放課後、私の楽しみである部活の時間がやって来た。今最大の苦痛であるテスト勉強を何とか頑張れるのは、この部活の時間があるからだ。学年とかクラスとかそういった括りなんて関係なく色んな人と関わりが持てるし、何より頑張っている皆の姿を間近でみられることに喜びを感じていた。友人からも部活人間と評される程、部活中心に生活しているらしい。
そんな私は浮かれたテンションのまま、近くでネットを張っていたツッキーたちに話しかけるべく駆け寄った。既に嫌そうな顔をしている眼鏡には気付かないふりをして。
「アイアムアマネージャーオブザバリボークラブ!アイラブディスワーク!」
「……は?」
「昨日英語の勉強したから忘れないように反復中」
「なんで今このタイミングで僕に言うの?しかもその程度で得意気な顔してるのが信じられないんだけど」
「痛っ!?」
私にイラッとしたツッキーが真顔でデコピンを食らわせてきた。ベチッという音と共に私の額に鈍い傷みが広がる。まさか攻撃されるとは!しかも思いの外痛くて涙目でツッキーを睨むと、なんとまあ楽しそうなこと。
「ツッキー落ち着いて!ななし野さんも、怒らずに!」
私とツッキーが無言で睨み合っていると、それを見たグッチーが気を遣って焦るという一連の流れが出来上がった。が、このメンツでは誰もフォローする者がいないので傍から見ればツッキーVS私の図になっていることだろう。安心してください、コミュニケーションですよ!
「あの!」
ちょっといいかな?と潔子さんの声が、練習の準備をしている部員たちの手を止めた。潔子さんが練習中以外に大声を出すなんて珍しい。首を傾げつつ一体何事だろうと、そちらに視線を向けた。すると、潔子さんの後ろからぎこちない動きをした小柄な女の子がひょこっと顔を出す。
サイドテールがピョコピョコと揺れ、くりっとした瞳が不安げにこちらに向けられた。何となくおびえている小動物を彷彿とさせる。私はとっさにハムスターを思い浮かべてしまった。
「新しい人見つかったんスね!」
「何々〜、なんすか〜?」
日向が嬉しそうに声をあげて一番に近寄っていくと、それにつられて他のメンバーも潔子さんの回りに集まった。一瞬にして囲まれたその子はビクッと肩を揺らし、恐る恐る潔子さんの隣に並ぶ。清楚系の潔子さんと違って可愛い系の女子である。
「やっ谷地仁花です!!」
潔子さんから紹介があると、谷地さんが元気よく挨拶する。ガチガチに緊張しているようで、よくみると小刻みに震えていた。確かに、こんなに大勢に囲まれて注目されると焦るよね……。新学期早々、自己紹介をしろと言われた時のことを思い出し私もぶるりと震えた。
それにしても谷地さんがぷるぷると震える姿が、やっぱり小動物にしか見えなくてギュッと抱き締めたい衝動に駆られる。決して変な意味ではなく、例えばペットを抱き締めるような。そんな気持ちになるのだ。
「か、かわいい…」
「えっ!?」
「どうかしたの、グッチー?」
「あっ、いや、なんでもないよ!なんでもない!」
思わず口にした言葉に、隣に立っていたグッチーが即座に反応を示す。何をそんなに驚いているのか…顔を見れば直ぐにわかった。私と同じことを思っていたようだ。
赤い顔で視線を反らすグッチーに「春がきたね」とニヤニヤして耳打ちすれば「そっ、そんなんじゃないって!」と慌てふためく。何て分かりやすい反応なんだろうと、思わず笑ってしまった。
「1年生?」
「うひ!?いっち、1年5組であります!」
旭さんが谷地さんの前に立つと少しかがんで質問を投げかける。いきなり目の前に現れた巨体に驚き大袈裟に反応した後、畏まった様子で答えていた。
二人の身長差は軽く30センチ以上あるし、旭さんの元々の強面もありビックリするのも無理はないだろう。さらに旭さんといえば初対面の人にはほぼ恐がられるキャラなので余計に。私は逆に驚かれたけど…。
