コートに戻ると、ウォームアップで選手たちが練習を始める。こちらのチームは今日も絶好調に影山のトスが上がっていた。一緒に怒声も上がっている。
これはいつものことだけど、チームメイトの不満顔はいつもより増しているような気がした。中でもより一層不機嫌に見える国見が、駆け寄ってきてこっそりと私に耳打ちしてくる。
「ちょっとななし野、王様の機嫌ちゃんととってよ」
「え、何で私?」
「お前しか居ないじゃん」
「?」
普段の無気力な国見にしては珍しく眉間に皺を寄せ、面倒そうに影山を見ている。私が何か言うよりも一緒にプレーする国見の方がいいと思うけど、と言葉を返すと深いため息を吐いた。そんなあからさまにガッカリされると私も傷つくんだけど…。
「お前ら仲良いじゃん。王様ってお前には…」
「おいそこ!喋ってる暇があるならもっと動け!ななし野は練習の邪魔するな!」
「ご、ごめん!」
「…」
国見と私が隅っこで会話しているのを見つけた影山が、怒りを露に声を荒げる。影山の言葉に慌ててボールを拾いに走ると、国見はムッとしたまま練習の輪に戻って行った。
最近、いつも試合前はピリピリしている。影山だけでなく、他の選手にもそれが伝染しているようだ。良い緊張感というより、影山に対して皆が萎縮している。
原因は分かっているけれど、それをマネージャーの私がどうこう出来るわけじゃないし。そうやって見ないフリをして、今日も私は声援を送るのだ。
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「おねがいしあース!」
いよいよ試合が始まった。相手チームはみんな初心者のようだし、並んでみるとより一層身長も小さく見えた。
先程の腹痛男子は人並み以上のジャンプ力と運動神経を持っていたけどそれだけだった。いくら跳べてもうちのブロックの敵ではない。
面白そうな子なのになぁ、とひたすら跳んで転げて奮闘する姿を見ていた。それにしても、彼はとても楽しそうにプレーしている。
反対にうちのチームはどこか義務的というか、影山以外は手加減しているようにも見えた。楽しそうではないよなぁ、と険しい顔をする影山を見て思う。
「じゃあ、お前らが本気でやるのはいつだよ!?決勝か!?」
第一セットはうちの圧勝。第二セットも22点の得点に比べ、相手チームは7点。にも関わらず、影山の怒りのメーターは振り切れそうだった。
誰が見てもうちの勝利を確信するなか、雪ヶ丘の腹痛男子だけは勝利を諦めていない。どんなボールでも必死に食らいつき落とすまいとする執念が凄かった。思わず応援したくなるような一生懸命さが伝わってくる。
「小さな巨人…」
「なんだ、ななし野?何か言ったか」
「いえ、なんでも」
技術は素人が見ても下手くそだったけど、彼が跳ぶ度に私の脳裏に憧れの選手の姿が過る。何だろう、このワクワクした気持ち。影山とは違う、惹き付ける何か。
「あっ、トスミス…」
うちのマッチポイント、影山の怒りも絶好調のなか雪ヶ丘のセッターからトスが上がる。センターから左側に向けて上がる筈だったトスが、正反対に飛んでいく。誰も居ない所に上げるなんて、明かにセッターのミスだろう。
そう誰もが思ったはずだったのに、気づけばボールはネットのこちら側に叩き込まれていた。一瞬、何が起こったのか分からなかった。
「すごい…なにあれ、すごい!!うわー、すごい!ファインプレー!!」
「こら、ななし野、落ち着け!」
「今の何!?どういうこと?!どうやったの!?」
「ななし野、大人しくせんか!」
コートの端から端へ、絶対に届かないと思ったボールに触れた瞬発力。ブロックが追い付かない程のスピードは体育館を沸かせた。私は興奮のあまり立ち上がり、盛大に拍手を贈る。
あんな速攻、見たことがない!煩いと監督に怒られたけど、そんなこと気にもならないくらい凄かった。
「お前は3年間何やってたんだ!?」
「影山…」
惜しくも最後のボールはアウトで、北川第一の勝利で終わった。勝ったのにみんなの顔は全然嬉しそうじゃなかった。
整列時に影山があの子に掛けた言葉に、どんな意味があったのかは分からないけれど確かにもったいないとは思う。せっかくあんなに凄い身体能力を持っているのに、全然活かせていない。
でも、とにかく初戦は突破出来たのだから良かった。おつかれ、と声を掛けながらドリンクとタオルを渡していくと国見も金田一も冴えない顔で受け取った。
「影山、おつかれ」
「おう」
一番険しい顔で戻ってきた影山にタオルとドリンクを渡す。こちらを見ずに受け取った影山に私はムッとした。
試合内容はどうであれ、勝ったというのに何だその顔は!思わず影山の背中を思い切り叩くと、ドゴッと鈍い音がした。ちょっと力入れすぎた…ごめん。
「いってぇ!何しやがる!!」
「勝ったよ!」
「はあ?」
「うちの勝ち!」
叩かれた背中を手で押さえながら、凶悪顔で睨んでくる影山。やっぱり恐い…でも、怯んでなんていられない。あれだけ本気でやれとチームメイトに怒鳴っていたのだから、勝利の喜びも人一倍体現してもらいたいものだ。
勝ったのに落ち込むなんて相手のチームにだって悪いし。
私の言いたいことを何となく察した影山は、じーっと私の顔を見つめる。そんなまじまじと見られると、恥ずかしいんだけどな…。
「……勝った、な」
「うん、そうそう、その顔!いいじゃん!まずはおめでとう!」
一瞬キョトンとした影山は私につられたのか勝ちを噛み締めたようだ。悪い顔には違いないけれど、笑顔である。いつもその顔だったら怖くないのに。
「次も勝ってね」
「当たり前だ」
グッと拳を突きだすと、影山はそれに応えて何故かパーを出してきた。チガウ!それじゃない、ジャンケンじゃないんだよ!こう、拳と拳をコツンとするアレをやりたかったのに!
帰りもお前が荷物持ちか?と聞いてくる影山が何だか急に可笑しくなって、その硬い腹筋に拳をぶつけておいた。
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