「お前が…、寝言で俺のこと呼んでて中々起きないから、代わりに起こせって清水先輩に頼まれたんだよ」
「え…、私が?」
「…俺が起こしても全然起きねーし」
「あー、成る程。じゃあ、さっきのは夢か」
だから私の身長が伸びたり徹ちゃんたちと試合したりツッキーがあんなに愛想よかったのか。よくよく考えれば夢だということは明白だった。ただ、影山の髪がサラサラだと言うことは現実のようだ。私が「どこのシャンプー使ってるの?」と唐突に尋ねると影山は「はぁ?」と怪訝な顔になる。
「知るかボゲェ!それより、その……ど、どんな夢みてたんだよ…」
「ははーん、気になるんだ?」
「そりゃっ……な、ならねェよボゲェ!ななし野ボゲェ!その顔腹立つな!」
「影山ってば現実でも素直じゃないんだから」
「どういう意味だ、コラ」
そう尋ねてくる影山を私が調子に乗ってからかうと、未だ私の手首を掴んでいる手に力が入る。少し震えているその掌は熱かった。何となくそれを見ていると何故か恐い顔で迫ってくる影山。
怒ったのかと思って慌てて「ごめん!」と謝ったけど聞こえていないようだった。いや、聞こえないフリをしているみたいだ。しまいには空いていた方の手を椅子の背もたれにつき、私に覆い被さってくる。
こ、これは壁ドンならぬ椅子ドン!?まさか私がこんなことをされる日がくるなんて…!ある種の感動と、恥ずかしさで大混乱している私はどうすればいいのか分からなかった。
「か、影山、あの、そんな怒らなくてもさ!いつもの冗談じゃん!あとこの体勢壁ドンだよね?いや、椅子ドンかな!?流行ってるの知ってた?ねえ、影山…」
「うるせー、怒ってねぇよ…」
いや、でも恐い顔してるし…と続けようとしたけど影山が真顔でじっと私を見つめてきたせいで声にならなかった。不安と期待が入り交じった瞳から目が離せない。ドクドクと煩い心臓と、頬に集中する熱に戸惑った。
私、今どんな顔してる?
自分でも分からない。このまま見つめあっていれば、私と影山はどうなってしまうんだろう。最早、近すぎて影山の顔がぼやけているというのに私は抵抗もせず固まったままだった。
「ふじゅんいせーこーゆー禁止ー」
「え」
「あ」
ふいに声が聞こえて私たちは同時にその方向に顔を向ける。するとにんまりと笑みを浮かべたスガさんが、影山の背後で椅子の背凭れに肘をつきこちらを眺めていた。影山が慌てて私の手を離し私と距離を取ると、つられて乱れてもいない髪の毛を撫でて整える。影山の髪の毛のほうがサラサラだな…と密かにショックを受けた。
「す、すす菅原さんっ…い、いつから!?」
「えー?そうだなー、『ななし野起きろ!何ニヤニヤしてんだボゲェ!』って影山がななし野ちゃんの頭ひっぱたいた所からかな」
「さ、最初からじゃないスか!!」
「ちょっと影山、私の頭叩いて起こそうとしたの!?」
「起きないお前が悪いんだろうが!」
なんてこった!開き直られた!全然痛くなかったけど、まさかひっぱたかれていたなんて…。私が落ち込んだふりをしても当の影山は知らんぷりでスガさんに弁解している。「違うんです!」とか「何かの間違いで」とアワアワしながら否定していて、何だか浮気がばれて言い訳しているように見えた。
「みんなには黙っといてやるけど…あんまり焦んなよ、影山」
「…っス」
「あと、清水にはもうバレてる」
何故かスガさんに諭されている影山はバツが悪そうに頷く。そしてスガさんは衝撃の言葉を口にするとバスの窓を指差した。その指先を辿れば窓からじーっと私たちを覗く潔子さんに行き着き、最早驚くことさえ忘れる。背伸びをしているのか若干ぷるぷると震えていた。
え、いつから?と言う問いは口にするまでもない。更に運転席から気まずそうに真っ赤な顔を覗かせ「僕もいます」と武ちゃん先生まで登場した時は何故か笑ってしまった。やましいことなんて何もないけど、これだけ椅子ドンをみられるなんて…恥ずかしすぎる!!私も穴があったら入りたいと切に思った。影山は…返事がない、ただの屍のようだ…。
「と、とりあえず職員室行くべ!何か俺たちテレビに映ってるらしいし」
「そ、そうなんですか!!」
段々スガさんもこの空気に耐えきれなくなったのか影山の背中を押し、私の手を引くとバスを降りた。いつもの私ならテレビ出演に飛びつくのに、今はそんな気分でもない。魂の抜けかけた影山の後ろ姿を見つめ、どう接すべきか悩んだ。
