6月3日月曜日、県予選最終日。昨日、勝ち残っていれば今日は決勝戦だった。惜しくも青城に負けてしまった私たち烏野は、日常生活に戻っている。
「……」
カツカツと黒板にチョークが触れる音とそれをノートに書き写す音が耳に届く。応援の声も、ボールの音も聞こえない。予選前までは当たり前だったこの風景が、試合の熱を知ってしまった今では物足りなく感じた。
「ちょっとごんべ子、聞いてる?」
「聞いてるよ。何の話?」
「世間一般ではそれを聞いてないって言いますけど」
友人の言葉が右から左に抜けていく。昨日の試合の余韻が抜けず、どの授業にも身が入らないどころか大事な友達の言葉も私の頭には残らない。申し訳ないとは思っているけど、どうにも喪失感が抜けず気が付くとボーっとしてしまった。私の中を占める部活の割合が大きすぎるのだ。
「今日はアンタも影山くんも大人しいから、クラスが静かだね」
「そんなことないもん…」
4時限目が体育のため、体操着に着替えて体育館へ向かう。その途中、友人にそう言われて私は小さく否定した。
今日の影山は私と同じように居眠りもせず、悔しげな表情でただ机の上を睨みつけていた。休み時間はどこかに行ってしまうし、話しかけるタイミングをことごとく逃している。そのため私は未だに影山とほとんど会話が出来ていなかった。それに私は、どうも思い悩む影山が苦手なのだ。
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「バレーかぁ…」
皮肉にも今日の授業内容はバレーボールだった。いつもなら喜んでいるところだけど、今日に限って躊躇ってしまう。ネットの張られたコートを見ると昨日の試合が鮮明に思い出された。
影山はこんな風にトスを上げていた。日向は私の何倍も高く跳んでいた。ツッキーは相手のスパイクを予測してブロックしてたし、ノヤさんはもっと華麗にボールを上げていた。大地さんの安定したレシーブや、スガさんの奇策、龍先輩や旭さんのスパイク、グッチーのサーブ。みんなのプレーが脳裏に浮かぶ。
…負けちゃったんだなぁ。
「あ、影山…」
「おう」
体育の授業が終わり、友人たちと教室に戻る途中にすれ違った影山を思わず引き留めてしまった。相変わらず険しい顔をして、第二体育館の方へと向かうようだ。
ジャージのままだし多分、練習するんだろう。本当にバレーが好きだな。呼び止めた私が何も言わないので、影山は首を傾げた。
「どうした?用がないなら行くぞ」
「あ、ごめん。練習、だよね?がんばって」
「おう」
ほぼ衝動で呼び止めたせいで大した用事もなかった私は、もう行っていいよと影山に手を振る。影山はあまり優れない顔のまま歩き出した。
一緒に行ってもいい?と出かけた言葉はのみ込む。どう頑張っても入り込めない領域が、私と影山にはあった。
「ごんべ子は、行かなくていいの?」
「えー…、うん。今はそっとしておこうと思う」
気を使ってくれた友人の言葉に、苦笑いを浮かべて教室へと促す。私が居てもできることはないし、邪魔になるかもしれない。
これじゃあ中学の時と同じだ。変わっていく影山と、変われずまだ過去で足踏みしている私。王様の歩くペースが速すぎて、走っても走っても追いつけない。
友人に気付かれないようにため息を吐き、こっそり影山の方を振り返る。もう、そこに影山の姿はなかった。
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「うー…」
昼食を食べ終え、ケータイを見つめて唸る私に近寄る人物は居ない。友人たちは、部活で集まりがあるからと席を外している。
いつもなら影山が相手をしてくれるのだけど、今日は日向とご飯を食べると言って教室を出て行ってしまった。よって、私は一人寂しく自分の席で項垂れているのだった。ケータイにも誰からの連絡もない。
「…」
決勝はどうなったんだろう。青城は勝ったかな?
ちら、と時計を見るともう正午を回っていた。さすがに決着はついているだろう。朝、徹ちゃんと岩ちゃんに『頑張ってね!』とメールを送ったけど見てくれただろうか。
岩ちゃんから『おう』と一言あったけど、普段なら即返信が基本の徹ちゃんからは返信がなかった。余計なことをしてしまったのかも。でも、頑張って欲しいという気持ちに嘘はなかった。
二人からの報告はないし、気になるけれどこっちから聞くのも勇気がいる。ネットならもう結果が出ているかもしれないけど、見る勇気はない。どのみち今日の部活でコーチから結果を聞くことになるだろう。仕方がないのでケータイをしまうと、今度こそすることがなくなってしまった。
「あ」
「げっ」
気を紛らわせようと廊下側に顔を向け、ジーっと行きかう生徒たちを眺める。すると歩いている長身眼鏡と目が合った。ツッキーだ!私が笑顔になると反対に嫌そうな顔になる。なんでだよ!とツッコむより先に勢いよく顔を上げ席を立つと、ツッキーは歩くスピードを速めて見えなくなった。
なぜ逃げる?急いで教室から飛び出すと、丁度4組に戻ったツッキーの足が見えた。ので、私もその後に続く。
「何で着いてくんの」
「ツッキーが居たから!それより何で逃げるの!?」
「嫌な予感がしたから」
自分の席に着いたツッキーは私が教室に入ってくるのを見て、面倒臭そうな顔をする。あれ?昨日まで仲良くなったと思ってたんだけど…まさかの勘違いだった?
