あれから数日。徹ちゃんは本当に音沙汰なしだった。一回だけ、月刊バリボーみてね!とメールはあったけど、それだけ。私も分かったとだけ返信したので、それ以上やり取りもなく終わった。
今までの押し掛けが嘘のように、急に静かになって少し寂しく感じる。だってこんな風に面と向かって距離を置くことなんてなかったし、私は徹ちゃんと離れる想像なんてしたことがなかった。昔から当たり前のように隣に居た。だから少し違和感。といってもほんの数日でこんなことを思っている私の方が、案外徹ちゃん離れ出来ていないのかもしれない。
とりあえず今は、お互いに大会に集中するべきだから徹ちゃんの判断は正しかったと思う。全国に出場、つまり宮城で一番になるには、徹ちゃん率いる青城を初め白鳥沢などの強豪校に勝たなければならない。今頃、どの学校もきっとハードな練習をこなして頑張っているはずだ。マネージャーの私が浮わついているわけにはいかない。と、かっこよく言ってみたけど、本音は気まずいしどんな顔して会えばいいかわからない、だった。
それに、恥ずかしい。気を抜くと、あの時の歯の浮くような告白の場面が脳裏を過ってニヤニヤしちゃう。あんな少女漫画みたいなこと言われるなんて!相手は徹ちゃんだし、鼻にティッシュ詰まってたけど!
まだまだ精神が未熟な証拠だな…、今後は動じないようにしなければ。でも、もう告白されることなんてないかもしれない…地味に凹んだ。
「ホントだスゲー!写真でけー!」
練習後、潔子さんと一緒に後片付けをしていると体育館の隅から龍先輩の声が聞こえた。その周りにはノヤさんや旭さん、スガさんも居て楽しそうに盛り上がっている。何だろう、凄く気になる!私の中の野次馬魂が疼いている!
日向と影山が輪に加わって更に盛り上がっているのを見て、ソワソワするのを止められなかった。
「ごんべ子ちゃん、分かりやすすぎ。いいよ、こっちは私がやるから」
「えっ、そ、そんな悪いです!」
「そのかわり、ドリンクボトルはごんべ子ちゃんがやってね」
「……!ありがとうございます!潔子さん!」
あまりにも私が落ち着きなく先輩たちをチラ見していると、潔子さんが笑いながらそう言ってくれた。いいよと言われたけどやっぱり申し訳なくて躊躇う。そんな私の手から、潔子さんはボールを取ると代わりにボトルの入った籠を指差した。混じってくる代わりに洗えということか。
私は元気よく返事をすると、賑やかな輪に向かって駆け出した。
「あ、ウシワカじゃないですか!」
「おう、ななし野!何だ、お前はウシワカ知ってんのか?」
日向が月刊バリボーを持ち、それを影山が覗き込んでいた。私も影山とは反対から覗き込むと、"高校注目選手ピックアップ"という見出しの下に大きく白鳥沢のウシワカが映っているのが目に入る。ウシワカは徹ちゃんの因縁のライバルだ。
「ウシワカは(幼馴染みの)ライバルですからねー」
「「え?」」
「え?」
私の言葉にこの場に居る全員が驚きの声を上げて私を見てくる。やだ、めっちゃ注目されてる!何か変なこと言っただろうか。「な、何ですか?」と聞き返すと、龍先輩とスガさんがななし野ってウシワカと何かあるんですかね?もしかしてななし野ちゃん、昔バレーやってたとか?とヒソヒソ声が聞こえた。私にそんな過去はない。何だか大きな誤解が生じている気がする。私はウシワカと何の繋がりもないと伝えておこうと口を開くと、大地さんがぬっと現れた。と同時に、他の皆の興味も逸れたようで、弁解のタイミングを失う。まぁ、別に問題ないか。
「うーん、これぞまさにエースって感じだよなぁ」
「オイなんでこっち見てる!」
「旭さんはエースなのに恐がりですよねぇ」
「それエースと関係ないよね?!」
紙面からでも伝わってくるウシワカの迫力と、目の前に居るのに覇気も伝わってこない旭さんを大地さんがじーっと見つめる。私も合宿での旭さんのビビリッぷりを思い出して、しみじみと頷いた。でも、あの時の絞め技はエースに相応しいパワーだったかも!ずーん、と落ち込む旭さんの背中をポンポンと叩いているノヤさんを見ながら密かにそう思った。
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「はぁー…」
あの後、コーチから県内の強豪校の話を聞いた。もちろん徹ちゃんのことも言っていた。正直凄く複雑だ。特に県内最強の白鳥沢には徹ちゃんのライバル、ウシワカこと牛島若利がいる。徹ちゃんの応援で試合を見に行って、彼のプレイを知っているからその強さは理解していた。
