"小さな巨人"に憧れてから私もあんな風に飛んでみたいと思った。それまでお遊びでしかやったことがなかったバレーボールをしてみたくて幼馴染の徹ちゃんと岩ちゃんの練習に混ぜてもらったりした。中学生になったらバレー部に入ろうかな、なんて調子に乗っていた時期もあったけど、それはすぐに諦めてしまったことは少しだけ後悔している。
最終的にあの人と同じ烏野男子バレー部でマネージャーとして、高校生活を送るということに落ち着いたけど、もしあの時私が自らプレーをすることを選んでいたとしたら今頃どんな生活を送っていたのだろう。隣に立つ女子バレー部に混じっていただろうか、徹ちゃんたちと同じ青葉城西で頑張っていたのだろうか。今、男子バレー部でマネージャーをしていてとても楽しいし、これからも頑張ってみんなの力になりたいと思う。でも、ほんの少しだけ違う未来を想像してしまったのは、精一杯戦っている選手に感化されたからかもしれない。

「ごんべ子ちゃん、大丈夫?ボーっとしてるけど…」
「エッ?」

日向が囮になり、旭さんのパイプ攻撃が見事に決まった。ちゃんと見ていたけれど、私は応援を忘れていたようだ。何のためにここに居るんだ、私は!心配そうに覗き込んできた嶋田さんに大丈夫です!と返事をして旭さんに声援を送った。
それにしてもさっきの攻撃は見事だった。旭さんが、鉄壁相手に点を決めたことは烏野にとってかなり重要なことだ。日向を警戒しすぎた伊達工は旭さんというエースを見落としていた。まさに"最強の囮"だ。

「…」

昔、徹ちゃんに頼んでトスを上げてもらったことがある。ネットもないし、相手のブロックも居ないという本当にお遊びバレーだった。徹ちゃんがとても打ちやすいトスを上げてくれたおかげで、スパイカーの気持ちというのはちょっとだけ分かった。勢いよく叩きつけたボールが掌にあたる感触、重み。相手が居て、ネットもちゃんと越えて、点を取れたらさぞ気持ちがいいだろう。私には想像しか出来ないけど、旭さんや日向は今そんな高揚感を味わっているのかな。
取っては取られを繰り返し、烏野はセットポイントを迎える。そして、最強の囮の後ろから跳び上がった旭さんが1セット目を勝ちとった。

「やった!やりましたよ!」
「ほえー、伊達工相手にすげぇな!」
「でも、このままだと2セット目は苦しい展開になりそうだな…」

滝ノ上さん、嶋田さんと喜びを分かち合いながらコートチェンジをする彼らを見つめた。嶋田さんの言う通り、2セット目からはもう最強の囮も神業速攻も見られた状態になっている。
青根さんは、きっと日向の速攻に慣れてきているはず。このままだと、完全に鉄壁につかまってしまうだろう。何となく緊張感が漂うななし野応援団(私命名)。そんな時、ふいに隣のコートの方から「国見ボゲェ!」と聞こえて、何だか大丈夫な気がしてきた。国見さん…サボってたのね。

「あ、ローテが変わりました」
「成程、出来るだけチビ助とあのでかい7番のマッチアップを避けようってわけだな」
「このまま真っ向勝負しても、ブロックに捕まるのは時間の問題だし最善策だと思うよ」

2セット目のローテーションは、日向が二つ分ずれて開始した。そうすることで、青根さんにマークされる回数を減らして速攻が決まりやすくしようという作戦のようだ。嶋田さんも滝ノ上さんもコーチの作戦には同意のようで、うんうんと頷いている。
難しいことを考えるのは苦手だけど、青根さんが日向の速攻を完全にブロックすることはそう難しいことではないなということは分かった。現に1セット目の最後、ボールに触れていたわけだし…。変人コンビの変人速攻は初見の相手にはかなり有効な攻撃でも、身体能力の高い選手にとったら慣れの問題であり、無敵というわけでもなさそうだ。
幸い伊達工は1セット目と同じローテーションを組んでおり、日向と青根さんのマッチアップの回数は激減した。といっても、鉄壁は健在なわけで…旭さんのスパイクは止められている。流石、強豪校。選手たちのレベルは高い。

