午後11時。真っ暗な廊下に私とツッキーの顔が携帯のライトの光で浮かび上がっていた。怒涛の電話責めも終了し、疲れてしまった私とその倍以上にグッタリとしているツッキー。改めて巻き込んで申し訳ないと謝ると、ショートケーキもう一個ねと言われた。もう何個でも奢ってあげるよ!明日試合なのにこんな時間まで引き留めてしまったことは反省してる。でも、私を部屋まで送り届けてほしい。切実に、そして確実に。

「とにかく、もう早く部屋に戻るよ」
「はい…」
「…ぉ」
「ねぇ、何か言った?」
「え?私じゃないよ、ツッキーが何か言ったのかと思った」
「僕じゃない」

ピタリ、と階段を登ろうとしていた足が止まる。先ほど、確かに誰かの声がした。それが私でもツッキーでもないとはどういうことだ。この場には二人しか居ないはずだ。私たち以外はきっともう眠っているか、部屋で明日に備えてゆっくりしているはずである。なので、声が聞こえるなんておかしい。
私が冗談はよしこさん、とツッキーの腕を叩いてみても彼の顔は真顔だった。私にはそっちの方がちょっと怖かった。

「…ぉぉお………ぉぉ…」
「……気のせいじゃないね、しかも近づいてる」
「ツツツツッキー、やばいよ幽霊?まさか、幽霊?」
「かもね」

耳を澄ませば、やっぱり聴こえる第三者の声。低く、唸るようだ。風の音かもしれないけど、それにしてははっきりと「ぉぉ…よぉぉお…」と発音していて人間らしい。近づく声にツッキーがゴクリと喉を鳴らして呟いたので、私は恐怖に固まった。足がすくんで動かない。早く部屋に戻りたいのは山々だけど、急いで逃げたら追いかけられるパターンじゃないだろうか。逃げなくても怖いけど逃げても怖い。
動かない私をツッキーが、早く戻るよ!と言いながら引っ張る。足が縺れて私は盛大にスッ転んだ。と、同時に腰に回る腕。ぐい、と引き寄せられ私はドンとツッキーの胸板に盛大に頭をぶつけた。

「っぶな!ちょっと何こけてんの!」
「うわぁあツッキーごめんよ!怪我はない?筋とか痛めてない?あと、ありがとう!」
「大丈夫だから」

死ぬかと思った私は怖いやら驚きやらで軽くパニックに陥りながら、ツッキーの腕をペタペタと触って確認する。幽霊云々より、明日の試合に支障が出るような怪我でもしていたら、私は後悔してもしきれない。
私が怪我をする分には全然構わないけど、レギュラーにもしものことがあればマネージャー失格だ!あまりにも必死な私に、ツッキーはプッと噴き出すと「大袈裟」と呟いて体を離した。

「私のせいで怪我してたら大変だし!そうなったら私が責任とらなくちゃだし!」
「責任って…」
「もう、ツッキーを養うしか…!」
「…それ、意味分かってる?」
「え?」

自分の言ったことの意味を段々と理解し、私は途端に恥ずかしくなってきた。勢いとはいえ何を口走っていたんだ!今のなし、冗談!と慌てて撤回すると、ツッキーは当たり前デショと笑った。
養うのは難しいけど、切腹か釜茹でなら!と提案すると、ツッキーに実行できんの?と言われ、冷静になる。無理だ。
ツッキーはまたしても笑って、「君ほんとバカだよね」と呟く。返す言葉もなく私が悔しげにツッキーを見上げると、真顔になった。視線は私を通り越して通路の先を見つめていた。顔がひきつっている。

「ねぇ、ツッキーどうかした?」
「…あれって…」
「何で置いていくんだよぉぉお!一人にするなよぉお!」
「ぎぁあああああ!何?!誰?!ナムアミダブツナムアミダブツ…!」

振り返ろうとした瞬間に、ガバリと突然何かが覆い被さる。重みで前に立っていたツッキーに凭れ掛かってしまった。ツッキーが支えてくれていたので助かったけど、背中から物凄く重圧がかかり潰されそうだ。しかもその何かは、ぶるぶると震えている。私は訳も分からずひたすら念仏を唱えて恐怖に耐えていた。

「何してるんですか、東峰さん…」

盛大なため息と共にツッキーが私からその重みを引き剥がす。バクバクと煩い心臓を押さえながら振り返れば、頭を抱えてしゃがみこむ旭さんがいた。もしかしなくても、先ほどの謎の声の正体は旭さんだな。何をしているんだ、こんな時間に!そして何故、私は襲われたんだ?と、携帯の光を当てると旭さんも先ほどよりは落ち着いたようだった。

