試合開始後、両校共に一進一退の攻防を繰り広げていた。青根さんと日向がマッチアップするとその身長差は特に目立っている。大人と子供が対戦しているみたいだ。高さがない分すばやさで勝負することになるけど、どうも青根さんは日向の動きについてきているように感じた。見た目に反して身のこなしが軽い。流石、強豪と呼ばれるだけあって簡単に点は取らせてもらえないようだ。
一度、旭さんのバックアタックをブロックされた時はドキッとした。いつか話してくれたトラウマがまた再発するんじゃないかと勝手に思っていたけど、特に落ち込んだ様子はない。ホッとしたのも束の間、今度は日向のスパイクを完璧にブロックされカウントは3-2となった。追いつかれているものの、まだ烏野リードである。
「ハムスターが羆につかまるみたいだ…かわいそうだ…」
「なんだそれ」
「ブフッ」
「ん?なんか言った?」
「いや、言ってないけど」
近くに居た他校の生徒の会話が耳に入る。日向と青根さんがハムスターと羆…ネットを挟んで対峙する二人が一瞬そう見えて思わず噴出してしまった。ヤベッっと慌てて顔を背けて誤魔化すと、他校生はそのまま通り過ぎていく。不意打ちは反則だ!怪しい女だと気付かれなくてよかった!ふう…と息を吐いてもう一度コートに視線を戻した。
じわじわと伊達工が流れを持っていく中、ついに今大会初の神業速攻が炸裂する。常波戦での変人速攻でも十分凄いけど、やっぱりこっちの速攻の方が桁違いに速い。誰にもマネ出来ない、あの二人だからこそ出来ること。
影山の手に吸い込まれるように落ちたボールはほぼ一直線に、飛び上がった日向の掌にヒット。日向は目を瞑っているため、それに合わせて影山がボールを持っていく。まさに神業だ。どうやったらあんな技術が身につくのか…もちろん努力はしているだろうけど、天性のものとしか思えない。神様、私にも何か突出したものを恵んでください。なんて邪念もすぐに吹き飛んだ。
さすがの青根さんもブロックに飛ぶことが出来ず、立ち尽くしている。凄い、凄いよ日向!影山!常波戦以上にしんと静まり返る会場に、ボールがコートに叩きつけられた音だけが響いていた。そしてすぐにドッと会場が賑やかになる。一躍、時の人となった日向と影山に私は拍手を送った。
更に隣のコートには、青葉城西のメンバーがアップで入ってきたこともあり更に注目を集めている。
「明日か…」
このまま変人速攻と神業速攻、更に旭さんや龍先輩たちのスパイクを使い分ければ勝てる。そしたら、明日はきっと…。青城のメンバーを見て、複雑な気持ちが沸きあがる。烏野の勝利を信じて願っているけど、この青城に対する評価を目の当たりにすると少しだけ不安になった。だって徹ちゃんと岩ちゃんが誰にも負けないくらい頑張ってきたのも知っている。でも、同じくらい影山を始め烏野の皆の努力や想いも間近で見てきた。私が選んだことなのに、どちらを応援していいか分からないだなんて…誰にも言えない。
沈みかけた気持ちを振り払うために、今は伊達工との試合に集中しなければ!と、ブンブンと頭を振る。これでその思考が消え去るのかと言われれば微妙だけど少しはマシだろう。深呼吸を一つして、私は下のコートを見つめた。
スコアは7-6。依然、リードしている。再び日向が前衛、そして青根さんもその前に立ちはだかっていた。普通の速攻では青根さんにブロックされてしまう。太刀打ちするため、必然的に神業速攻を使わざるを得なかった。ネットインしたボールをノヤさんが拾い、トスを上げる為に影山が少し後退する。日向は既に目を瞑ったまま手を振り上げていた。
でも、位置的に影山が日向にトスをあげることはできない。間に合わない。そう、誰もが思い込んでいた。日向じゃなければ、誰に上げる?そんな予想は全くの無駄だ。
迷わず日向の掌にボールを送り込む影山に、再び会場は静寂に包まれた。ゾワッと全身が粟立つ。妙な高揚感が足元からせり上がってきて、身体が震えた。影山のプレイは、私を魅了する。いつ見ても凄いという言葉しか口に出来なかった。と、同時に何とも言い難い感情も微かに感じる。
「影山…」
聞こえるかな?分からないけどとにかくこの感動を声に出して伝えたい。伊達工のタイムアウトに合わせてベンチに集まった烏野のメンバーを頭上から見つめる。影山は丁度、潔子さんからドリンクとタオルを受け取ったところだった。コーチの話を聞きながら、日向とも打ち合わせをしている。声を掛けようと思ったけど、やめておいた。タイムアウト中とはいえ、限られた時間を私が使うわけにはいかない。と気を使ったのに、何故か日向の頭を鷲掴もうとしている影山と抵抗する日向を見て、あんまり気にしなくてもいいのかもと思った。何してるの、あの二人。
「10番やべぇよなー」
「あんなのどうやって返すんだ?」
タイムアウトも終了し、結局影山に声を掛けることは出来なかった。コートに戻る影山の姿をボーっと眺めていると、後ろからそんな声が聞こえ、思わずムフと笑い声が漏れる。またしても、ヤベッ!と口を抑えたけど、伊達工エールのお陰で誰にも気付かれていないようだ。一人で笑っている女とか怖すぎる…!私が褒められたわけではないけど、それくらい嬉しかったんだ!
