VS常波

「あっ!」

二階の観客席まで辿りついた私の第一声は、自分でも驚く程辺りに響いた。下のコートから公式ウォーミングアップでみんなの掛け声が絶えず飛び交っているにも関わらず、である。
周囲の人たちの視線が一斉に私に向けられ、慌てて口を押さえたものの何の意味も成さなかった。既に見知った顔は私をとらえている。恥ずかしいやら気まずいやら、言葉を発することも出来ずにただ曖昧に笑っておいた。

「ななし野じゃん」

声をかけてきたのは国見だった。その横には金田一も居て、更に青城メンバーも勢ぞろいしている。その中でも特に徹ちゃんから凄く見られている気がして、私はとにかく一番近い国見と金田一に意識を集中した。
待って待って、心の準備が出来てない!まさか、こんなに早く対面することになるなんて一体誰が予想したというのだろう。何だか前にもこんな展開あったな…!と一人モヤモヤが止まらない。口を閉ざして徹ちゃんの視線を避けるように国見と金田一を凝視していると、二人から「こえーよ」と言われてしまった。

「あ、ごめんごめん!で、何だっけ?髪切った?」
「いや、まだ何も言ってないけど…髪も切ってないし」
「お前、マジで大丈夫かよ」

少し前の練習試合で勝ったとはいえ、やっぱり他の青城メンバーを見ると凄い存在感を感じた。徹ちゃんの視線も痛いほど突き刺さっているし、ダブルで緊張する。焦った末に自分でも意味不明なことを口走り、二人にはかなり本気で心配されてしまった。うん、私も反対の立場だったら心配するかも…頭の。

「国見たちは何でここにいるの?」
「だって俺ら、観戦だし」

そうか、それもそうだ。ここは応援する人が座る場所だから、試合のない青城メンバーがいるのは至極当然のことだった。たまたま同じところを陣取ってしまったようだ。
国見の返答に納得すると、今度は金田一が口を開く。近くでみると、相変わらず長いなぁ。ただでさえ長身なのに立てた髪型のせいで長さが強調されているようだ。と、無駄な分析をしてみた。

「逆に何でお前はここに居るんだ?」
「…金田一よ、それは私が応援隊長だからだよ」
「何だ?応援隊長って」
「さあ?でも、ななし野一人しか居ないよね」

よくぞ聞いてくれた!と、少し得意気に答えれば生暖かい視線を頂いた。もっと、こう、すげー!みたいな反応をしてくれると有り難かったんだけど…。
金田一に小学生を見るような目を向けられ、妙に恥ずかしくなってきた。案の上、「小学生みたいだな」とハッキリ言われて私は「そんなことないもん!」とまさにザ・小学生!のような返答しか出来なくて泣きたくなる。もっとバラエティ番組でリアクション芸人と呼ばれる人たちを研究しようかな…。
そんな私を見て、金田一の後ろに居た岩ちゃんがプッと小さく吹き出したのを見逃さなかった。今日笑われてばっかりじゃないか…!朝からの自分の失態を思い出して羞恥にぷるぷると震えていると、ニュッと私の顔を覗き込むようにして現れた幼馴染。突如、視界いっぱいに広がる顔に心臓が止まりそうだ。ちょ、待てよ!とキムタコの台詞が脳内再生される程に、軽くパニックである。

「あっれー?ごんべ子、あんなに烏野マネになって応援するって言ってたのに、もしかしてベンチ入りも出来なかったのー?ウケるんだけど」
「…オイカワトオル!」
「何でフルネーム?応援ボッチとか寂しいね!及川さんが一緒に応援してあげようか?」
「……!」
「え、何々無視?傷つくなー」

思わずバッと距離をとる。徹ちゃんは体制を元に戻すと意地悪な笑みを浮かべていた。
さっきからずっと見られているのは知っていた。あんなに見つめられるとどうしていいか分からなくて気づかないフリをしていた。
だって、また知らない顔をする徹ちゃんを見るのが恐い。今まで培ってきた関係も、私が知っている徹ちゃんも、全部崩れてしまいそうな気がする。
明らかに目を合わせない私に、痺れを切らした徹ちゃんはついに話しかけてきたものの若干のイラつきを感じさせる声音だった。きっと普段の私ならムッとして言い返していただろう。でも、言葉が喉につかえて何も言い返せなかった。
それに今は他の人も居るし、ちょっと気にしていたことを言われたというのもある。徹ちゃんだって本気で言っているんじゃないということは分かっているんだから、私こそ軽く流せばいいのに…。今、何を言ってもどんな態度をとっても徹ちゃんを傷つけるんじゃないかと不安で堪らない。いや、本当は私自身が嫌われて傷つくのが恐いのかも。

「及川、やめとけよ」
「えー、だって面白いじゃん」

流石に様子が可笑しいと思ったのか岩ちゃんが徹ちゃんを止めに入る。それでも茶化すような態度を取り続ける徹ちゃんは、一体どんな気持ちなんだろう。わざと怒らせるようなことを言って私が気を遣わないようにしているのか。それとも単純にからかっているだけなんだろうか。幼馴染ってどんな風に振る舞えばいいんだっけ。食い入るように見つめてくる徹ちゃんの視線が痛い。強張った笑みしか浮かべられない自分に腹が立つ。

