翌日、私の不安は的中した。手に持ったチラシの束を見つめてズゥンと落ち込む。それには"マネージャー募集"の文字と共にボールを持った部員(大地さん?)が描かれていた。…イラストが個性的でびっくりしたのは内緒だ。
もちろんマネを増やしたいという潔子さんの意見には賛成だし、もっともな話だと理解している。それに、仲間が増えるのは嬉しい。
ただ、私では力不足なのかなと思うと勝手に落ち込んでしまったのだ。もし新しい子が私より断然仕事のデキる子だったら、潔子さんに見捨てられるのでは!?そんな不安が頭を過る。
「どうしよ…」
「何がだ?」
「影山〜、私マネージャークビかもしんない」
「ハァ!?」
言葉と共に隣の席の影山にヘッと自虐的に笑ってみせると、これでもかというくらい驚いていた。「まあ、嘘なんだけど…」そう付け加えると、イラっとした顔で私をジトリと睨む。
いつものやつくるか!?と少し身構えたけど、私の頭に影山の手が伸びることはなかった。昨日と違って落ち込んだ様子もなく、普段通りに話しているのに影山の雰囲気が違う。
何となく大人びたというか、刺々しさがなくなったような気がする。
何も言わないけど話は聞いてくれるようだったので、私は昨日潔子さんに頼まれたことのあらましを影山に伝えた。そう、"新マネージャーの勧誘"だ。
「というわけなんだよね。うー、最近の私の役立たず感が半端ないから仕方ないけど…」
そう唸ると、影山がじっと私を見つめて紙パックのジュースを啜る。何も言わない影山に「何だよー」と尋ねると「何があっても辞めんなよ」と真顔で言われた。
意外な言葉に、ポカーンとしてしまう。ふっと笑みが込み上げて、チラシで顔を隠した。
「あはは、心配してくれてるの?大丈夫だよ、私は何があっても辞めないから」
「…ならいい」
「それに、影山が私を全国に連れてってくれるんでしょ?今回は負けちゃったけど、次は…きっと勝てるよ」
「!」
若干緊張気味に言ってみると、影山がピクリと反応する。青城戦後、初めて試合について触れた。
言えなかった"おつかれ"の言葉の代わりに、期待を込めて"勝てる"と伝える。すると影山は不適な笑みを浮かべて「当たり前だ」と言った。
その表情が思ったよりカッコよくて不覚にもドキドキした。…バレーに夢中な影山は眩しい。私にとって影山はいつだって憧れのヒーローのような存在だ。才能もあって、貪欲で、純粋。そんな彼を、私はどこかで恐れている。それがどうしてなのか自分ではわからなかった。
「ねぇ、影山は可愛い子と綺麗な子とどっちがいい?面白い子と強い子と…いっそ男でもいいよ」
「何の話だ?」
「新しいマネ」
「ちゃんと仕事するなら誰でもいい。俺には関係ねぇよ」
私が指折り候補をあげると影山は本当に興味がなさそうだった。おー、硬派だ!流石、バレー一筋の男は言うことが違う!
私も今後一緒に部活するなら仲良くなれそうな子がいいなぁ。何人か部活に入っていない友人を思い浮かべていると、影山が呟いた。
「お前、本当にクビになんねぇように頑張れよ」
「うっ、抉るね…!」
グサリと私の胸に突き刺さるセリフに涙目になる。部活をクビになるなんて聞いたことはないけど、初日に大地さんから体育館を放り出された前例がある。
それに昨日の部活後、潔子さんに新マネージャーを勧誘すると言われた時のことを思い出した。あの時、私の青春は終わったと本気で思った。
「私が引退した後、ごんべ子ちゃん一人だと大変だと思うんだ。だから今のうちにもう一人探したいなって」
「そ、それは…私じゃ荷が重いということでしょうか…!」
「あ、そんな意味じゃなくてね…!何て言えばいいかな…。ごんべ子ちゃん、結構熱くなると周りが見えなくなるじゃない?」
「う…はい」
「田中たちと騒ぐと止まらなくなるし…試合会場で迷子になるでしょ?」
「それは否めません」
「本音を言うとね、ちょっとだけ心配っていうのもある。あと、単純に二人の方が何かと仕事しやすいと思うんだ。合宿で私が居ない時、助かったから」
「経験談ね!」と潔子さんは付け加える。
ずっと一人でマネージャーをしてきた潔子さんだから、これから先のことを見据えてそう決断したんだろう。うちの部はまだ人数も少ないし、選手がマネージャー業を兼任するのは大変だ。もし私が何かの事情で休むことがあれば、その間マネは不在になる。
「だから、ごんべ子ちゃんがいらないとかそういう理由じゃないことは分かってくれた?」
「潔子さん…私の考えが浅はかでした…!」
言われて、確かに…と納得した。それに潔子さんが引退してしまうと、女子が私一人になってしまうし。それはそれで寂しい。
改めて思い返すと、やっぱりマネージャーは必要なんだ!ムクムクと沸き上がってきたやる気に身を任せ、私は立ち上がった。
「ちょっと本気で勧誘行ってくるね!」
「お、おう…今からか?」
「影山よ、時間は無限じゃないのだよ」
「?」
まだ休み時間は残っているし、善は急げだ。予選も8月と迫っているし、引き継ぎのこともあるし早い方がいいに決まっている!居ても立ってもいられなくなった私は、教室を飛び出したのだった。
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そして放課後。1年生で部活をしていない子が中々見つからなかった私は、友人たちをマネに誘ってみたもののことごとく断られていた。もう6月だし、みんなそれぞれ部活に慣れ始めている。帰宅部の子もバイトを始めていたりと、思うようにはいかなかった。
まだ始まったばかりだ!それに、こんなに楽しいマネージャー業の魅力をもっと伝えることが出来れば何とかなる!
