「よし、俺からは以上だ。今日はよく休めよ」
「ハイ!」
IH予選を明日に控え、コンディションも抜群で部活を終えた。流石にこの後の自主練は禁止されている。もし何かあって明日からの試合に支障をきたしてはいけないし。コーチの言葉を最後に、大地さんが切り上げるため言葉を発したところで武ちゃん先生がそれを制した。そして、「清水さんから!」と言う言葉に師匠たちが反応する。大地さんも予想外のことにハテナマークを浮かべていた。
「激励とか、そういうの…得意じゃないので…」
「?」
少し頬を染めながら呟いた潔子さんは、ゴソゴソと紙袋の中から黒い布を取り出す。あれは、合宿の時に見つけた例の横断幕だ!潔子さんが一人で修繕してくれたそれが完成したみたい。事情を知らないみんなは、その光景をただじっと見つめていた。そして、潔子さんは武ちゃん先生と一緒に二階に上がると、二人で布を広げ準備を進める。全く事情をのみ込めていないみんなの「なんだなんだ?」と期待に満ちた声が体育館に木霊した。
「君、何でそんなニヤニヤしてんの?」
「エッ、してないよ!してない、ニヤニヤなんてしてないよ」
「本当白々しい反応。あれが何なのか知ってるんだ?」
「エッ?な、な、知らないし!知らない」
「あれ、横断幕でしょ」
「っ?!」
この潔子さんの素敵なサプライズに皆どんな反応をするんだろう?とワクワクしながら見ているとツッキーが私にそう問いかけてくる。自分でもニヤニヤしていたのは認めるけど、何故バレたのか分からず驚きに思わず大声を上げそうになった。声にならない悲鳴を飲み込んで、聞こえていないか周囲を見渡してホッとする。よかった、みんな気づいていない。
それにしてもツッキーは何で分かったんだろう。小声でそう聞くと、少し屈んで目線を合わせてくれた。一応、ツッキーも気を使っているのか小声だった。
「見たら分かるよね。このタイミングだし」
「まじかよ、ツッキーの洞察力なめてた」
「それ関係ないと思うんだけど」
ツッキーがボソッと呟くとその後すぐに、武ちゃん先生の「せーの!」という掛け声が聞こえて視線を戻した。刹那、横断幕がバサッと豪快に手すりに引っ掛けられ"飛べ"の2文字が目に飛び込んでくる。綺麗に広げられたものを見るのは初めてで、鳥肌が立った。横断幕の存在を初めて知ったみんなも、声をあげるのも忘れて魅入っている。
ツッキーはやっぱりという表情だったけど「結構いいんじゃない」と感心したようだった。私は何もしてないのに誇らしげな気分になる。ツッキーの脇腹をツンツンすると「痛いんだけど」とドスッと重い反撃が脇腹にヒットした。これは…地味に効いた…。
「こんなのあったんだ!」
「掃除してたら見つけたから綺麗にした」
「うおお!!燃えてきたァァ!!」
「さすが潔子さん良い仕事するっス!」
スガさんが少し興奮気味に言うと、潔子さんが簡潔に答える。横断幕を見つけた時、あんなにみんなのことを思っていたのを知っている私にはなんだかもどかしく感じた。潔子さんがどんな気持ちで横断幕を修繕したのか、他のみんなにも知って欲しい。でも本人じゃないしな、とどうすべきか悩んでいると龍先輩とノヤさんが大興奮で締めようとする声に思考を遮られた。そして、大地さんが小声で二人を制すと体育館に静寂が訪れる。そのシンとした空間に、潔子さんの澄んだ声はよく通った。
「がんばれ」
頬を染めながら恥ずかしそうに一言。激励の言葉を言い終えた潔子さんはタタッと皆の前から姿を消すために走り去る。一瞬、何が起きたのか分からなくて全員が固まっていた。今のは、反則だ…!!心臓持っていかれるかと思った。だって普段クールビューティーな潔子さんが照れながらあんな風に応援してくれるなんて、女でも惚れる。一生懸命梯子を降りてくる後ろ姿ですら可愛すぎた。
私でこんなんだから男性陣(特に師匠たち)はどうなるんだ。そう思って未だに固まっている先輩たちを見ると、その目にぶわっと涙が溢れた。
「!?」
「エッ、泣いてる!?先輩たちが泣いた!」
「清水っ!こんなのハジメテッ」
同じように驚いている日向と影山二人と顔を見合わせていると、大地さんが腕を目に当てながら感激していた。その横でスガさんと旭さんもだばーっと涙を流している。そして何だか静かだなと思ったら、こんな時真っ先に雄叫びを上げそうな師匠たちが全く騒いでいないことに気づく。不思議に思って二人を見ると、声も出さずに涙を流していた。潔子さんの威力恐るべし!!
「うおおおん」
「うわあああん」
「ちょっと何コレ。収拾つかないんだけど!」
堰が外れたように声を上げて感動に泣く先輩たちに私たち1年生と潔子さん、先生たちもあたふたする。こんな先輩たちを見るのは初めてで、新鮮な気持ちになった。熱い!みんな、熱いっす!!と、だんだん雰囲気に呑まれた私もうっかりもらい泣きしそうになる。いいなぁ、バレー部!
「一回戦勝つぞ!!」
「うおおス!!!」
気合いも十分。今ならなんだって出来そうな勢いである。大地さんの掛け声に、全員が力強い掛け声で返した。私も、頑張って応援するぞ!
