第二試合も無事に勝利を納め、監督からの講評と、私は騒いだお叱りを頂いた。
お前のチームはどこなんだ、次騒いだら応援席に行ってもらうぞ、味方を応援しろエトセトラ。
私もわざとじゃないし、本当に凄いプレーだったから、つい興奮してしまったのだ。反省はしているけど、後悔はしていない!
それよりも影山がチームメイトに怒鳴って、仲間との溝が深まっているほうが余程問題だと思う。いつ誰の怒りが爆発するのか、見てるこっちがヒヤヒヤするレベルだ。
でも、影山はうちのチームのエースだし、正直彼ナシでは優勝は厳しい。その為、監督もあまりきつく言わずに目を瞑っている。

「影山、待って待って〜!置いていかないでよ」
「さっさとしろよ」

私は影山がひとりぼっちになっていくのを見ていることしか出来ないことがもどかしかった。試合中は応援しか出来ないし、せめて試合以外は出来るだけ一緒に居ようと、こうして声を掛けるようにしている。影山にとって、それはただのおせっかいかもしれないけれど。
そんなこんなで帰り仕度を終わらせ、待ってくれている影山に駆け寄って体育館を後にした。マネージャーの私は安定の最後尾。そして影山も私の隣が定位置になっている。少し軽くなったエナメルバックを肩にかけ直し、今日の試合について話そうと口を開くと影山がじっと私を見て手を差し出した。

「…ななし野、持つ」
「え?いいよ、重くないし」
「いや、持つって」
「いやいいよ、疲れてるでしょ私が持つよ」
「お前も疲れてるだろ、俺が」

一体影山に何が起きたのか。今朝とは違い、荷物を持つと言って聞かない。私も意地になって取り返すと、影山がまたしても取り返すというワケの分からない状態になった。
おのれ負けてなるものか!と燃えていると影山も負けず嫌いな性格なので対抗心を燃やしている。
何故か荷物を取り合いながら歩いていると「お前が!!」と後ろから、突然大きな声が聞こえた。今朝も同じようなことがあったな…。
びっくりして二人して振り返ると、あの腹痛男子が体育館の正面玄関の階段の上からこちらに向かって叫んでいた。

「コート上に君臨する"王様"なら!!そいつを倒しておれが一番長くコートに立ってやる…!!」
「…コートに残るのは勝った奴…強い奴だけだ。勝ち残りたかったら強くなってみろよ」
「な、なんか、いいね…こういうの!」

腹痛男子は相当悔しかったのか、涙ながらにそう言った。影山もあの子の凄さは認めているようで、無視したりはしない。そんな二人を見て、私は一人興奮していた。
いいな、なんか青春って感じ!
お互いじっと視線を合わせた後、影山が歩き出す。うわぁ漫画みたい!影山なんて、まるでラスボス扱いだ。ただ見ているだけだった私も何だかテンションが上がってきた。
居てもたっても居られなくなった私は、腹痛男子のもとにかけ上がるとその手を握りしめて上下に振る。きょとんとしながら状況を飲み込めていない彼にお構い無く、自分の気持ちを伝えた。

「最後のスパイク凄かった!まるで小さな巨人みたいで感動しました!」
「エッ!?」
「それにあのジャンプ力とか瞬発力とか、とにかくボールを拾おうとする根性とか!私、思わず…」
「ななし野、何してんだ!はよ来いぼボゲェ!」
「うぅ…王様が怒ってる…じゃあ、またね!」
「ぅえっ!?あ、はい!!」

これから熱い友情が芽生えるところだったのに、影山が遠くから私を呼ぶ声で中断した。腹痛男子が目を白黒させている。一人で喋りすぎたな、申し訳ない。
影山がボゲェとひたすら私を罵っているため、早く向かわなければ後が恐い。もう少し話してみたかった。でも高校でバレーを続けるならいつかまた会える筈だろう。
相変わらずポカンとしているその少年に手を振って、私は恐い顔をしている影山の隣に戻った。

「…何話してたんだ?」
「えー、気になる?」
「べ、別に、気になんかなんねぇよ!ふざけんな!」
「何でキレるの!?」

唇を尖らせ私とは目を合わせようとせず尋ねてくる影山に小さく笑う。誰がどうみても気になってしかたないって顔に書いてある。なのに、冗談の通じない影山は鬼の形相で私の荷物をぶん取った。これは、照れ隠しかな?