武ちゃん先生は「青春ですねー」と目を輝かせ、潔子さんは何故か私にグッと親指を立てる。「生壁ドンよかった」と少しだけ興奮していて、潔子さんも大人っぽいけど女子高生なんだなと思った。
そして結局、テレビに烏野は一瞬たりとも映っておらず我が幼なじみの徹ちゃんのアップを見るはめになった。おまけに烏野に対して『全力で当たって砕けて欲しいですね!』と言い放つ。でもそれが功を奏したのか、みんなのヤル気(殺る気?)は格段にアップしたのだった。そんな意味では徹ちゃんにありがとうとお礼を言いたい。
打倒・青城(特に及川徹)を心に刻み、体育館へ向かうみんなの後ろ姿は今から殴りこみにでも行きそうな程迫力があった。
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「よし、オッケー。私たちも帰ろっか」
「はい!」
私と潔子さんは最後に体育館にも鍵が掛かっているのを確認すると、前方を歩く男子たちの後ろ姿を眺めながら帰路につく。
今日1日、本当に楽しかった。試合も無事勝ったし、明日に向けてバッチリ作戦も立てた。ミーティングでは私が徹ちゃんと岩ちゃんの幼なじみだということがコーチにもバレて、弱点はないかと聞かれたけど答えられなかった。私にはそういう観察眼は備わってないのだから仕方ないじゃないか…。だからこそ、明日の応援も頑張らないといけないな。
「今日ね、嬉しかったの。あんなに楽しそうにプレーする皆が見れて…私、今とても楽しいかも」
「潔子さん、その言葉。また、みんなの前で言ってあげてくださいね!きっと、泣いて喜ぶと思います!」
「…恥ずかしいから無理」
暗がりでよく見えないけど、きっと潔子さんは照れているんだろうなと想像すると自然と私も笑顔になる。確か今の2、3年生の代は練習が厳しくて辞める人がたくさん居たと聞いている。そんな時代を一緒に見て、支えてきたのだから潔子さんも大変だったんだろう。そういえば潔子さんは、春高まで残ってくれるのかな?ふと思い浮かんだけど、今聞くのは違う気がして私は言葉を飲み込んだ。
「ごんべ子ちゃん、明日も頑張ろうね」
「もちろんですよ!私も応援隊長として頑張りますので!」
「ふふ、何それ。あ、あと一つ言い忘れてたんだけど…」
「な、何ですか?」
「ごんべ子ちゃんと一緒にマネージャー出来て良かった」
潔子さんの言葉に、思わず立ち止まる。
そして徐々に浸透していく言葉に嬉しくなって潔子さんに飛びつくと、「きゃ!」と可愛らしい悲鳴があがった。いい匂いもするし、今日の疲れも吹き飛びました!と調子よくはしゃいでいると、どこからともなく殺気が向けられ身構える。
嫌な予感がする…!
私がスッと潔子さんから離れたと同時に龍先輩とノヤさんが物凄い勢いで走ってきて、私たちの前で立ち止まった。
「おい、潔子さんの悲鳴が聞こえたが犯人はお前か!?」
「ごんべ子、今潔子さんと抱擁してたな!?」
「なんで分かるんですか?!結構、距離ありましたよね?!」
嘘だろ…姿が見えない程には距離があったはずなのに、一体どういう勘をしているのか不思議で仕方ない。身構えている私に対抗するように師匠たちも臨戦態勢に入り、事態は急変した。やばい、二人の目は狩人のような鋭さを放っている。まさか、またあの時のようになるのでは…。
「おい、弟子よ…今日こそ潔子さんの間接ハグを頂く、覚悟しろ!」
「そうだ、お前ばっかりズルいぞ!」
「間接ハグって何ですか!このぬくもりは絶対に渡しません!」
私が強気の抵抗を見せると、膠着状態が続いた。バチバチと火花を散らす私と師匠の間には真顔の潔子さんが立っている。これ、誰が終らせてくれるんだろう…と頭の片隅で考えていると、師匠たちの後ろから走って引き返してくる縁下先輩が見えて安堵した。
「こら、何してんだよお前ら!急に走り出して何かと思えば…すいません、清水先輩!ななし野さんも…?」
「うん、大丈夫」
「先輩、何故私を見て首を傾げるんですか」
お互い一歩も譲らぬ姿勢でにらみ会っていると、息を切らした縁下先輩が師匠たちのジャージをひっつかむ。潔子さんに頭を下げ、構えている私にも微妙な顔をして謝ってくれた。私を見た時のお前共犯だろ的な視線は気付かなかったことにしようと思う。
ギャーギャー騒ぐ龍先輩たちを勢いよく引き摺っていく姿を見送り、私と潔子さんも歩を進めた。
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