扇西との練習試合も終わり、着々と進む日常。テスト勉強ばかりに気をとられていた私は、うっかり課題をし忘れてしまった。
放課後までに提出するようにと予備を貰ったけど、つまり今日中に仕上げろということで……部活は遅刻することになる。一瞬憂鬱になったけど、幸いにもプリント1枚だけの簡単なものだったので、休み時間を駆使して何とか完了した。部活には間に合いそうだ!
無事に提出を終えて猛ダッシュで更衣室へと飛び込むと、谷地さんがびっくりした表情で私を見る。
「ななし野さん、大丈夫…デスカ?」
「っス!だ、大丈夫デス」
ぜーぜーと肩で息をしながらゾンビ顔負けの具合の悪さで、怯える谷地さんに返事をする。更衣室に潔子さんの姿はなく、既に体育館へと向かった後のようだ。谷地さんも着替えを終えていて、いつでも部活に出れそうだ。にもかかわらず、心配そうに私を見つめている。
もしかして、待ってくるれているのかも。そうだとすれば早く着替えなければ!
急いでロッカーにカバンを押し込むとジャージを引っ張りだし、制服を脱ぎ捨てる。部活になると活力が沸いてくるのは不思議だ。
「ななし野さんは、どうしてマネージャーやろうと思ったの?」
「え?」
谷地さんが何かの紙をカバンにしまいながら唐突に尋ねてくる。いきなりだったので私はジャージのズボンに片足を突っ込んだまま間抜けな声を上げてしまった。どう答えるべきか少し迷う。私の動機なんて不純すぎて答えていいものか…。でも、隠す程のことでもないのでここは素直に答えることにした。
「私は……憧れの選手が居た部活だからかな」
「憧れの?」
「昔ね、”小さな巨人”って呼ばれてた選手が居たんだけど知ってるかな?」
「もしかして日向も言ってた人と同じかな?」
「そうそう、その人!すっごいカッコよくてね!その時から、小さな巨人が過ごした体育館で私も青春を謳歌すると決めてたんだ〜」
谷地さんは、そうなんだ!と興味を持ってくれたようだ。憧れの人が過ごした空間で過ごしたかったから!なんて言うと、散々ミーハーだと言われてきた。だから、谷地さんが普通に受け入れてくれたことは少し嬉しい。
「最初はそんな理由だったけど、今はちゃんと皆を応援して一緒に戦いたい!って思ってるよ!目指せカリスママネージャー!」
「おお、何か凄いね!そっか…私もそう思えるようになるのか、ちょっと自信ないな……」
私が握った拳を高く掲げながらそう言うと、谷地さんがぱちぱちと拍手をしてくれた。何だろう、褒められるととても気持ちがいい。
にやける私の隣で谷地さんは、まだ入部を迷っているようだった。何が彼女をそうさせるのか分からないけど、多分難しく考え過ぎているような気がする。
「さっき、清水先輩にも言われたんだ…何かを始めるのに崇高な動機はいらないって。少しの好奇心があればいいって…」
「潔子さんが言うなら間違いないよ!みんな最初は初心者なんだし、そんなに気構えずに楽しくやればいいと思う!私も始めた動機は不純の塊だしね」
「なるほど…」
やってみなくちゃ分からないよ!と谷地さんの肩を叩くと、ほんの少し表情が明るくなった気がした。私も着替えが終わり、谷地さんと共に更衣室を出る。
谷地さんはとても真剣に考えてくれているらしい。そこに私が軽々しく「入っちゃいなよ!」なんて言えないし、結局決めるのは本人だ。もう一度、谷地さんの肩をポンと叩いて「マネ、楽しいよ」と一言だけ添えておいた。
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「お腹減ったね〜、谷地さん」
「うん、私もペコペコ…」
そう言ってお腹を抑える谷地さんは、可愛らしい。ここ最近分かったことだけど、谷地さんの言動は私の悪戯心をくすぐる。日向や影山に対して抱くそれを、谷地さんにも感じるのだ。たまに悪戯したくなるけど、まだ早い!と何とか抑えている状態である。もし仮にちょっかいを掛けてドン引きされてしまったら大変だしね!正式にマネージャーになってからにしよう。私がそんなことを考えている隣で谷地さんは、何も知らずにニコニコと笑っていた。
「ウシワカが世界ユースに入ってら!」
スマホから情報を得たらしく前を歩いていたスガさんが驚いて声を上げる。その横で、首を傾げるグッチーにツッキーが「19歳以下の日本代表」と説明していた。日本代表…素直に凄いとしか言いようがない。
ウシワカが世界レベルに到達していることを知って、少なからず私も衝撃を受けた。徹ちゃんが倒したくて倒したくて仕方がない相手で長年ライバルとして敵対視していた。そんなライバルが全国でもトップレベルの選手なのだ。この先、勝ち上がるためには絶対に倒さなければならない。
「世界ユースか…」
日向が谷地さんに話しかけている後ろで、密かに影山が呟く。それもいいかもな、くらいのノリで言ってる?