「影山ってば素直じゃないなぁ」
「うるせー」
「荷物、ありがとう」
「…おう」

いくら顔を背けても、隠れていない耳が赤くなっているのが丸見えだ。金田一や国見にも影山のこういう一面を知って欲しいと思う反面、私だけが知っているという優越感のようなものを感じていた。
それにしても王様に荷物持たす私って実は凄いんじゃないだろうか?影山みたいにカッコいいあだ名があるかもしれないな!王様を荷物持ちにしてるんだから"女王様"とか?いや、もっと凄い"女神"とか?いやー、参った。コート外の女神とかカッコイイ!
一人、異名について思案していると影山にニヤニヤすんなと怒られた。

「そういえば影山は、高校どうするの?」
「一応白鳥沢に行くつもりだ」
「あー、強いもんね!影山にぴったりだ」

歩きながら高校受験のことを口に出すと、自分が受験生なんだなと実感する。影山の希望する白鳥沢といえば県内一の強豪校だ。普通受験では難関すぎてとてもじゃないけど受かりそうもない。でも、スポーツ推薦だったら影山なら余裕かもしれない。
頑張ってね、と言う私に影山は前を向いたまま続ける。

「ななし野は、烏野だろ?」
「うん、そう。烏野!烏野の男子バレー部のマネやりたいの!」
「…なら、敵になるんだな」
「そっか、敵か…」

影山の何気ない一言に、私はふと考える。影山とは行く高校が違う。つまり、今日みたいに影山の応援をするのももうすぐ終わりなんだ。そう思うと少し寂しく感じた。
ドリンクにケチつけられたり、もっと応援の時名前呼べとか、試合後にトス上げ手伝えとか、そんなめんどくさいことはなくなるんだな。
高校になったら、影山は白鳥沢で全国を目指す。私は烏野で全国を目指す。そんな未来が待っているのか。

「影山と離れるのは少し寂しいなぁ、なんてね」
「……おう」

残りの試合、私は孤立しかけているこの王様を目一杯応援しようと思った。


---


しかし、私たちの応援も虚しく北川第一中学校は惜しくも決勝で敗れることになる。少しずつ積もっていた影山への不満。それが溢れだしたのが決勝戦だった。
コート上の王様は、仲間に拒絶され、ベンチに下げられ中学最後の試合を終えた。うつ向き拳を握る影山に、私は声を掛けることができなかった。選手ではない私には、影山の気持ちを理解してあげられなかったのだ。
影山がもっとメンバーの気持ちを考えていたら、金田一の打ちやすいトスをあげられれば、国見の意見に耳を傾ければ、もっとチームメイトと信頼しあっていれば…。
出てくるのは、影山に対しての不満。今まで散々影山の側にいたくせに、一番落ち込んでいる時に寄り添うこともできない。

「影山…」

私に影山を励ます資格はないと思った。今までの試合中、何度も影山に対しての不満を耳にしていたのに。仲を取り持つことも、影山の肩を持つことも、出来なかった。
何て言えばいい?どうすれば影山を元気付けることができる?何を言っても、私の言葉なんて影山を怒らせるだけだ。
心の中で自分に言い訳をして、結局伝えられたのは「おつかれ」の一言だった。彼は何も応えなかった。

その日を境に影山とは疎遠になった。

部活を引退した後、クラスも違う私たちの接点は皆無だった。廊下ですれ違っても、あの時の影山の姿が頭を過って声が掛けられなかった。向こうも気まずいのか私に声を掛けることもない。いつも、あと一歩の勇気が出なかった。

そして、私たちはついに一言も話さないまま北川第一中学校を卒業した。

後悔はしている。
あの時、俯く影山に何かしてあげられれば、今笑って隣を歩いていたんじゃないか。前みたいに冗談を言ったり、一緒にバレーの試合を見に行ったり、色んな思い出を一緒に作れたんじゃないか。苦手なところもあったけど、私は影山と過ごした時間が好きだったのに。

「ななし野、影山はもういいんだ?」
「国見…」
「まぁ、俺には関係ないけど。王様、お前には気を許してたみたいだったから」
「…いいんだよ、もう」

卒業式の日、本当に最後の最後。校門を一人で出て行く影山の後ろ姿を見つめる。喉元まで出かけていた”ごめん”の一言はついに彼に伝わることはなかった。
これでいいわけなんてないのに、まだ子供だった私は影山と向き合うことが出来なかった。

「ななし野がいいなら、それでいいんじゃん?」

バシッと背中を叩く国見。
私が言うのもおこがましいけれど、影山には高校で楽しくバレーしてほしいと思う。影山のことをちゃんと理解して信頼しあえるような仲間に囲まれて、私が影山に付けてしまった傷をどうか癒して欲しい。



ひとりぼっちの王様
(私は3年間を過ごした学校を後にした)

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