「着いたー!いよいよですね、潔子さん!」
「うん、そうだね。ごんべ子ちゃん、あっちの荷物持って貰える?」
「もちろんです!」
私たち烏野高校の属するA・Bブロックの試合会場である仙台市体育館に辿りついた男子バレー部一行。今日は日向のリバースもなく、順調である。バスから居り、各々走行中に揺られて固まった体を伸ばしている。日向は目を輝かせてピョコピョコと跳ね回り、その様子を影山が呆れたように見て声を荒げていた。
いつもの二人だな…。影山に至っては、今朝あれだけ全力疾走していたにも関わらず疲れた様子など一切見えない。私は既に筋肉痛の前兆が現れはじめているというのに、これが天才と凡人の差だというのか…。いや、ただの運動不足かな…。
潔子さんと手分けして荷物を持ち、体育館の中へ向かいながらそんなことを思った。
「おい、ななし野。マネージャーが既に疲れててどうすんだ、シャキッとしろ!シャキっと」
「いだっ、コーチ…」
大地さんを先頭に、黒いジャージを身にまとった部員が後に続く。その後ろを、潔子さんと武ちゃん先生が何だか楽しそうに会話をしながら歩いていた。更に、最後尾を私が若干遅れて歩いていると烏養コーチが気づいて隣に並んだ。そしてバシっと背中を叩き渇を入れられる。痛い…。
「一人だけベンチに入れないから、落ち込んでんのか?ま、あんま気にすんなよ」
「き、気にしてません…どこに居たって、私は全力で応援するだけです!」
「おっ、何だ。落ち込んでるわけじゃなかったのか!いい心がけだ、頼むぞ応援隊長!」
「お、応援隊長…!」
「つっても隊長しかいねーけどな!」
「…最後の一言はいらなかったです、コーチ…」
がはは、と笑いながらまたしてもバシバシと背中を叩かれる。コーチなりに私を元気付けようとしてくれたんだろう。ただの筋肉疲労ですとは言いづらい。
烏養コーチは、見た目金髪オールバックでどちらかというと怖そうな印象だけど、実は熱血でちゃんとチームのことを考えてくれる良い人だ。コーチにつられて私も一緒に笑った。今日はいつものタバコの匂いも音駒の試合のときのようなラベンダーの香りもしなかった。無臭だ。
「コーチ、今日はラベンダーの匂いじゃないんですね!」
「今日は無香料だ!」
「えー、ラベンダーの匂い良かったのになぁ」
「うるせー、俺は今後無香料で行くと決めたんだ。こら、嗅ぐな!」
ムキになったように腕を組み、そう言ったコーチに私は「子供みたい!」と声を上げて笑ってしまった。バツが悪そうにもう一度うるせーというコーチが何だか可愛く見える。いつまでもニヤニヤしている私に、コーチは「何か悔しい…」と呟くのだった。
「烏野の"アズマネ"…!!」
体育館の玄関ロビーの中に入れば、私たちの団体は何故か注目を浴びていた。前の方からは、他校生の畏怖の混じった声が聞こえる。何だろう、何か揉め事かな?と思ったけどどうやらそうではなかったらしい。続いて、「おいあれ見ろ!かわいっ」という声が聞こえて思わず反応する。頬を染めた他校生の言葉と視線に、私は少し緊張した。え、こっち見てない?うそだ、初めてそんなこと言われてどうやっても気取った態度になってしまう。そうか、私って実はモテるのかも?!と内心でガッツポーズを取ると、隣に居たコーチが「ぶはっ!」とお腹を抱えて吹き出した。
「お、お前、よく見ろ!ブッフ、勘違いは、誰にでもあるけども…!」
「?」
突然どうしたんだ!と心配になってコーチを見ると、震える指先で先程私のことを(多分)噂していた他校生を指差した。相変わらず私を見ずに震えているコーチを不思議に思い、視線をそちらに向ける。あれ?可笑しい。目が合わない。その他校生の視線を辿るとその先には、私の憧れてやまない潔子さんが武ちゃん先生に笑顔を見せていた。…うん、可愛い…ここに居る誰よりも可愛い。
「…コーチ…、このことは…」
「ブッフ!…ま、ななし野の名誉にかけて、黙っといてやるから…くくく」
「ち、ちくしょー!」
夢くらい見させろ!私だって一回くらい知らない人から可愛いとか美人とか言われてみたかったんだ!最早、恥ずかしいという感情すら沸かない。いっそ開き直った方が楽かもしれない。そう悟った私は、潔子さんをじろじろ見る他校生から威嚇して守ろうとしている師匠たちに混じろうと駆け出した。そうだ、私は恋愛にうつつを抜かしているわけにはいかないんだ!そう言い聞かせて…。
「ぐえっ」
「ななし野ちゃんは行かなくていーから、大人しくしてな」
「うう、スガさん…やっぱり私の扱い雑…!」
「そんなことないって。ほら、他の学校も居るし」
「うぐ、大丈夫!私は眼中にないですから!」
「?」
潔子さんの周りをぐるぐる回る師匠たちの元には辿りつけず、私はスガさんに襟元を掴まれ立ち止まっていた。一瞬首が絞まって死ぬかと思ったけど、命に別状はない。潔子さんに頭を叩かれてほわほわといている師匠たちを見て、少し羨ましく思った。いいなぁ、美人に頭を叩かれたら美人にならないかな…。