その気合いも部活終了後のミーティングであっけなく砕け散ることとなった。
「来月になったら、期末テストあるのわかるよね?」
武ちゃん先生の言葉は、私たちを天国から地獄へ突き落とすには充分すぎた。特に、変人コンビと師匠達は一瞬にして目が死んだ。
そして先生がもう一度「わかるよね?」と尋ねると、フイとあらぬ方向を向いて現実から逃げている。テストの存在なんてすっかり忘れてた…。
しかもテストで赤点をとると、補習が合宿と被って参加できないらしい。それはヤバイ。私が何より楽しみにしている遠征が補習のせいでなくなるなんてあり得ない!想像するだけで恐ろしかった。
「せ、先生…マネージャーも対象ですか?」
「もちろん、補習優先だからね。しかもマネージャーは遅れて参加もナシですよ」
「なっ…!?」
逆光で先生の目が見えない!これはマジのやつや!多分赤点はないだろうけど、もし、万が一とってしまったらどうしよう。今回のテストは死にもの狂いで頑張らなければ…私に未来はない。ゴクリと唾を飲み込んで、頭の中で期末のテスト範囲を確認する。…ヤバい、テスト範囲知らない…!
「田中、西谷ドコ行く!?縁下捕まえろ!」
「あかっ赤点て!何点ですかっ!?」
ついに壊れた師匠達はどこかに向かって走り出し、影山は息が止まったらしい。日向は青い顔で騒ぎ、体育館は一気に騒がしくなった。
「ごんべ子ちゃん、勧誘は私に任せて勉強に専念して」
「いやっ、でも…」
「専念して」
「はい、がんばります」
潔子さんが私の肩に強く手を置くと、有無を言わせず笑いかける。さすがに赤点はないハズ…そう思うけど、自信はない。そっと潔子さんから視線を逸らせば死んだように動かない影山が目に入った。
「やってやる…全員で東京行ってやる…!」
私はともかく、影山たちが補習で参加できないとなると戦力が大幅にダウンすることは目に見えて明らかだ。何としても全員で合宿参加をする!そう言った大地さんの目が据わっていて恐かった。私も帰ったらちゃんと勉強しよう…。
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「ツッキー」
「嫌だよ」
「まだ何も言ってないんだけど…」
翌日の昼休み。1年4組に駆け込んだ私はツッキーの机の前に立っていた。まだ名前しか呼んでいないのに即行で拒否されてたじろぐ。私が言わんとすることがお見通しのようだ。でもここで引き下がる私ではない。
「勉強教えてください」
「さっき嫌だって言ったよね?不本意だけど変人コンビの勉強教えることになったから手一杯でーす」
「じゃあ私も一緒に教えてよ!」
「バカを3人も面倒見切れませーん」
そう言ってヘッドフォンを装着したツッキーに私はがっくりと項垂れる。ダメだ、これは本気で無理なやつだ…。既に日向と影山がツッキーに教えてもらう約束をしているらしく、便乗しようとしたけど甘かった。
仕方がないので4組を後にして、自分のクラスに帰る。まだテストまで時間はあるし、私はやれば出来る子だ!多分。
そう言い聞かせて教室に入ると影山が珍しく勉強していた。といっても私が貸した日本史のノートを書き写しているだけだけど。
「どこ行ってたんだ?」
「ツッキーに勉強教えてもらおうと思ったのに断られた」
「あいつはやめとけ」
「くっ、自分は教えて貰えるくせに〜!」
「嫌だけどな。日向がどうしてもっていうからだ!」
もう一度「嫌だけどな」と付け加える影山。正直、影山と日向は私よりも成績が悪いだろうし私は私で頑張るしかなさそうだ。何もバレー部じゃなくても教えてくれる友人は居る…はず!
そうなると気が楽になって余裕が生まれた私は昼休みが終わるまで影山の姿を眺めていた。気が散ると怒られたのは言うまでもない。
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