「10番ってあれだろ?思ってたより小っちゃいな!」
「でも、あいつの速攻がマジですげーんだよ」

何とか日向の囮を応用し、点を稼ぐものの伊達工との点差は1、2点程だった。そのうち、噂を聞きつけた他校生たちが集まり、日向が前衛にあがると期待に声を弾ませる。10番がエースみたいだなという言葉が聞こえたときは、私たちは少し言葉に詰まった。
確かに日向は凄い。でも、あくまでも囮なのだ。エースが点を稼ぐためには必要な、"最強の囮"。伊達工には中々スパイクが決まっていないけど紛れもなく今の烏野のエースは旭さんである。試合だけ見れば、目立って点を稼いでいるのは明らかに日向だからそう思われるのは仕方がないことかもしれないけど。

「あと6点…!前衛に居るうちに決めろよ、チビ助〜!」

試合も終盤、19-18とリードしている烏野は何とか伊達工の攻撃をブロックし日向が前衛、青根さんが後衛という絶好のチャンスを迎えていた。ここで一気に点を稼ぐことが出来れば勝ちの確立は格段にあがる。青根さん以外のメンバーには日向の速攻がまだ有効なのだ。
そう願っても、上手くいかないもので伊達工も強豪の意地を見せた。お互いに点を取り合い接戦を繰り広げる。それでも何とかリードし続け、やがて23-20までカウントは進んだ。あと1点でマッチポイントだ!
旭さんのボールは伊達工にシャットアウトされ、23−21と相手に点を許してしまった。更に青根さんがこのタイミングで前衛に回ってきたものの、日向の速攻は青根さんの吸い込みにより決まった。
その後、日向がサーブをミスして後衛に下がるという事態も発生。でも私には、特に形成を逆転されるようには思えなかった。

「マッチポイント!あと1点で勝てる…」
「いや、まだ油断はできないかもよ」
「え、でも点差もあるし…」

先走って勝利を確信した私が喜んでいると、嶋田さんが顎に手をあてて神妙な顔をしていた。どうして、と私が首を傾げると嶋田さんは伊達工のローテを見ながら呟く。多分、相手はブロックが一番強いローテじゃないかと。確かに青根さんと二口さんが並んでいる。更に、日向は後衛。旭さんのスパイクは鉄壁を打ち破れていない。
3セット目に突入すれば、地力で負けている上に手の内を全て晒している烏野は一気に不利になること。
不安要素をこれだけ言われると流石に私も少し焦る。確かに、追い詰められた人ほど本領を発揮するとも言うし、私もテスト前日なんかは異様に記憶力がアップする(ような気がする)し。まあ、一夜漬けは忘れるのも早いけど…。
私たちが勝手に不安がっていても、旭さんたちは全然焦っていないように見えるのが心強かった。大丈夫、烏野は強い。

「決めろー、エース!!」

最後の攻撃、旭さんが飛び上がったのと同時に私は上下関係なんて忘れて無我夢中で叫んでいた。がんばれ、がんばれ、あと1点!そのことだけがぐるぐると頭の中を駆け巡る。ボールはドガッと鈍い音を立てて跳ね返った。ああ、そこは誰もいない、誰かお願い、繋いで…!まだリードしているのは烏野だというのに、不思議とこの1点を逃せば敗北という二文字が浮かんでいた。

試合には流れというものが存在するらしい。目には見えないけど、ここぞという時に決める1点が勝敗を左右するといっても過言ではない。それは試合開始直後かもしれないし、中盤かもしれない。私にそんな試合の流れを読み取る力なんてないけど、きっと今ここでこの試合を見ているものは感じているはずだ。この1点を取れなければ流れが変わる…と。
一瞬のうちに床との距離を詰めたボールは、飛び込んだノヤさんの手に掬われ再び宙に上がった。トスを呼ぶ旭さんに、影山が応える。今度こそ!と思ったものの、今度は旭さんと伊達工ブロックの掌の間でボールの押し合いになっていた。

