試合は音駒チームのサーブで開始した。まずは日向と影山の変人速攻で相手のド肝を抜き、警戒させる。

「すげぇ、速ぇっ!何?!」
「なんだぁありゃ?!」

初めて日向と影山の変人スパイク&トスを目の当たりにした音駒チームは思惑通り目を丸くして驚いた。自分が驚かしたわけではないけど、やっぱり嬉しくなる。コーチや武ちゃん先生がニヤリと口角を上げたのをバッチリとこの目で見た。そして日向に注目を集めた所で、旭さんと龍先輩がすかさずスパイクを決めていく。序盤は順調だ。

「先生!今丁度リベロとの入れ替わりがあるので説明しますね!」
「あっ、お願いします!」

スガさんが武ちゃん先生に、リベロの役割を説明する。私はそれを隣で聞きながら試合を見ていた。音駒は全員のレシーブ力が高く、どんなボールでもほとんど拾っている。旭さんのスパイクですら初見で手に当ててくる程だ。相手のリベロもノヤさん並みの実力があった。
それに比べて烏野は、レシーブ力が不安要素だ。特に日向とツッキーは自他共に認めるレシーブ苦手組だった。ノヤさんや大地さんのようにレシーブが得意な選手が少ない上に、ブランクのある選手もいる。今の段階では日向の囮作戦がなければ点を取るのに苦労しそうだ。
烏野リードのまま、音駒が一回目のタイムアウトを取る。そして、タイムアウト明け。猫がじわじわと烏を追い詰めていくことになる。

「なんかブロックの位置、片寄ってませんか?」
「あれは、デディケートシフトだな…多分、日向の動きの誘導…だと思う」

ブロッカーの位置が、左に寄っていたのでコーチに尋ねる。片寄った配置にすることをデディケートシフトというらしい。武ちゃん先生が誘導とは?と聞き返せば、日向の動きを限定させてブロックに集中させたいんじゃないか、と答えてくれた。
コーチの言う通りで、先ほどまで日向に翻弄されていた相手チームの7番が少しずつではあるけど、囮攻撃に慣れ始めていた。見たところ、ずっと日向だけを追いかけている。
さらにプリン頭のセッターがツーアタックを仕掛けてきたりと絶妙な攻撃を仕掛けてくるのでこちらも翻弄されていた。そんな流れを断ち切るように、影山がトスを呼ぶ。そのまま真っ直ぐストレートを決めた影山は、日向に打ち分けできるようになれよ!と見本を見せていた。

「相変わらずすごいな…王様め」
「影山のハイスペックマジ腹立つわ〜」
「全くです」

トスだけじゃなくスパイクまで自分で決めてしまう影山は、凡人に悩む人間の敵だ!素直に感心する反面、才能に溢れてみたい!と嫉妬もする。龍先輩とスガさんの言葉に私まで頷いてしまった。
しかし影山の得点に関わらず、すぐに追い付かれた。相手のセッターの視線でのフェイントもあったけど、何より向こうはボールを丁寧に拾って落とさない。
コーチも、向こうチームは地味ながらも安定したレシーブ力がありどんなボールもセッターの頭上に綺麗に返しているからセッターが多彩な攻撃を仕掛けられるんじゃないか、と言っていた。
言われてみれば、プリン頭のセッターの人はあまりネット前を動いている様子もなく頭上に上がるボールを見つめて、ギリギリまで誰に上げるのか予測がつきにくかった。
反対に烏野は、日向のスパイクを7番が触れるようになっているせいか思ったように点が稼げていない。

「やっと捕まえた!!」
「!」

そして第1セットは、日向のスパイクを完璧にブロックした音駒が先取。続く第2セット、とうとう日向のスパイクは完全に攻略されてしまった。明らかに日向の動きに慣れている。

「日向…大丈夫か…」
「スガさん…日向、落ち込んでるんでしょうか?」
「どうだろう?でもいい気はしてないよなぁ」

打っても打ってもブロックされるというのは、精神的にくるものがある。見ているこっちも辛いのに、本人はもっと辛いはずだ。コートの外からでは日向の表情は見えないけど、少し苦しそうな印象を受けた。そんな日向を心配して、隣に立つスガさんに聞いてみれば、スガさんも日向を見つめて何とも言えない表情をしていた。もしかしたら、かつての旭さんと重なってみえるのかもしれない。

「何で日向を交替させないのかって言いてえのか?」
「…別に…」

コーチの言葉にツッキーは何か言いたげに顔を背けた。この練習試合で日向の成長につながる何かが見つかるかもしれないから、と。公式戦だと負ければ終わりなので、即交替だ。でも、練習試合なら実験も可能である。

「でも、日向が戦意を喪失してしまう様なら一回下げた方が良いかもな」

そう言ったコーチも、少し不安げに日向を見つめていた。賭けに近いのかもしれない。エースの旭さんのスパイクも相手に拾われ、ブロックを振り切った日向のスパイクも7番にブロックされる。見ている方も、手に汗を握った。
やっぱり、日向も相当精神を削られているのでは…と思ったけど顔を上げた日向は、笑顔だった。決して心が折れてなんかいない。楽しい、もっと打ちたい、トスをくれ、と心から思っているのが伝わってくる。