頬杖をつきながら窓の外を眺めるツッキーの態度に心を削られながら、私は話しかけるのをやめなかった。何故なら私は知っているからだ!ツッキーが本当に嫌がる時はヘッドホンを装着し、完全に自分の世界に入ってしまうということを。
私がツッキーに一方的に話しかけていると、気づいたグッチーが笑顔で近寄ってきた。
「ななし野さんだ」
「グッチー!昨日ぶり」
「うるさいのが増えた」
「「ごめんツッキー!」」
「…」
見事にハモったグッチーと私。顔を見合わせ笑っていると、ツッキーのため息が聞こえた。試合では割と熱いところも見せるのに、クラスでのツッキーはどこまでもドライだ。最近気づいたけど、ツッキーは結構モテるらしい。こんなに愛想が悪いのに?
私がまじまじと見つめていると不機嫌な声で「何?」と聞かれた。
「なんでツッキーはモテるのかなぁって。まあ、背も高いし頭も良いしイケメンだけど、愛想はないじゃん」
「はあ?君と変人コンビ以外にはあるよ」
「何でだよー。私にも愛想振り撒いてよ!友達でしょ?」
「僕と君はただの部活仲間だよ」
マジかよ!とショックを受ける私の隣で、グッチーが気を使って「きっと本心じゃないって」とフォローしてくれる。でも、窓の外を見てツーンとした態度のツッキーは私を見ようともしない。
割と本気で落ち込むんですけど…。ツッキーの席の前にしゃがみ込むとグッチーがアワアワしている気配がした。でも、どうしていいのか分からないらしく声は掛けてこなかった。
「あのさ」
教室のざわめきを掻き分け、ツッキーがいつものテンションで呟く。
「君、選手でもないのに何であんなに一生懸命になれるわけ?」
「え?」
「"小さな巨人"に憧れてたなら、女バレに入って自分でなればいいだろ」
バッと顔を上げると、頬杖を付きながらジーっと私を見下ろすツッキーと目が合う。その瞳には純粋な疑問が浮かんでいた。こんな風に私に興味を持ってくれたツッキーは初めてだ!ツッキーから質問がきた!
自分の中で衝撃的な出来事に、口をあけたままツッキーを見つめる。すると、盛大にふき出されて私は立ち上がった。
「なぜ笑う!?」
「いや…あまりのアホ面に…」
「失礼な!」
「ななし野さん、落ちついて!」
口元を押さえてクスクス笑うツッキーに抗議の声を上げると、グッチーが再びアタフタしだした。グッチーは周りに気を使いすぎて早死にしないだろうかと時々心配になる。彼の肩にポンと手を置いて、気にしないでとアイコンタクトを送った。
「さっきの答えなんだけどね。私さ…実は女バレ入ろうと思ってたこともあったんだよね」
「ななし野さん、もしかしてケガが原因とか?」
「至って健康です」
「じゃあ、何か自分でプレー出来ない理由があるワケ?」
「そうだねー…強いていうなら――運動音痴…」
ふうと息を吐き、腰に手を当てて言い切る。開いた窓から吹き込む風が私のスカートを靡かせた。ツッキーたちは一拍置いた後、「は?」と首を傾げている。
何度も言わせんな、恥ずかしい!と照れながら伝えるとツッキーの眉間にこれでもかとシワが寄った。でも事実なのだから仕方ないじゃないか。
「人並みには出来るんだけどね!自分で思ったようなプレーが出来ないのがどうしても我慢できなくてさ。まあ、努力不足なんだけど…でもマネージャー業は楽しいし、性に合ってると自分では思ってるよ」
「俺も、その気持ち分かるな…。昨日、サーブが入らなくて思った。自分の体なのに、何でこんなに動かないんだって」
「グッチーは努力家だから大丈夫!弟子友がそう言うんだから間違いない!」
「で、弟子友…!?」
グッと親指を立てて、出来もしないウインクをしてみせるとグッチーの笑顔がちょっと引きつった。帰ったらウインクの練習しようと思う。
グッチーは昨日のサーブのことは吹っ切れたのか、前向きな表情で「頑張るよ」とやる気満々だ。それに比べると、ツッキーは何を考えているのか分からない。とりあえず、試合に負けたことは悔しかったはず。でもそれを表に出していないだけなのか、もう切り替えているだけなのかは私には判断できなかった。
「何でも楽しまなきゃ損だよ、ツッキー!確かに私は試合で応援しか出来ないけど、みんなのプレーを見てるとワクワクするし、全力で応援したくなるしそれが凄く楽しいんだ!」
「…」
「いつかツッキーも部活が楽しくなるといいね。あ!そうだ、私がツッキーを楽しませるために…」
「遠慮しとく」
「なんで!?」
もう機嫌はすっかり直ったのか、いつもの調子で私を一蹴した。これでこそツッキーだ!
ツッキーにも部活の楽しさを分かって欲しいけど、私の楽しいと彼の楽しいは絶対違う気がする。
そろそろチャイムが鳴りそうだということで、私が戻る旨を伝えるとグッチーは手を振ってくれた。
ツッキーにも手を振ると口パクで「バーカ」と言われたけど、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。あと、今のやりとり何か仲良くなったみたいで嬉しい。
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