いよいよIH予選まで一週間を切った。みんなそれぞれ気合いが入っていて、部活はいつにも増して活気に満ち溢れている。
3年生にとっては高校最後の大きな大会だ。春高まで残るなら別だけど、受験とか就職とか大変な時期と重なるため引退する先輩も多い。それに、負ければ即引退の事実には変わりなかった。
先輩たちが居ない部活なんて想像も出来ない。まだ数ヶ月の付き合いだけど、とても大好きな人たちだから少しでも一緒に居たいと思う。
そのせいもあって、2年も1年もますます練習に力が入っていた。日向と影山は相変わらず毎日競いあって練習に励んでいる。グッチーは最近、ツッキーと一緒に帰っていないようだ。これに関してはよく分からないけど喧嘩とかではないみたい。グッチーは部活が終わるとすぐに帰宅してしまうから、ツッキーが寂しがると思ったらそうでもなかった。
龍先輩は、手作りのお守りを作ってくれる彼女が欲しいと騒いでは縁下先輩に白い目でみられていた。
私に作ってくれと頼んできたけど、「残念ながらてるてる坊主しか作れない」そう言ったら、「試合当日晴れるようにてるてる坊主作っておけ」と哀れみの視線を頂いたのはつい昨日のことである…。体育館だから雨天関係ないんだけどな。
ノヤさんは前転という名のローリングサンダーに磨きを掛けていたけど、いくら師匠と言えどやっぱりただの前転にしか見えなかった。
潔子さんも例の横弾幕の修繕に忙しいみたいだ。
そんなこんなで、みんな頑張っているというのに私は中庭で黙々と雑草をむしっていた。暑いし、変な虫飛んでるし、かれこれ一週間と一日目に突入した。ツラい。もう一度言う…ツラい。
「よう、ななし野!頑張ってるな!その調子で頑張れよー!」
「ぐっ…龍先輩何回ここ通るんですか!いい加減手伝ってくださいよ!」
「可愛い弟子の様子を見に来てやってるんじゃねーか!ほら、もっと感謝しろよ」
「何でそんなニヤニヤしてるんですか!」
延々と校舎に沿って雑草を引きちぎっていた私の後ろを、龍先輩が通りかかる。手には四ツ矢サイダーを持ち、私に差し入れかと思ったらゴクゴクと自分で飲みほした。明らかに嫌がらせ目的じゃないか。だって、今日だけでここを通るのは三回目だ。
昨日も一昨日も同じように声を掛けてきて私を冷やかしに来ていた。本人は応援だ様子見だと言っているけど、顔が野次馬以外の何者でもない。
私の背後をうろうろとする龍先輩に、手伝ってと頼むと先輩はふと笑みを浮かべて合掌した。
「いいですか、我が弟子よ。師匠というのは常に弟子の成長を願っているものであり、むやみやたらと手を貸すわけにはいかないのです」
「セイント田中さん、手伝ってください」
「今、我が弟子は忍耐の時にあります。つまり、師匠は手伝いません」
「……その悟り顔ヤメテください、腹がたってきます」
「んだと、コルァ!?それが師匠に対する態度か、コルァ」
菩薩のような表情で訳の分からないことを言ってくる先輩に、私もつい口ごたえしてしまう。でも、それくらい許して欲しい。だって、ツラい。もうしゃがんで草を引き抜くのは嫌だ。
龍先輩はいつもの威嚇顔で私の前にしゃがむと頬をむんずと掴み、ずいと顔を近づけてきた。イキナリのことにびっくりした私と、何故か私にガンを飛ばす龍先輩。
「近くないですか!?」と言おうとしたのに先輩の頬を掴む力が強くて上手く言葉にならなかった。先輩は口をパクパクさせる私をじっとみると、突然笑い出す。
「ブハッ、今のお前の顔おもしれぇー!何かに似てるな!なんだろうな〜…」
「……ひょ、やめちぇくだしゃい」
「ブッフォー!酷ぇ顔!」
先輩が顔を掴むからだろう!と私が怒って眉間にシワを寄せると、更に笑い出した。今は私がどんな顔をしてもツボに入るようである。何故か悔しい。こうなったら私も先輩を笑かしてやろうと、負けず嫌いに火が着いた。眉間にシワを寄せてみたり、ダジャレを言ってみたり、歌ってみたり。そしてふと気づく…バカか、私は!