徹ちゃんが血の滲むような努力をしているのも見てきたし、それを岩ちゃんが支えてきたのも知ってる。だから二人には勝ってほしい。でも、全国に行くのは烏野だと信じている。前々からいずれ徹ちゃんや岩ちゃんと戦うことになるのは分かっていたけど、予選が近づくにつれて何とも言い難い気持ちになった。
「はぁー…」
「ため息吐くと幸せが逃げるよ」
「不幸を吐き出してんるんじゃないっけ?」
「とりあえず、吸うんだななし野!」
ドリンクボトルを洗いながら深くため息を吐く。その姿を見られていたらしく、声を掛けられ振り返った。縁下先輩、成田先輩、木下先輩がタオルを片手に立っている。どうやら手を洗いに来たらしい。
木下先輩の言うとおり、思い切り息を吸い込む。幸せよ戻ってこい!割と切実に。
「うぇっ、ゲホッ」
「思ったより吸ったね」
「あははは!ななし野おまっ、お前マジでか」
「ぶふっ、ちょっと木下。お前がやらせといて…」
肺一杯に吸い込んだ空気(私の幸せ入り)は、行き場を無くして気管に入る。苦しくなってむせた私を見て木下先輩がケラケラ笑った。成田先輩も半笑いだ。縁下先輩は呆れた顔で、鵜呑みにすんなよと言ってくる。ため息吐く度に幸せが逃げて行ったんじゃ堪ったもんじゃないですよ!と私が涙目で抗議すれば、木下先輩がまたしてもケラケラと笑い出した。
「悪い悪い、普段の田中とななし野見てるとノリがうつった!」
「あー、ちょっとだけ田中と喋ってる気になるよな!」
「えっ、それって!師匠に近づいてるってことですか!?」
木下先輩と成田先輩の言葉に私が目を見開くと、二人は微妙に笑いながら頷いた。縁下先輩は遠い目をしながら、嬉しそうだねと笑う。何か思うことでもあるのだろうか。私は尊敬する師匠と似ていると言われたことが嬉しくて、さっきまでの複雑な気持ちも少し薄れていた。
「ななし野、何か元気なくない?」
「あー、言われてみれば背中が寂しかったな」
「何かあったの?」
成田先輩の言葉に木下先輩が頷き、縁下先輩が私の顔色を窺うように尋ねてくる。そんなに落ち込んだように見えていたかな、と心配になってシャキッと背筋を伸ばした。嫌なことがあったわけじゃないし、先輩に心配かけるなんて申し訳ない!幼馴染みに告白されて、しかも予選で対戦することになったら烏野も青城もどっちも応援したいんです!なんて言えるはずもない。私がモゴモゴと言い淀んでいると、先輩たちが無理すんなよ、と言ってくれた。
縁下先輩も木下先輩も成田先輩も、マネージャーの私のことまで気にかけてくれたのがとても嬉しい。私がニヤニヤしながら大丈夫です!と答えると、「何でそんな嬉しそうなんだ?」と不思議な顔をしていた。
「ななし野は元気な方がいいよ」
成田先輩の言葉に、うちの学校の2年生はとても尊敬できる人ばっかりだ!と溢れる思いを爆発させる。
「先輩ぃぃ!第三の師匠になってくださいぃ!」
「お前、どんだけ師匠作る気だよ!」
「俺ら弟子とってないから」
でも縁下先輩に即効で却下された。残念である。無闇に師匠を増やそうだなんて軽率だった。私がすいませんと謝ると、先輩たちによく分かんないけど頑張れよ!と肩を叩かれたのだった。
「みんなまだ居るー!?」
ボトルを洗い終えて私たちが体育館に入ると、少し後に武ちゃん先生が息を切らして駆け込んで来た。手には紙を持っている。みんなが何だ?という視線を送ると先生は、「出ました!IH予選の組合せ!」とその手を高く掲げた。いよいよ大会が迫っているんだ、と緊張感が沸く。
みんなで組合せ表を受け取った大地さんの周りに集まり、烏野の文字を探した。ノヤさんがいち早く気付いて静かに呟く。
「二回戦、伊達工も勝ち上がってくれば当たりますね」
烏野はAブロックの5番。初戦は、常波高校だ。そこに勝てば二回戦は例の伊達工。以前、烏野が負けた鉄壁のブロックを誇る強豪校である。その試合がきっかけで旭さんとノヤさんは部活を離れることになったのだ。
「それだけじゃないですよね」
ツッキーの言葉で、同じブロックのシード枠に青葉城西が居ることに気付いた。伊達工にも勝てば、青城との試合になる。まさか、こんなに早く対戦することになるなんて…。私と龍先輩がゲッ…と声を漏らすと、反対に日向と影山は嬉しそうだった。
「目の前の一戦絶対に取ります」
大地さんの言葉にみんなが強く頷いた。
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