きっと影山にとって日本代表は通過点に過ぎないのだろう。プロになって世界で一番のセッターになる!って言いそうだし。具体的に将来の夢を聞いたことはないけれど、影山がバレー以外のことをしている姿は全く想像出来なかった。凄いなぁ、私はまだ東京遠征までの道のりしか想像できてない。
「行こう、谷地さん!」
「えっ!ど、どこにって…うおおお!」
日向の声が聞こえた時には、既に二人はかなり遠ざかっていた。日向の行動はいつも突拍子もないけど今回も予想外だったな〜、と谷地さんを引っ張って走り去る姿を見て思う。「なんだアイツ…」と影山が呟くと、全員が「さぁ?」と首を傾げた。少女漫画みたいで素敵じゃないか!とりあえず、谷地さんのことは日向に任せようということで私たちもそれぞれ歩き出した。
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日向に連れ去られた(?)日から谷地さんは目に見えて変わったように思う。マネージャーになる意思は固まったらしく、近々正式に入部するということだ。
そんな谷地さんからある頼み事をされ、昼休みに体育館に来て欲しいと言われた。私と影山が到着すると、既に谷地さんと日向が楽しそうに会話しながらネットを張っている。呼び出された理由も知らなかった私は、その光景を見て立ち止まった。一体何を始めようというのか…そして私たち邪魔にならないか?
影山を体育館の入り口で制し、中の様子をこっそり伺う。
「入んねぇのか?」
「あ、ちょっと待って影山!」
楽しそうな二人の会話は聞こえない。何となくいい雰囲気なんじゃないかと勝手に邪推した私は、中に踏み入ろうとした影山の制服の裾をつまんで引っ張った。…結果、「何だよ?」と言い放った影山の声が、日向たちに聞こえたようであっさりとバレてしまった。
「おーい!何してんだよ、二人とも!早く始めようぜ!」
「始めるって何をだ?」
何故か一人だけユニフォームを着ている日向がソワソワしながら飛び跳ねる。何の話をしているのかわからなかったけど、張られたネットと用意されたボール籠を見てピンときた。
「バレーするんだね!?」と日向に聞き返すと、今度は谷地さんが「あ、違うんだけど違わなくて…」と訂正する。違うのか違わないのかどっちなのか…。よく見れば谷地さんの首からは高そうなカメラがぶら下がっていた。
「急に呼び出してごめんね。実は、寄付金を募るポスターを作りたいと思ってまして…」
「ポスター?」
「うん、この間先生たちが遠征費とか部費が足りないって話をしてたから…私も何かしたいと思って」
そういえば、前に先生たちがそんな話をしていたことを思い出した。谷地さん、そんなに部のことを考えてくれてたんだ。それなのに私ときたら、結婚資金の話ばかり耳に残っていて全く気が付かなかった。
レイアウトはこんな感じで、とポスターのラフを見せて説明を始めた谷地さんに密かに感激した私も出来る限り力になりたいと思った。
「あー、なんかワクワクしてきた!」
「俺たちは写んねぇだろうが」
「でもさぁ、本格的だしテンション上がるじゃん!」
「おれ、有名人になったみてぇ!」
ポスターのメインは、日向のスパイク姿だった。だから日向だけユニフォームを着ていたらしい。
そのシーンを撮影するために、影山が日向にトスを上げ、更に私が影山へのボール出しを請け負うことになった。まだ始まってもいないのに、既にテンションはマックスである。