「じゃあ、俺たちは一足先にコート行っとくから後は頼んだぞ、主将」
「はい!」
顧問やコーチ、マネージャーは、選手登録や色々な手続きをするために一旦選手たちとは別れることになった。コーチの言葉に、大地さんが頷くと着替えるために歩き出す。そして私は一人、観客席に向かった。潔子さんから渡された横断幕を手すりに掛けるためだ。色んな高校の選手とすれ違いながら、私は意気揚々と目的地まで向かった。
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「しまった…迷った…」
横断幕を無事に設置し終わり、いざみんなの元へ向かおうと廊下に出てきたものの見知った黒いジャージの軍団は見当たらない。まだ、みんなは着替えているはずだけど一体どこで?確認することも忘れていた上に、つい好奇心で色んな選手を見てみようとしたのが間違いだった。
大きい選手から、真新しいジャージに身を包んだ垢抜けない生徒、可愛らしいマネージャーや制服に身を包んだ応援の生徒、父兄の方たち。キョロキョロとしていたらすっかり見知らぬ場所に来てしまった。最悪、コートの方に行けばいいか…と焦るのは辞めて、再び歩みを進める。何か、歩き回ったら暑くなってきたな。上のジャージを脱ぎ、腰に巻いておくと幾らか涼しくなった。
「なんだよ?」
「ちょっと、中学ん時のこと思い出してさ…」
あ!と声を上げて慌てて口を手で覆う。廊下の曲がり角で、大地さんの姿を見つけて駆け寄ろうとしたけど思いとどまった。大地さんの隣には、知らない人が居る。背中には"常波"とかかれていた。
常波高校といえば、我が烏野高校の初戦の相手校である。もしかして、そこの生徒と知り合いでお互いに「負けないからな!」という言葉でも交わしているのだろうか?うわあ、いいなぁ!青春っぽいなぁ。
邪魔しちゃ悪いかな、と角からじっと二人の姿を見つめる。何話してるんだろう。やっぱり、私が妄想していたような会話なのかな。気になるけど、今入っていける空気でもない。でも大地さんに着いていけばみんなのところにも辿りつけるのでは…。
どうしたものかと、覗きながら考えていると誰かに肩をつんつんとつつかれた。
「はい?……!」
「…」
誰だろう、と振り返り固まる。視界には白をベースに緑の襟や文字が目立つジャージが飛び込んできた。見上げれば、眉毛のない巨体の男の人がじっと私を見下ろしている。真一文字に結ばれた口と細目の鋭い視線が、怖い顔の銅像を連想させた。
ビックリしすぎて声も出ない。やばい、私何かしたかな?邪魔?何も言わずひたすら私を見るその人に私は動けなかった。とりあえず、掠れた声で「すみません…?」と謝ると眉ナシの人はブンブンと首を横に振る。福永さんも無口だったけど、この人も無口なのかな?それとも、凄く怒ってる?
「…肘」
「エッ!?ひ、ひじ…!?え?」
唐突にそう言われて慌てて自分の肘を探す。あれ、肘ってどこだっけ?膝と違うっけ?とテンパって膝を見る私に、眉ナシさんは「…そこ膝…」と小さく呟く。私も「で、ですよねー」と小さく返すと、すっと左手を持ち上げられてドキリと心臓が跳ねた。な、何だ何だ?私が戸惑っていると、眉ナシさんは私の左肘を指差した。
「肘…」
「…あ、ありがとうございます」
「……」
どうやら肘の場所を教えてくれたらしい。正直、冷静になった私はどう反応していいか分からず御礼を言うことしか出来なかった。周りはざわざわと煩いのに、私と眉ナシさんの周囲だけ妙な沈黙が流れている。そして何で肘…?
眉ナシさんは私の手を持ち上げたまま、ごそごそとジャージのポケットを探った。そして絆創膏を取り出し、私の掌の上に乗せる。ちょこんと乗ったシンプルな茶色い絆創膏に私はハテナマークを浮かべた。
「え?」
何が何だか分からず、首をかしげているともう一度眉ナシさんは私の肘を指差した。その指先を辿って覗き込む。少しだけ擦り傷が出来ていて、既にカサブタになっていた。もしかして、朝転んで肘を強打した時に出来たのかもしれない。痛くもないし、全く気づかなかった。
私はハッとして眉ナシさんを見上げると、言いたいことが伝わったのか今度は首を縦にブンブンと振る。
「…ぷっ」
「?」
さっきまででっかくて怖い人だと思っていた自分が恥ずかしい。人は見かけによらないとはよく言ったもので、この人中身はとても親切なんだなと思った。こんなちっぽけな治りかけの傷に、わざわざ絆創膏をくれる人なんて早々居ない。しかも、初対面の他校生に。私が、少し笑ってありがとうございますと言うと、眉ナシさんはちょっとだけ嬉しそうにコクンと頷いた。
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