ひとしきり笑った後、先輩は満足したのか手を離すと「疲れた」と言って息を吐いた。私も疲れた。この後、まだ草抜きが残っていると思うと更にテンションが下がる。
「もう、龍先輩のせいでやる気なくなりましたよー…」
「ホレ、ここで見ててやるから続きがんばれよ」
「見てるだけですか?」
「おう!応援歌もつけてやろう」
「応援歌いらないから手伝ってくださいー!」
さっそく喉の調子を確かめている先輩に私は口を尖らす。影山もツッキーも手伝ってくれなかったし、旭さんとかスガさんたち3年生の先輩が聞き付けて様子を見にきてくれた時は見栄を張って断ってしまった。だって元はといえば壮行会の例の件で担任のパシリを引き受けてしまった自分のせいである。でも、まさかこんな雑草抜きをさせられるとは思ってなかったんだよ。さすがに一週間以上も昼休みが潰れるとなると、なりふり構ってなんていられない。手伝って貰えばよかった。
「先輩、前に困ったら足を引っ張れ迷惑かけろ!って言ってくれましたよね?!ね?!」
「ほわあっ!?あれはバレーの話だ……ってマジで足引っ張るんかい!こら、離せ!」
青城戦の時も、合宿の時もそう言っていたことを私は覚えている。言葉通り、ノヤさんは三日程前にジュース持参で手伝ってくれた。でも、流石にノヤさんばっかり頼るのは申し訳ないからそれ以降は大丈夫だと言って断った。…のも、後悔している。
あともう少しが、中々進まなくて困っているのだ。こうなったら冷やかしにくる龍先輩に頼むしかない。「後輩が困っているんだから!」と私は龍先輩の足を引っ張ってお願いする。
「師匠ォ!弟子を助けてくださいよ!」
「う、……ダァーー!分かった分かった、しゃーねぇ!ななし野のピンチは俺が救ってやるよ!」
「うおーー!師匠サイコーっす!」
龍先輩ならそう言ってくれると思った!私が拍手を送ると龍先輩はいつもの調子で、「がはは!もっと褒め称えろ!」と仁王立ちする。何だかんだ言って後輩思いで頼れる!そんな先輩に更に拍手を送ると通り過ぎる生徒たちに珍獣でも見るような目を向けられた。
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二人してしゃがみこみ、数分程雑談しながら雑草を抜いていた。ぶちぶちと適当に引きちぎる私に、先輩は根元から抜け!と指導を入れる。それに従って一生懸命根元を掘り起こしていると、龍先輩も抜けない雑草の根っこを捜して地面を掘っていた。二人して中庭の隅っこで砂遊びしているみたいだ。
「それにしても、お前なんでまだこんなことしてんだ?壮行会の条件って一週間だっつってたじゃねぇか」
「そうなんですよ…!本当は終わってたんですが、実は授業中にうっかりケータイ触ってるとこ見つかっちゃって…三日間延長っす!!」
「マジかよ!…お前アホだなー」
先輩のいう通り、本来の約束期間は終了している。でも、未だにこうしているのには深い理由があるのだ。普段なら授業中にケータイなんて触らない。苦手な教科だと睡魔との闘いでそれ所じゃないし、好きな教科は真面目に授業を受ける。それ以外は、隣の席の影山を観察しつつだから、ケータイを触る暇なんてない。どうしてそうなったか説明しようとしたけど、それは叶わなかった。
先輩は一瞬無言になったと思えば突然「……授業くらい真面目に受けたまえよ」と変な口調で喋りだす。
「何ですか、その喋り方…何キャラなんですか?」
何事かと、先輩を見る。そして私は吹きだした。
粘着力のある三日月型の草を髭と眉毛に張り、長細い草を前髪のように乗せ、真顔で私を見つめる龍先輩。何してんのこの人!私が笑っていても、先輩はじーっと私を見つめるだけ。シン、とした空間に真顔でふざけている先輩という画が妙に可笑しくて笑えた。
無言ヤメテ!と訴えると、先輩は手近にあった小石を拾い頭にコツンとぶつけ、頭上の雑草を振り落とした。
「教頭のマネ」
「ぶふっ!やめっ、それ、ヤバいやつ!ヅラ事件ですよね、それ、ヤバいやつ!」
日向と影山が、教頭の頭にボールをぶつけてヅラを吹き飛ばした場面を再現したらしい。その時のことを思い出した私は更に笑い転げた。やばい、腹筋が痛い!
髪のボリュームが足りなかったな!といいながら、再度同じことをしようと草を集め出す先輩に私は写メ!と言ってポケットの中のケータイを取り出し、撮影の準備をした。やばい、楽しい!
「おい、お前ら…何の話だ?俺にも聞かせてくれるか?ん?」
ぎゃあぎゃあ言いながら先輩の頭に草を乗せていると、ふいに低くドスの効いた声が聞こえた。一体誰がどこから?と二人でキョロキョロと視線を彷徨わせると、すぐ頭上の校舎の窓から大地さんがぬっと顔を出した。うっすらと額に青筋を浮かべ、にこやかに私たちを見下ろしている。
「ヅラがどうとか聞こえたんだけど……草抜きとどういう関係があるんだろうな?田中、ななし野」
「ひっ、だ、大地さん!?それは、その、あの…教頭の…」
「バ、バカななし野!なな、何でもないっす大地さん!俺たち草抜きが楽しくて楽しくて、その…ななし野だけ、ズリー!って言ったんすよ!」
「おお!…そ、そうですよ、大地さん!龍先輩がズリーって言ってたのが、ズラって聞こえたんじゃないでしょうか!?」
「…ふーん、そうかそうか。それならいいんだ、引き続き頑張れよ。……今日の部活、楽しみだな。二人とも」
龍先輩と誤魔化すように笑顔を浮かべていると、大地さんはより一層ニコニコしながら立ち去っていった。全然、誤魔化せた気がしない…。あの目は、私達を信用している目じゃなかった!
しばらく固まる私たちは、散らかった草をゴミ袋に詰めて残り僅かな昼休みを無言で草抜きに投じた。
「…ななし野…今日、部活頑張ろうな…」
「そうですね…龍先輩…」
部活終了後、連続サーブ100本をこなす龍先輩と合宿で散々磨いたボールをひたすら磨きなおす私だった。
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