少し汗ばむ昼休み。私は昨日に引き続き、中庭の隅っこで相変わらず雑草と戯れていた。もう変な虫が出てきても驚かないし、根っこから綺麗に引き抜けるようにもなった。流石に、昨日のことがあり龍先輩は冷やかしにも来ない。それはそれで寂しい。
「……」
私もそろそろ本気出す!と自分に言い聞かせ、真面目にスピーディーに作業をする。そのおかげで長かったこの草抜きもようやく終わりを迎えた。ごみ袋に詰めた雑草を眺めて、額に浮かぶ汗の粒を拭う。今日も草は緑だ…すばらしい。パンパンに膨らんだごみ袋の口を何とか結び、伸びをする。ずっと下を向いていたから背中が小さく鳴った。
「あぶなーーい!」
「ん?」
突如大声が聞こえたと思えば、後頭部に衝撃が走る。危ないって言われた?そう認識したものの、グラッと視界が歪む方が早かった。奇襲か!?と痛む頭を押さえ振り返ると、私にぶつかったのか反動でコロコロと転がるバレーボールが視界に入る。何でバレーボール?
どうやら私は誰かにボールをぶつけられたようだ。瞬時にボールがぶつかってヅラが吹き飛んだ教頭が頭に浮かんだ。あの時はコントみたいだと笑っていたけど、きっと私も端から見れば同じように滑稽なんだろう。そんなことを考えてしまった。打ち所が悪かったに違いない…。
「すみませんすみません!あの、大丈夫ですか、すみません!!って、ななし野さん?」
「…え?日向」
「よかったー、ななし野さんだったんだ!」
「いや、よくないよ!めっちゃ痛いよ、頭!」
「ご、ごめんなさいぃ!」
背後から聞きなれた声が聞こえ、その持ち主を探す。顔を青くした日向がこちらに走ってきて、必死に謝っていた。そしてボールをぶつけた相手が私だと分かると、あからさまにホッとした顔になる。よかった!と言う日向にどういう意味?と詰め寄ると、また青い顔になった。本当に日向は考えてることが顔に出る。
「ぷっ、日向びびりすぎ!」
「だ、だってななし野さんスッゲー怖い顔してた…!おれがボールぶつけたから仕返しとかされるのかなって思って…!」
「ちょっと、日向は私を何だと思ってるの?まあ、日向の後頭部にサーブ決めてもいいなら許すけど」
「エッ?!え、あ、うぅ…ドウゾ」
「いや、冗談だって、私が本気でそんなことするわけないじゃん!」
目をキョロキョロさせながら私に背を向け、か細い声で痛くしないでよ!と言う日向に、私は慌てて弁解する。まさか本気にとられるとは!日向は、冗談だと聞いて目を丸くした。純粋なのかアホなのか、それとも私が本当に仕返しするような人間だと思われているのか。
「冗談かよー」と唇を尖らせる日向。もしかしてからかわれていたのは私の方だったんじゃ?じっと、見つめると日向は目をぱちくりとして首を傾げていた。それはなさそうだ。
「仕返しはしないけど、他の人にぶつけないようにしなよ」
そう言いながら私は足元に転がっているバレーボールを日向に渡した。日向はありがとうと言いながら、私に「何してるの?」と問いかけてくる。クラスも違うし、普段から部活外では交流も少ないため私がこの一週間地味に雑草を抜いていたことを知らなかったらしい。そんな日向からしたら、お昼休みに中庭の隅っこに一人で居る私が謎のようだった。
私がことのあらましを伝えると、ふーんという言葉が返ってくる。あんまり興味ないな、日向。
「日向は、バレーの練習?」
「うん。この辺は人も少ないし壁も使えるから一人でも練習しやすいんだ」
「そうなんだ。練習熱心だね!」
「そうかな?おれバレー大好きだから全然苦じゃない!むしろ楽しいよ!それに、試合は絶対勝ちたいから」
日向は手に持ったバレーボールを見つめて真剣な顔で呟く。一瞬、空気がピリッと震えるような感覚に襲われ、思わず日向を見つめた。日向は既にいつもの明るい調子に戻っていて、普段と違う様子はない。何だったんだろう、今の。私の見間違いかな。
「あ、そうだ!ななし野さん、もしよかったら練習付き合ってくれない?トス上げて欲しいんだけど!」
「えっ、トス?私が、日向に?練習は全然付き合うけど… 」
「エッ?うん、ななし野さんがおれに。今日は練習付き合ってくれる友達がいなくて一人でさー…ななし野さんバレー出来るよね!?」
「出来るっていっても体育レベルだからね…期待しないでよ?影山レベルを想像しないでよ!?」
「影山レベル?ヤッター!これでスパイクの練習もできる!ありがとうななし野さん!!」
「ちょ、誤解してる!誤解してるって、日向」
最後まで聞けよ!と言うも、全く聞いていなかった。最早頭の中はバレー一色。私が発した"影山レベル"の部分だけ聞き取って目をキラキラさせている。例え天地がひっくり返っても私があんな神業繰り出せるわけがないのに。
「じゃあ、行くよー!」
日向はそう言いながらボールを投げてきた。待って、心の準備が!容赦なく放り投げられたボールを目の前に、慌てて打ち返す。体育の授業以外でバレーボールをするなんて久しぶりだ。腕がじーんとした。小さい頃は、徹ちゃんや岩ちゃんに教えてもらったなぁ。結局、上手く出来なくて二人みたいに熱心に練習することはなかったけど。
「ななし野さん、トス!おれにトスくれ!」
「と、トス?え、トス?えーっと、顔の前で三角を…」
しばらく緩いラリーを続けていると、満足出来なかったのか日向がトスを要求してきた。いきなりのことに私は焦る。トスってどうやるんだっけ?実践で私が誰かにボールを上げることなんて皆無だ。大体レシーブで失敗するか調子に乗ってスパイカーやってみたりするか…。
影山や徹ちゃんのようには出来そうもないけど、とりあえず見よう見まねで日向にトスを上げた。案の定、ヘロヘロと力なくあがったボールでもそれなりに高さはある。打ちにくいボールを上げてしまった。
「ごめん、日向!ミスった!」
私の失敗したトスでも日向はいつものように驚異的なジャンプ力を披露してボールを地面に叩きつけた。目の前で人が飛ぶというのは、思った以上にビックリする。プラス常人以上の跳躍力。凄い迫力だ。
近距離から打ち付けられたボールが私の体を横切る。速すぎて対応できず、固まった。プチ神業速攻を体感した気分だ!「おお!」と小さく感嘆の声が漏れた。そして、後ろでボシュッというボールが地面に当たる音がする。
…ボシュ?
