今日も充実した気持ちで一日を終えた私は、現在谷地さんと一緒に体育館の前に立っていた。まだ夜は少しだけ肌寒く、何となく腕をさする。
すると中から出てきた潔子さんがこちらに気づいて声を掛けてくれた。

「あ、仁花ちゃん着替え終わった?送るからちょっと待ってて、私も着替えてくる」
「いえそんな!逆に私が送るべきというか何というか!」

恐縮している谷地さんに潔子さんはいいから!と悪戯っぽく笑う。その隣に立っていた私も存在を忘れられてはたまらん!と手を上げて自己主張した。

「潔子さん、私も送ってくれるんですよね!?」
「うーん、ちょっと考えさせて」
「エッ!?」
「うそうそ、ごんべ子ちゃんも一緒に帰ろ」

ノリで聞いただけであって、もちろん潔子さんがそんな意地悪をするなんて微塵も思っていない。でも、断られたことに一瞬ショックを受けてしまった。自滅してどうするんだ、私!
一人で勝手に落ち込んでいると、潔子さんは優しく肩を叩き「冗談だよ」と付け加える。ですよね、よかったー!安心した私を見て、可笑しそうに笑いながら更衣室へと去っていった。

こういうやりとりも出来るようになるなんて、入部当初の私は夢にも思わなかっただろう。潔子さんの背中をふわふわした気持ちで見送っていると、ふいに体育館から先生たちの話声が聞こえてきた。
どうやら部活の費用が嵩むとか、バスが借りられないとか、そういう大人の事情的なことのようだ。先生は大変なんだな……。そういえば青城や音駒との練習試合もやっとのことで取り付けたと言っていたことを思い出した。
私は聞かなかったふりをして、窓に背を向ける。結婚資金がどうとか聞こえた時は気になりすぎていっそガッツリ盗み聞きしたくなったけど。

「どうしたの?谷地さん」
「あっ、ううん。何でもないよ」

私が武ちゃん先生に彼女はいるのか想像している隣で、谷地さんはボーっと体育館を見上げている。何か見えるのだろうか…!?そっと視線を辿っても私には窓しか見えなかった。とりあえず、声を掛けるとハッとして私の質問に首を振る。

「谷地さーん!」

私への返答とほぼ同時に誰かが谷地さんを呼んだ。突然の大声に二人してビクリと肩を揺らす。突然大音量で音楽が流れ出したような気分だ。
静寂に包まれていた空間が、日向によって一気に騒がしくなった。

「谷地さんマネージャーやる!?」
「あっ、えーっと…」
「よね!?ななし野さんも谷地さんとマネージャーやりたい!?」
「うん、もちろ…」
「よね!?」

シュッと勢いよく目の前に現れた日向は、質問してきたくせに私たちの返事を聞く前に言葉を被せてくる。誘導尋問じゃないか!
聞いてよ!と日向に言おうと口を開くと、今度は師匠たちの声がそれを遮った。誰か私にも喋らせてください。怒涛の展開に私のツッコミが追い付かない!そう密かに悶々としていると、ザッザッと砂利を鳴らしながら師匠たちが谷地さんの前に仁王立ちした。

「君、是非烏野バレー部に入ってくれたまえよ」
「君がいると潔子さんがよくしゃべる」
「そんな勧誘があるかバカ!」
「私も潔子さんと喋ってるじゃないですかー!」
「お前は俺たちと同じ扱いだろう!ノーカンだ」

なんだって!?大地さんにゲンコツを喰らいながら、私にそう言った龍先輩。マジか…、潔子さんの中で私は師匠たちと同じレベルだというのか。でもそれって、私の尊敬してやまない師匠に近づいているということでは?そう思うと一気に嬉しくなって、うふふと笑い声を漏らしてしまった。

「ゴメンねぇ、バカでねぇ。全く」

谷地さんに向かってスガさんが生温い表情で謝る。何となくだけど、バカの中に私も入っているような気がしないでもない。うん?とスガさんに向かって少し首を傾げると、スガさんも同じようにうん?と笑顔で首を傾げ返してきた。口にせずとも伝わる…もちろんお前もバカだ、と。順調に私の扱いが降格していることを確信した。

「…うれしいです」

私とスガさんが謎のアイコンタクトを取っていると、谷地さんが少し照れたような困ったような複雑な表情で話しだす。
こんな風に誰かに必要とされることがなくて、潔子さんが一生懸命マネージャーに誘ってくれたことが嬉しかったそうだ。
でも、その割に表情は浮かない。乗り気ではないのだろうか。何かマネージャーが出来ない理由があるとか?せっかく谷地さんが今の気持ちを語ってくれたというのに。昔からバレー部マネージャー一択だった私には、どうして足踏みしているのか察してあげることが出来なかった。

「分かるぜ、その気持ち」

俯く谷地さんに向かって、キリリとした表情で龍先輩が言う。「潔子さんに”君からお金を騙し取るからついて来て”って言われてもついていく」と。
それを聞いたノヤさんが男らしいぜ!と褒める隣で、私も日向と一緒に龍先輩に尊敬の眼差しを送った。騙すと宣言されていても、それを厭わず受け入れる!なんてワイルドなんだ!

