「あー!青根が女子をナンパしてる!」
「!?」
「しかも烏野だし!」
不意に聞こえた冷やかすような声に眉ナシさんはボンッと顔を赤くして慌てて私の手を離した。そして近づいてくる声の主に向かって怖い顔で首をブンブンと横に振っている。心優しい眉ナシさんは青根さんという名前のようだ。
からかわれて困惑している青根さんと、急に表れたもう一人のゆるい七三分けの人のやりとりを黙って見つめる。同じユニフォームを着ているし、おそらくチームメイトな二人の間に口を挟む勇気はない。青根さんに貰った絆創膏を手に、立ち去るべきかどうか考えていると七三の人と目が合った。悪戯っぽい笑みを浮かべるその人に、私はとりあえず頭を下げる。挨拶大事。
「ねー、君って烏野のマネ?三ヶ月前にも居たっけ?烏野マネってもっと美人じゃなかった?」
「うぐ…それは先輩マネージャーです!…私は、1年なので三ヶ月前はまだ居なかったです」
「ふーん、どうりで見覚えないと思った!」
失礼な!地味に傷つきつつ、悪気はなさそうなその人に私はとりあえず言葉を返す。青根さんが私を気遣ってか、ペコリと頭を下げてくれた。
そんな青根さんの態度に私は温かい気持ちになって、七三の人の言葉にも寛容になれる。きっと、この人も言葉選びが下手なだけで根はいい人に違いない!そう思いたい……。
「あ、それより青根に何てくどかれたの?俺たち工業だから女子少なくて…いたっ」
楽しそうに聞いてくる七三の人に、青根さんが怒ったように肩を掴む。どう考えても冗談で言っているようにしか思えない口調に、私も反応に困ってしまった。冗談で返す程親しくもないし、相手の性格も分からない。だからといって、真面目に返すには私のキャパが足りない。だから青根さんが、止めに入ってくれたのは有り難かった。
七三の人が観念したのか、ジョーダンと言うと青根さんがまたしてもペコリと頭を下げてくれた。全然気にしてなんかいないから、何だかこっちも申し訳なくなってくるな…。慌てて、そのことを伝えると青根さんのユニフォームに"伊達工業"の文字が見えた。あれ、伊達工業って…あの?
「伊達…え!伊達工業!?青根さんたち、伊達工なんですか?!」
「え、今更…?」
七三の人がそういうと、青根さんも同じような顔をしていた。自分でも今まで全然気づかなかったことに驚愕だ…。よく見たら割と目立つところに書いてあるし。
伊達工業といえば、旭さんが部を去るキッカケになったところである。伊達工に徹底的にブロックされ、エースとしての自信を失った。そして、トスを呼べなくなったことでノヤさんとギクシャクし…挙句、二人とも部活動を離れたと旭さんが以前教えてくれた。まさか、二人が先輩たちの因縁の相手だったとは。私が動揺していると、面白そうに七三の人が笑う。
「今回は君に鉄壁の凄さ見せてあげよっか。俺、二口ね、覚えなくてもいいけど」
「もう覚えました!もう忘れません。青根さんと二口さん。私はななし野です」
「ふーん。…何だよ青根?ああ、もう時間か」
二口と名乗った七三の人はどこか挑戦的な笑みを浮かべている。そんな二口さんの肩に青根さんが手を乗せると、近くの壁にかかっていた時計を指差した。そろそろウォームアップの時間だ。
二口さんは「じゃ」と言って歩き出し、青根さんはペコリと頭を下げるとその後を追った。直接言われたわけではないけど、何だか烏野はまた負けると言われたみたいで悔しい。旭さんもノヤさんもきっと三ヶ月前とは違う。私はその時まだ入学してすらいなかったけど、部に復帰してからの頑張っている姿を知っている。
「烏野は強いです!鉄壁だろうが要塞だろうがぶち破ってみせます!絶っ対!!負けませんから!」
伊達工の二人の背中に向かってそう言うと、二人は振り返り目を丸くした。そして、ニヤリと笑うとそのまま立ち去っていく。そこまで大声ではなかったものの、注目を浴びるには充分だったようで視線が痛い。
でも、言ってやったぞ!と満足して、さっき大地さんが居た方に足を向ける。そっちに行けばみんなも居るだろうし、そろそろドリンクなどの試合の準備もしなければならない。妙に清々しい気分で走り出すと、視界に黒いジャージが見えてすぐに立ち止まった。
「だ、大地さん!?」
「…ななし野」
「な、なんでしょ…あ、その、き、聞こえてました?」
「バッチリな」
腕組みをして、壁に凭れ掛かっている大地さん。やべえ、怒られる!と身構えると険しい顔が徐々に薄れていく。どうやら怒っているわけではないらしい。さっき、伊達工の人たちに少年漫画の主人公みたいなことを言ってしまったので、余計なことをするなと咎められるかと思っていた。
大地さんは何も言わず、時間がおしてるからと歩き出す。私もその後に続いた。いつも怒られているせいで、逆に怒られない方が恐いのは何故だろう…。
「あの…大地さん、すみませんでした…」
「ん?何がだ?」
「試合の準備もせずに、試合会場で迷った挙句…伊達工の人たちに、勝手に喧嘩を売るようなことを言ってしまって…」
「その言い方だと、怒って欲しいように聞こえるんだが…」
「いえ、決して!怒らないでほしいです!」
