「ごんべ子ちゃん、大丈夫?試合、惜しかったな…」
「これも青春にはつきものだ。本当、いいモン見せてもらったよ。二号も応援がんばったな!」
「はい、お二人も応援ありがとうございました!」
ガラガラとボールの籠を引きながら、体育館を後にする烏野メンバーを横目に私は畳んでいた横断幕を手にして二人に頭を下げる。結論から言えば、烏野は青城にあと一歩届かず敗退した。
日向の、影山の、先輩たちの、みんなの活躍は素晴らしいものだった。観客席からの拍手の音、コートから発せられる熱気、接戦に高ぶる鼓動。全部、脳裏に刻み込まれている。
なのに、もう終わってしまったのか。全力を尽くしても、徹ちゃんたち青葉城西には手が届かなかった。
悔しい、悲しい、でも本音は幼馴染が勝ったことは嬉しく思った。
それでも、やはり落ち込むチームメイトを見れば込み上げる気持ちは"勝って欲しかった"の方が強い。それだけ本気だった。みんなも、私も。
「ななし野、泣くな泣くな!」
「…ずみまぜん…、な、ないてまぜん…」
ついに決壊してしまった涙腺に自分を不甲斐なく思う。本当に泣きたいのは私ではなかったはずなのに、大地さんもスガさんも旭さんも潔子さんも、誰一人そんな素振りを見せずにただただ嗚咽を漏らす私の肩をたたき慰めてくれた。龍先輩やノヤさんも頭をぐしゃぐしゃと撫でながら泣くなと笑う。それがまた私の涙を誘い、止めるのは困難だった。
「ごんべ子ちゃん、落ち着いた?」
「はい、すみませんでした…潔子さん」
潔子さんと共にドリンクボトルを洗いながら、ずびっと鼻をすする。岩ちゃんに借りたタオルがこんな時に役立つとは。まさか鼻水をつけられるなんて思っていないだろう岩ちゃんに心の中で謝る。ちゃんと綺麗に洗って返しますので…。
じっとタオルを顔に押し付けて動かない私に、潔子さんは何も言わず落ち着くまで隣に居てくれた。
「潔子さんは…」
「ん?」
「…優しくて美人で私の憧れです」
「ありがとう。でもどうしたの?急に。変なごんべ子ちゃん」
「えへへ」
誤魔化すように笑ってみせると、潔子さんが少し照れながら首を傾げる。先程の言葉は本心ではあったけど、本当に言いたかったこととは違った。
春高まで残りますか?
今、それを聞くことは躊躇われた。その言葉を口にすると、本当に私たちは負けてしまったのだと急に現実を突きつけられたような気分になる。実際に敗退したのだから、受け入れなければならないことに違いはない。
それでも、まだあの試合を私の中で終わらせることが出来ずにいる。頑張っていたみんなの練習風景や一緒に過ごした時間が思い出され、3年生が引退するかもしれないと思うと寂しくて仕方がない。前々から分かっていたことだったのに、いざそうなるとまだまだ私は覚悟なんてできていなかった。
潔子さんはいつもと変わりなく淡々と洗ったボトルを拭いているけれど、その胸の内はきっと私以上に様々な感情がせめぎあっているんじゃないだろうか。春高の話題に触れないように一人で喋り続ける私に、最後まで合わせてくれていたことに気付かないふりをした。
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ミーティングでは今日の反省と今後の課題を告げられ、そして春高のことにも軽く触れた。3年生はその場で残るとも引退とも言わなかったけど、明日の部活までには決断しなければならない。残って欲しいとは思うけど、それを私たちが強要することはできなかった。
そしてその後は青城の試合を観戦し、コーチの奢りでご飯を食べに行くことになった。学校までバスで帰り、そこからコーチお墨付きの居酒屋へと向かう。
どこか元気のないみんなの背中を最後尾から眺めつつ、私は一人ため息を吐いた。決して、みんなに対してではない。これは自分に向けてのものだった。
まだ、一言も話せていない。日向と並んで歩く彼の後姿を見て、呼びかけてはやめるの繰り返し。「おつかれ」の一言を言うだけなのに、どうしても躊躇ってしまうのだ。
そんなこんなでタイミングを逃し、今に至る。どうやら落ち込んでいるように見えたのか、そんな私を見かねたのか声を掛けてくれたのは旭さんだった。
「ななし野さん、今日はおつかれ」
「旭さん、お疲れ様です」
その強面とは正反対の優しい先輩は少し困ったように眉を下げて私を見ている。気を遣わせている!と焦って、「すみません…」と呟くと旭さんは「何が!?俺、話しかけないほうがよかった!?」と若干涙目になっていた。今度は傷付けてしまった!?と慌てて誤解だということを説明し終えたのはそれから3分後のことだった。
「ご飯、何が出るんだろうね?」
「肉だといいなって思います」
「ガッツリだね…」
「こうかぶりつけるくらいの肉とか憧れますよね!」
「わ、ワイルドだね…俺も肉だったら嬉しいなぁ」
何とか通常時に戻った旭さんと、他愛のない話をしながらみんなの後に続く。こうして旭さんと二人というのは自分でも珍しい組み合わせだと思った。そういえば一度、旭さんと土手沿いで黄昏れたことはあったけど、あれ以来だ。合宿では他のメンバーも居たし、怯えて技を掛けられた記憶しかない。あれは結構効いたな…。思い出して首もとを擦る私の行動には気付かない旭さんはニコニコしながら口を開く。
「そういえば、ななし野さん。昨日、伊達工に啖呵切ってたんだって?大地から聞いたよ!『うちは負けない!』って言ってたって」
「えっ、そ、そんな大それたことはしてないですよ!?」
「二対一だったのにななし野さんの圧勝だって。そう言われたら俺も負けてられないなって思ったよ」
何だか話が大きくなっている気がして私が慌てて弁解するも、旭さんは聞いていない。そもそも勝負なんてしてないんだけど…。旭さんを鼓舞するためにわざと大袈裟に話を盛った大地さんが思い浮かんで、このままの方がいいのかなと悟った。
「話は変わるんだけどさ…俺は春高残るつもりだから」
「ほんとですか!」
「うん、せっかく復帰したからにはもうちょっと続けたいし…俺は就職組だから受験は関係ないしね。実はあの二人にはもう言ってあるよ」
良かった!まだ一緒に部活できるんだ、と喜ぶ私に旭さんはニコニコしている。旭さんが残るなら、大地さんもスガさんも残るのかな?三人が残るなら潔子さんも残るかも!私の問いかけに、旭さんはどうかなぁ?とどっちつかずな態度だった。
こればっかりは本人たちの意志でしかないのか…目に見えて肩を落としてしまった私を元気付けるように、旭さんは居酒屋の看板を指差したのだった。
VS青葉城西 IH予選編 後編
(肉が待ってるよ、ななし野さん!)
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