嫌な予感がして、オイルの切れたロボットみたいにギギギと首を後ろに向ける。
「うーん、やっぱネットがないとやりづらい……」
「あーー!」
「ひぃっ!?なな何?どうしたの、ななし野さん!」
「うそだろ……そんな!残酷な…!」
目の前に広がる光景に絶句する私を、日向が不思議そうに覗き込んでくる。そして私の顔を見た途端、ひっ!と軽い悲鳴を上げて後ずさった。そこまで、凄い顔してるのかな私は…。頭の片隅でショックを受けながらも起きてしまった事実を受け入れるしかない。ゆらゆらとボールの転がる方へ歩みだした私に、日向も事態を把握したようだ。
「あっ、草がぐちゃぐちゃに!ごごごめん、おれっ!わざとじゃないんだけど…その、あのっ、ごめん!」
「うん、分かってるよ、うん、分かってる。日向は悪くないよ、それは分かってるんだけど…もう緑色を見たくない」
この一週間と三日間。綺麗に無駄なく圧縮されごみ袋に詰め込んだ雑草はボールがぶつかった衝撃で外に飛び散っていた。あわあわと焦る日向と、好き勝手な方向に散らばる緑色の草を見てげんなりする私。数十分前まで素晴らしい緑だと思っていたのが嘘のようだ。
「ごごごめん、ななし野さん!おれもちゃんと手伝うから…」
「うん、ありがとう。お願いする」
「目が、目が死んでる……!」
日向に手伝ってもらいながら、ごみ袋に雑草を詰めなおして行く。本当は袋に残った分だけ焼却炉に持っていきたいけど、次の休み時間に担任に見せることになっているためそうもいかない。少ないとサボったと思われそうだ。それは嫌だし…その一心で作業をして、何とか元通りふくよかなごみ袋になった。よかった。疲れたけどよかった。
何だか気が抜けた私は「あー」といいながら座り込み、校舎にもたれ掛かる。見上げた空は快晴で、太陽が眩しかった。日向もバレーボールを手に私の隣に座る。オレンジ色の髪の毛はキラキラと日の光が反射して綺麗だ。いつも騒がしいイメージの日向は、今は何も喋らずにじーっとボールを見つめていた。そしてすぐにソワソワと落ち着きがなくなる。
「どうしたの?日向」
「…もうすぐ大会なんだなぁーって思ったら、じっとしてるのがもったいないって思って…おれ、影山がいないと試合に出してもらえないし。早く上手くなって、どんなトスでも打てるエースになりたい」
「…日向」
「授業も全部体育でさ、バレーの授業だったらいいのになぁ。そしたら学校ももっと楽しくなるし、バレーも上手くなるじゃん!」
「…それは嫌だよ」
そんな朝から晩までバレーだなんて、日向と影山以外誰も望まないよ。想像しただけでどっと疲れる。見てるだけでいいなら大歓迎だけど。ボールを手でくるくると回す日向にそう告げると、信じられない!という顔になった。
「ね、ななし野さん!もっかい、トスあげて!」
ついに耐えきれなくなったのか、立ち上がりボールを投げて寄越す日向。相変わらず体力が凄い。そう言えば、毎日自転車で山を越えて来てるらしいし逞しいハズだ。選手がこんなに頑張っているんだから、たまには私もマネージャーらしく役に立たなければ。
「よっしゃー!私のスパルタ練習についてくるがよい日向よ!まずはレシーブ!」
「うおー!何かよく分かんないけど監督っぽい!おなシャース!ななし野監督!」
「かっ!監督…!日向もっかい言って!」
「エッ?えーと、ななし野監督!」
あ、この感じとても楽しい。龍先輩が先輩と呼べと言っていたことがよく分かった。一気にやる気が出てきた私は日向にトスを上げる。
「日向ー!反応が遅いぞ、踏み込み早く!」
「オース!」
調子に乗って監督ごっこをしていると、本日2度目のスパイクがごみ袋に直撃したのだった…。何事もやりすぎは良くない。
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