「私も師匠に”潔子さんに騙されてるけど、お前もついて来い”って言われたら黙ってついて行きます!」
「やるな、ごんべ子!じゃあ、俺が”山に修行するからついて来い”って言ったらどうする!?」
「もちろん、ついて行きますよ!そして一緒に修行します!」
「お前ら何の修行するんだよ」

ノヤさんの言葉に即答するとスガさんに冷静につっこまれた。そして大地さんが「バカなこと言ってないでさっさと帰りなさいよ」と苦笑いする。更に旭さんは「俺もついていこうかな〜」と笑っていた。
スガさんと大地さんに「旭は仙人とか似合いそう」と言われながら、3年生は帰宅していった。旭さん、仙人似合うな。

「そういえば」

そう言いながら思い出したように日向がカバンからケータイを取り出す。そして興奮したようにその画面を私たちに見せた。日向宛のメールのようだ。
差出人は”孤爪研磨”。『一次予選は突破。今週末二次予選。』と、二行で簡潔に用件を伝えている。孤爪さんと言えば、音駒のセッターでクロ先輩の幼馴染である。
クロ先輩が孤爪さんから情報を得ているのは、日向が孤爪さんとやり取りしていたからか。道理で烏野が予選敗退したことを知っていたわけだ。
それにしても音駒は順調に勝ってるんだ!合宿の時の試合を思い出して、胸が熱くなる。

「よっしゃ、とりあえず帰るか!明日、俺らも勝つぞ!」
「当たり前だぜ!」
「うお〜!頑張ります!」

音駒の勝利に鼓舞された三人はかなりやる気満々だ。燃えるぜ〜!と、本当に燃えそうなくらいテンションが高い。そのまま、私と谷地さんに手を振ると「気をつけてな!」と言い残し帰って行った。

師匠たちが居なくなると途端に静けさが辺りを包む。隣に立つ谷地さんは、少し落ち込んでいるように見えた。やっぱり、具合でも悪いのかな?顔を覗き込むと、びっくりしたのかちょっと飛び上がる。

「大丈夫?」
「えっ、あっ、うん!全然大丈夫!元気もりもり!ほら!」

慌てて私にそう言い、力こぶを作って見せてくるけど女の子らしく細くて白い腕だった。もりもりとは一体なんなのだろうか。
大丈夫そうといえば大丈夫そうだけど、無理しているように見えなくもない。どっちだ…どっちなんだ?
私が見極めるようにじっと見つめると、谷地さんは何を勘違いしたのか「ごめんなさいぃ!」と青い顔になる。

「えっ、何が!?谷地さん、急にどうしたの!?」
「私が調子に乗ったばっかりに、ななし野さんを怒らせてしまって!」
「えっ、私怒ってないよ!?」

涙目の谷地さんに慌ててそう伝えると、よ、よかった…!と笑う。でも、やっぱり元気はなかった。もしかして、明日の練習試合に緊張してるんだろうか?急に決まったことだし…きっとそうだ!
谷地さんの心情など私には想像出来なくて、導き出したその答えを信じるしかない。

「谷地さん。明日の練習試合、緊張してるんだよね?大丈夫だよ、最初だけだよ!」
「…あ、うん!緊張もだけど、私…」
「おまたせ!」

谷地さんが何か言い掛けたところで、潔子さんが急いで私たちの所に走ってくる。最後まで聞かなくて良かったのかな、と谷地さんを見ると「気にしないで」と言われて私は頷くしかなかった。
私には、谷地さんとの距離の詰め方が分からない。潔子さんや他の部員たちとはすぐに打ち解けられたのに。谷地さんと私はお互いに壁を作っているような気がする。あくまでも気がするだけだけど…。
どうすればもっと仲良くなれるのだろうか。頭の片隅でそんなことを考えながらそのまま三人で帰路についた。


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そして翌日。今日の部活は扇西高校との練習試合である。IH予選後、初の試合だし敗戦の記憶を払拭するいい機会だ。谷地さんもまだ若干緊張しているように見えるけど、日向とはわりと打ち解けているようで部にも馴染んでいた。
あれ、私の方が谷地さんと仲良くなるはずなのにな…。日向のコミュニケーション能力には恐れ入る。まだ出会って数日しか経っていないから仕方ない!私だって、早く仲良くなるもん!そう自分に言い聞かせた。