「ちょっと、旭さん!どうしたんですか!?私、幽霊に襲われて死ぬかと思いましたよ!」
「ご、ごめん!暗いし怖いし、とにかく夢中で…!」

私とツッキーの姿を確認し、仲間だと認識した旭さんはか細い声で事情を話し出す。どうやら、寝る前にノヤさんに連れられて女子風呂まで肝試しに行っていたらしい。お昼に話題に上がった中国人の幽霊の検証をする!とノヤさんが言い出し、嫌がる旭さんに根性つけるため!と言って無理矢理連行。挙げ句、風呂場付近で置いていかれたらしい。懐中電灯はノヤさんが持っていたので、暗闇の中一人取り残されたことがショックで生きる屍と化してしまったということだ。
ノヤさんより体格もいいんだから、本気で嫌がればいいのに。ノヤさんが「行きましょう!」と旭さんを引っ張る姿を想像して、どうしても断れない旭さんの図が思い浮かんでしまった。厳つい見た目の割に気も弱いから…。
それに昨日も道端に置いてかれてたよなぁ、と思ったらちょっと可哀想になってきた。私もこんな暗いところに置いてかれたら泣く。絶対に。

「あっ、旭さん!居ないと思ったらこんなとこに居たのか!」
「ノヤさん!」
「おう、ごんべ子!月島も!何してんだ、こんなとこで。あ、お前らも肝試しか?」
「違いますよ」

へたりこむ旭さんを立ち上がらせ、今度こそ部屋に戻ろうと階段を登りかけたところで強い光が私たちを照らした。目を凝らして光源を見ると、ペタンコの髪の毛で身長がいつもより低いノヤさんが駆け寄ってくるのが見える。どうやら、居なくなったのは旭さんの方でノヤさんは捜していたらしい。ぐったりする旭さんの姿を見つけたノヤさんは、安心したように笑っていた。

「ちょっと目を離したら旭さんいねぇし…って、何ビビってんすか!」
「もういやだぁぁ!俺、絶対近づきたくないって言ったのに!」
「何も居なかったじゃないすか!」
「…」

やめてくれ、居るわけないんだよ!その幽霊の正体は私なんだ。でも、それを説明するには恥ずかしい行動まで暴露しなきゃいけなくなるし、私は今回も黙っていた。早く忘れてほしい。ノヤさんは、何もなくて残念だとがっかりしていた。

「もう、何でもいいですけど早く寝ましょうよ…僕、眠いんですよ」
「だな!明日は試合だし。ほら旭さん!こんなことでビビっててどうすんスか、しゃきっとしないと!」
「試合とは関係ないだろ…」
「あー、ほんとに怖かった…」

ノヤさんの懐中電灯を頼りに、4人で階段を登る。もうクタクタだ。今なら泥のように眠れる。その証拠に、ノヤさん以外顔が死んでいた。今日、ノヤさんもマネージャー業をしていたのに、どうしてそんなに元気なんだろう。と思ったけど、師匠はワイルドだからだな…と酸素の足りない脳で自己完結した。
ツッキーは欠伸をかみ殺し、旭さんは長い髪で顔が覆われまるでお化けのようにゆらゆらと歩いている。明日、大丈夫かなと少し心配になった。

「あっ、旭さん後ろ!」
「えっ、何!?ちょっとやめてよ!何!?」
「ぎゃああ!あ、旭さん苦し…!」
「うるさい…」

元気の有り余ったノヤさんの冗談に、これでもかという程ビビった旭さん。その図体に似合わず情けない悲鳴を上げて、私に飛び付いてきた。腕が丁度私の首を締め上げ、私の呼吸器官を圧迫する。旭さんは恐怖のあまり、今の体勢に気づいていない。チョークスリーパーだよ、それ!締め技だよ、ギブギブ!このままでは死ぬ!旭さんの腕をベシベシ叩いていると、ドスドスという足音が聞こえ、私たちの前で止まった。私の息も一瞬止まった。

「お前ら…今何時だと思ってる?」
「ひぃぃ!」

ゆらり、と目の前に現れた顔。懐中電灯の光を下から当てているため、普段の二割増しで般若のような大地さんの表情が闇に浮かんで見えた。これは……あかんやつや!
私たち4人は蛇に睨まれた蛙の如く動けない。旭さんの絞め技も、大地さんの前では可愛らしく思えた。

「お前ら騒いだ罰として、ここで正座!30分経つまで寝かせないからな!」
「ええええええええ」
「うるさい!早く座れ!」

今日一番の悲鳴。そして日付が変わるまで私たちは暗い廊下で仲良く正座をしたのだった。



合宿四日目"月島蛍の災難"
(何で僕まで……)

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