「じゃあ、始めましょう!」
「オッケー!いきまーす」
谷地さんの言葉を合図に影山に向かって弓なりにボールを投げる。すると試合の時のように影山が、既に走り出しスパイクモーションに入っている日向の手の平に向かってトスを送った。何だか私も一緒に試合に出ているようで高揚する。
そして谷地さんのカメラのシャッター音だけが鳴り響いた。
「ホゲーっ!?」
「何やってんだ、日向ボゲェ!漁業か!」
「日向が網にかかったー!谷地さん漁獲だー!」
「は、ハイっす!」
カメラを意識しすぎた日向は空振った挙句、ネットにダイブし奇跡的にネットに絡まっていた。頭でも打ったら大変だけど、その光景が網に掛かった魚に見えて笑いが先行してしまう。ピチピチバタバタともがく日向を無事に三人で救出し、再チャレンジすることになった。もちろん、谷地さんのカメラには日向がネットに引っかかるまでの工程が全て収められている。後で焼き増ししてもらおう。
「では、二回目行きまーす!」
「次は決める!」
先ほどと同じようにボールを投げ、影山が日向にトスをあげる。一瞬日向がこちらを向いたような気がした。スパイクはきちんと決まったので、とりあえず写真の写りを確かめるために谷地さんの周りに集まった。
「……日向、こっち見てない?」
「なんでカメラ目線なんだよ、お前」
「だってよー、撮られてると思ったら見ちゃうじゃん!」
「もうちょっと自然体の方がいいかな〜なんて…」
「自然体かー、難しいなー!」
スパイク中にカメラに顔を向ける方が難しいと思うけど。谷地さんも絶対そう思ったに違いない。でも、急がなければお昼休みが終わってしまうということを思い出して、すぐに三回目を撮り直すことになった。
そして何度か失敗を繰り返したものの、無事にスパイク写真を撮り終えた頃には予鈴のなる5分前。大急ぎで片付けに取り掛かり結局どんな写真が撮れたのかは完成品で確かめることになった。本当に出来が楽しみだ!
それから数日後、私はその完成品を見て感嘆の声をもらしていた。
「谷地さんの本気、恐るべし…!」
パシャリと通学途中にある掲示板に貼られたポスターを携帯に収めた。完成品を初めてみたけれど、素人目にも素晴らしい出来だと思う。”小さな巨人、再来”の文字と日向のスパイク姿が見事にマッチしていて一瞬、本当に小さな巨人の姿に見えた。後で谷地さんに感想を伝えよう!そう意気込み、私は学校への道を再び歩き始めた。
「えー、今日から谷地さんがマネージャーとして正式入部ということで…」
「スガさん、私はこの辺でいいですか!?」
「ななし野ちゃんはこっちの方がバランスいいな」
放課後、ついに谷地さんが正式にマネになるということで大地さんから挨拶があった。あらかじめ相談して決めていた歓迎のポーズをついに御披露目する時がきたのだ!スガさんの声掛けで、みんなが谷地さんの前に集まる。おそろいの黒いジャージに身を包み、潔子さんが谷地さんに同じものを手渡している間に私も並んだ。日向の後ろ、影山の前だった。
「せーの」
ようこそ、烏野高校排球部へ!
大地さんの掛け声で、谷地さんに向かって一斉に背中の文字を指差す。謎の一体感に包まれた私は、谷地さんと同じように感動に打ち震えたのだった。「あとはテストを残すのみ…」大地さんがそう言うまでは…。
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