「…はは、素直だな」
大地さんは、そんな私の態度に苦笑いする。そして、「まあ、向こうにも喧嘩売られたしなぁ」と呟いた。何かあったのだろうか?私が首を傾げて聞いていいものか考えあぐねていると、大地さんが気づいて簡単に説明してくれた。
私たちがコートの方へ行った後、丁度伊達工に出くわし、青根さんが旭さんを"ロックオン"して、二口さんに「今回も覚悟しといてくださいね」と言われたらしい。ちょっと、ロックオンの意味は分からないけど、何か凄そうなイメージだな。でも大地さんはそれについて特に何も教えてくれなかったので私も言及することは出来なかった。
「当の旭は、目を逸らさないことだけで精一杯だったからな…ななし野が言い返してくれたのはちょっとスッキリしたよ」
「まじすか!」
「ななし野の言葉を嘘にしないためにも、負けるわけにはいかないよな」
「…!わ、私も応援頑張りますので、伊達工にリベンジしましょうね!」
「おっ、頼もしい!」
大地さんの言葉に私は嬉しくなって、ガッツポーズをとってみせる。大地さんは、さすが主将というだけあってチームメイトの気持ちを上げる言葉を使うのが上手いと思った。
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試合開始25分前。合同練習を始める選手たちがコートに集まっていた。私も公式ウォームアップが始まるまでは、マネージャーらしく練習を手伝っている。ちなみに、今日はさほど緊張していないように見える日向の後ろで飛んできたボールを拾っていた。
チラ、と他のコートを見ると、他校の選手たちも試合前の最後の練習に勤しんでいた。みんな、今日のために頑張ってきたんだなと思うと何とも言い難い高揚感がせり上がってくる。
「あ!らっきょヘッド!」
日向が上を見てそう叫んだので私もつられて観客席を見上げると、懐かしい頭が見えた。金田一だ!らっきょヘッドと言われた彼は、誰のことか分からずにハテナマークを浮かべていた。遠めに見るとシルエットがまさにらっきょうだ!そんな金田一に手を振ると、未だに首を傾げながらも控えめに振り返してくれた。
隣の国見は、そんな金田一を見てプッと吹き出している。国見も金田一も練習試合以来だけど元気そうだ。中学の頃も割と仲良くしてくれていたし、また遊びに行ったりしたいなーと思った。
「やっほー!トビオちゃんチビちゃん!元気に変人コンビやってるー?」
「大王様っ…!」
妙に懐かしく思える声と、軽い台詞に私はボールを持ったまま固まる。今日も爽やかな顔でピースを決めてバッチリ岩ちゃんの顔に被らせていた。下から見ると、丁度目潰しみたいになっている。わざとなのかそうじゃないのかは分からないけど、ムカついた岩ちゃんに思い切り手を叩かれていた。
相変わらず、あの二人は仲が良いのか悪いのか。長年幼馴染として関わってきた私にもよく分からない。喧嘩も多いし、性格も全然違うけど、バレーをしている時の二人は本当に息ピッタリだ。
青城の登場に周囲から「青葉城西だ…」「及川だ!」という声が聞こえ、注目を集めていた。こういうところを見ると、徹ちゃん達って本当に凄いんだな、と改めて思う。
「…」
「…」
そういえば、いつものように徹ちゃんが絡んでこない。あれ、目も合わない?向こうもちょっと気まずくて避けているんだろうか。だとしたら、悲しい気もする。…そう思って、徹ちゃんを何となく眺めていると突然パチッ、と目が合った。
どうしよう、手を振った方がいいのかな?それとも軽く会釈くらいの方がいい?
少し会わない間にどうやって接していたのかすっかり忘れてしまった。しかも、ここは色んな人がいるから下手な態度は取れないというプレッシャーもある。
私がどうしようと内心テンパっていることはお見通しなのか、徹ちゃんは目を細めて笑うだけだった。
いつものヘラッとした笑顔でもなく、悪いことを考えているときのような冷笑でもない。文字通り目を細めて、少しだけ口角が上がっているだけ。果たしてそれが笑みなのかさえも分からなかったけど微笑む、という言葉が一番しっくりくるような気がした。
「ななし野」
「え?」
ぐいとジャージの裾を引っ張られ、現実に引き戻される。あんな顔をする徹ちゃんを見た記憶がなかったため、目が逸らせなかった。
練習中だということを思い出し、焦って振り返れば何とも言えない複雑そうな顔の影山が私を見下ろしていた。
珍しく弱気な表情に、一瞬具合でも悪いのかと思ったけどそうではないらしい。「よそみすんな、ボゲ…」と呟いた影山は、まだ何か言いたげだったけどそのまま練習に戻っていった。あんな顔の影山も初めてみた。
「キャプテン!」
公式ウォームアップ開始の合図で、キャプテンが審判のもとへと向かう。それにあわせて私も、二階の観客席に移動する。
何だか徹ちゃんも影山も、私の知らない人みたいだったな。でも、今は試合の応援に集中するべきだ。と、私は思考を切り変えた。
IH予選開始
(試合開始まであと10分)
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