「ごんべ子、あんまり気にすんなよ。クソ川は相手にしなくていいから」
「ヒドイ岩ちゃん!」
「わかった…」
「ごんべ子もヒドイ!」

助け舟を出してくれたのか、岩ちゃんの言葉に私はホッとした。もしかしたら私が泣いてしまうと思ったのかもしれない。でも、これじゃあ影山の時と同じだ。
どうしていいか分からなくなったら逃げてしまう。影山を傷つけて凄く反省したのに、今度は徹ちゃんにも同じことするの?大切な幼馴染みを失ってしまうかもと思えば思う程、心が重くなっていった。
今日は試合の応援に来ているのだから、試合に集中しなければいけないのにいつまでもウジウジ悩むわけにはいかない。周囲の視線も私たちに集まってきているので私は岩ちゃんの言葉に従った。

「ななし野、及川さんと何かあったんだ?」
「エッ!ちょ、な、なにも!え?」
「分かりやすすぎ」
「なっ、エスパー?エスパー国見なの?!」
「…」

岩ちゃんにわーわーと言い返している徹ちゃんが私から離れたことを確認して、こそっと耳打ちしてくる国見。その言葉に、自分でも驚くぐらいどもってしまった。人って嘘をつくと視線が泳ぐんだな…私だけかもしれないけど…。とにかくヤベェ!マジヤベェ!と焦る私とは反対に国見は真顔だ。そんな国見を前にすると自然と私も落ち着かねばという気持ちになるのは何故だろう。

「及川さん、ここ最近ちょっと元気なさそうに見えたし…部活中はいつも通りだったから気のせいかと思ってたけど、ななし野があからさますぎて確信した」
「まじ?」
「うん」
「…徹ちゃん、やっぱり気にしてないフリしてたんだ…」
「その辺はあんまり分からないけど、早いとこ仲直りしたら?」

喧嘩したわけではない。これは、私が勝手に振ってしまったことを気にしすぎてこじらせているだけだ。国見なら相談に乗ってくれるかも!と私が事情を話そうとすると「じゃ、」と呟き後ろの席へと去っていく。…聞いてくれるわけじゃないのね…相変わらずドライだ、国見さん…。まあ、今から試合だしそんな場合じゃないか、とこっそり涙を拭いた。

「…」

コートでは第一試合の選手がラインに沿って並び、開始の合図を待っている。ついに始まるのか。入部してからこれまでの練習風景がふと頭を過ぎった。ほんの数ヶ月だけど濃い時間を過ごしてきた。その練習の成果を今日、今からぶつけるんだ。1試合でも負けたら全国大会への道は断たれ、音駒との再戦も叶わない。
一瞬でそこまで思考が働いて、妙に緊張してきた。あ、日向も凄い緊張してる!上から見ても分かる程、纏う空気がソワソワと落ち着きがない。その隣の影山はやはりと言うべきか、落ち着いていた。試合慣れしているし、何より自信に満ちているからだろうか。
他のコートを見ても同じように緊張した面持ちの人もいて面白いな、と思っているとふいに隣に気配を感じた。見なくても分かる、これは徹ちゃんだ。

「ごんべ子、さっきは酷いこと言ってゴメンネ。でも、目くらい合わせて欲しいなー」
「徹ちゃん…」
「お、やっとこっち見た」

こればかりは私も無視するわけにはいかず、思い切って視線を合わせる。そして、後悔した。徹ちゃんは、やっぱり傷ついていた。手すりに腕を乗せ、その上に頭を置いて私を下から覗き込むと弱弱しく笑っている。この笑顔も初めてみた気がする。いや、今まで見えていなかっただけかもしれない。
やっぱり私が気を遣わないようにとか、前みたいに話せるようにとか、徹ちゃんなりに色々考えてくれていたんだろう。なのに、私が勝手に避けてしまうような態度をとってしまった。
ごめん、と口をついて出た言葉は一体何に対してなのか。自分自身、はっきりと分かっていないけどとにかく謝らなくちゃともう一度ごめんと呟いた。徹ちゃんは、困ったような顔をして謝って欲しいわけじゃないんだけどなーと呟くように言葉を発する。ちくり、と胸が痛んだ。

「こら、及川。お前は大人しく座っとけよ」
「もー、岩ちゃんは過保護なんだからー」
「あ?お前がごんべ子と並ぶと喧嘩になるからだろーが」

私も、徹ちゃんと前みたいな関係に戻りたい。それはきっと、私がいつも通りに振舞えば簡単なことなんだろう。大事な幼馴染にあんな顔をさせたいわけじゃない。いつまでもこんなんじゃダメだ。
ふっと肩の力が抜けて、心が軽くなる。こんなに悩むのも私らしくないし、何より徹ちゃんに失礼だ。ごめん、バカでごめん。そう言いかけてやめた。
タイミングがいいのか悪いのか、岩ちゃんが徹ちゃんに声を掛ける。その言葉に、徹ちゃんは文句を言いながらも後ろの席へ移動して行った。そして席にどっかりと座ると口笛を吹きはじめる。あまりにもさっきと違う態度に驚きつつ、目があった徹ちゃんに口パクで「ありがとう」と伝えてみた。一瞬、目をパチクリとさせて固まったけど向こうも口パクで「どういたしまして」と返してくる。そのやり取りが何だか可笑しくて少し笑うと、徹ちゃんも笑った。見慣れたいつもの笑顔だった。


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