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自宅に帰り、明日の用意を済ませ部屋でケータイを触って寝るまでの時間を満喫する。一応てるてる坊主も作成済みだ。体育館で天気は関係ないけど、雨よりは晴れの方がいいし!
それにしても明日からの大会を思うとワクワクドキドキするのと同時に、嫌でも徹ちゃんと顔を合わせることになるんだと思うと少し複雑な気持ちになった。少し前に、「バリボー見てね!」というメールを貰ったきり何の音沙汰もないし、言われた通り月刊バリボーを隅から隅まで見てみたけど一体どのページの何を見ればいいのかも分からず熟読して終わった。もしかしてウシワカについて勉強しておけということだったのかもしれない。勝ち進んだら白鳥沢とはあたるだろうし、勉強にはなったような気がする。
徹ちゃん元気かな?なんて普段なら思わないのに、少し会わないだけでこんな風に考えるくらい幼なじみの存在は大きいみたいだ。メールでもしてみようかな、なんて思っていると丁度ケータイが震えた。もしかして、噂をすればなんとやら…という奴かもしれない。
「…クロ先輩?」
徹ちゃんかな、と思ってフォルダを開くとまさかのクロ先輩からだった。何だろう、と思ってメールの本文を見ると「スカイツリー」の一言と鉄塔の写メールが添付されていた。…何だコレ!もしかしなくても、私を騙そうとしている?流石にただの鉄塔とスカイツリーの違いくらい分かる。しかも、このやり取りは初めてではないから私だって学習した。これは、ただの鉄塔だ…!
クロ先輩に「宮城にもスカイツリーたくさんありますね」と返事をすると2秒後くらいに電話が掛かってきてビックリした。
『スカイツリーは東京にしかありません』
「クロ先輩、まさかそれを言うために電話を…?」
メールで事足りるというのに、シティボーイ恐るべし!と呟くと電話の向こうでクロ先輩がブフッと吹き出した。相変わらず、笑いのツボが浅い人だと思う。
『いや、これはついでだ。文字打つの面倒になった。あと、ごんべ子のせいでケータイ没収されたから文句言おうと思ってな』
「エッ?私のせいで没収!?す、すいません!」
『お前が変な写メ送ってきたせいで、授業中に吹き出して見つかったんだよ。はぁ、昨日やっと返して貰ったわー』
「ほんと、すいません。でも私もクロ先輩の写メのせいで先生に見つかって草抜きさせられましたよ!」
『ぶっひゃっひゃ!草抜きかよ!ドンマイ!』
少し前に龍先輩に言おうとして、結局言いそびれたけど実はあの草抜きが延長した理由はクロ先輩だったりする。あの合宿の後、クロ先輩とはたまにメールのやり取りをするようになったけど先輩が毎回添付してくる写メに問題があった。
最初はそれこそ鉄塔をスカイツリーといって送られてきてテレビと違う!と驚いたりした。三回目くらいに気付いた。それから定期的に鉄塔を送りつけてきたり、街で見つけた変なモノを送ってきたりするようになった。そして、この間はたまたま授業が始まってすぐにポケットにいれていたケータイを開き、見たのが間違いだった。クロ先輩の変顔ドアップだった。
「何でいきなり変顔送ってくるんですか!」
『クラスでやったらウケたから、ごんべ子にも絶対ウケると思ってな。でも、お前も変顔送り返してくるとか…プッ』
「私も先輩たちにやたら爆笑されたので変顔のお返しです。ちょっとクロ先輩、何で今笑ってるんですか」
『いや、…思い出したら…ちょっと、ブッフ!何か辛いこととかあったら、あれ見るわ…!』
電話越しに笑いを堪えるクロ先輩は、私の送った変顔の写真が余程ツボに入ったらしく思い出し笑いをしていた。変顔と言っても壮行会の時に撮った集合写真である。日向と影山と私が三人並んで白目だったので、それを写メってクロ先輩に送った次第だ。クロ先輩は、笑い疲れたのかふぅとため息を着くと急に真面目な話題を切り出した。
『そっちは明日から大会なんだろ?どーよ、マネージャーさんとしては。勝ち残れそうか?』
「もちろんですよ!全国大会で音駒と再戦するのを目標に頑張ってましたからね。私もマネージャーとして精一杯応援します。クロ先輩達も明日からですか?」
『いや、俺たちは来週からだ。勝ち残ってまた"ゴミ捨て場の決戦"やりてーな。明日、頑張れよ』
「はい、頑張ります!……みんなが!」
『お前も頑張れよ!』
クロ先輩のツッコミに、もちろん私も頑張りますよ!と返事をする。頑張るといっても応援だけど。憧れの烏野男子バレー部のマネージャーとして初の公式試合なのだから、やっぱり私も気合いは充分だ。東京は学校が多いから2校出場出来るけどその分強い所もたくさん居る。音駒はとても強かったし、勝ち残れるはず。
『急に電話して悪かったな。明日も早いからそろそろ寝るわ』
「いえ、私も楽しかったので気にしないでください!電話ありがとうございました」
『大会頑張ろうぜ、おやすみ。ごんべ子』
「おやすみなさい」
『…なんか、あれだな…』
「あれ?」
クロ先輩は何か言いかけたけど何でもないと言って電話は切れた。気になる…でも楽しかったな。クロ先輩は見た目より全然気さくで楽しくて子供っぽいところのある人だ。音駒とまた戦えることを祈って私も寝ることにしよう。
大会までの準備期間
(その日、烏野と音駒が全国大会で対戦する夢をみた)
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