今、会場中が日向を止めなければという空気になっている。日向の速攻さえ止めれば、大したことはない。10番を止めれば…、10番を…。きっと、ここに居る誰もが日向に注目し警戒していた。
試合前、烏養コーチは言っていた。「日向が光れば光る程、相手のブロックは目がくらむのさ」と。確かに、この状況なら誰もが日向に注目していて他のスパイカーにはあまり目を向けていない。日向の影に隠れて、機を狙う二人の姿に誰も気づいていなかった。
「ホァラァ!」
案の定、日向の囮に跳んだブロックの間を龍先輩がいとも簡単にボールを打ち込んだ。最早、鉄壁を翻弄している。メガホンの代わりに自らの掌で手すりを叩きながら「ナイスキー!龍先輩!」と応援にも力が入った。いいなあ、みんな凄くカッコイイ!あんな風に熱くなれるなんて、とても素敵なことだ。応援隊長のアドレナリンが爆発しそう!ベチベチと手すりを叩き発散させるので精一杯だった。
「良かった!男子の二回戦まだやってる!」
「すごい、伊達工に勝ってる!」
「えっ!」
バタバタと駆け足で団体が私のところへやってきた。黒いジャージの美人がたくさん…!一瞬驚きに固まったけど、女バレの方たちだとすぐに気づいてホッとする。だって、こんなに知らない女の人が近くにいたら緊張するし…。
私の姿を見ると道宮先輩がニコリと優しい笑みを浮かべて、隣いいかな?と尋ねてくる。どうしよう、喋ったことない、緊張する!とりあえず、肯定の意を込めてコクコクと小刻みに首を縦に振った。ヘドバンみたいになって目が回った。
一人ガチガチに固まっている私を見て、道宮先輩がクスリと小さく笑っている。恥ずかしい。
「男子バレー部のマネージャーさんだよね?澤村から話はよく聞いてるよ!ボール磨きが半端ないマネージャーが入ったって」
「まっ…こ、光栄です!わたくし、1年マネージャーのななし野と申します!ボール磨きは、割と得意です」
「あはは、そんなに畏まらなくていいよー。私は道宮、一応女子バレー部の主将やってるんだ」
「ぞ、存じております!」
「そっか、よろしくね!ななし野さん」
道宮先輩がキラキラしたので瞳で私を見つめてくるものだから、私は照れながらキョロキョロと視線を泳がせていた。眩しい笑顔だ。大地さんが道宮先輩に一体どんな風に私を紹介しているのか気になるけど、とりあえず褒められているようだったのでよかった。ボール磨きはいつもペナルティでさせられるから慣れたといった方が正しいけどね!
「はやくはやく!お、ごんべ子ちゃん、今どうなってる?」
半解凍くらいには緊張もなくなった私に、今度は嶋田さんと滝ノ上さんが駆け寄ってきた。どうやら仕事を休んでわざわざ応援に来てくれたようだ。ありがたや、ありがたや。
そんな二人は私の隣に居る女バレの面々を見るや否や、若干テンションをあげている。やれやれだぜ…と心の中で呟いた。
私を見た時と反応が違う!と思ったけど気づかない振りをしておこう。あと二年もすれば、私だって女の色気ムンムンになっているはずだ!…多分な!
私が余裕の笑みを浮かべていることに全く気づかない二人に試合の流れを説明していると、日向の速攻を見た女バレの方々が驚きに声をあげる。そっか、初めてみるのか!
「フフ…」
「うふふ…」
「お前らがドヤ顔すんなよ」
やっぱり嬉しいものは嬉しい。私と滝ノ上さんがニヤニヤしているのを見た嶋田さんが呆れた顔をする。真似したのは滝ノ上さんだ!いや、お前だ!というやり取りを繰り広げた結果、嶋田さんが更に呆れた。何度でも言うけど、私は仲間が褒められたら嬉しいのだ!
「あれ?菅原は出てないのか…」
コートを見た道宮先輩の呟きに、私は何も答えることができなかった。先輩の視線の先には、全力で応援をしているスガさんが居る。私たち1年が入ってくるまでは、正セッターとして出場していたのを道宮先輩は見てきたからだろう。思ったことをそのまま口に出しただけで、深い意味はなかったのかもしれない。
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