「負けんな、ロン毛兄ちゃん!」
「お願い、旭さん…!頑張って!」

ぎゅうと掌を組み力を入れて懇願する。一瞬のうちに押されたボールは、またしても自チームのコート側だった。今度こそ、ダメだ…!勢いよく落ちるボールに誰も反応出来ずにいた。唯一人を除いては。
コンマ何秒の世界。重力に逆らわず一直線にボールは床へ落ちてゆく。目で追うことができるのに、手を伸ばす時間が足りない。間に合わない…!
トッと静かに音を立ててボールが浮いた時には言葉が出なかった。あまりにも凄すぎて何が起きているのか分からない。床にぶつかったにしては音が軽すぎる。開いた口を塞ぐことも忘れてただボールの軌道を追っていた。
道宮先輩の「足…!」という言葉にようやくノヤさんが足でボールを拾ったのだと理解した。

「足ーッ!?」
「ぎゃーー、どうしましょうノヤさんがカッコよすぎてどうしましょう?!」
「ちょっと、痛い痛いごんべ子ちゃん!肉もつまんでるから!」
「落ち着け、まだ攻撃が残ってるぞ!」

観客席から遅れて驚愕と感嘆の声があがり、私も興奮のメーターが振り切れて嶋田さんのTシャツの裾をつまんで揺すっていた。何か分厚いと思ったら、一緒に二の腕のお肉もつまんでいたみたいだ。意外と柔らかかった。
滝ノ上さんの言葉で少し冷静さを取り戻し、コートに視線を戻す。影山がトスを上げるところで、スガさんと旭さんが「もう1回!」「決まるまでだ!」と声を上げた。影山も察したようで、ネットから少し離したところに高めのトスを上げる。そこは旭さんが打ちやすいと練習中に言っていたところだった。
スガさんと大地さんが旭さんを激励する。伊達工のブロックも気迫が凄い。ノヤさんが旭さんの後ろで構え、何度ブロックされても拾えるように準備している。周囲のざわめきも、不思議と今は聞こえない。旭さんがボールを叩き込み、相手の手に当たったそれは勢いが殺され丁度ネット上に落ちた。お願いお願いお願い、落ちるなら向こうにして!
両校共にボールの近くへと走る。そして、二口さんが手を伸ばし飛び込んだ。

「オオッシャーー!!」

ピピーッ、と試合終了の笛が鳴る。ボールは伊達工側のコートに転がっていた。勝った!勝ったんだ!やった!徐々に実感が沸いてくる。鉄壁をぶち破ったんだ。また一つ、全国出場へと近づいた!ガッツポーズをとる烏野メンバーたちを見て、私も喜びに誰彼構わずハイタッチを交わしていた。

「ウェーイ!勝ちました!ウェーイ!」
「やったね、ななし野さん!」
「はっ、みみ道宮先輩!すっすみません!」

ぎゃあぎゃあはしゃぎながら掌を合わせていたら、相手が誰かを確認していなかった。ちゃんと知り合って間もないというのに道宮先輩にいつものノリで接してしまったことに急激に焦る。私がどもりながら謝ると笑いながら気にすんな!と肩を叩かれた。


「ありがとうございましたー!」

伊達工選手が応援席に向かって頭を下げていた。青根さんも二口さんもとても悔しそうだったし、泣きそうにも見えた。きっと3年生の中には今日で最後の人がいるのかもしれない。皆、色んな思いを懸けて今日の試合に臨んでいるんだろう。
いい試合だった。そんな思いもこめて、私は惜しみなく拍手を送った。



VS伊達工業
(今日は応援ありがとうございました!これで今日からななし野応援団の仲間ですよ、二人とも)(…え?)(何だそれ…)

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