作ったに違いない!
「ボゲェななし野ボゲェ!遅いんだよ、タオルどこだ?」
「ちょっと、早くマネージャーの仕事しなよ。とりあえず、このテーピングなんとかして」
「ごめん、ななし野さん。絆創膏ってどこかな?」
「ななし野さん、おれも!おれも怪我した!」
「あ、ななし野ちゃん、あの二人に洗濯頼んだんだけどよかった?」
「すまん、ななし野、後で明日の試合の準備頼めるか?」
師匠たち頑張ってるなぁ、と感動しながら体育館に足を踏み入れた途端に一斉に詰め寄られ私はたじろぐ。一気に喋られても全然聞き取れない。ただし、影山の暴言だけはしっかり聞こえたけどな!
「ちょっと、まってください!状況が把握出来てません!」
私に複数人の話を同時に聞き取るなんて芸当はできない。背の高い男たちに取り囲まれ、うわーモテ期?と場違いなことが頭に浮かんだ。いや、そんなことより説明をしてもらわなければ、私も動きようがない。
大地さんが代表して私が買い出しに行っていた間の大惨事を話してくれた。大きなことから小さなことまで、この小一時間で本当に色々あったようだ。
龍先輩とノヤさんは頑張っている。そのことは、みんな理解していた。ただ、空回っている。
今は洗濯に行っていて二人は居ない。旭さんも何故か足にヘアスプレーをかけてしまったらしく、足を洗いに行っているようだ。
影山にタオルを渡し、グッチーと日向に絆創膏を、ツッキーの足にガチガチに巻かれたテーピングを直してようやく私も事態を飲み込んだ。
「あの二人の頑張りは分かってるつもりなんだけど、どうも空回ってる気がしてなぁ。悪いんだけどななし野、あいつらが散らかした後始末頼むな」
「り、リョーカイです」
大地さんが苦笑いしながら私にそう告げる。先程の台所の惨状を思いだして、私も苦笑いになった。頑張っている師匠たちの努力を無駄にさせたくない。明日、元気になった潔子さんに褒めてもらうために。
大地さんは、私の肩に手を置くと集合を掛けた。休憩時間が終わったので試合を始めるとのことだ。
龍先輩たちはドタバタと体育館に戻ってくると、私に向かってちからこぶを作って見せた。おお、カッチカチだ!
「ななし野!俺たちスゲー頑張ってるぜ!潔子さんと同じマネージャー!絶好調だ、わはは!」
「ごんべ子、今日の夕食は俺たちに任せとけよ!」
元気いっぱいの二人に私は、はい!と頷く。うおー、かっこいい!さすが、師匠たち。
それを見た大地さんとスガさんが、「手伝いますって言え!」と私に小声で言ってきた。でも、師匠たちは私に手伝わなくていいと言っているし、一体どうすればいいのか分からなくなる。大地さんたちは3年だけど、龍先輩たちのあのやる気を見ていると水を差すようなことはしたくないし…。
結局、どちらともつかない返事をしたところで試合が開始したのだった。
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午後7時。結論から言えば、私は夕食の手伝いはしていない。いや、出来なかった。潔子さんが居ない分のマネージャー業は思ったより大変で、手一杯だったのだ。それだけなら何とかなったものの、龍先輩とノヤさんが散らかした後片付けに加え、明日の準備なども重なり、武ちゃん先生が夕食の準備を免除してくれた。龍先輩とノヤさんと三人で作るから、と。
安心して残りの業務をこなしていたところ、食堂から爆発音が聞こえたのだった。何事だ!?と駆けつけてみれば、床に縮こまって震える師匠たちと玉子まみれの大地さん。全員目が点になった。まさに玉子爆弾……全然関係ないけど、昔遊んだゲームでそんな技があったことを思い出した。
散らばる玉子を皆で片付けつつ、出来上がった様子のない夕食にみんなが落胆する。今日の夕食はどうなるんだ、と心配したものの嶋田さんからの差し入れで何とか難を凌いだ。おでんに関してはきちんと作ってあったので、それは美味しく頂いた。
「俺たちが気持ちよく練習できてるのって、全部清水のおかげだって改めて感じたよ。マネージャーって大変なんだな」
「休んでから気づくなんて、俺たちもまだまだだな…。ななし野ちゃんも、いつもありがとな。今日、清水いなくて大変だったろ」
「はい、私も改めて潔子さんの凄さが分かりました。潔子さんみたいに、みんなにそう言ってもらえるようなマネージャーを目指します!」
「おー、よく言った弟子よ!」
「潔子さん、マジ女神!」
夕食を食べながら、今日の出来事を振り返っていた。いつも当たり前のように用意されているタオルやドリンク。万全の状態で保管されている用具。それは全て潔子さんがいつも気を配っていたからだ。
大地さんを始め、2・3年は特に潔子さんの有り難みを思い知ったようだった。
「ななし野、俺はお前のドリンクが一番…す、すきだからな」
「…王様…」
「てめぇ、そこでその名前言うか普通?!」
潔子さんマジ女神!とみんなが褒め称える中、隣の影山がボソッと私だけに聞こえるように言う。私が潔子さんに比べてポンコツだから、影山なりに気遣ってくれたのかもしれない。中学時代は影山によくドリンクが不味い!と怒られていた光景が頭を過った。
まあ、そのおかげでドリンク作りだけはみんなに褒められたわけなので、感謝はしている。ただ、あの頃の絶賛王様中だった影山の印象が強すぎてついあだ名で呼んでしまった。
しまった!と口をつぐんだのと同時に私の頭は影山に鷲掴まれる。悪気はなかったんだ!
「うわぁあ!影山が怒った!顔怖いだだだ!」
「ボゲェななし野のボゲェ!」
「ひぃっ!げほっ、うえっ」
「あ、日向水!」
「まさに王様と召使いじゃん」
「こら月島煽るな!」
「うおーー潔子さんマジ女神ー!」
「潔子さーん!」
途端に騒がしくなる食堂。大地さんの雷が落ちるまであと10秒。
合宿四日目"師匠の奮闘"
(あ、タオルとビブス!)(洗濯機が壊れるまであと10分)
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