「ななし野ちゃん、テーピングってどこにあったっけ?」
「あっ、すいません!私が持ってます」

日向と谷地さんのやり取りを遠目に見ながら、羨ましい!と日向に念を送りつつ救急箱の中身の確認を進めていた。するとスガさんが私に駆け寄ってくる。どうやらテーピングを探していたようだ。自分の手に持っていたそれを差し出すと、ありがとうと言いながら受け取る。そのまま立ち去るのかと思いきや、スガさんは私の顔を覗き込んだ。

「何かあったの?」
「いや、何でもないっす」
「それはないだろー。そんな険しい顔しながらそれはないってー」
「……」

最近、スガさんの笑顔が威圧的になることがある。眉間に力を込めながらスガさんを見つめ、言ってもいいものかと躊躇した。しばらくうんうん唸って視線をさ迷わせていると、スガさんは「とりあえず言ってみ?」と優しく笑う。
スガさんとは、この部で一番早くに仲良しになった先輩だしコミュニケーション能力は日向に次いで高いと思う。ほかに相談出来そうな人も居ないし、思いきって話すことにした。

「実はですね…、谷地さんと中々距離が縮まらなくてですね。どうすれば日向みたいに仲良くなれるのかなーって思ってまして」
「あっはっは、ななし野ちゃんが悩んでる」
「私も悩みくらいありますよ!」

声のトーンを低くして周りに聞こえないように、そっと伝えたというのにスガさんは軽く笑い飛ばした。そんな…人が真剣に悩んでいるというのに…!涙目で固まる私に、スガさんは「ごめんごめん」と謝りながらそうだなーと顎に手を当てて考え始める。

「あだ名で呼ぶとか!ななし野ちゃん、結構みんなのことあだ名とか名前で呼んでるし、その方が親しみやすくない?」
「あだ名!なるほど…スガさんも、最初にあだ名で呼んでくれましたもんね!谷地さんをあだ名で呼ぶって考えると緊張します…!」
「月島をあだ名で呼ぶ方がよっぽど緊張しそうだけど」

スガさんのアドバイスに、私の目の前にスッと光が差した気がした。改めてお礼を言うと、二カッと歯を見せて笑う。その顔が爽やかで、つられて私も笑顔になった。

「そーだ、谷地さんの入部が決まったらあだ名とちょっとした歓迎のポーズでも考えよっか!」
「いいですね、それ!」
「特に旭と田中の顔が恐いから、なんとか恐くないと伝えないとな!あの二人もあだ名で呼ばせた方がいいと俺は思う」
「確かに。二人とも実際は全然恐くないですもんね」

私も最初こそビビッていたけど、旭さんも龍先輩もすごくいい先輩だ。スガさんの提案に大賛成である。楽しみになってきた!また今度、その話をしようと約束して私も試合の準備を再開する。谷地さんのあだ名、何がいいかな。



「集合!」

対戦相手でもある扇西の選手が到着し、挨拶を済ませるとみんなが一斉に着替え始める。あいかわらず引き締まった上半身だ…恥ずかしがる谷地さんとは反対に私はまじまじとその身体を見つめていた。男の幼なじみがいるうえに中学も男子部に居たため、裸は見慣れている。むしろ見せてくれるなら見ておきたい派だ。
いつまでも服を着ない龍先輩の逞しい腹筋を眺めてため息を吐いた。

「烏合の衆……」
「烏合…、確かに。烏だしね」

谷地さんと潔子さんの間で、そんな会話が繰り広げられていたことを私は知らない。


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「すごいね!すごかった!」

練習試合が終わると、初めて生で試合を見た谷地さんが興奮気味に日向と話していた。擬音語がたくさん並んでいて、正直何を言っているのかは分からない。会話の意味が分からないというツッキーに私も同意した。

「おれもやったことあるよ、村人B!主役より目立とうとして怒られた」
「日向っぽいね、それ!」
「どういう意味だよ、ななし野さん!」

日向の”村人B”発言に、通りかかった影山が勝ち誇ったように笑う。一体何がどうなって演劇の配役の話になったのか謎である。でも主役の横に並んで「おれも!おれも!」と飛び跳ねる村人Bの日向が容易に想像できてしまった。
笑う影山にバカにすんなよ!と怒る日向は「村人Bには村人Bの良さがある!」と力説している。確かに主役も脇役がいなければ成り立たないし、日向はさらっと的を射た発言をする。なんて私も笑っていたけど、谷地さんだけは憑き物が落ちたような表情をしていた。


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