大地さんに引っ込めと言われてショックを受けている旭さんの横を通り抜け、今度は私が前に出た。
「はい!次、私いいですか!?」
「あっ、順番制とかじゃないから大丈夫」
勢いよく手を上げて谷地さんの前に立ち、潔子さんに尋ねると笑いながらそう返される。谷地さんの方にバッと顔を向けると「ひぃっ!」と軽い悲鳴が聞こえた。おっと、これでは第一印象が恐い人になってしまう!気を取り直し、もう一度。今度は少し声のボリュームを下げてみる。
「あの、私!1年マネのななし野って言います!」
「い、1年生…ですか?」
「そうです!3組です!仲良くしてください!よろしくお願いします!」
「あ、ハイ!でも、あの、私まだ…」
「ななし野ちゃん、がっつきすぎだって〜」
仲良くなりたい一心で自己紹介を終えると後ろからスガさんの声が聞こえた。今まで男子に混じって部活をしていた所為か、ノリが暑苦しくなってしまったかもしれない。余計に怖がらせてしまったかも?と谷地さんに視線を向けると、勢いよく首を振ったり視線をキョロキョロさせたりと忙しなかった。やっぱり私恐がられてるよね?なんでだろう、顔かな!?だとしたら、どうしようもない…。
「コラ!」
つられて私まで慌てていると谷地さんの視線が私を通り越していることに気づいた。それを辿り後ろを振り返れば、スガさんの後ろから谷地さんをじろじろと見る師匠たちの姿。
なんだ、原因はあの二人か!スガさんが二人の視線を遮り叱ると、特に何も言わずに引き下がっていった。いつもより大人しい態度に疑問はあるけど、私が谷地さんをビビらせていたわけではなかったようだ。
「良かったなぁ!これで来年もマネ居るなぁ!」
「ハイ!」
「ななし野さんも良かったなぁ!影山以外にも友達が増えるね」
「旭さん、さりげなく私のことディスってません?」
「エッ!?ご、ごめん!そんなつもりはないよ!?」
「本当のことデショ」
「う、うるさいぞツッキー!」
「プッ、図星なんだ?」
ニヤニヤするツッキーに憤慨し、そんなやり取りをしていると、潔子さんが「まだ仮だから!」と慌てて言葉を挟む。そうか、正式に入部するわけではないのか。性格も良さそうだし、何となく面白そうな子だし、是非入って欲しい!と思うけど、やっぱり途中から入部するというのは勇気のいることなのかも。
今日は顔見せだけで、この後委員会があるらしく谷地さんが最後に「宜しくお願いシャス!」と頭を下げた。
「シアース!!」
「ひい!?」
一斉に谷地さんに頭を下げると、びっくりしたようで固まっている。潔子さんが間に入って「慣れるまでは取り囲んでの挨拶止めて!」と制止した。
「じゃあ準備再開して、ランニング!」
とりあえず今日の所はこれで終了ということで、部員たちは大地さんの指示でバラけていく。谷地さんはもう一度頭を下げると体育館を出ていった。心なしかよろけているように見えて心配だ。
大丈夫かな、とこっそり扉を開けて後姿を見届ける――。
「ブヒュッ!」
――つもりだったのに。私は盛大に噴き出し、そっと扉を閉めた。
何があったのか分からないけれど、まるで誰かから身を隠すようにしゃがんだり様子を伺ったり這ったりしながら校舎へ向かう谷地さんの後ろ姿。一体、彼女には何が見えているのか。そして誰から身を隠しているのか。もしくは変わった歩き方なのか。
一瞬にして色んなことが頭を過り、私の中でこの件は見なかったことに決めた。ただ、一度ツボに入ってしまった私が笑いを堪えられるかは別の話である。
扉の前で俯いて肩を震わせていると、影山が怪訝そうな顔を私に向けていた。
「何笑ってんだ、ななし野?」
「いや、なんでもなっ…ブフッ」
「おい、俺の顔で笑ってんのか?」
「ちが、ちがう…いだだだ!」
何でもないと告げる途中に思い出してしまい再び噴き出すと、影山が勘違いして私の頭を鷲掴む。別に影山の顔で笑ったわけではない!違うのに!
