合宿四日目、午後10時00分。私は携帯をスウェットのポケットに入れ、合宿所のロビーで立ち往生していた。まだ消灯時間前なのでロビーは明るいけど、玄関扉の向こう側は深い闇が広がっている。そのため、ガラスには私の姿が反射して映し出されていた。実物の私と同じように、その場を行ったり来たりと忙しない。
明日はいよいよ練習試合であり、本来ならば試合に備えて私も眠りにつく準備をしているはずだった。でも、今いる場所は与えられた大部屋ではなく玄関ロビー。かれこれ10分ほど、この状態である。
「…うう…こわい」
勇気を出して扉を開け、少しだけ顔を外に出してみる。ひやりとした風が頬を撫でていき、少しだけ身震いした。山に囲まれたこの場所は、当然人の気配がない。頭上にある蛍光灯は玄関付近を照らしてはいるものの、少し離れた場所は文字通りの暗闇だった。昨日みたいに大勢ならまだしも、一人はちょっと抵抗がある。人と一緒ならお化け屋敷に入ったり、ホラー映画を見たりすることは出来るけど、必ず後で後悔するタイプだった。そんな私が平気で夜に出歩けるはずもない。通学路なら話は別だけど。
「い、行けるかな…?」
私はぐるりと周囲を見渡し、やっぱりダメだ!と顔を引っ込めた。無理なものは無理!怖いものは怖い!万が一、不審者でも居て拉致とかされる可能性も無きにしも非ず。
こんなことなら誰か一緒に来てもらえばよかったと今更後悔した。
影山ならきっと来てくれただろうけど既に就寝中だったので諦めた。日向とどっちが早く寝るか勝負だ!と早々に部屋に引き上げたので、きっと日向も寝てしまっているだろう。早く寝るのを競ってどうするんだろう。
グッチーはハードな練習に疲労感いっぱいで声をかけ辛かったし、ツッキーなんて即答で「無理」と断るにきまっている。それに、こんなことで3年の先輩に頼ることは出来ない。旭さんは問答無用で候補から除外である。
龍先輩は今日のハードな練習と慣れないマネージャー業ですっかり爆睡していたし、他の2年の先輩たちも各々忙しそうだった。こうなったらノヤさんに!と思ったけど肝心の本人が不在。どこにいるか分からなかった。
というわけで仕方なく私は一人でここに立っている。早くしなければ消灯時間になり、この場も真っ暗になってしまう。そうなったら自室までたどり着けるかどうか…どうしよう、どうしようと焦ってばかりで一向に勇気が沸いてこなかった。
「ねぇ、何してんの?」
「うわああ」
「ちょっと、うるさいんだけど!」
「ツッキー!!」
成す術ナシ、としゃがみこんで頭を抱えていると頭上から声が掛かる。完全に自分の世界に入り込んでいた私は「まさか、幽霊!?」とびっくりして大声を出してしまった。この展開、何度目だろう?とぶるぶる震えながら密かに考えていると、聞きなれた声が私を咎める。恐る恐る顔を上げれば、不機嫌顔プラス不審な目で私を見下ろす長身の男が視界に入った。手にはポカリを持っている。どうやら飲み物を買いにきたらしい。
よかった、ツッキーだ!とホッと胸を撫で下ろす私にツッキーがもう一度「何してんの?」と聞き返してきた。私は安心して立ち上がり事情を説明する。
「実はね、探しものをしてて…」
「ふーん、そうなんだ」
「見つからないんだよね」
「そう、じゃ頑張って。僕は寝るから」
「ちょっと!待って!ツッキー!」
あっさりと引き返していくツッキー。探し物が見つからないといっている女の子を放っていくとはどういうことだ!一緒に探してもらおうと思った私は慌ててツッキーのTシャツの裾を掴み引き止めた。ツッキーは心底面倒そうな顔で私を見下ろし、何?と呟く。賢いツッキーのことだからきっと私の次の言葉なんて分かっているはずなのに、関わりたくないのか協力するよとは言ってくれない。あまり賢くない私でも、その次のツッキーの言葉が想像できた。
離せよ、と無言で圧力をかけてくるツッキー。生憎、影山の般若面(?)に慣れている私はツッキーに見下ろされたくらいでは動じなかった。影山はプラスで痛みを与えてくるもんだから、ツッキーなんて可愛い方だ!ここで引くわけにはいかない。
「ツッキーお願い、探すの手伝って!」
「はあ、言うと思った…嫌だよ」
「だよね、そう言うと思った!でも、お願い!」
「君さ、僕の言葉理解できてる?」
理解はしている、でも納得はしてない。ここでツッキーを逃せば私はきっと朝までこのままの状態でいる自信があった。ウザいのも、厚かましいのも承知しているけど、それを上回るほどの恐怖心なのだ。しばらく「お願い!」「嫌だ」という言葉の投げ合いが続き、私はとうとう最終手段をとることにした。
ツッキーと出会ってから約1ヶ月、意外にも接点(物理的に)がある彼の性格は分かってきている。
ツッキーは押しに弱い!影山とか日向みたいに突っかかってくる人には、ひねくれた対応をしているけど、グッチーみたいに素直な人には案外寛容だったりするのだ。なので私は武ちゃん先生に負けないくらい思い切り頭をさげた。ブォンと風を切る音がする。
「お願いします!一緒に探してください!土下座してもいいから!」
「……土下座とか誰得だよ。ほんっとに面倒だけど、今回だけだから」
「ヅッギィィ!!ありがとう!!」
「あー、もう分かったから!声がデカい」
「ごめん、ツッキー!」
計画通り、と笑える程私はこの展開を予想出来ていなかったので普通にお礼を言っておく。ツッキーが「じゃあ土下座してよプッスー」と命令してくるような人じゃなくて本当に良かったと思う。しろと言われればするけど、やっぱりどっかの常務みたいな土下座になると思う。自分がそうしていることを想像して、ちょっと凹んだ。
ツッキーは普段素っ気なかったり口が悪かったりするけど、本来は優しい人なのかもしれない。クラスに遊びに行っても冷たいことを言う割に、ちゃんと相手をしてくれるし、合宿前だって眠気覚ましにガムをくれたりもした。
素直になれないんだな…と生温い視線でツッキーを眺めると、「今度ショートケーキを貢献してよね」と言われたのでちょっと思い直した。見つかったらお礼はするつもりだったけど、自分から言われるとぐぬぬ…ってなるな。
「で、何を探してんの?」
「自転車のカギ。今日のロードワークの後、ポケットに入れたんだけど見当たらなくて…」
「カギかけ忘れたんじゃないの…君のことだから」
「ううん、ちゃんとかけたよ。で、ポケットに入れたはず」
確かにカギをかけて手に持っていた記憶はある。ただ、ポケットに入れたあたりが怪しく、記憶が曖昧だった。昨日の晩ご飯は思い出せるのに、今日の午前中のことが思い出せない…。
部屋の中やジャージ、カバンも隈無く探したけど見つからなかった。今日、私が行ったと思う場所は合宿所内なら一応確認している。思い当たる節があるとすれば、ポケットに入れ損ねたかどこかで落としたかもしれないということだ。
そうなると自転車置場からこの合宿所までのルートが怪しい。ツッキーにそこまで説明すれば、大きなため息をつかれた。そして、「行くよ」と玄関扉を押し、外へ出ていく。すげぇ、なんの躊躇いもなく暗闇へ飛び出して行った!さすがツッキー!
一人で関心していると、ツッキーの姿が見えなくなったので私も慌てて飛び出したのだった。
← top bkm →