「日向がんばれー!負けるなー!」
「ななし野ちゃん、何で涙目?!」
「なんか、こう…日向を見てると、こう……熱くなるというか、じっとしていられない、というか……分かりますか?!」
「んー、分かるような分からないような?でも、こっちも熱くなるっていうのは、分かる」

下手くそでもいつも一生懸命な日向が、試合の中で成長するのを見ているのは面白い。常に前を向いている日向を応援したくなる。スガさんに身振り手振りでそう伝えると、顎に手を当てた後にこくりと頷いた。そしてコートの中の日向を見つめて、「日向を見てると俺も頑張ろうって思うよ」と呟く。影山のトスを打ち損ねた日向が背中から床に落ちるのを見ていたスガさんが、はっとした表情で声を上げる。

「今、日向、トスを見た…!」
「えっ、でもそれって普通のことですよね…」
「見なきゃ打てないもんね…」
「普通はそうだけど!日向の場合、今までボールは完全に影山に任せてひたすらフルスイングだったのに!」

スガさんの言葉に私とグッチーがハテナマークを浮かべると、興奮気味に説明してくれた。思い返せば、日向は目を瞑って影山のトスを打つことで最強の囮をやってきた。本来ならボールを見て打つけど、日向は例外だ。通常のスパイカーでは速すぎて追いつけないトスは、見て打つことが難しい。だからこそ、ボールを見ずにフルスイング出来ることは日向の武器だった。全て影山がコントロールしていたので、"見て打つ"が意味することは大きい。

「タイムっ!」

コーチが慌てて一回目のタイムを取り、影山に柔目のトスを上げるように指示を出した。空中で日向が打ち分けられる余裕を作るため、らしい。日向がスパイクコースを打ち分けられれば攻撃の幅は広がる。すなわち、烏野の武器が増えるということ。
コートに戻った日向は、影山のトスを見ながらスパイクを打っていた。影山の見本を見よう見まねで行っているので、まだ全然まともに打てない。日向が落ち込む前に、二回目のタイムアウトを取った。ミスを謝る日向を皆が励まし、試合が再開。上手くいかないながらも、徐々にコツは掴み始めているようだった。
そんな日向を見て、武ちゃん先生がもどかしげに「どうすれば上手く行くんでしょうね〜」と呟く。

「"小さな巨人"って前に居たろ」
「日向君憧れのエースですね!」
「コ、コーチ…なんですか、小さな巨人がどうしたんですか!?」
「うおっ、なんだななし野?!鼻息荒っ」
「あ、そういえばななし野さんも憧れてたんだったね」

コーチと武ちゃん先生の会話に、私は思わず反応してしまった。"小さな巨人"と聞こえた!試合も気になるけど、コーチの話しも気になって集中できない。ので、私はコーチに詰め寄る。普段はタバコの匂いがするのに、今日はラベンダーの香りがした。

「コーチいい匂いがしますね…」
「うるせー、そこはスルーしろ」
「あはは!烏養くんファブリーズかけすぎちゃったんですよね!」
「おい、先生余計なことは言わなくていい!ななし野は匂いを嗅ぐな!」
「いだっ、す、すいません…」

くんくんとコーチの服の匂いを嗅ぎながら問えば、私の頭にコーチのチョップが決まった。痛い。岩ちゃんの岩砕きチョップ(私命名)よりは威力は低いけど。
頭を抑える私にお構い無く、コーチはそのまま小さな巨人について話してくれた。私は耳をダンボにしながらコーチの言葉を収集する。
小さな巨人も最初はブロックに止められていた。でも小柄な自分の武器を探し、2年の後半には空中戦で右に出る奴は居なくなった。
それを聞いて、昔テレビで見た"小さな巨人"の姿を思い浮かべる。大きな選手をかわして相手のコートにボールを叩き込む映像は、今でも鮮明に覚えていた。あのレベルに至るまできっと色んな努力を積み重ねてきたんだろう。私は春高バレーでみたあの姿しか知らないけど、その話を聞いてますます憧れが強くなった。

「"翼"がないから人は飛び方を探すのだ。うちのじいさんが、そう言ってたことすげー覚えてる」
「コ、コ、コーチ!その名言後でメモしていいですか?!」
「おー、しろしろ。何の役に立つかは知らんけど」

私はその言葉を聞いて、鳥肌がたった。後でノートに書いておこう。出来ないから諦めるんじゃなくて、出来ることを探す。そうして自分を成長させていく。日向がブロックをかわしてスパイクを打ち込んだその姿が、"小さな巨人"に重なって見えた。ボールはアウトだったけど、日向が狙ってコースを打ったことは大きな収穫である。


← top bkm →


45/119
ALICE+