久しぶりの痛みに笑いも引っ込んだ。
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翌日、日本史のテキストと格闘する私の隣で影山が同じく難しい顔でノートと睨めっこしていた。こんなことなら普段からしっかり授業を聞いていればよかったと後悔している。でもまだ1年だし、部活優先だし!と勝手に言い訳して適当に流していたツケが今こようとは。
「おい、ななし野」
「ん?」
唐突に話しかけられ影山の方を向く。すると教科書を私の目の前に広げて、ある文字を指差した。どうやら分からないから教えてくれということらしい。
「何て読むんだ?なか…きょ、かまあし?」
「中臣鎌足!かたまりって覚えちゃダメだよ」
「なかとみのかたまり…」
「違うって!今言ったのに!」
期待を裏切らない影山に私が思わずバンと机を叩くと、影山が「うるせぇ!」と怒る。確かに煩かったけど……いや、でも!私の話聞いてよ!そう訴えると、しぶしぶ大人しくなった。
「じゃあ、これは何て読むんだ?」
「それは読めなきゃヤバいやつだよ!まずは頑張って読んでみよう」
「…せい、せいとく…たこ。タコ!」
「あー、ダメだ〜!東京遠征、影山は無理だ〜!」
「あぁ!?行くに決まってんだろ!」
私が頭を抱えると、影山が大声で反論してきた。せめて聖徳太子は読めるようになろう!そう言うと「くっ」と悔しげな台詞を吐き、言葉に詰まる。くっ!じゃないよ!
どうしてバレーはあんなに凄いのに勉強はここまでダメなんだろう。眉間にシワを寄せる影山は、まるで変わった名前の太子が悪いとでも言いたげだった。飛雄も充分変わった名前じゃないか!
「おいななし野、お前ちゃんと授業聞いてんのか?」
「人並みにはね!」
聞き捨てならない影山の言葉に勢いよく顔を向ける。少なくとも影山よりは授業を聞いているはずだ。私の不満顔を気にもとめず、影山は私のノートをペラペラめくっている。
「落書きだらけじゃねぇか。何だ、この宇宙人は」
「それ宇宙人じゃなくて爆睡してる影山の顔なんだけど…似てない!?」
私の貸したノートの隅に描いた落書きを眺める影山。影山の寝顔が芸術的すぎて思わずスケッチしたものだ。かなり良い出来だと思って自画自賛すれば、今度は影山から抗議の声が上がった。
「なっ!フザケンナ、ボゲェ!俺は宇宙人じゃねぇ!」
「だからそれ宇宙人じゃなくて影山なんだって!」
「ちょっと、何で喧嘩してんの!?二人とも!」
似てる!似てねぇ!と影山の似顔絵について譲れない戦いを繰り広げる。お互い負けず嫌いな性格。これは長い戦いになりそうだ……!パチパチと見えない火花を散らしていると、あっさり間に入ってきた人物が居た。
「日向!」
たまに影山にバレーやろうと誘いにくることはあっても、日向がそれ以外でうちのクラスにやってくるのは珍しい。似顔絵のことは一先ず置いておこう。日向にどうしたの?と聞く前に、手に持った英語のノートで目的を察した。つまり、そういうことだろう?
「アイキャンノットイングリッシュ!」
「おお〜スゲェ!ななし野さん英語喋ってる!」
「何だと!?お前、日本人かよ!?」
「オーノー、アイムジャパニーズ」
私が肩を竦めて見せると二人は信じられない!という表情になった。私も信じられない!
まさか二人からこんなに羨望の眼差しを受けるとは思っても見なかった。ツッキーには虫でも見るような目を向けられたからね。ちょっといい気分だ!
「ディスイズアペーン!」
「おおっ」
「アイライクバリボー!」
「おれもおれもっ!ミートゥー!」
「オゥイェー!」
「イェア!」
「お前らフザケンナ、ボゲェ!俺にも分かるように話せ!」
日向と簡単な英語のやりとりで盛り上がっていると仲間外れにされた影山が唇を尖らせながら割り込んでくる。その光景を見ていたクラスメイトたちが後ろで笑い転げている様子が見えて、私は少し恥ずかしくなった。ちょっと声が大きすぎた!
「ななし野さん、英語できるの?教えてくんない!?」
「ごめん、日向。私英語は教えられる程できないんだよね…」
「ええっ、さっき喋ってたじゃん!」
あれを英語とよんでいいものか…。とにかく私は教えてあげられるレベルではないことを伝えると日向はガックリと肩を落とした。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「じゃあ、月島んとこ頼みに行く!おい、影山。お前も行くだろ」
「チッ!仕方ねぇ。ななし野はどうする?」
「うーん、私はいいよ。他の教科先にやんないといけないから」
「分かった!じゃあななし野さん、また部活で!」
「おーす」
日向はそう言って影山と一緒に教室を出ていった。あの二人、頑張ってるなぁ。見ていると私も頑張ろうという気持ちが沸いてくる。クロ先輩曰く、私も赤点フラグが立っているらしいし何とかしなければ!それに愛すべき部活動のためにも挫けるわけにはいかない。再びテキストを取り出して一人、黙々と勉強を続けた。
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